ASDの中年男性の人生の生き方。ときどき投資。 -9ページ目

ASDの中年男性の人生の生き方。ときどき投資。

シェアハウスで社会不適合者たちと暮らしています。発達障害(ASD)だから社会に適応できません。どうやら唯一トレードが好きだから、ひたすらトレードしてるかなぁ。

最近は大自然の中で農作業が主です。生きることは難しい。

FXに限らず株や先物取引といった、いわゆる『ハイリスク・ハイリターン』という投資は怖くて手を出せないという人はいるかと思います。

 

まず一つ大きな誤解なんですが、それらの投資は『ハイリスク・ハイリターン』なのではなく、正確には「自分の意思決定でハイリスク・ハイリターンにしてしまうのが可能」ということです。ですから逆に言ってしまえば「自分の意思決定でローリスク・ローリターンにしてしまうのも可能」ということを強く言っておきます。

 

要はギャンブルのように自分の投資資金をフルにドーンッ!!と賭けてしまえるシステムになっているということです。これで一気に資金を溶かしてしまうっていう人がいるのは事実です。

 

投資をやったことがない、特にFX・株式・先物商品のトレードをやったことがない人は、まず大前提としてどういうシステムの上で売買をされているのかすら知らないので、世の中の勝手な「投資は危険」というイメージに洗脳されていると言っても過言ではありません。

 

「FXはレバレッジが高くて危ない!」という文句を耳にした人もいるかと思いますが、レバレッジは高くてナンボです笑

国内の証券取引所はほとんどがレバレッジ25倍ですが、海外のように何百倍にもしてくれよ!とも思いますね(税金の話は別にして・・・)

 

レバレッジ危険説も論理が飛躍しており「レバレッジが高いから危ない」のではなく、正確には「レバレッジが高いから、自己資金に見合わない無茶苦茶な高いロット数でポジションを持ってしまえるから危険」ということになります。←よくFXが分からない人は、とにかく「ギャンブルみたいに無茶苦茶に賭けてしまえるんだな」という解釈で構いません。

 

 

 

一般的には『ハイリスク・ハイリターン』という金融商品は、キャピタルゲイン capital gain といった利益を狙います。(もちろんリスクでキャピタルロス capital loss という損失も考慮します)。

 

ここからはFX経験者にしか理解できない話になるかと思いますが、私がよく利用するFXを例に出します。(未経験者にも分かるように最後には要約して書きます。)

 

FXでは手堅くインカムゲイン income gain の積み重ねで適当なときに利益確定するやり方もあります。つまり日々のスワップポイント swap point の付与で含み益をひたすら増やしていきます。ロング(買い)かショート(売り)かは、スワップポイントがプラスになるほうへエントリーします。

 

もちろん時間とともに価格は変動します。ですからなるべくならスワップポイントがプラスになる方向へのトレンド形成されているときが良し(メッチャ長く保有するつもりなら、実は月足・週足・日足レベルで巨大なレンジ相場のほうが適当かとも思いますが。余談ですが、巨大レンジ相場なら自動売買するやり方もありかな~)。

 

そして経済指標発表や要人発言や戦争といった一過性にボラティリティが大きくなることもあるでしょう。それを考慮しても強制ロスカットを食らわないだけの証拠金維持率を高くします。めっちゃ高くします。

 

これでひたすら放置プレイでいいんじゃないでしょうか?別に損切り設定する必要もなしに、価格変動して含み損を抱えていても放置して数週間後、数ヶ月後にエントリーで約定した価格帯に戻っていれば問題ないです。あくまでスワップポイント狙いですから。これに加えてキャピタルゲインも加わっていたらばラッキーみたいなノリでw

 

デメリットとしては、ポジっている間は資金が拘束されてしまうとか、証拠金維持率が低くなってきたら追加入金しておくとか、そして利確するならば、いつまで待つハメになってしまうのか不明ということですかねw

 

具体的に私がやっている方法としては、MXN/JPY(メキシコペソ/円)でロングしています。証拠金維持率を十分に高くして。100,000円入金していたら50,000通貨を、200,000円入金していたら100,000通貨を。この記事を書いている時点での証拠金維持率は約550%です。私の開設している証券会社なら100,000通貨でスワップポイントが約240円/日(日々変動あり)なので、こんなもんでいいんじゃないかな?利確する日はいつになるか分からないけど、もしかしたら今後ずっと含み損を抱え続けて「エグジットできね~よ!!」ということもありえるけど笑

 

