「絞首台のある庭(私立探偵マニー・ムーン)」Rデミング作 田口俊樹訳 新潮文庫2026.7
面白かった!
時代は1950年頃、舞台はアメリカ中西部のセントルイス市(と思われる)。
第二次大戦で片足を負傷したらしく片足義足のしがない探偵、マニー・ムーン。仕事がないからいつも事務所で寝てばかりいる彼のもとに、絶世の美女が訪ねてくるところから物語は始まります。
彼女の依頼をうけて、富裕な一家ローソン家の跡取りの謎の死去およびその妹である彼女に対する執拗な殺人未遂を受けて、ボディガードに乗り出します。
ムーンはけっして品行方正な正義派ではないが、人並み(笑)の人間らしさが、時折り垣間見られるのが魅力的で、ルックスも良くないのに、美女にもてるし、出て来る女性が美女ばかりという、読者が楽しめるわかりやすい娯楽要素がつまっています。
新潮社のPR文句には、アメリカの三大探偵小説作家のひとり、ロス・マクドナルドを引き合いにだし、作者デミングを彼の「ライバル」として紹介していますが、ほんとなのかな?
ロスマク好きな私からすると、彼が作り出す探偵リュウ・アーチャーシリーズが浮かび上がらせる世界とその主題、そしてトーンなどは、デミングがマニー・ムーンを通して描き出す世界とは随分「深刻さ」が違うように思います。ムーンは軽口も叩くし、どちらかというとリングラードナーの一人称の自語りの小説がもつ軽妙さやヒューマンタッチが醸し出される世界。一方のロスマクは、真摯でかつ宿命的な悲劇性を描いていて悲壮で孤独な存在ではないですかっ!?
物語としては、実に楽しめました。アクションシーンもあるし、ラストは、関係者全員を一室に集めて、謎あかしをして犯人を挙げるという、推理小説の古典的で王道的な楽しみを湛える解決法に則っています。
そして、彼の小説で「いいな~」と思うのは、とるにたらない(?)脇役の人物描写です。ムーンの眼からその人物を見ていて、いわば、その人を「イジる」感じがほんわかしていて、時に笑いも誘います。
今回は、モウルディ・グリーンという人物がいいです。彼は戦時中のムーンの隊の部下で、今は、ムーンの元カノが経営するレストランの案内役(なんとボディガードから降格された笑)で、何をやっても失敗するという折り紙付き「つかえない」奴だけど憎めないナイスガイ。読者のまわりにもきっといますよね~。私の知り合いにも笑。
物語りは途中からこんなヘナチョコをおともにして犯人捜しをはじめたあたりから、クスクス笑いを沢山しました。
「ブラッディダイスの殺人」M・W・クレイヴン作 東野さやか訳 ハヤカワ文庫2026.8
8月25日に発行された同書。
楽しみにしていたので即買い求めました。
読んでいる間、ずっと、登場人物の息吹を日常生活の中に感じる没入感。
うれしい3日間を過ごせたことにまず感謝。
粗野で不器用だけど、懸命に事件解決に向き合うワシントン・ポー。
その唯一の相棒、オタク系天才娘、ティリー・ブラッドショー。
そして、ポーの上司の「いい女系(と思う)」ステファニー・フリン、
さらにポーの婚約者の英国貴族であり、世界的名声をもつ病理学者エステル・ドイルなど。
いつもの登場人物が、イギリス国内はおろか世界中を震撼させている無差別射殺狙撃事件の犯人とガチンコで向かい合い、ついに正体をあばき、闘います。
以下ネタバレです
その過程で、これまでのシリーズでも登場してきた重要な脇役(しかも魅力的だった)だった一人が、犯人の凶弾に倒れる悲劇もあり、気持ちが重く暗くなってしまいました。
今回の犯人は、シリーズ最凶のサイコパスかもしれません。
肥大したナルシストな感情が満たされない時に、その攻撃性は、相手に向かい続け、徹底的に恨み、憎しむという粘着質かつ偏執狂。その負の感情は常人離れしています。しかも悪いことに、彼の元職業が、人の感情を操る技を武器にするミスチ―フメーカーというポジションだったため、ターゲットとなる人のメンタルを攻撃し、追い詰め、自死に追い込むことのプロフェッショナルで、じわりじわりと相手を絶望に向かわせることに至上の喜びを感じるという精神異常者なのです。
そして、標的がポーとなった時、彼は、ポーの大切なものにライフルの照準を当てるのです。
このあとは、読んでからのお楽しみ。
私が一番印象に残ったのは、ポーがブラッドショーに誘われておたくのフェス会場に入るシーンです。その時のブラッドショーの不安な心持ちが、いたいけで可愛かった。これはポーならずとも守ってあげたくなりますよね。
舞台がカンブリア地方からロンドン、サウサンプトン、ウエールズ、スコットランドなど他地域にまたがるので、そのたびに地図を見たり、Wikipediaでその地を調べたりして、ちょとした英国旅行気分も味わえました。
45年ぶりにスタインベックを読んだ。こんなにすごかったのか。 「スタインベック短編集」
「スタインベック短編集」(スタインベック 訳:大久保康雄 新潮文庫昭和29年8月)
この本。
なじみの古本屋で見つけて、「昔読んだけど、ほぼ内容を覚えてないので、読み直してみようか」と手にとって、暇な時に読んだのですが、あれ、こんなに面白かったっけ?と驚きました。そして、作品を読み進めるうちに、その驚きは、戦慄に変わりました。
スタインベックはすごいわ。
