人格障害かもしれない 」磯部潮/著(光文社)
 
 上記書籍を参考文献にしようとしたのは、パーソナリティ障害に関する書籍で手持ちのものがこれだけだったからです。入門書としてお勧めといえるかはわかりませんが、入手しやすいので、ざっと基礎的な知識を得るにはいいかも知れません。
 この書籍は境界性パーソナリティ障害に比重を置いています。パーソナリティ障害の代表的存在であり、臨床例も多いからです。
 それ以外は概要に留まっています。私が最も興味を持っていた自己愛性パーソナリティ障害は、ネット上で人気がある割には有病率も高くはありません。
 
 自分をよく見せたい、他人より自分が優れていることを見せつけたい、という人はたくさんいるけれど自己愛性パーソナリティ障害と言える人はそう多くはないのでしょう。
 投票のモデルの人 は、断ったら険悪になりましたが、立場が逆でもやりづらくなるだろうし、通常の人間関係の範囲内です。
 距離を取りたい時は言葉以外の手段で伝える、伝わらなければ我慢する、どうしても無理ならできるだけやんわり言葉で伝える、生きていく上で必要なスキルです。あわてることはありません。
 この人が、私が社内に留まれなくなるほどの嫌がらせを始めたら、それは通常の範囲を逸脱しています。その性質は、むしろ境界性パーソナリティ障害を思わせます。
 
 再び、自己愛性パーソナリティ障害っぽい人の分類。

1 通りすがり型
 赤ちゃんを連れたお母さんを見ると母乳かどうか聞いて母乳でないと答えようものならうれしそうに説教を始めるような人。似たパターンに
「休日は何しているのか」「自炊しているのか」
などがある。いずれも希望の答を聞くとうれしそうに説教を始める。

2 個別指導型
 教師でも上司でもなければその他指導的立場でもないのにものを教えたがる人。
かなり迷惑な存在である一方、うまく使えば親切な情報源となってくれる。新しいターゲットを見つければあっさり離れることもある。

3 怒鳴る上司型
 とにかく怒りっぽい。部下をうつ病にするタイプ。

 何かイマイチ。パーソナリティ障害シリーズを書きはじめた時は、
説教族=自己愛性パーソナリティ障害説
を解明する予定でした。上記は私が現実に出会って困った人をモデルにしたんですが、いずれも説教族に似ていないのです。
 強いて言えば2→3ですが、私の経験では、1や2は3になりません。3には上司であるとか、ある程度社会的地位が必要ですが、社会的地位の高い人は1や2ようなセコい説教をする必要がないのです。
 
現段階での仮説。
A.説教族は1、2である
B.ネットだから攻撃的になる
 
 イマイチなんですが、私が参考文献の内容だけでは自己愛性パーソナリティ障害を理解できていないのでしょう。中途半端ではありますが、今回はあえて
説教族=自己愛性パーソナリティ障害説
を結論づけずに終らせようと思います。入門書程度の知識では無理があるでしょう。またよい書籍が見つかりましたら再開します。

 次回最終回の予定。
 
 
 11月23日の記事。本当は説教族=自己愛性パーソナリティ障害説を信じてはいるのです。証明しきれなかったというだけで。
Something Orange様
『あきらめたらそこで試合終了ですよ』という言葉の意味
 
 先日ミニブログ (コメント欄)に、
「『あきらめたらそこで試合終了だ』は良い言葉ということになっているが、ちゅうねんになっても仕事もしないでリコーダーの練習をし続けなければならない人生などまっぴらだ」
と書いたこともあり、上のエントリーが目に留まってしまいました。趣旨は、
「あきらめたら可能なことも不可能になる」
ということで、メジャーリーグのイチロー選手などの例を挙げています。
 当ブログを読み慣れている人なら、またこいつ屁理屈つけて反論しようとしているなと予測できたと思いますが、その通りです。
 
 そもそも私は不可能だと思ったら物理的に不可能になるとは思っていないのです。10代の頃はりんごの皮をむく のは自分には不可能だと思っていましたが、今はむけます。四つ割りでですが。ただ、そのむけなかった10代の頃に、
「むけないと思い込んでいるからむけないんだ」
としつこく説教されていたら今もむけなかったと思います。こう書くと
「本当はできるのに努力しなかっただけ」
と言われそうですが、その時できなかったのは確かだし、できるようになったのは努力したからではありません。
 
 りんごを丸のままくるくる皮をむくことは今は不可能ですが、いつかできるかも知れません。しかし
「できないと思い込んでいるからできないだけだ。できると思えばできる」
と怒られたら本当に一生できなくなるかも知れないので怒らないで下さい。
 
