記事書けない病宣言から10日、変わらぬご愛顧ありがとうございます。新作記事はまだ無理ですが、アメブロ版への過去ログ写しはそろそろ再開しないといけないかなと思い始めております。

 記事を書かない状態というのは楽です。いやな自分や過去と向き合う必要はなく、誰にも批判されず、誰かを傷つけることもありません。沈黙は金と申しますが、日本には発言しない人間が人格者であるという文化があります。書かなければ怠け者とは言われません。だから書くよりも書かない方が「働き者」なのです。
 こうして人は、何も言わない方が得だという生活の知恵を身につけていくのでしょう。こんなことばかり考えて、本当に書けるようになるのでしょうか。この文章自体、批判される要素あるし、もうへぼへぼ。

 で、なぜへぼへぼながらしがみついているのかというと、訪問者数が減らないからです。10日間全く更新していないアメブロ版もです。まだ自分は必要とされているのではないか、という幻想にしがみついているのです。

 

 

 8月6日の記事。7月31日の「死んでたまるか」からこの日まで、Yahooはあんこブログ化しておりました。コメントはなくても(この時期コメントにすごいナーバス)毎日来て下さる皆様が、私を励まして下さいました。

 そしてここに書いた通り、8月6日からアメブロへの過去ログ写しを再開しましたが、それを待っていたかのように説教も開始。更新止まっている間の沈黙を優しかったと見るべきなのかも知れませんが、こっちが立ち直ろうとしている時に早速説教しないで下さい。まともな新作が書けるようになるまではまだ時間がかかるのでした。

 力強い言葉です。生命力、躍動感にあふれています。大地からわきでるエネルギー、踏まれても踏まれても立ち上がる不屈の精神。なぜ、そんなにも強いのか。
 私の座右の銘にしましょう。私を許さないならもう許しなんて請わない。頼まれたって
「死んでたまるか」
傲慢、迷惑、わがまま、自分だけが被害者みたいに、思いやりがない、死ね。
「死んでたまるか」

 

 

 7月31日の記事。ここでいきなりこれが出てくると普通に読んでいる方はぎょっとしますね。7月23日に写した記事のコメント欄が25日に荒れ、それが原因でアメブロの更新はお休みしていました。Yahooは何とか更新していましたが、へぼへぼでどうでもいい記事ばかりでした。本当にもう1度書けるようになるのかすら、見えませんでした。

 この記事は自分の書いた中で一番好きな記事です。荒れる以前、私は自分の存在を世界に許して欲しいと強く願っていました。しかし散々否定されたことで、考えが変わりました。私を否定するような人間に許していただかなくて結構、その代わり、私もあなたたちの存在を許しはしないと。

「死んでたまるか」

今も座右の銘。

 許して欲しいというのは甘えだという人たちは、自分たちも世間に、社会に、地球に許してもらって存在しているということを忘れてはいないのでしょうか。それは全て自分たちの努力の賜物だと言い切れるのでしょうか。その自信をどこから得ているのでしょうか。ある意味見習いたいです。

 昨日(7月22日)は、アメブロ管理会社サイバーエージェント社長藤田晋氏と女優奥菜恵さん離婚により、アメブロが大混雑しており、数少ないアメブロ版読者にご迷惑をおかけ致しました。そのせいか訪問者は初日除く過去最低の32人でした。凹むなあ。
 Yahooと違ってずっとアクセスできないということはございませんので、今度こういうことがありましたら10数えてもう1度クリックして下さいませ。
 
 今日はもうスイスイです、社長自らが離婚を告白したブログ も見ることができました。(意味もなくトラックバック、したはずなんですが。反映されていないような。まあいいや)
 大したこと書いていないんですが、コメントとトラバすごいです。もちろん応援メッセージもたくさんありますが、ひどいことも書いてあります。私だったら読むだけで死んじゃう病です。
 ネットニュースだと「奥菜恵離婚」になっていますね。私の中では藤田社長の方が大物です。2つ目のブログをアメブロにしたのも、ホリエモンよりは藤田社長の方がタイプだったから、というのは半分ウソです。
 
 最近結婚ネタが周辺ブログに多いので、1年半での離婚は考えてしまいます。いわゆる夢の時間が終わった後の現実に失望したのか、一部報道の奥菜不倫が原因か。
 藤田社長はとても忙しい人だそうです。ベンチャーの社長は皆さんそうだと思いますが、毎日仕事関係のメールだけでも何百通も返信しなければならず、休日もなく、家には寝に帰るだけの日々だそうです。夫婦の時間を持つことなどできなかったのでしょう。
 そんなこと、最初から想定できたことだと思うのですが、最近は想定のしすぎは結婚にはマイナスに働くのではと考えます。

 どうも私は結婚を考えるにはシミュレーションしすぎです。妄想癖もその延長上にありますが、日常生活あらゆる場面でシミュレーションしていますから、
「浮気相手に性病移されたら」
「オナラが臭かったら」
などといろいろ考えすぎです。しかしシミュレーションは私の生活を支える根幹、シミュレーションなしに生きて行くことはできません。愛さえあればオナラくらいどうでもよくなるのでしょうか。
 

