まだ咳が止まりません。もう3週間です。薄幸の美少女病に違いないといつもの被害妄想をしながら、先週の医院 に行くと、カギがかかっています。臨時休業の張り紙もなく、呼び鈴を鳴らしても誰も出ません。
 毎回咳が止まらないと言って現れるので嫌がられているのではとさらに被害妄想を重ねながら、他の医院に行くとやっぱりカギがかかっており、張り紙もありません。

 3件目も同じでした。どこも、土曜午前中は診療時間のはずです。医者のストライキ? いくら何でもそれはないでしょう。緊急医師会でもあったのでしょうか。それとも私が指名手配されて締め出されているのでしょうか。
「来た、居留守だ」
とか。

 仕方ないので日ごろお世話になっている処方箋薬局で咳止めだけでももらおうと行ったら、そこも休みです。がーん。
 まあ近所の医者がみんな休んでいては処方箋薬局も営業する意味がない訳ですが、逆に薬局が閉めたから医者も休んだのかも知れません。
 ついでに行きつけの皮膚科 にも足を伸ばしてみました。そこも同様でした。カギはかかり、張り紙はなく、呼び鈴に応答はありません。内科だけではなかったのです。

 吹きすさぶ風の中、行き交う人々はいつもと同じ平静な表情です。宇宙人の侵略がひそかに進行しているようにも思えます。日本を滅ぼすにはまず医師を滅ぼせ、とか。作戦としては、幼稚園バスをおそうより現実味がある気もします。
 常識のない私には気づかぬ指令が、国家から出ているのでしょうか。ひとつも臨時休業の張り紙すらなかったということは、私だけが気づかず、他のみんなが知っている何かがあるということです。こういうことではよく恥をかいた経験があります。
 横断歩道の信号が変わり、歩を踏み出した時、私は気づきました。今日が祝日である、ということに。

 

 

 2月11日の記事。この日は祝日で土曜日だったのですが、かなりの人が忘れていたようです。この記事は4月29日土曜日に写したかったのですが、他の風邪系記事と1ヶ月も離れてしまうのは不自然です。それに4月29日が祝日なのを忘れる人はいませんね。

 なお、咳はこの後行ったドラッグストアの薬を飲んだら治りました。

 会社から帰宅するとすぐお風呂、それから夕食というスケジュールですが、フロタイムを終えるとご飯がないことに気づきました。
 うちには炊飯器がなく、ご飯は電子レンジでチンするパックご飯です。それを切らしてしまいました。今日はカレー(レトルト)なのです。今からまた着替えて外に買いに行くのはいやです。
 
 唯一あるのは、ファン○ルから送られてきた試供品の発芽米です。袋の裏を見ると
「30分水につけ、普通に炊飯器で炊き、15分蒸らす」
てなことが書いてあります。
 よし、炊飯器はないが鍋ならあります。発芽米をとぎ、鍋に水を張って30分、そして火にかけます。これで水が蒸発するのを待てばよいと思われます。
 
 すぐ吹きこぼれます。炊飯器は途中でふた開けてはいけなかった記憶があります。確かハンゴウで炊く時もそうだったようです。しかし火を弱くしても、ふたを開けないとどうにもなりません。半分ふたをずらします。合っているのでしょうか。
 一応米なんだから、食べられないことはないでしょう。時々味見をして、芯がほとんどなくなったかなと思ったら火を止め、ふたを閉め15分待ちます。
 意外にも、まともなご飯ができました。大雑把な作り方ですがすごくおいしいです。電子レンジより炊飯器よりおいしいような気がします。
 
 なお、私はこの結果に大変満足しているので
「鍋でご飯を炊く時はこうするといい」
というコメントはしないで下さい。

 

 

 2月10日の記事。おいしかったです。

 洗い物をお盆に乗せ、事務室に戻ろうとすると、出入り口扉からおじさん(会社の人)が出てきました。おじさんは
「どうぞ」
と手で扉を支えます。ピンチです。

 事務室の扉は押せば開きますから、両手がふさがっていても身体で押して入れます。ところがおじさんが手で扉を支えているということは、自分の手でそれを受け、
「ありがとうございます」
と言わなければなりません。そのためにはお盆を片手に持ち換える必要があります。
 おじさんは私が片手で扉を支えたら、手を離して私のそばを通り過ぎようとするでしょう。そうすると、不安定な片手の上のお盆にうっかりあたって洗い物が下に落ちてしまうかも知れません。割れ物も乗っています。私が手で開けるにしろ身体で開けるにしろ、おじさんには一刻も早くその場を立ち去って欲しいのです。手で押さえていられるのは迷惑です。

