日々感じたこと・読んだ本 -2ページ目

「アデスタを吹く冷たい風」(トマス・フラナガン作 宇野利泰訳)早川書房 2015.6

7つの短編が収録されていますが、そのうち前半の4作は同じ国の同じ主人公の話。

舞台は架空の小さな国ですが、立地は、地中海に面して、フランスと北部イタリアとの間くらいにあります。

そして、つい近年、革命がおこり、王政から民主制担った国ですが、

民主制とは名ばかりであらたな権力者が過去の王政以上に権力をほしいままにしつつある、

そんな時代で、20世紀初期~中盤くらいと思われます。

 

主人公のテナント少佐は、旧王制時代には軍隊の憲兵部隊の大佐でありましたが、政局がかわり

なにかを咎めらえたのか、新国家では、少佐に降格して、いますが、けしてそれに対して不満をいわず

過去を振り返ることなく職務に専心している男です。

ハードボイルドかつ頭脳明晰で無口の男で、彼の尋常ならぬ観察眼と人間に対する理解が、犯罪から国を守る、

そういう短編が続いています。

 

実に魅力的な主人公で、作者の筆致も端正。

品のある警察(憲兵?)小説となっています。

また、どことなく第一次世界大戦の頃を感じさせる表現が、良い意味でレトロで、

現代人が失いがちな、職業倫理感や愚直に職務を遂行することの尊さを思い出させてくれます。

 

最後の3作品は、設定、主人公が違うとはいえ、面白さは充分。

ラストのどんでんがえしも楽しい佳作が続き、読書の楽しみをおおいに感じさせてくれます。

 

 

 

 

「無垢なる町」(ヘンリー・ワイズ作 吉野弘人訳)ハヤカワ・ミステリ文庫 2026.4発行

バージニア州の片田舎の保安官補ウィル・シールズを主人公にした捜査小説。

ほとんどの住民が先祖代々見知っているような小さな共同体ならではの

犯罪捜査のややこしさを堪能する二は楽しい小説です。

 

ここで描かれるアメリカは本当に病んでいます。

一人ひとりは平凡な市井の住人なのでしょうが、

白人と黒人との対立は根深く存在して、ふだんは顕在化しないけど、

なにか事件が起こると、必ず差別の力学が現れます。

そして、明るい未来が見えないからこそのドラッグへの傾倒、

不倫と離婚、銃乱用、暴力さらには汚職めいた権力争い。

このような退廃的で閉ざされた小さなまちが、アメリカのラストベルト、

そしてディープサウス、アパラチア山地のあちこちに点在しているか

と思うと、「こわいものみたさ」といった興味本位の好奇心が搔き立てられます。

 

ウイリアムフォークナー、中上健次の系統の世界観。

私は十分に楽しめました。

 

 

 

「リガの犬たち」へニング・マンケル作 柳沢由美子訳 創元推理文庫2003.4

主人公はスウェーデンの田舎町の刑事ヴァランダー。後にヴァランダーシリーズとして人気になる作品群の第二作目らしい。

時代は1990年前後。

まちの海岸に打ち上げられた小さなゴムボートの中に2人の身元不明の男の屍が乗っていたことを端緒が開かれた物語は、やがて事件に大きな関係があるとわかった海を挟んで向かい側のバルト三国のひとつ、ラトヴィアから一人の刑事を迎え入れるのだが、彼が同国に帰国した直後に、彼が殺されたという知らせが入る。結果、田舎の平凡な刑事である主人公が、異国であるラトヴィアから応援派遣を求められ、単身参り、そのラトヴィアの刑事の死の真相に迫る、という話である。

 

読んで楽しいのは、主人公ヴァランダーの目から見た、ラトヴィアの様子で、彼の母国であるスウェーデンとの違いを中心に描写されている。ラトヴィアはソ連の属領であったところから、多分直前くらいに解放され、独立したものの、先行きが混とんとしており、さらに旧ソ連の影響が国全体を覆っている。殺された刑事の未亡人と固い絆が生まれ、ヴァランダーは、事件に深入りしていくに従い、到底西側の国では考えられないような同国の暗部に巻きこまれる。

 

ある意味これは、「一般的なスウェーデンの中年男性から見た、独立直後の元共産国の滞在記」といえる。そんな目で見ると、謎に包まれたストーリー展開で、翻弄される主人公のつもりになって物語に参加すると面白いだろう。

 

文体は全体的に一つ一つが短文で小気味よく展開するので読みやすい。しかしこの事実の表現のみで、場面にリアリティをもたらす構成部分とは別に、主人公の心の中を克明に描く部分もあり、文体の種類はその2つに大きくわかれている。その違いが一種独特の不安感を読者にもたらすはずだ。

私が強いインパクトを覚えたのは、危険な立場となった彼が、ある女性の部屋に匿われることとなり、彼女について行ったところの描写だ。文庫本だとP355になる。

その女性に伴われて、彼女の住むリガ校外の集合住宅にバス停から歩いて行く途中に、「ヴァランダーは飢え死にした猫を踏んでしまった」という一文だ。

野良猫もそうそう見られなくなった昨今の日本に住む者としては、野良猫の存在もそうだが、それが「飢え死にした」と言い切っているところに、この作家の個性が出ている。つまり、描写がなく、いきなり「飢え死にしている」と断定しているのだ。あるいはこれは作者というより主人公がそう感じたということなのかもいれないが、私は作者の個性だと感じた。

この一文で独立直後のラトヴィアに俄然興味を覚えていろいろ調べることとなったが、この感想文の主旨とは違うので割愛したい。

 

ミステリーではあるのだが、推理小説として読もうとするともどかしい。一人の平凡な中年外国人が、出張中に体験した、人生を変えてしまうほどのカルチャーショックに遭遇した記録として読むと面白さを感じるかもしれない。しかし、それでも観光旅行記というより、「滞在記」であって、しかもすべてが主人公の資質に帰する内容にとどまるざるを得ない。かの国のリアルを感じたいのであれば、物足りないし、作品性を高めるために演出が強くかかっている可能性が高い(巻末の解説からもそれが伺える)ので、「雰囲気」を味わう楽しみのみに留めておくべきだろう。