日々感じたこと・読んだ本 -2ページ目

『印』アーナルデュル・インドリダソン 柳沢由美子訳 創元推理文庫 2023.11

北欧の小さな島国アイスランドの首都レイキャヴィク警察犯罪捜査官エーレンデュルシリーズの第6弾。

私はこの本を読むことで、今現在日本語に訳されている同シリーズをすべて読み終えることとなる。

最後の甘露を舐めるように、しみじみ味わってじっくり読もうと思ったのだが、いつものように、いや、いつも以上にはぐらかされました。

 

面白い、実に面白い。

なんだかすべてが破綻しているように思えて面白いのです。

ストーリー、登場人物同士のやり取り、主人公の行動といつも突然膨らむ衝動的行為(というか、本人も自分が何をしたいのか、わかっていない笑)、そして事件解決への道筋の不可思議さ。言葉足らずの説明と、なんだか無作為的にこんがらがる別の話など。

 

そう、もしかして作者は、まさにエーレンデュルが周囲の人に示すそっけない態度のように、

作者自身も読者を全く意識してないのかもしれません。

これは、推理マニアが読めば、「なにこれ?」って全く面白くなさそうだし、

「小説好き」が読めば、「ありえない。すべてが不完全」と思うでしょうし・・・。

共感できるのは、もしかすると「俳句」の世界から「余韻」を体得してきた、私たちニッポン人だけなのかもです。

 

事件としては、今回は、いつものごとくの「失踪」に加えて、「人を殺してもう一度生き返らせる」という異常な技術が紹介されます。

ただ、上述した理由で、筋書きとは違うところで、注意力が喚起され、なんだかいつのまにか、犯人が自白していました(笑)。

 

「緑衣の女」(アーナルデュル・インドリダソン 柳沢由美子訳 創元社推理文庫2016.7

人口30万余り、北欧の小さな島国、

アイスランドの首都レイキャヴィクの

警察犯罪捜査官エーレンデュルを主人公としたシリーズの翻訳済み第2弾。

 

前評判にたがわぬ傑作だと思いました。

以下、多少ネタバレになってしまいます。

特徴は、夫から妻へのDV(ドメスティックバイオレンス/家庭内暴力)が克明に描かれているのと、

婚姻した夫婦の間に生まれた子以外の子(非嫡出子)であったり、

両親を知らずに孤児院で育った子のその後の人生を描写している点です。

したがって、読者の読後感は、この2つの問題から目を背けることはできなさそうです。

 

私は、一方で、ここで描かれている世間は、まさに「生き地獄」かなと思いました。

一つの事件のみではなく、主人公は、離婚した過去、麻薬中毒になった娘、死産、

別れた妻から25年以上続く激しい憎悪など、大きな問題を抱えていますし、

さらに、幼少の頃、弟を冬山で亡くして以来、

自分を責め続けているという極端なトラウマを抱えています。

また、他の過去の失踪事件をひもとくうち彼が関わる人々の中には、

婚約中だったのに、叔父に強姦され子を宿した娘や、

その家族、そしてフィアンセの苦悩など、不幸の連鎖が見て取れます。

 

ラストシーンで、物語の重要人物だった2人の老姉弟が、再登場します。

3歳の時に身障者になったミッケラーノと15歳で実父を刺さざるを得なかったシモンです。

それぞれの悲劇から50年後の二人のやりとりが涙をそそりました。

 

そして、それまでは作品を通じて「ママ」など「家庭内の役割」で呼ばれていた

彼らの母の名前が、エーレンデュルの問いかけによって、最後にシモンが口にします。

この瞬間がなにか「人間性の回復」、

魂の救済を象徴しているように感じ、涙が誘われました。

 

地獄のような人生の中にも、わずかな救いは残されている。
それが、作者からのメッセージのようにも思いました。

「湿地」アーナルデュル・インドリダソン作柳沢由美子訳 東京創元社2012.6

レイキャビク警察犯罪捜査官エーレンデュルシリーズ

全5冊翻訳されているうちの1作。

シリーズを通して作者のテーマと思われるのが「孤独」と「死」だと思うが、

作者はそれを掘り下げることで、「アイスランド人特有の人生」を

自ら確認しながら表しているのではないかと思う。

今回はそれに加えて、レイプ、遺伝子、死者への敬意、死体への尊厳など、

重いテーマが上乗せされて、なんともやり切れないが、それがこのシリーズの魅力かなと思います笑。

 

そもそも、エーレンデュルの興味関心は「失踪」についてであり、

失踪者を探すことに並々ならぬ執着があり、それが他の捜査官とは全く違うところ。

これは彼の少年時代の雪山での遭難経験から生じたある悲劇がトラウマになっていて、

今も悪夢として恒常的に夢に見るという背景を持っているのですが、

この「失踪」とは、考えれてみれば、社会から消えることで、

社会と個人との結びつきが否応もなく遮断されている状況と考えられます。

 

つまり、エーレンデュルの人生を彩るものは

「失踪=社会から遮断された人」を探し出すという情念ですが、

これは裏を返せば「社会とはなにか?」を描き出さないと深みがない。

その点、意図的か無意識かわかりませんが、舞台がアイスランドという、

人口40万人ぽっちで「1200年前に遡って遺伝子を調べれば、全員がなにかしら血縁関係がありそう」という

独特の社会であることが物語の作り手には有利に働いていると思います。

今回の「湿地」は、さらに首都レイキャビクの地理的条件も事件解明の大きな要素のひとつとなっていて、

このまちへの興味が一層高まりました。

 

また、役者の柳沢さんのあとがきエッセイが上質で、

レイキャビックを初めて訪れた、まちの印象および作者アーナルデュルへの

現地での対面インタビューの様子を掲載してくれていて、作品世界への理解がぐんと進みました。