いつも行くコンビニの女の子、バイト(と決めつけている)を始めて何ヶ月にもなるのになかなか慣れない様子です。段取り悪いしレジが混んでくるとパニクって、おつり間違えたりします。私がコンビニのレジやったとしたらおそらくこんな感じです。私には無理ですね、きっと。
(無理だ無理だばかり言って努力して克服しようという気概がない。by幻聴様)
私別に今失業中ではないし、バイト探すとしてもわざわざコンビニのレジ選ぶ必要ありません。どうせなら自分が上手にできそうなことを選んだ方が私も楽しい、雇用主もうれしい、誰も損をしません。何がいけないのですか。
(できないできないばかりでやろうとする意思が・・・以下略)
だから何でそうまでして苦手なことをわざわざさせようとするのか理解できません。コンビニのレジを克服するため、アストロ球団ばりの山ごもり修行をして「奥儀!バーコード乱れ打ち」でも身に付けろということですか。幻聴様はどう転んでも説教してきますね。
 
 これを善語翻訳。
 
 いつも行くコンビニの女の子、バイト(と決めつけている)を始めて何ヶ月にもなるのになかなか慣れない様子です。段取り悪いしレジが混んでくるとパニクって、おつり間違えたりします。
 私もコンビニのレジやったらこんな感じなのかな、とちょっぴり同情します。私がコンビニのレジをやることになったら、もしそうなったりしたらですけど、必死でがんばるしかありません。できないできないだけでは始まりません。
 苦手なことは自分を向上させるチャンスですが、自分を一番生かせる仕事に出会えたらもっと幸せです。いつ失業するかわからない時代だからこそ、日ごろから腕を磨いておきたいものです。

 はあはあ。気持ち悪い、背中かゆい、本当に大丈夫でしょうか。善語になっていますか。かなりまとまった文章を翻訳したので、ここを突破すればかなり自信がつきます。あと、やっぱり善語の方が受け入れやすいですか。

 

 

 2月17日の記事。元の文からしてわざとらしいのか、評価は散々でした。善語ネイティブへの道は遠いです。このコンビニのバイトの子、最近見かけないのですが、山ごもりで

「奥儀!バーコード乱れ打ち」

を身につけるべく修行中なのでしょうか。がんばって欲しいです。

 私が記事に仕事上の具体的なエピソードを出す時は、ほとんど派遣社員になってからのことです。昨日の記事「それは私の責任です 」はめずらしく、派遣になる前のお話でした。
 そのことを特に意識せずに書き始め、書きながら私は不機嫌になりました。かなーり不機嫌でした。その後アメブロ版に、不機嫌なことをコメント拒否で書きました。しまった、これではあんまりだ、と2度書き直しましたがそれでもあんまりなのでさらに書き直そうとしたら、メンテナンス前だったからか激重で、全くつながらなくなりました。
 
 まさか人格入れ替わりかかっていたのでしょうか。(このネタ久しぶり)派遣以前の暗黒時代、多分ブログには書かないと思いますが、「アスペルガー的ビジネス用語講座シリーズ」など随所にその影を見せます。
 思い出さないように、爆発しないように、暴れ出さないように、こぼれ出す記憶の格納庫にそっとカギをかけます。大丈夫だから、まだ大丈夫だから。
 
 なぜ私にだけ、これでもか、これでもかと不運が降りかかったのでしょうか。
(運が悪かっただけ)
違います、私のせいだったのです。
 なぜ、あんなに言葉が通じなかったのでしょうか。
(それは会社がおかしかったんじゃないの)
違います、原因は私にありました。私の世界の感じ方、言葉の受け取り方、発信の仕方に。
 
 私が普通に文章を書いて、普通にコメントをやり取りしているのを、通りかかった人はどう見ているでしょう。通常のコミュニケーションが難しいと、信じてもらえるでしょうか。実は常連様はものすごく気を使って、私を否定しないよう、傷つけないよう、言葉を選んで下さっていることは伝わるでしょうか。
 恵まれているとは思う、思うのですけれど、書けば書くほど誤解を招いているのではないかと、久しぶりにごちゃごちゃ考えました。

