しばらく派遣社員をやっていたので忘れていましたが、会社には、ボーナスシーズンが近づくと、上司が部下と面接して評価を伝えるというイベントがあります。
私の今の会社にもあります。ボーナスはありません。ゆううつです。過去の経験の範囲から推測すると、ほめちぎられるなんてことはまずなくて、何かしら文句を言われるからです。
これから書くことは私の認知の歪みによる一方的な見方であることをご承知下さい。
何か改めろと言われているらしいのですが、いつどこをどうしていいかも、どんな根拠があって私をそうだと思ったのかもよくわかりません。
聞けば答えてくれることもありますが、私にも言い分はあります。こうしたら怒られたので次にそうしたらやっぱり怒られたとか、なぜか私がやったことが他の人の成果になっているとか、逆に他の人のミスが私のしたことになっているとか、そういうのがたくさんあるからです。
時間が経つと経過に関する記憶があいまいになって、印象だけが残ります。印象とは恐ろしいものです。私が気づかずにとんでもないことをしていて、それが悪影響を与えているのに、原因としては浮上して来ないという可能性も考えられます。
私が悪いのは事実です。だから、私に味方する人はいません。何をやっても文句言われるだけ、ああしてもこうしても怒られる、思考の流れがその悪循環に入ってしまうと、それまでと同じにはできなくなります。こうすれば絶対に怒られないというラインは存在しません。
何をやっても怒られるという事実を受け入れ、それでもなおモチベーションを保ち続けなければなりません。
私が1年3ヶ月を越えて同じ部署にいたのは2回だけです。2回目はこの前までやっていた派遣で、こちらは評価面接自体ありませんでした。1回目の時は
「私が何をやっても怒らないで全部ほめてくれ 」
を通してしまっていました。
社会人1年目の時は、励まされているんだと勘違いしていたものですが、クビフラグである場合と聞き流しておけばいい場合があり、面接の場面では区別がつきません。そういうことは面接の場面ではなく平常点から推察しなければならないことです。
定型発達者には「受け入れる」と「聞き流す」の中間があるのでしょう。私にはどうすればいいのかわかりません。受け入れれば仕事ができなくなるし、聞き流せば
「反省がない」
となるかも知れませんが、後者の方がまだましです。
私が最後にこのイベントに参加したのはAS診断前のことです。今の私は自分の認知が歪んでいることを知っています。過去と違う処理ができると信じたいです
11月8日の記事。この性質は、ちょっと注意されただけで大げさとか、気持ちを強く持てみたいに捉えられるけど、本当に手が動かなくなる。
私の今の会社にもあります。ボーナスはありません。ゆううつです。過去の経験の範囲から推測すると、ほめちぎられるなんてことはまずなくて、何かしら文句を言われるからです。
これから書くことは私の認知の歪みによる一方的な見方であることをご承知下さい。
何か改めろと言われているらしいのですが、いつどこをどうしていいかも、どんな根拠があって私をそうだと思ったのかもよくわかりません。
聞けば答えてくれることもありますが、私にも言い分はあります。こうしたら怒られたので次にそうしたらやっぱり怒られたとか、なぜか私がやったことが他の人の成果になっているとか、逆に他の人のミスが私のしたことになっているとか、そういうのがたくさんあるからです。
時間が経つと経過に関する記憶があいまいになって、印象だけが残ります。印象とは恐ろしいものです。私が気づかずにとんでもないことをしていて、それが悪影響を与えているのに、原因としては浮上して来ないという可能性も考えられます。
私が悪いのは事実です。だから、私に味方する人はいません。何をやっても文句言われるだけ、ああしてもこうしても怒られる、思考の流れがその悪循環に入ってしまうと、それまでと同じにはできなくなります。こうすれば絶対に怒られないというラインは存在しません。
何をやっても怒られるという事実を受け入れ、それでもなおモチベーションを保ち続けなければなりません。
私が1年3ヶ月を越えて同じ部署にいたのは2回だけです。2回目はこの前までやっていた派遣で、こちらは評価面接自体ありませんでした。1回目の時は
「私が何をやっても怒らないで全部ほめてくれ 」
を通してしまっていました。
社会人1年目の時は、励まされているんだと勘違いしていたものですが、クビフラグである場合と聞き流しておけばいい場合があり、面接の場面では区別がつきません。そういうことは面接の場面ではなく平常点から推察しなければならないことです。
定型発達者には「受け入れる」と「聞き流す」の中間があるのでしょう。私にはどうすればいいのかわかりません。受け入れれば仕事ができなくなるし、聞き流せば
「反省がない」
となるかも知れませんが、後者の方がまだましです。
私が最後にこのイベントに参加したのはAS診断前のことです。今の私は自分の認知が歪んでいることを知っています。過去と違う処理ができると信じたいです
11月8日の記事。この性質は、ちょっと注意されただけで大げさとか、気持ちを強く持てみたいに捉えられるけど、本当に手が動かなくなる。