私が彼の作品を最初に読んだのは、小学校の高学年の時の「怒りの葡萄」でした。たしかに「感動」はしましたが、そのあと、ヘミングウェイにはまってしまい、スタインベックは二の次になってしまいました。その大きな理由は「怒りの葡萄」を読んだすぐあとに手にとったのが「赤い子馬」だったからだと思います。少し軽い感じがしたのですね。同じ時期に、コールドウエルの「タバコ・ロード」やTウイリアムズなどを読んでたので、そちらに関心が高まったのですね。その後「二十日鼠と人間」を読んで、やっぱりスタインベックはいい、と思いましたが、なにぶん「意味が深そうな」ポーズにあこがれる年ごろ。スタインベックの明快さ、人間愛などは、あまりにも癖がなさ過ぎて、物足りなかったのかもしれません。それよりフォークナーや、フィツジェラルド、ドスパソス、カポーティらに興味は移っていました。そして決定打は、サリンジャー。彼を見つけてしまい、完全にはまり、スタインベックとは約45年も関係を断絶してしまったことになります。
前置き長くなりました。掲載作品に対しての感想をすべて記したいと思います。
ちなみに、私が今回魅せられたのは、大久保さんの訳のおかげもあると思います。今、この感想文を書いている時分にいくつかの作品は原書(英語)も確認しています☆彡
「菊」
これはいけません。捨てるんだったら、見えないとこに捨てろよ。彼女が可哀そうでなりませんでした。素朴な男はいいけど、配慮や深遠な考えがまったくない怒。
「白いウズラ」
スタインベックがすごいなと刮目したのが、この作品の自然描写です。主人公の心理を描写する自然でじわっと感じさせる。そんな意図が明確で、ほんと傑作だと思いました。
「逃走」
涙無くては語れません(少し大げさですが)。これね~、絶句です。ペペの人生っていったいなんだったんだろう、と考えざるをえません。母がいいのです。母のひとつひとつの言葉が、野卑ですが、真心を感じ、愛情の深さと単純な行動のコントラストが泣かせます。
ラストシーン、考えましたね。これまた、自然と人間の共同作業です。この短編集の中で私のベスト1です。
「蛇」
おもしろいです。いわば怪談ですよね。なんだか、ディープサウスな雰囲気です。そして、スタインベックの他の小説とは違い、舞台は主人公の居住宅兼研究室です。自然が出てない分、著者は人間に焦点をあてていますが、スケールが小さくなった感は否めません。
「朝めし」
ヘミングウェイにも朝めしを扱った短編がありますので、読み比べると絶対面白いと思います。それぞれの作者が何を大切にしていたのかが、偶然同じ行為を描いているのでわかって面白いです。私はヘミングウェイの朝めしのほうが好きです。スタインベックはちょっと理性が先立ち押しが弱いかな・・・。
「襲撃」
こちらもヘミングウェイと読み比べると面白い。「暴力」を扱っていますよね。構成や細かい場面描写はめちゃ面白いのですが、ヘミングウェイをずっと読んでいた私としてはちょっと既視感があってしまいました。
「肩当て」
こちらも面白いんだけど、なんだかフォークナーの大作「八月の光」や「野生の棕櫚」やカポーティの一連のディープサウスを描いた作品を思い出してしまうのです。なんなんだろ。でも単体の作品としてはかなり秀逸なんじゃないかなと思います。
「自警団員」
いいですね~。男の強がり、女房の待つ家に帰ったあたりの心情描写。こんなショッキングな経験じゃなくても、多くの男はのっぴきならない仕事をした後に家に帰った時に同じように感じることもあるのでは?スタインベックってそのあたりの共感を見つけ出して提示するのがとても上手で、そのたびに、私はなんだか人生が豊かになったような気がするのです。上質のワインのような飲み心地ですよね~(上質なワイン、知らんけど)
「「熊」のジョニー」
これは、私はノーベル文学賞に値すると思う大傑作だと思います。人の心情のみならず、コミュニティの怖さ、暖かさなども描き切っているからです。私は、彼の情景描写をもとに、自分で地図を描きながら、このまちの地形を想像しながら読み楽しみました。そんなことをしたのは初めてだと思います。スタインベックの自然情景の描写はそんな衝動に駆り立てるくらい見事だと思います。大久保さんの訳もですね☆彡
「殺人」
「男」のひとつのタイプを描いています。
「聖処女ケティ」
他の作品とは全く毛色が違う作品。これは、寓話だったのでしょうか?あまり面白味を感じることができませんでした。
「敗北」
すごくいいです。夫婦としての男と女のたたずまいがすごくいい!高倉健と倍賞智恵子の世界かな~。特に後半、妻の気持ちの変化がいいんですよね~。なさそうでありそうな気がします。
「怠惰」
一番おもしろくて笑えたのがこの作品です。笑ったあとにちょっぴりうるっと来ます。まさに人間喜劇なのでは?スタインベックってやはり子供を描くのも上手だな~と心から思います。それと、女性教師の存在もキラッと光っている。妙にリアリティがありますよね。主人公と気難しい手伝いの爺さんの幸せな日々を永遠に続かせたかったなぁ、おふたりの至上の幸せのために。これって文明批判、大衆批判にもほんとは通じますが、私も彼と同様、そんな野暮なことは表立って言いたくありません。あくまで、物語の面白さだけを言及して、感想文を終えます。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。