『厳寒の町』アーナルデュル・インドリダソン 柳沢由美子訳 創元推理文庫2022.1
レイキャヴィク警察犯罪捜査官エーレンデュルシリーズの第5弾です。
人口40万人にも満たないアイスランドという小国で、移民が押し寄せているらしい現状を背景にしています。気になってCOPILOTで調べてもらったら、同国において現在の国際移民数は人口の25.1%にまで達しているそう。同国はOECD諸国の中で移民流入が最も激しい国らしいです。人口の2割が外国にルーツを持つ国民だそうです。
この作品は、そんな世相の中、タイからお母さんに連れられてきた小学生の純真な男の子が何者かによって刺殺されるという悲劇を、エーレンデュルとその2人の同僚エリンボルク、シグルデュル=オーリの、息があっているんだか、あっていないんだかわからない3人の捜査官が犯人を捜し、最後に見つけるお話です。
このシリーズ、第5弾らしく、私は読むのはこの作品が4作目なのですが、いまだこの3人の関係が不可思議で、変な面白味を感じています。
全員、コミュ障なのか?
それとも作者の筆致スタイルなのか?
翻訳者の技量なのか?
それともこの小さな島国人の国民性なのか、
いったいなんなのでしょう。
ハードボイルドな作風って、行動の積み重ねで登場人物の人柄や内面に触れていけるのが読者の醍醐味なのでしょうが、この作品って、ハードボイルドなのかな?それが作者が意図しているのかな?あまりそういう気がしません。
なにか、北欧の氷山の水をイメージさせるような清らかで透明で孤高で、何物にも混じることができない、変な気高さとそれが故の存在の悲哀を感じるのです。
これ、なんとか、解明したいのですが、ヒントがどうも見つかりません。
べとついた人間関係が持ち味の極東の島国の読者からしたら、
その対極にありそうな極西の島国アイスランドについてもっと知らないといけませんね。
具体的には、電話でのやりとりのぶっきらぼうさ、およびそれに対してのそっけない反応。もっといえば、電話がかかっていても、出ないシーンも少なくありません。
なにか、みんながみんな、お互いを拒絶していて、内にこもっているような感じです。
こんなスタイルの小説を私は読んだことがないので、この3人のやりとりが面白ろすぎます。
物語そのものは暗く、もう最初の1ページのシーンなんて「へぇーそこに目をつけて、文章を重ねていくのか?」という情景描写が続きます。物語の背景的な設定、描写、人間関係、トラウマ、夫婦間トラブル、娘のドラッグ中毒、孤独死を迎える運命を是とする老人そして、移民の社会不適応問題など。じっくり籠って読んでいただきたい一冊です。
『声』アーナルデュル・インドリダソン作 柳沢由美子訳 2018.1 創元推理文庫
『悪い男』『湖の男』に続いてインドリダソンの作品を読むのは3回目。
だんだんと、このエーレンデュル捜査官シリーズの面白さにハマってきていて、今この感想文を書いている段階では、次の作品『厳寒の町』にとりかかっている。
美しくも悲しい物語。父との関係が子供アイドルの運命を狂わせた話。レイキャビックの二番目に豪華なホテルのドアボーイが殺され、その犯人を検挙するための3人の活動が、いつものようにゆったりとした捜査員同士の間の家庭での話を交えながら進んでいく。主人公エーレンデュルはいつものように、被害者に、自ら思いこんでいる原罪的な悲劇を重ね合わせて見てしまう苦しみにもがく。3人の息があっているのか、反目しあっているのかよくわからない捜査活動の流れが魅力的。ことに今回は、クリスマスシーズン直前の出来事なので、捜査官3人のクリスマスを迎える気分もところどころに見えて、私たち日本人ではうかがい知れない気分があることが推察された。
ちょっとネタバレ↓