 私のつながりの悪い脳は事態を把握できても、どんな対処でこの危機を乗り切るべきか瞬時に思いつきません。
 1.7秒後、おじさんは自分の身体が邪魔であることに気づきました。おじさんは扉の内側に戻り、ドアボーイのように扉を支えました。偉い人にドアボーイをさせてはいけません。私はあわてて
「お願いします、出て下さい」
と叫びました。おじさんは扉を出て行ってしまいましたが、まずい、非常に感じ悪いことをしてしまいました。

 落ち着いて考えると、ドアボーイの時は恐縮しながら入ってもよかったような気がします。変な声出すより(この表現が変だ)はるかにましです。落ち着いて考えればわかるのですが、その場で瞬時に適切な判断ができません。
 何かしましょうかと言われたら2回は断ってそれでも勧められたら受けるというマイルールがありますが、場所が扉なだけに、エレベータと同じ扱い(エレベータでは譲り合っていると迷惑なので、1回で受ける)でいいようです。これも応用が利かないということでしょうか。今度同じ場面になったら気をつけます。

 

 

 2月7日の記事。こうやって書いておくと同じ場面になった時に・・・思い出してまたむかつくのです。ガマンガマン。

 今日も病院に咳止めをもらいに行ってきました。もう10日は続いていますが、咳以外目立つ症状はなく、本当に風邪なのかさえ怪しいです。
 医者もさすがに長いと思ったのか、難しい顔をして聴診器をあてます。まさか不治の病ではと様々な被害妄想をしましたが、
「もう1度薬を出しましょう。前と違うのを」
となりました。手遅れにならないだろうな。
 
 以下妄想。
 薄幸の美少女病(仮名)の疑いのため、大学病院で検査を受けるよう宣告される。
  ↓
 薄幸の美少女病(仮名)発覚のため1ヶ月の入院。
  ↓
 派遣先は当然クビ。
 
 ひええ、大変なことです。大きな病気だけは避けないとです。子供の頃入院したことあるんですが、大部屋で、やっぱり他の子供たちにいじめられました。入院するなら、高くても絶対個室でないとダメです。早く小説家にならなくては。(これも妄想)

 

 

 2月4日の記事。この前後、省略した記事も含めて風邪ネタばかりです。コメント欄でそらさんが

「病院の個室で執筆に励む小説家」

を妄想してくれたのでそっちもいいかなと思ったのですが、どうも治ったようです。だるいとかそういうことも全くなかったのに咳だけが長引きました。

 よくあるブログタイトルではなく、文字通りの意味です。自閉症はよくひとりごとを言うと言われますが、私もひとりごと多いです。小学校低学年の時遊びに来た友達に
「あんた1人の時もそうやって自分のやることいちいち口に出して言うの」
と聞かれました。
「うん、言うよ」
「変なの」
小学校低学年だったらそんなに変でないと思いました。大人になったらさすがに、人前で言うと変だという意識くらいはあります。
 
 他のことと違って、ひとりごとを言うというそのこと自体がとがめられることはありません。少々のひとりごとは誰にでもあります。(多分)
「今何やっているかわかるからいい」
と好意的な(違う)上司もいました。
 ひとりごとは無意識で出るので、自分で把握しているよりも多く言っているかも知れません。放送禁止用語を口走っていないか心配です。
 誰もいないと思ってぶつぶつ言いながら歩いていると、突然角から人が現れ、
「あ、そうだ、あれどこやったっけ」
と妙なごまかし方をするのですが、果たしてごまかせているのでしょうか。
 
 ひとりごとの多い時は指令脳ちゃんと動作脳ちゃんのつながりが悪くなっている時です。指令が脳内で伝わらないから、指令脳である私がもう1人の自分(動作脳ちゃん)に言葉で意思を伝達します。メモも増えます。ひとりごと防止のためにはなるべくメモにした方がよいです。
「トイレ」
と書いてからトイレに行く間抜けさ。書かない、言わないまでも、脳内では行動は全部言葉になっています。
 ひとりごとを怒られないのは単に不気味がられているだけかも知れません。怒られるよりはましですが、知らないうちにとんでもない人扱いになっているのはこういうことの積み重ねなのでしょう。

 

 

 2月2日の記事。ひとりごとというのは、実際の場面を見るとかなり特徴的なことなんですが、

「私ひとりごと多いんだよね」

と言っても普通だと思われてしまいます。ひとりごとだけではなく、どんな特徴的な行動でも、

「私だってそうだよ」

と言う人に限って、こちらが常軌を逸していることに気づくと不気味がるような気がします。

 ASだけでなく、ADHDや人格障害の特徴とかネットで見ると、あてはめようと思えばかなりの人にあてはまることばかりです。それが「誰だって同じだ」になってしまうのですけど。コミュニケーションがうまくいかない、なんて感じたことのない人の方が少ないでしょう。