 

 

 2月15日の記事。時系列がわかりにくいのですが、この記事をYahooにアップしたその日、別な記事をアメブロに写して、そこに追加した駄文にとても不機嫌なことを書いてしまった、ということです。もう直したんですけど。

 文章がうまいと時々ほめていただくと励みになりますが、そうだとしたら、だからこそ

より普通に見える→怠け者に見える

になっていないかとたまに不安になります。今不安になっている、という意味ではありません。時間差があると状況が変わっていてもネタばれができなかったりして、いろいろなことが微妙です。

 責任とはわかりづらい言葉です。例によって意味を勘違いしていそうです。結婚、退職、辞任、切腹など様々な意味がありますが、結局何なんでしょう。
 
 私の昔のとある上司は、私のわかりにくい言語体系を理解しようとしてくれ、決してどなったりせず、いろいろな仕事を経験させてくれた大恩人です。今思えば、これ以上ぜいたくを言えないよい上司でしたが、何にせよ仕事をしない人でした。
 リストラで人を減らされ、どの部署も大変な思いをしていたのですが、自分の部署の仕事がたまってたまって火を噴いているのに、他の部署に手伝いに行ったり、若手の相談に乗っては感謝されていました。いい人には違いないのですが、私は爆発寸前でした。
 
 私が怒っても、
「それは私の責任だから他の人にもそう言ってくれていい」
と申しますが、そんなこと現実問題他の人に言えません。他部署や取引先や顧客に怒られて頭を下げるのは私です。
「私のせいではありません。上司の責任です」
などと言える訳はありません。この人は自分が責められる時も
「私の責任です」
と言うのですが、この言葉には
「本当は部下が悪いのだけど、私は上司として責任を取らなければならない」
という響きがあります。仕事がうまく行った時は
「私が責任者の」
と言って出てくる、いよいよ問題が起こるとちょろっと出てきていかにも自分の力量で解決したかのようにふるまうのでかなりムカムカがたまっていきました。(ちゃんとやってくれていればそもそも問題は起こらんつーの)
 
 ある時ついに我慢が利かなくなり、
「責任て仕事をすることを言うのではないんですか。お言葉を聞いていると仕事をしないことを指しているみたいです」
と詰め寄りました。
「この仕事は自分の責任だから」
というから責任もってやってくれるのかと思ったらずっとほったらかしで、また涼しい顔で
「私の責任だ」
と言うからです。
 
 その時は上司が悪かった、その通りだと折れてくれたのですが、どうも責任という言葉は、身の回りでの使われ方を総合すると私の受け取っている意味と違うようです。ブカブカ語? 「気概が欲しい」と同じく強引に解決したっぽく見える語? 中身がありません。
 
【責任】①人が引き受けてなすべき任務。②政治・道徳・法律などの観点から非難されるべき責・科。
(広辞苑第四版より)
 
 なお、
「その上司は大局を見ていたと思います。他部署を助けて全体が効率よくまわるよう、あなたにはわからない深い考えがあってのことだったのでしょう」
という類のコメントはご遠慮下さい。

 

 

 2月14日の記事。バレンタインなのに色気のない記事でした。この記事を書いていたらいろんなことを思い出して、やたら不機嫌になってしまいました。非常に様々な思い出がありますが、私のような人間を使ってくれるだけでもありがたいと思わないといけませんでした。診断前なだけに、

「何て会社、何て上司」

という気持ちでしたが、人間謙虚でないとね。(どの口で言うか)

 満員電車で出入り口の両脇に立っている人というのは、自分の身体の厚みがゼロだと思っているように見えます。
 電車が止まり扉が開くと、出入り口付近の他の人は、外へ出るなり奥に引っこむなり、出入りする人の邪魔にならないようにしますが、両脇の人はガンとして動きません。その人が動いたとしても、その位置をねらう他の人がすぐ確保するので、絶対に空きません。
 