それでもキャピタルロスの含み損額よりもスワップポイントの合計が上回れば良いかな~程度の感覚なので、別にポジションを抱えている間は含み損がいくらになっても構わない前提だし、いつかは価格が戻るかもだし、まぁ悠長にただ持っておきます。

 

という風に今シェアハウスの住人にも、今回紹介したまったく同じ方法でFXをやっている人が偶然にいましたw

 

その人はFXやっていて「どうしても損切りができない」が悩みだったので、スワップポイント狙いの証拠金維持率を高くする戦略で攻めているそうです。私は損切りをバンバンできちゃう人なんですが、彼は「できない」とのことでした。

 

そこで彼はスワップポイント狙いに切り替えてFXをやって以来「損失を出したことがない」と言っています。それくらい手堅いやり方をしています。

 

まぁ、彼は主にiDeCoや投資信託をやっていて堅実路線で、FXはサブで嗜んでいるみたいです。ただ大前提として投資スタイルなんて人それそれなので、それもまた良し。

 

身近に投資の話をできる人がいるのは嬉しい。

 

 

 

んで本記事の総括です。

 

今回の記事はFXをよく知らない人には理解できない話だったかと思いますが、要は『ハイリスク・ハイリターン』といわれる投資にでも、いくらでも安全なやり方は可能ということです。

 

トレードで儲けたというやり方は千差万別であり、その人に合った手法というものがあります。私なんて使うインジケータなんて単純移動平均線だけですし、あとは適当なところでレジサポライン引くだけ。ストキャスティクスやら一目均衡表やらパラボリックやらP&Fなんて言葉だけは知っていますが、使い方を知らないし、知ろうとも思いません。(このブログを書き始めた頃には、昔やっていたFXを数年ぶりに再開するにあたり暇だったから小次郎講師さんのやり方でやってみようかと思いましたが、まぁ合いませんでしたねw 『移動平均線大循環分析』やらMACDを加える手法とかw)

 

投資は自分の確立した方法で増やせれば問題ないので。

 

自分でトレードするのが苦手ならば、投資信託みたいにプロのファンドに資金を預けて毎月積み立てでもいいんじゃないでしょうか。

 

私はトレードすることに三次元の巨大パズルを解くような面白みを感じているので、自分でトレードしたい派です。単純に相場を読み解くのはオモシロイですし、ASDの特性に合っていて『自分の強み』として誇れる実感も欲しいですからね・・・さんざん一般労働ができない特性の脳ミソだけあって、せめて「トレードだけはできるんだぜ!」という自己存在証明をし続けていたいというプライドもありますし。あんまり金儲けのことは考えていないw税金とかメンドイし・・・(それでも利益を再投資してトレードしていけば資金が増えてしまうので、適当なところで資金を抜いて調整しますが・・・)

 

 

 

 

最後に本記事をお決まりの文句で締めます。

 

「投資は自己責任で!!」

発達障害者には『過集中』という特性があり、とにかく集中しまくってしまうケースがあります。

 

ADHDの人の中には、ぶっ通しで1週間丸々絵を描くことに集中しすぎて寝食を忘れ、脱水状態になってしまい病院に運ばれたという人も知っています。

 

私もそこまではいかないまでも、近しい経験をしたことがあります。

 

興味がないことには興味がなく、興味があることに対してはとことん追求してしまう。。。(興味がなくとも、周りに合わせるために興味ある風に擬態して生きるのは大変・・・)

 

という感じで、バランスの取り方が下手なんですよね。

 

ASDの私はというと、ワーカホリックになるか、完全ニートになるか二者択一しかない。

 

中庸というものが分からない、中庸というのが気持ち悪い。

 

気分転換というものができない。

 

けれども『中庸』や『気分転換』は一般的にはみんなやってるから、自分も真似して「気分転換してくるわ~」「ほどほどにやろうぜ」と言葉は発しても、実は発言している俺自身がその感覚を理解していない笑

 

「気分転換できた~」←実はまったくできていない

 

みたいな感じで生きてきました。

 

 

 

村に住んでからというもの、暇で暇で気付いたら毎日バイトしてしまっている。その度に後悔することがある。「また今日も働いてしまった・・・」実は明らかに身体は疲れているのだ。疲労が溜まっている。にも関わらず働いてしまう。中庸を知らないからだ。

 

しかし一番の救いは、一般社会の働き方とは違い『必要な時に必要な分だけ働く』を選ぶことができるということ。だから極論来週の仕事の予定なんてまったく入れずに完全オフにすることなんて可能なのだ。

 

「やっぱり人間それぞれ個人差があって、得手不得手も人それぞれだよなぁ。個人に合った働き方をしていかないと、長続きしないし、健やかな人生を送れないよなぁ」と痛感する。

 

社会人していた頃、家に帰ってからも仕事のことばかり考えていた。「アイツとは仕事したくないなぁ」と考えてストレスを抱えてしまうのは、仕事内容よりも人間関係だった。それが明日も明後日も、来週も来月も、数ヶ月先も数年後も続く…一体いつ気が休まるのだろうか?