 

 7月23日の記事。アメブロも最近はYahoo並みに重いことがあります。訪問者はこの頃Yahooの4割くらいでしたが、今はYahooの8割くらい、日によってはYahooより多いこともあります。

 実は記事を写そうと思ったのは開設した後で、当初はあくまでYahooにコメントが入らない時の避難所用でした。そう言えば、写し終わってからどちらをメインにするか決めると申しておりましたが、当面今のまま、新作記事は原則としてYahooに書き、しばらくしたら写すというスタイルで続けます。

 その音は、風呂上りにビールでくつろぐ私の耳に、突然聞こえてきました。3日前に充電して1回も通話していないのに、携帯電話は電池切れです。
 7年前に買った携帯、あちこちボロボロにはがれ、今時メールもできません。あの頃はメールはパソコンでするものだったのです。バッグから取り出す度に、
「まだそんなのあるんだ」
と言われてしまいます。よく携帯が壊れたから買い換えたという話を聞きますが、どういう状況で壊れるのでしょう。壊れてもくれません。すぐ電池切れ起こすところが、既に壊れているのかも知れませんが。
 
 次に買う時はカメラ付きでテレビも見れて、と妄想は膨らみますが、メールだけはいやなんです。架空請求書がいっぱい来るイメージがあります。カリビアンBOMからいっぱい来たら大変です。
 そんなの削除すれば、とおっしゃられるかも知れませんが、何度か書いたように、私は言葉そのものに反応します。言葉の背景にある心はわからないのです。
 そんな言葉は自分に向けられた言葉ではなく、無作為に送られたただのダイレクトメールだとわかっていても、反応した言葉はずっと覚えています。いやなこと書かれていたらどうしましょう。
 メールをつけないようにすることは可能だと聞きますが、店の人に
「どうしてですか」
と聞かれたりしないでしょうか。お店の人との会話は苦手です。できれば淡々と済ませたいのです。
 こんなこと書いて、そういう時はこうすればいいと言われたらどうしようとかまた余計なことを考えます。
 
 冷蔵庫買い換えたばかりだというのに、携帯も換え時でしょうか。持ってはいますがほとんど使わないのです。なければないで済むはずです。しかし現代人は携帯があることを前提に生活していますから、持たない、という選択肢は難しいでしょう。
 ああ、メールどうしよう、メール。パソコンのメールにも出会い系は来るから心配しすぎかも知れませんが、出会い系は笑えるのも多くてそこそこ微笑ましいのです。架空請求書は全然微笑ましくなさそうです。

 

 

 7月21日の記事。新しいことをする時はすごいネガティブ妄想をしてしまい、なかなか決心がつきません。この時の皆様の情報提供のお陰でようやく踏み切れました。お陰さまで変なメールは全く来ません。変でないメールもほとんど来ません。1人にしかメアド教えていないからですが。

 学生は社会人になっても今までと同じように出会いの場がある、それどころかむしろ広がると信じているようですが、日本の未来を担う若人のために、
「そんなことはない」
と叫びましょう。

 3大出会いの場は学生時代、社内、紹介です。学生時代は講義、サークル、他大学との交流など「自然な出会いの場が満載です。社内恋愛もまあそうなんですが、ぐずぐずしているとあっという間に20代後半になります。
 男性なら
「来年の新入社員にかわいい子いるかも」
と期待して待つこともできますが、女性が26、7となると新入社員に手を出すことははばかられ、社内で年齢の釣り合う相手との新たな出会いはそうそう期待できなくなります。
 学生時代からつき合っていた相手との別れもこの頃です。学生時代からの恋人は年齢差が少なく、結婚を考える時期は男女でズレがあるため、どちらかが妥協できないとお別れになります。ウソっぽいドラマのようですが、この形で別れた人を私は何人も見てきました。

 学生時代の相手と決めることも、新入社員のうちに会社の先輩と決めることもできずに20代後半に突入すると、出会いのメインは紹介にシフトします。紹介には向き不向きがありますが、私は典型的な向かないタイプです。
 私の友人評に、
「最初はびっくりしたけどもう慣れたわ」
というのがあります。つまり最初はびっくりするのです。付き合ううちに
「変わっているけど悪い人ではない」
くらいには昇格します。しかし紹介だと、びっくりされたら終わりです。その後の交際に発展しません。

 30過ぎてよい縁に恵まれた人は友人にも何人かいます。転職して新たな出会いをつかんだり、勤務先のショップのお客さんに見初められたり、新興宗教に走って信者仲間と結婚した人もいます。しかしチャンスは多くありません。
 そういう訳なので、若い女性が確実に結婚するためには、学生時代の相手と会社の先輩と二股かけるのが一番よいことになります。奨励する訳ではありませんが、売り時は短いのです。

 

  

 7月19日の記事。若い頃はどこかで若い時代が永遠に続くと思っていたのだな。私だけか。花の命は短いものよ。Yahooで「妄想」書庫に入っている記事は、果たして写す価値はあるのでしょうか。