日々感じたこと・読んだ本
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「リガの犬たち」へニング・マンケル作 柳沢由美子訳 創元推理文庫2003.4

主人公はスウェーデンの田舎町の刑事ヴァランダー。後にヴァランダーシリーズとして人気になる作品群の第二作目らしい。

時代は1990年前後。

まちの海岸に打ち上げられた小さなゴムボートの中に2人の身元不明の男の屍が乗っていたことを端緒が開かれた物語は、やがて事件に大きな関係があるとわかった海を挟んで向かい側のバルト三国のひとつ、ラトヴィアから一人の刑事を迎え入れるのだが、彼が同国に帰国した直後に、彼が殺されたという知らせが入る。結果、田舎の平凡な刑事である主人公が、異国であるラトヴィアから応援派遣を求められ、単身参り、そのラトヴィアの刑事の死の真相に迫る、という話である。

 

読んで楽しいのは、主人公ヴァランダーの目から見た、ラトヴィアの様子で、彼の母国であるスウェーデンとの違いを中心に描写されている。ラトヴィアはソ連の属領であったところから、多分直前くらいに解放され、独立したものの、先行きが混とんとしており、さらに旧ソ連の影響が国全体を覆っている。殺された刑事の未亡人と固い絆が生まれ、ヴァランダーは、事件に深入りしていくに従い、到底西側の国では考えられないような同国の暗部に巻きこまれる。

 

ある意味これは、「一般的なスウェーデンの中年男性から見た、独立直後の元共産国の滞在記」といえる。そんな目で見ると、謎に包まれたストーリー展開で、翻弄される主人公のつもりになって物語に参加すると面白いだろう。

 

文体は全体的に一つ一つが短文で小気味よく展開するので読みやすい。しかしこの事実の表現のみで、場面にリアリティをもたらす構成部分とは別に、主人公の心の中を克明に描く部分もあり、文体の種類はその2つに大きくわかれている。その違いが一種独特の不安感を読者にもたらすはずだ。

私が強いインパクトを覚えたのは、危険な立場となった彼が、ある女性の部屋に匿われることとなり、彼女について行ったところの描写だ。文庫本だとP355になる。

その女性に伴われて、彼女の住むリガ校外の集合住宅にバス停から歩いて行く途中に、「ヴァランダーは飢え死にした猫を踏んでしまった」という一文だ。

野良猫もそうそう見られなくなった昨今の日本に住む者としては、野良猫の存在もそうだが、それが「飢え死にした」と言い切っているところに、この作家の個性が出ている。つまり、描写がなく、いきなり「飢え死にしている」と断定しているのだ。あるいはこれは作者というより主人公がそう感じたということなのかもいれないが、私は作者の個性だと感じた。

この一文で独立直後のラトヴィアに俄然興味を覚えていろいろ調べることとなったが、この感想文の主旨とは違うので割愛したい。

 

ミステリーではあるのだが、推理小説として読もうとするともどかしい。一人の平凡な中年外国人が、出張中に体験した、人生を変えてしまうほどのカルチャーショックに遭遇した記録として読むと面白さを感じるかもしれない。しかし、それでも観光旅行記というより、「滞在記」であって、しかもすべてが主人公の資質に帰する内容にとどまるざるを得ない。かの国のリアルを感じたいのであれば、物足りないし、作品性を高めるために演出が強くかかっている可能性が高い(巻末の解説からもそれが伺える)ので、「雰囲気」を味わう楽しみのみに留めておくべきだろう。

 

「本当の戦争の話をしよう」(ティム・オブライエン作、村上春樹訳)文春文庫1998.2)

タイトルどおりの内容。

短編集だが、いわゆる文庫本2-3ページくらいの掌編と、数十ページの短編などがランダムに掲載されている。

戦争とはベトナム戦争のこと。

語り手は、作者と思われる「オブライエン」。

ベトナム戦争中の最前線で戦闘や、その前後に、

作者を含む小隊の面々はどういう気持ちでどういうふるまいをしたかが赤裸々に描かれている。

また、作者ほか数名の兵士については、戦前と戦後のエピソードストーリーも挿入されている。

 

