全てをなくしてしまったかのような落胆は少ない。
ただ、あぁもうないんだなというノスタルジックな空気が部屋に残るだけ。
時間が戻れば良いとか、あの時こうすればという後悔はなく、
それらが過ぎ去ったから今があるんだとなんとなく納得できてしまう。
あえて言葉にするなら、なんだろう。
何が私を救ってくれるのだろう。

何かを求めても何も帰ってこない。
あの人の言った言葉は、本当だったのかもしれない。
★見た目だけ、うわべだけきれいにしても、
 中身が伴っていなければ、すぐに見抜かれる。

 それは、ファッションでもライフスタイルでも、何においてもそうだと思う。

 きれいな服を着て、その人が憧れるような生活をしたって、
 汚い言葉を使い、人を傷つけ、そんなことをしたら、
 そんなの全く受け入れられない。

 見返りばかりを求め、誰かに何かをすることを、何か特別なものなのかのように言う。

 本当にその人が好きなら、
 何かをしたからと言ってやたらと見返りを求めるのはエゴだし、
 ましてや、それをちっとも気にかけていないなんて。
 
 私だって完璧ではないし、こんなことを言うのは生意気なのかもしれないけれど、
 どうしても嫌だ。

 うまく言えないけれど、なんだか今日は、そんなことを思う。
「あなたなんて、だいっきらいよ!」と言えたら、どんなにすっきりするだろう。
「あなたのそういうとこ、不愉快になるわ!」って言えたら、どのくらい落ち込むだろう。

後者は、相手が、ではなくて、私が、の話。

相手のことを、悪気なく傷つける人。
その人は、全くそのことには気がついていなくて、
むしろ、かまってるくらいなのかもしれない。
きっといつの間にか私も同じことをしてしまっているかもしれない。

だからあまり人と関わりたくないと感じる。
無論、人と関わらずに生きていくことは皆無で、
何かにつけて人と関わることは発生する。

相手を知りたいと思ってたくさん話してしまって、知らない間に傷つけるのなら、
私は、相手を知らなくていいから傷つけたくない。

自分はこう思う!とあまりに強く言われると、
そしてそれが本人の思いを通そうとするばかりの言葉なら、
そんな話、全く聞きたくない。

どうしてそうやって、突っかかることばかり言うの?
何がたのしいの?
思い通りにならないことの方が多いと思って過ごしたら?
と、言いたくなって、やめる。

だって、そんなことを言う事自体、私は好きじゃない。
そして、そっとドアを閉める。

私とその人の間にあるドアを閉じて、
1度目なら鍵は見つけやすい所に置くけれど、
幾度もあれば、もう鍵は海に捨ててしまう。

もうあなたと私の間のドアは開かないわ。

そして、小さくさよならをする。
何も言わずに、そっと。
相手も望んでいれば、なお良しとしよう。

やっぱり私は、あんな言葉、言わなくても良いみたい。
高橋徹也。
SSTVにかじり付いていた高校生の頃によく聴いていて、
私が部屋で膝を抱えて夜を過ごす時間に似ている曲。

今日も何十回とリピートで聴いている。

星明かりの照らす小さな部屋の揺れるカーテンに青白く透ける光。
細身の男のうずくまる姿。
1ミリ先は宇宙のように感じる。

彼の歌っている言葉が、そのまま映像になって私の頭で上映される。

私もその宇宙へ連れて行って、と手をかざした瞬間になくなってしまいそうな、
ひどく危ういバランス。

私にもその宇宙を見せてほしい。
程よい眠気と足先の感触。
恋人はあまり言葉を口にしないけれど、
眠っている時、離れていても足先だけは、私の足先と触れている。

足の指で私の足先をもぞもぞとする。
私も離れないようにもぞもぞとする。

お互いはほとんど眠っていて、
だけれど足先をもぞもぞとさせて、
私は彼が隣にいる事を目を開けずに確認する事が出来る。
そういう時間が大好きだ。
セクシャルではない時間。

私たちの時間は、たいていそういう事で出来ている。
ぎゅっとして眠ったり、背中を向けて眠ったり、
どちらかが布団に潜り込んでいたり、
起きてしまっても眠っている相手を起こさないように時間をやり過ごしたり、
他愛のない話をしたり、仕事の話をそんなに詳しくなく話したり、
ご飯を食べたり、少しお酒を飲んだり、
近所をお店開拓と称して歩いたり。

私たちはいつも眠っている。
眠るために一緒にいるのではないかと思ってしまうくらいだけれど、
彼の仕事がたいてい遅いため、仕方がない。

どこかに1日中出かけるなんて、数えるほど。

だけど、1日中出かける事をメインにしてしまったら、
足先はきっと遠くなる。

程よい眠り。
あたたかな布団。
足先の感触。
私には、それのほうが、大事。

寝起きのその人に、
コップ1杯の飲み物を差し出す方が、
今の私には、とても大切。
「この前に夜、俺のジャケット着てたよね。あれで、ちょっと具合悪いのかなって思った。」
「そうじゃない。」とは言えなかった。