 

仕事では苦手を克服するのはコスパ&タイパが悪い。苦手を克服できる人なんてシンデレラストーリー的に語れるのはヒーロー気分だが、そんな人なんて一握りで大多数は潰されてしまうのが現状だ。精神疾患抱える人なんて日本に何千万人いるよ?

 

その人の得意分野をやらせておけば最大のパフォーマンスが発揮できるのになぁ。別に特別な得意分野がない人でも、その人が苦手意識を持つ分野には無理に取り組ませないほうがダントツで良いに決まっている。無理にやらせるから上手くできなくて、周りの人から「使えない奴」認定されていき、同僚からの当たりもキツくなっていく。そして当人がやらかしてもいないミスを「またアイツがやらかした!」という事実無根の罪を着せられて、当人は精神的に病んでしまい仕事が嫌になってしまって、職場に居場所がなくってしまうというお決まりのパターンに陥るのだ。これには心当たりがある人も多いのじゃないだろうか。

 

村人はみんなおっとりしている。すごく人間関係に恵まれている。社会人していた頃は、職場の人たちなんてみんなギスギスしていた空気が嘘みたいだ。だから、上記に書いてきたのとは裏腹な想いなんだが、たぶん働くのが好きになっている自分もいることは確かなのだ。

 

「仕事なんて内容は何だっていい。一番大事なのは人間関係だ。」

 

つくづく痛感してしまう。

 

俺は俺で苦手とする分野の仕事の依頼は引き受けない。特に苦手意識を持たない仕事だけをやっている。これがサイコーだ。そんな働き方で生きていけるなら、どれだけの多くの人が生きやすくなるだろう。

私には自閉スペクトラム症(ASD)という発達障害があります。

 

障害特性の一つに『言葉を字義通りに受け取る』があります。つまり騙されやすい(信用してしまいやすい、嘘を嘘と見抜けない)のです。

 

私も昔はさんざん他人から騙された経験をしました。

 

変に正義感が強かったために、純粋に「世界は平和に向かっていて、人間はみんな助け合う精神を持っていて当たり前なのだ」という観念を30代半ばまで抱いていました。

 

小学生のときに『道徳』という教科があり、「それをみんな受けてきたんだから当たり前に倫理観は備わっているものだ」と思っていました。

 

しかし、人間世界はまったくそんなことはなく、世界は平和になるどころか退廃した空気が漂いガンガン戦争しようぜ!になっていることのギャップが全く理解できませんでした。

 

 

 

「なぜみんなそんな簡単に他人を騙したり、平気で嘘を言うんだろう?そんなしてまで自己利益を貪るんだろう?」

 

 

 

30歳くらいのときに大金を持ち逃げされてホームレス寸前に陥ったときも「今は音信不通になってしまったけど、いつかきっとまた連絡がきてお金を返してくれるだろう」とかって本気で数年間は信じていましたからね。

 

周囲の人からは「お前騙されてるよ」という指摘を受けても、なんせ自分には騙されている感覚がない。

 

もう一度言いますが『感覚がない』のですよ。

 

これって生きていくうえで致命的な欠陥です。

 

客観的には騙されていると理解しているのに、主観的には騙されている感覚が欠落しているのですから。

 

これについては、正直に未だにその『感覚がない』というのは残っています。

 

脳の機能性に欠損があるからでしょう。

 

これに近しい経験を持つASDの人たちをネットで知っています。

 

「一体何がどうなって世の中がこうなっていて、まったく理解ができない・・・人間が理解できない。自分は人間として欠陥品なのだ。」という想いが心にこびり付いて離れない人生であったとも言えます。

 

人生の節々には、他人からは「純粋な人だね」と評価されていました。

 

これを換言すると「騙しやすい人だね」という解釈に至るまでに長年かかりました。

 

こんなASD人が社会に進出したら生きていけるわけがないんですよね。

 

言葉の裏を読めないのですから、お世辞も理解できない。本音と建前も区別ができない。

 

・・・どう生きたらいいのさ?