 今年もそうですが、私は何度か失業した経験を持っています。次の仕事が見つかるまでは
「絶対就職できる」
なんてとても思えず、私なんかどこも雇ってくれないんではないか、このまま飢え死にするんじゃないか、と毎日が恐怖に満ちていました。
 だからといって本当に雇ってくれるところがなかったなんてことはないし、飢え死にしたこともありません。そのことが、次への自信に繋がることもありません。また失業したら同じ恐怖に捕われるでしょう。
 
 ブログの初期に似たことを書いたらボコボコにされたので書きづらいのですが、
「心で思ったことが現実になる」
って、エスパーじゃあるまいし、そんなことはなかろうと思うのです。
 
 リンク先の話に戻ると、イチロー選手は野球が好きでプロ野球選手を目指していた、無数の少年たちの一人です。高卒でドラフト指名され、数年で活躍し始めた選手です。イチロー選手を例にあげられても、
障害者はみんな乙武さんみたいになれる はず、なれないとしたら努力が足りないだけ」
と同じくらい滑稽です。
 イチロー選手は東大を目指せるほど頭がよかったとも聞くし、そちらを選んだとしても別に「あきらめた」訳ではないでしょう。成功した人がその道一筋で決してあきらめなかった、という話は、無理やり伝説化されている気がしないでもありません。
 
 こういうことを書く度に、私は何か根本的に言葉の受け取り方、使い方を間違っているんではないか、それとも他の人は本当にエスパーなのか、と不安になります。
 
 
 11月21日の記事。「定型発達者の言葉は過去形も現在形も未来形もぐちゃぐちゃになっている」とミニブログに書いたけど、「できない」という現在形の時制を未来永劫に引き伸ばすのは極端だ。
 自己愛性パーソナリティ障害の性質を持つと思われる、これまでに会ったタイプを分類してみます。
 
1 通りすがり型
 
 赤ちゃんを連れたお母さんを見ると母乳かどうか聞いて母乳でないと答えようものならうれしそうに説教を始めるような人。似たパターンに
「休日は何しているのか」「自炊しているのか」
などがある。いずれも希望の答を聞くとうれしそうに説教を始める。
 
→基本的に気にしないのがいいのだが、気になってウザい。本当に知り合いでも何でもない通りすがりなら
「かわいそうに、〇がお〇しいのね」
と脳内処分。知り合いなら次に質問された時の回答に注意する。
余談であるが、初期のドラえもんでのび太ママが
「かわいそうに、〇がおか〇いのね」
と発言している。現代ではかなり危険と思われる。改変されているのであろうか。
 
2 個別指導型
 
 教師でも上司でもなければその他指導的立場でもないのにものを教えたがる人。
かなり迷惑な存在である一方、うまく使えば親切な情報源となってくれる。新しいターゲットを見つければあっさり離れることもある。
 
→無能な人にものを教えられるのは迷惑であるが、会社の先輩であれば丸っきりの馬〇ではないと思われる。よほどひどくない限りは、うまく使いこなしたい。信用しない程度に。
 
3 怒鳴る上司型
 
 とにかく怒りっぽい。部下をうつ病にするタイプ。
 
境界性パーソナリティ障害 同様の対処となる。すなわち逃げるかあきらめるか。日本で上司に反抗しても得することはない。境界性パーソナリティ障害の人が上司になることはあまりないが、自己愛性パーソナリティ障害は有り得るところが怖い。
 
 こうして書いてみると、3はまだしも1や2は、本当にただの親切な(ウザい)人で、自己愛性パーソナリティ障害と名付けてしまうにはあまりな感じはします。
 
 現実で今悩んでいる人(投票参照 )を引き合いに出します。最初はただの親切な人だったけど、親しくなったと思われたのか、上司でもないのに仕事中に横からゴチャゴチャ口出しするようになって、混乱しやすい私は困っています。
 根底に自己愛がないとは言えないけど、それは他者と関わりたいというごく正常な欲求でもあります。アドバイスしたがるのは仕事中にできる会話がそれくらいしかないからです。私の方に、それを受け止める余裕と度量がないのです。
 
 その人が近くにいると、こう言われるんでないか、ああ言われるんではないか、と気になって緊張します。こう書くとまた
「それはあなたが悪いのではないでしょうか」
と言われそうですが、それまでは、完成品を締切までに納品すれば(そういう仕事ではないが)細かい途中経過にはうるさくない、働きやすい職場だったのです。その人の口出しのせいでペースを乱されて自分でも情けないです。
 
 他のパーソナリティ障害に比べると、あまりにも誰にでもある性質で、強すぎるから悪いというものでもなさそうです。強くても自分の内部にだけ存在する分には問題ないし、弱くても他者に向けられた時は暴力になりうるということです。
 しかし他者との関わりには大なり小なり傷つけあう可能性が含まれています。向けられた他者も、また誰かに受け止めてもらったことはある訳で、過剰でなければお互い様として受け止め合う度量が人として必要なのでしょう。
 