確かに寒かった。けれど、その人の着ている物を着てみたかった。
その人の服を着るなんて、彼の家に行った時に部屋着の代わりとして、
ユニフォームを借りるくらいだったから、
そして、もうここ半年以上その家は行っていないので、
それを着る事がなかった。

だから、着たかった。
暖かい服。だいぶ大きな。

それに包まりほっとする。
彼の物。

最近、彼の着ているジャケットは、今までのクラブの物ではなくて、
私の好きな茶色だった。

具合が悪くなったのは仕方がないけれど、
出来れば、そんな姿は見せたくなかった。

そんな姿を見せるくらいなら、
なんとなくいなくなってしまった方が、良かったかもしれない。

そうは思っても、
過ぎてしまった事なので仕方がない。

また時々は、
彼の服に包まろう。
寒くなくても。
洗濯機が回っている。
ブーン、ブーンと、同じペースで音が響いている。

その音を聞いていると、眠たくなる。
子守唄であるかのように。
(小さな頃に子守唄を聴いた記憶はないけれど)

乗り物に乗ると眠たくなるのと似ているのだろうか。

他の人と同じペースで寝息をたてるのは、難しいと思っていた。
ましてや、同じ年くらいの同性なら、体も似ているだろうとからと納得できるけれど、
ずいぶんと年上のそして性別の違うその人と同じペースで呼吸するのは、
私の呼吸が深いからか、
その人が浅い呼吸をしているからなのか。

はじめてその事に気がついたときは、
言葉にはしないものの、そうとう驚いた。

今まで一緒に眠った人で初めてだったから。

私がその人を好きすぎて、あえて合わせるのかと自分を疑ったけれど、
リラックスしてきた頃、
あぁやっぱり同じなんだと再確認した。

呼吸の合う人。
吸う、と、吐く、が同じ間隔で繰り返し、
それが私と同じ回数を重ねていく。

それを聞いていると、
とても安心する。

もちろん、好きだからというのも、少なからず理由の一つではあると思うけれど、
(好きじゃなかったら一緒に眠らないけれど)
でも、本当に安心する。

眠っているその人の呼吸を聞きながら私が起きているときは、
起こさない程度に、髪をなで、ひげを猫みたいに触りたくなる。

私は単純だ。
向こうで洗濯機が回っているだけで、
そんな事を思い出して、幸せになれる。
風邪は良くならない。
でも、1日1日と小さくは良くなっている気がする。

その風邪が残していったもの。
欲望を少し取り払った胃。
幾つかの風邪薬。
買ってもらったスウェット。
チョコミントのアイス。
寒さに鋭くなった体。
熱のぼんやりで見たその人。
消えない咳。

先日、彼と歩いていて、
「食べないからだ」と私の風邪を言った。
食べない、というより、食べなくてはいけないと思えないし、
そう思うのが辛い。
お昼はたいてい食事をするし、
お昼が遅かったり消化していない感じがない限り、夜だって食事をする。

だけれど、どうしても自分に一生懸命になれない。
「一人で食べるのはつまらないから」
そう答えるのが、精一杯だった。

じゃあ、この人は何を食べているのだろう。

「パスタ、ラーメン、パスタ、ラーメン、時間がないから。」

私は、平日のその人の生活を驚くほど知らないのだと、それに驚いた。
知らないというよりも、
夜ご飯をたくさんいろんなものを食べるのに、
お昼はそうなんだぁと、なんだか言葉を吸収していた。

食べる事。

拒食とか、そういった類いではない。
ただ、よく言う胃が小さくなったという事なんだと思う。

一昨日は、はんぺんを食べて、もうそれで良いと思った。
1杯のビール、グラスの底が、遥か彼方に見えた。

ビールって、こんなに大変な飲み物だったかしら。

極端に食べていないわけではないので、やせたりはしていないと思うし、
それは確信を持てるけれど、
食べない事は、死にゆく人を思い出させる。

食べられなくなって、たくさんの管が体に通っていて、
管が取り外されて、微笑みながら眠ってしまった人。
私の何かを分けて、それでまた目を開けてくれたらいいと思った。

そしたら、私はたくさん食べるだろう。
食べたいとか食べたくないとか、そんな事にとらわれず、
その人のために、分けてあげられるように、元気になろう、と。

自覚や責任感が足りないと言われたら、それまで。
だけど、自分のために一生懸命になれない。
そう思っているだけだと思うし、
明日は、ものすごい量の食事をするかもしれない。

風邪を引いてから、そんな事を考えた。
書きかけて止める。
声を出しかけて止める。

言わなくても放っておけるなら、極力言わない。
そう、努める。

そうする事が、自然に思える。

ように、努める。

うまくできないって、おもしろい。