 あの両脇の人のお陰で、3人一緒に出入りできるところが1人ずつしかできなくなります。無駄です。国家的損失です。
 若い女性なら痴漢対策かしらと大目に見なくもありませんが、ことの他分厚そうなおっさんがそこから動こうとしないのを見ると、私のストレス指数はチリチリと上昇します。
 
 私は公共の福祉に貢献する者であると自己PRするため、せっかくその位置を確保できてもすぐ奥へ行ってしまうのですが、電車の中でそれを見て
「おお、自らの幸福より公共の福祉を優先するとは何と立派な心がけだ」
と感心する人は誰もいないと思われます。
 
 で、いつの間にか奥に押しこめられ、
「すみません、通して下さい」
と叫びながら、高校生が床に置いたスポーツバッグにつまずき、人が多いため転ぶのに10秒くらいかかり、さらに自分が転んでいるという事実に気づくのに3秒くらいかかるのです。
 起き上がるまで発車しないようにドアを押さえていてくれた(かどうかわかりませんが、もたもたしてたのに降りることができたので)心優しい皆様ありがとうございました。公共の福祉を邪魔したのは私でした。

 

 

 2月13日の記事。やっぱりブログの画面設定は2カラムが落ち着きます。

 満員電車で座っている人が降りたのに、その前に立っている人が座らず、どいてもくれないというのも困ります。私は1駅でも前が空くと座ってしまいます。

 Yahooがこのところ一段と重いのは英語のスパムトラバ対策をしてくれているからに違いない、と希望的観測を持っていましたが、昨日やっぱりつきました。毎日ついていた時期もあったので、イタチごっこになっているにせよ、対策しようとしてくれてはいるのだと信じてあげることにします。
 
 アメブロも一時エロ系のスパムトラバがひどく、多くの人がトラックバック拒否の設定にしてしまいましたが、一応対策してくれているようです。ようですと言っても、一時よりはましだというくらいで、やっぱりつきます。
 ただ、削除すれば済むものですし、削除にあたって何の葛藤もないので、説教もしくは否定のコメントよりましです。100のスパムトラバよりひとつの説教の方が怖いです。
 
まあ待て、ブログを借りる前にこれを読め 」  
によると、Yahooもアメブロもスパム対策(この場合、管理人が設定により自分でブロックできる対策)は貧弱というより何もしていないに等しいようです。この2つしか知りませんでしたが、各社様々な機能があるようです。
 
 禁止ワードによるコメントブロックなんかいいですね。マイブログの禁止ワード。
「そういう時はこう考えるといい」「努力が足りない」「みんな同じ」「失礼ですよ」
これは語尾とか変えたらもう使えないのでしょうね。漢字が平仮名になったらもう駄目なんでしょうね。
 
 承認後の公開というのは、手間は削除と変わらなそうです。それがスパマーの到来を防ぐという意味はあるでしょうが、コメントは先方に全く悪気がなく、私の脳機能の都合であることがほとんどです。承認するには私もそれを見ないといけないのですが、できれば説教や否定は目にもしたくありません。可能なら最初から入らない設定にしたいのですが、説教かどうかというのはものすごく主観的なので無理でしょう。
 
 自分につくスパムは削除すればよいのですが、最近はトラックバックすると自分がスパマーと思われそうで怖いです。私の方も悲しいことに、トラックバックがつくとまずはスパムか? と警戒モードを発令するようになってしまいました。
 アメブロもトラバ拒否のままの人多いし、トラックバックという文化はこのまま廃れていくのでしょうか。

 

 

 2月12日の記事。アメブロではトラックバックを承認後公開にできるようになったので、私もそうしています。自分の方針に反しているので葛藤はあります。Yahooももう少し手動でできる対策があるといいのですが。