感想としては、よくここまで書いてくれたな、と、ありがたさ、感謝の念を禁じえなかった。

これこそ、リアル、の言葉がふさわしい。

作者は「戦争の話をするなら、それは戦争の話にはならない」的な、ちょっと秘密めいた不思議な感慨を時折述べている。

これは、リアルとフィクションとの境界がぼやけてしまっていることを意味するのだろう。

なんとなく言いたいことがわかる。

痛烈で悲劇的な経験をすると、その経験が果たして本当にあったのか、

それとも自分の妄想だったのかがわからなくなることは実際にある。

そして、ダメッジが深刻であるほど、経験した事実は思い出せない、

一種の記憶喪失に近い状態になることがあるということを私は、実際にある人を話をしていて感じたからである。

 

印象深いシーンは沢山ある、いや、すべてのエピソードが印象に強く残る。

ほとんどの兵士は20代そこそこの若者である。

未来があったであろう彼らが戦場で何に遭遇したか。

その結果が彼らを人間としてどう変えていったか。

その瞬間の出来事などが、

兵士ひとりひとりの想いだったり吐息だったり、体臭まで感じられるような身近にいる感覚で味わえた。

 

作者はそれほど有名ではないらしいが、村上春樹はよくぞ彼を見つけて、丁寧に翻訳してくれた。

村上は小説家としても偉大だが、この作者を発掘し、翻訳して私たちに紹介してくれたことは

作者としての名声に負けず劣らずの大きな功績だと思う。

 

パブリックヒストリーの金字塔である。

『私立探偵マニー・ムーン』(リチャード・デミング作 田口俊樹訳)新潮文庫2025.7

1950年頃のアメリカ・セントルイス州に個人事務所を構える私立探偵マニー・ムーンが依頼を受けて解決に挑む物語が7つ収まっている短編集です。

主人公のムーンは、第二次世界大戦で右足を失い、義足。しかし「本当の足はヨーロッパに置いてきた」と言うほど、精神的なストレスは感じておらず、その時その時の瞬間を生きる、ポジティブな性格です。仕事の依頼が十分になく、貧乏とは親しい友達(笑)なのですが、ルックスがぱっとしない割には、登場する女性に惚れられて関係をもつなど、品行方正とは縁遠い人物です。彼のこの「くよくよせずに目の前のことに自分らしく向き合う」というスタイリッシュな姿勢は作品全体に貫かれており、それがハードボイルドでタフな探偵像をくっきり際立たせています。口をひらくと、気が利いて渇いたユーモアを発する洒落者でありますが、一方で軍隊仕込みの武闘派でもあり、素手や蹴りで敵を死に至らしめるシーンさえあります。読者は気持ちよく物語の筋を追うことができそうです。

 

短編には毎回違う登場人物(犯人含む)も出ますが、一方ムーンの知り合いも出ます。くされ縁の警部は毎回出ますし、以前ムーンと婚約していて今は腕利きのトランプカードのディーラーである美女や、引退した凄腕の金庫破りも複数回、登場しています。

 

作品の特徴は、「密室でありえない殺人」そして「容疑者にある確固たるアリバイ」、「思いがけない犯人」と、「物語に出る人物すべての因果関係がわかる結末」といったところでしょうか。すべてではありませんが、大体がこのパターンです。

ですから、一作読み終えて、次にうつることを繰り返していくうちにやや既視感も生じるかもしれません。しかし筆致には既視感を打ち消すに余りある魅力も感じますから、退屈せずに読み進められます。

 

作品別の個別紹介は避けますが、どれも味わいがあります。一言コメントします。

第一話「ファレスのナイフ」

カジノを仕切る黒幕、その愛人、そしてオフィスの青年など、最後の因果関係に納得。

第二話「悪魔を選んだ男」

冒頭のシーンが何かがおこりそうでワクワクしました。最後まで楽しく読めました。

第三話「ラストショット」

モルヒネ中毒の娘を監視する仕事を依頼されたムーン。ラストシーンの悲劇度は一番。

第四話「死人にポケットはいらない」

町一番の大物と別から来た大物の支配権を争う戦いに巻き込まれるムーン。怖い結末。

第五話「大物は若くして死す」

まちの顔役が消され今こそ好機とばかりにやってきた別の町のワル。事件に必ず女あり。

第六話「午後五時の死装束」

市長選が近づくまちでおこる秘密の陰謀。利用されるムーン。依頼人が魅力的。

第七話「支払いなくば死あるのみ」

有名女優に求められ会いに行くムーン。そこで殺人が出くわし、彼女の黒歴史を知る。

 

アメリカの1950年頃、パルプマガジン時代の最後の輝きを見せる短編ばかり。読者の楽しみを感じさせてくれる一冊です。

 

 

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