 

まったく神様という存在は、こんな欠陥品を地球に送り込むとは・・・

 

 

 

 

というわけで前置きが長くなってしまったのですが、これを解決する方法はあります。

 

ズバリ『お金について学べ』です。ぶっちゃけこれしかないと思う次第です。

 

もともと損得感覚が備わっていない機能の脳をしているから、すべてを数字で説明できるようになれば解決します。

 

『お金の専門家になる必要はないけど、お金の専門家と会話が成立するまでの知識は必要』です。

 

ま、フツーに考えてもこの資本主義が蔓延した世界を生きる上で、数字で物事を考えられなければ冗談抜きで死にますしね。

 

ざっと大まかな知識レベル言えば、日商簿記3級、FP技能士3級だけでもかなり違うはずです(別に資格を取得する必要はなく、あくまで知識習得水準を呈示しているだけです)。

 

特に社会人になってからは、数字ベースで会話できなければ意味不明で理解ができないですし。

 

 

 

 

仮にあなたが「お金貸して」と言われたとします。

 

このときに数字という言語を携えていれば、「貸付金額は?利息率は?返済日は?相手の損益計算書や貸借対照表は?(収益性や安全性は?)よって貸倒損失になる可能性は?」という風に考えられたりするので、全部数字で考える素地が養うことが可能です。

 

こういう風に数字で考えてくる人に対しては、相手側にも理屈っぽい印象を与えるので資本主義社会に生きる人間としてもナメられるリスクも軽減しますし。

 

ぶっちゃけ社会的弱者は社会保障について徹底的に調べていけば、生きていけると私は思っています。最終的には生活保護がありますし、それに至らないまでも日本国にはお金に関する社会保障制度だけでも100種類以上あるのですから。

 

そして障害者は、そもそも就労能力に乏しく定職に就くことすらままならず、そして継続できない。継続したとしても、職場でのハラスメント被害に遭遇する率も高いし、精神を殺される。現状の日本社会では事実そうです。

 

「就職することこそが人生のリスク」

 

40歳を超えてからこれに気づきました。

 

投資もしなくていい。そもそも障害者は投資資金に回す種銭すら貯蓄できるまで継続して働けないし。

 

 

 

少し投資の要素を盛り込んで補足すると、実はお金の増やし方なんて大多数の人が思い込んでいるより簡単です。

 

「人はお金をお金として捉えるからこそ難しく考えている」と個人的には思っています。

 

所詮、お金も数字ですよ。

 

そして個人の資金を運用するにあたり、あまりにも『率(%)』で考える人が少なすぎる印象を抱きます。特に投資未経験者にはその傾向が高いです。投資未経験者は『額』でしか考えられない。

 

「投資で一日で10万円稼ぎました!!」という広告も、「そもそもそいつの投資資金の何%だよ?」って話になります。

 

仮にその人の投資資金が100万円ならば一日で10%増ならスゴイけど、投資資金が1000万円の人からすると1%増でそれは達成できます。1億円ならば0.1%増だけです。

 

「〇万円稼いだ!!」という情報なんてどうでもいいのです。それよりも重要なのは「何%増やしたの?」という情報がほしい。

 

だから投資資金が10万円の人が一日で1万円稼いだら、それはそれでスゴイです。もちろん投資資金1万円の人が1,000円稼いだら同等でスゴイです。10%も増やしたのですから。

 

・・・という風に何に対してもそうなんですが、ニュースの報道でも「××という出来事が〇件発生しています」というだけでは多いのか少ないのかも判断がつきませんし「そもそも分母はいくつで、分子はいくつ?→つまり〇%よ?」と経年で比較していくという視点で物事を見ていかなければ、自己利益に走る人たちから簡単に騙されてしまいます。カモですよカモ。

 

 

 

私自身はビジネスに興味がなく資本主義は嫌いですが、それは私の都合であって世界は私の都合では動いてくれません。どうやら地球という星は、巨額の富を所有している人たちに支配されているのは否めません。

 

イーロン・マスクの都合でX(旧:Twitter)の使い勝手なんてコロコロ変わりますしw

 

 

 

今日は農作業してたらサルが侵入してきて農作物を盗んでいたので撃退するのに必死でした。あそこの畑・・・ジャガイモを早めに収穫しなくては、、、、明日さらに被害が広がっていなければいいなぁ。。。。疲れた。雑草除去もしなくては。

