日々感じたこと・読んだ本
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『夏帆』(村上春樹作 2026年7月3日発売 新潮社)

ひとりぼっちの20代後半の都会暮らしの女性が経験した、現実と過去と幻影が交錯した物語。

読み進める内に、主人公にとっては、どれが現実でどれが幻想かがわからなくなってきて、そのうちに主人公も読者である私も「そんなこと、まぁ、どうでもいいか」と思ってしまう内容(笑)。なぜなら、幻想を「是」としないと、話が進まないからである。

 

思えば、この作家には、そのデビュー2作目「1973年のピンボール」でも、「人でない」もの(ピンボールの台)と向きあうことではじめて深く主人公の心持ちが伝わる、素晴らしく印象的な手法を見せられ、私はいっぺんに魅せられたが、この長篇はまさにそれを彷彿させる。

しかし、『ピンボール~』のそれは、ラストシーンだけだったのに対して、こちらはほぼ全編がそれで、しかも、相手は人でなくても生があるもの、つまり「生き物」である、アリクイだったりシロアリだったりだから、私の感じ方は、『ピンボール』とは微妙に違う。

どちらが優れている、どちらが劣っているかの問題ではなく、微妙に印象が違う、そういうこと。

 

人に理解されえない主人公の淡くて儚い日常に、私は同作家の傑作だと思う『アイロンのある風景』を思いだした。

そう、同作の主人公の娘が自らを評して言うように、人は「からっぽ」な存在なのである。その「からっぽ」だからこそ、何物かが身体にするっと入ってくるのである。これは、憑依と言う現象として扱えば、心理学的、社会学的なテーマとして成り立つが、このたびの『夏帆』は、そんな漢字二文字の「憑依」が重々しく感じさせる内容で、もっと肌感覚で、より生理的なしめりけを帯びた徴候として見られる。だからこそ、とても怖い。つまり誰の身にも起こりうる超自然現象のように思うからである。

狐憑き、ならぬ「白アリ憑き」である。

 

読み終わると、物悲しいカタルシスを感じさせる。

そして、人は「ひとりぼっち」で目の前に続く「生」を全うしていく存在なのだと。

夜、存在の哀しみに身を横たえて漆黒の世界に浸っても、朝日が昇れば、また起き上がる。そして、新たな一日を迎えていくのだろう、と思うし、自分もそうありたいと思うのである。

アマゾンのアリクイもそれは同じであろう。

「ウイリアム」(メイソン・コイル作 山本佳世訳)ハヤカワ文庫 2026.5

研究者の夫婦と、夫ヘンリーが作ったAIロボット(ウイリアム)の物語で、

妻リリーは成功した研究者で会社経営者だったが、今は退職して悠々自適。そして妊娠して、初の子の誕生をまちわびている。

 

そんな設定だが、そこにリリーの元部下の2人が遊びにきた、ハロウィンの一日に起こった、身の毛もよだつ残虐な事件が物語となっている。

 

これ、どういう気持ちで読んだらいいのか、わりと読み方が難しかった。

主人公がヘンリーなのだが、読者によっては、リリーに感情移入できるのでは?

さらに、ロボットのウイリアムに感情移入をしたくなるシーンも多少はあった。

 

カズオイシグロの「クララとおひさま」を読んだ身としては、同じロボットでも、随分と趣が違い、このウイリアムは

すべての人類の悪を栄養にしてどんどん学習していく、不気味な化け物といえる。

「クララとおひさま」の「クララ」といは対極の存在だろう。

 

ひとつひとつの章が文庫本で2~5ページくらいの読みやすさだし、登場人物が人間としてはわずか4名なので、いたってすらすらと読める。スティーブンキングの「シャイニング」に似た「怖さ」作り、怖さの設定だったと思う。

 

部屋の描写、空間が物語に大きく影響するので、見取り図など最初にあったらよかったのにな~と思った。

「アデスタを吹く冷たい風」(トマス・フラナガン作 宇野利泰訳)早川書房 2015.6

7つの短編が収録されていますが、そのうち前半の4作は同じ国の同じ主人公の話。

舞台は架空の小さな国ですが、立地は、地中海に面して、フランスと北部イタリアとの間くらいにあります。

そして、つい近年、革命がおこり、王政から民主制担った国ですが、

民主制とは名ばかりであらたな権力者が過去の王政以上に権力をほしいままにしつつある、

そんな時代で、20世紀初期~中盤くらいと思われます。

 

主人公のテナント少佐は、旧王制時代には軍隊の憲兵部隊の大佐でありましたが、政局がかわり

なにかを咎めらえたのか、新国家では、少佐に降格して、いますが、けしてそれに対して不満をいわず

過去を振り返ることなく職務に専心している男です。

ハードボイルドかつ頭脳明晰で無口の男で、彼の尋常ならぬ観察眼と人間に対する理解が、犯罪から国を守る、

そういう短編が続いています。

 

実に魅力的な主人公で、作者の筆致も端正。

品のある警察(憲兵?)小説となっています。

また、どことなく第一次世界大戦の頃を感じさせる表現が、良い意味でレトロで、

現代人が失いがちな、職業倫理感や愚直に職務を遂行することの尊さを思い出させてくれます。

 

最後の3作品は、設定、主人公が違うとはいえ、面白さは充分。

ラストのどんでんがえしも楽しい佳作が続き、読書の楽しみをおおいに感じさせてくれます。

 

 

 

 

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