 
 11月15日の記事。投票のお陰で、どういう風にやればいいのかわかりました。
 しばらく派遣社員をやっていたので忘れていましたが、会社には、ボーナスシーズンが近づくと、上司が部下と面接して評価を伝えるというイベントがあります。
 私の今の会社にもあります。ボーナスはありません。ゆううつです。過去の経験の範囲から推測すると、ほめちぎられるなんてことはまずなくて、何かしら文句を言われるからです。
 これから書くことは私の認知の歪みによる一方的な見方であることをご承知下さい。
 
 何か改めろと言われているらしいのですが、いつどこをどうしていいかも、どんな根拠があって私をそうだと思ったのかもよくわかりません。
 聞けば答えてくれることもありますが、私にも言い分はあります。こうしたら怒られたので次にそうしたらやっぱり怒られたとか、なぜか私がやったことが他の人の成果になっているとか、逆に他の人のミスが私のしたことになっているとか、そういうのがたくさんあるからです。
 時間が経つと経過に関する記憶があいまいになって、印象だけが残ります。印象とは恐ろしいものです。私が気づかずにとんでもないことをしていて、それが悪影響を与えているのに、原因としては浮上して来ないという可能性も考えられます。
 
 私が悪いのは事実です。だから、私に味方する人はいません。何をやっても文句言われるだけ、ああしてもこうしても怒られる、思考の流れがその悪循環に入ってしまうと、それまでと同じにはできなくなります。こうすれば絶対に怒られないというラインは存在しません。
 何をやっても怒られるという事実を受け入れ、それでもなおモチベーションを保ち続けなければなりません。
 
 私が1年3ヶ月を越えて同じ部署にいたのは2回だけです。2回目はこの前までやっていた派遣で、こちらは評価面接自体ありませんでした。1回目の時は
私が何をやっても怒らないで全部ほめてくれ
を通してしまっていました。
 社会人1年目の時は、励まされているんだと勘違いしていたものですが、クビフラグである場合と聞き流しておけばいい場合があり、面接の場面では区別がつきません。そういうことは面接の場面ではなく平常点から推察しなければならないことです。
 
 定型発達者には「受け入れる」と「聞き流す」の中間があるのでしょう。私にはどうすればいいのかわかりません。受け入れれば仕事ができなくなるし、聞き流せば
「反省がない」
となるかも知れませんが、後者の方がまだましです。
 私が最後にこのイベントに参加したのはAS診断前のことです。今の私は自分の認知が歪んでいることを知っています。過去と違う処理ができると信じたいです
 
 
 11月8日の記事。この性質は、ちょっと注意されただけで大げさとか、気持ちを強く持てみたいに捉えられるけど、本当に手が動かなくなる。
人格障害かもしれない 」磯部潮/著(光文社)
 
 パーソナリティ障害の概念を最初に考えた人は男性に違いありません。私は上記の他にパーソナリティ障害関連の書籍を読んでいないので、著者独特の表現かも知れませんが、
「はかなげ」「魅力的」「見捨てられ不安」「ヒステリー」
「一部を除き他人に危害を加えることは少ない」
など、女性を想起するキーワードが目立ちます。
 
 パーソナリティ障害には現在様々な種類があり、必ずしも女性が多いものばかりではありませんが、パーソナリティ障害の代表的存在である境界性パーソナリティ障害 はまさに女性を思わせ、実際75%が女性だそうです。
 演技性パーソナリティ障害は、名称だけで説明の必要もなさそうですが、大げさな言動で他人の気を引こうとする人のことです。いかにも女性的ですが、男性にもこういう人はいました。
 
 被害妄想ですが、昔は研究者のほとんどが男性だったので、そういう影響が入っていても不思議ではありません。女性が考えたら、
「医学的介入が必要なほど性格が悪い」
というのは暴君やDV加害者を想定しそうです。
 
 私がパーソナリティ障害に興味を持ったのは、アメブロのコメントでいただいた
「説教族=自己愛性パーソナリティ障害説」
がきっかけでしたが、このコメントを下さった人が、DV被害者ブログを書いている人でした。自己愛性パーソナリティ障害が、いわゆる暴君、DV加害者タイプにあてはまるようです。
「他人の称賛を過剰に求める」「特別扱いされたがる」
がなぜ、暴君につながるのかがややわかりにくいです。上記の性質は
「過剰に」
という部分を除けば全人類に共通するように思えるからです。私やR氏
「自分が何をしても絶対怒らないで、全部ほめてくれ」
と要求したものですが、彼らのもっと頭のいいところは、そんな露骨な言い方ではなく、別な表現を使うことです。
 それがものを教えたがる、アドバイスしたがるということです。それだとくくりが乱暴過ぎるのですが、次回もう少し突っ込んでみようと思います。
 
 
 10月31日の記事。記事タイトルの数字より後の部分はメモです。それについて主に書いたという意味ではありません。長いシリーズで「パーソナリティ障害6」だけだと、どんな内容か思い出せないんですね。