最近は毎日がバイト三昧だ。


やっぱり山奥での生活に飽きたからだ。働いていないと気が狂いそうだ。


日中はやることがない。

Netflixで『宇宙兄弟』を観るが長編すぎて長時間は観る気がしないし目が疲れる。

その気になれば楽しい映画やアニメはたくさんありすぎて、たぶん死ぬまで制覇はできない。

だからと言ってテレビを観るのも飽きる。


散歩へ行きたい。

しかし山奥の辺鄙な土地すぎてコンビニとかなくて、歩くのに目標物が何もない。

だから散歩したいと思っても、区切りとなる休み処がなくて困ってしまう。結果、シェアハウスに籠ってしまう。


暇潰しが下手である。

だから強制的に他人からの圧力を利用してでも、身体を動かさないと気が滅入りそうだ。


他人と関わることで面倒が起きたり不快な気持ちになるならば絶対に嫌だが、適度な疲労を催すストレスに曝される必要がある。


なんか山菜っぽいのを商品化する過程の加工をしたり、野菜を植えたり、、、どれも安い時給で依頼されたバイトだが、気を紛らわすには充分だ。なんか単純作業に没頭していて、時間が経過しているのがよい。一応仕事だから必要最低限の指示を仰いで動くが、なんか急かされたりしないのがいい。ハラスメントしてくる奴がいないのは最高だ。仕事なんてのは内容は二の次で、一番は人間関係だろう。忙しくても人間関係が良ければ、その忙しさは別に気にならない。むしろ時間が早く経過して、老化が進むから最高だ。早く老いて人生を終えたい。


何もしない日…これは退屈だ。

山奥の村だからこそ退屈さが助長される。

バイクを走らせ近所の温泉に行くのも良いが、毎日行くのも何か違う。たまに行くのが良い。


サウナで「ととのいました」的なエクスタシーになるまで愉しむのは良いが、あくまで稀にやりたい。


今は身体を動かしたい時期か、それとも時間の経過を早めたい時期かは自分には判別がつかない。

なんなら眠剤を大量に処方してもらい、四六時中睡眠状態にして毎日を過ごす力技もできなくはないが、耐性が付いているから満足にそれも難しい。

眠剤も眠剤で、やはり日中身体を動かした日の内服は効く気がする(プラセボかもだけど)。

そう言えば村に住んでからプチODしなくなったな…概ね精神状態は良好。


あ、俺は発達障害あるし、精神疾患あるし、なんならトラウマ(PTSD)もあるし、こんなオッサンでも山奥の村の環境に護られて生きているのである。


感謝感謝。

ありきたりに『キャッシュレス』なんて言葉が跋扈している世の中ですが、ガチのガチでキャッシュ(現金)を必要としない世の中になるのでしょうか?


コンビニやらスーパーやら行けばキャッシュレス支払いは当たり前。


クレジット払い、コード払い(バーコードやQRコード)、ポイント払い、そして暗号資産払いになりそうな流れの現代。


SNSを見ると「未だに現金払いしている人を内心見下している」という投稿も見たことがあります(それに対して「いいね!」がたくさん付いてた)笑


確かに支払いがスムースで“ピッ”と処理して終わりですし、還元ポイントもまぁそれなりにあります。


フツーに考えたら、スマホ使える人ならコード払いしてたほうが良いかなぁと思います。


ただ、これはあくまでも“フツーに考えたら”の話です。


世の中はフツーじゃないのですよ…


というわけで本題になりますが「キャッシュがなくなる時代は到来しますか?」という疑問を抱いたことはあるでしょうか?


トランスヒューマニズムの時代に突入したら話はともかく、この物理世界からは「キャッシュがなくなるわけない」という答えになりそうです。


理由としては「ITスキルに疎い人や視覚障害者は利用困難だから」というものもありそうですが、そんなものは浅い浅い。


もっとダークでディープな理由を挙げるならば…

「違法な金を流せないから」

という残念なものになりそうです。


これってスゴく残念でガッカリな理由ですが、これは否定できないでしょう。今の政治を見れば自明の理かと。


現金だと足が着きませんしね。

コンピューターに記録に残るわけでもない。

アナログの世界は隠蔽し放題ですしね。

ちゃんと領収証きれてますか?


そのような利害に絡む案件については最先端の技術に染められては困る世界はあるのは確かですね。


パチンコやパチスロのプロ集団なんて荒稼ぎして、法の穴を抜けて現金化したら「所得だけど所得じゃない金」なので(強いて所得区分するなら“雑所得”?)合法的な脱税ができてしまいます。


という風に人がいる以上は悪いことを考えて利益を得る輩がいつの時代にも存在して、そんな人からするとキャッシュが世の中から消えると大変困るので「キャッシュがなくなるわけがない」というのが答えです。



別に記事にするまでもない話かと思いますが、なんか思い立ってしまったので書いちゃいました。


あと数十分したら村の手伝いに外出しなきゃ…

早起きしすぎて、もうちょっと眠っていたかった。