一番悲しかったのは、父と絶縁して、ホテルのドアボーイとして地下の倉庫部屋に住ませてもらうほど落ちぶれた元子どもアイドルが、親にも言えずに、けれど、失われた少年時代の幸せなひとときの追憶にひたるため、時折実家に帰り、一晩、じっと暗いリビングで佇んでいる姿でした。
『マンハッタン・ミステリー』(ビル・アドラー編 小菅正夫訳)新潮文庫 1987.6
図書館で借りてきた本で、タイトルに「マンハッタン」「ミステリー」と2つのそそる単語が出ていたので、即借り。ベテラン作家8人の書下ろしを収録しています。ちょうど、アメリカのミステリーに興味を覚えていてどんな書き手がいるのか知りたかったので、さっそく読み始めました。一作づつ感想を記します。彼らは月一回会食をしているようで、その中の一人が「皆で一作づつ書こう」と提案して生まれた珠玉の本で、それぞれがマンハッタンのある区域を舞台にしてダブらないようにし、全編でマンハッタン全域の区域で異なる雰囲気がわかるようにしているとのことで、面白い試みです。私はこの5年ほど後にはじめてニューヨークマンハッタンを訪れたので、当時の様子を思い出しながら読む楽しさも味わえました。評価が分かれる結果となりました。
『誘導された評決』トマス・チャスティン ★★★★★
仕事に熱心で孤独なアパート暮らしの刑事・クルーエットが犯人を挙げるまでの様子がハードボイルドタッチで無駄のない端正な表現で描かれていてとてもよかった。正統派でしゃれていて、かつほんの少し、サリンジャーの「笑い男」のような、主人公の内面がどうお物語における行動に影響しているか、を「内面」「行動」→結末、という両面を伺う楽しさを持っている作品です。
『幸運な日』メアリー・ヒギンズ・クラーク ★★★★★
これ、すごくいい作品だと思いました。路上でよく見かける老人の「幸運な日」と、主人公の生活などが交差して、信頼していた人への深い疑念が沸き、そして、意外な結末。結末の書かれ方はいささか陳腐でしたが、ストーリーの面白さとしてはダントツに良かったと思います。
『死が別(わか)つまで』ドロシー・ソールズベリー・デーヴィス ★★★
夫婦間の疑惑と殺人をテーマにした作品。古典的かつオーソドックスな筋書きや舞台設定かと思いました。1980年代の短編ミステリーの典型のような印象を持ちました。
『最後の夢』ルーシー・フリーマン ★★★★★
ひょんなことから、自分の患者が殺害された殺人事件の犯人捜査に協力することになった精神分析医が主人公。彼の思いがリアルに感じられたし、彼に捜査協力をお願いしてきた警部とのやりとりがよくて、なにか、苦み走った大人の友情を描いているようで、すごく良かった。先にあげた『誘導された評決』もそうですが、こうした主人公の人間像に味わいがある小説はいいなとあらためて。
『鳥になった女』ジョイス・ハリントン ★★★★
現代的でカルトなシーンが、逆にリアリティを感じさせます。ここで描かれている拘束欲求とナルシズムは現代の病巣の一つだと思いました。怖いです。
『不意打ち』ウォーレン・マーフィー ★★★★
殺し屋が主人公で、軽いユーモアが全編に漲っていて、巧いなぁ~と思いました。短編小説の面白さが満喫できました。リングラードナーやサリンジャーの短編作品のように、主人公へのシンパシーが一行ごとに満ちて来る、楽しい読者体験となりました。
『ヴァレンシア・オレンジ殺人事件』バーナード・セント・ジェームズ ★
これはいったい何だったんでしょうか?地位を築いたベテラン作者が、肩の力を抜いて、皆を楽しませるために書いた作品のようでした。内輪には受けたでしょうね。
『あるヴォードビル芸人の死』ホイットリー・ストリーバー★
ワシントンスクエア近くの集合住宅での話。そして、彼らを翻弄する政治的な事情など。面白いといえば面白いが、少し話が複雑で、その割には心に残るものがありません。