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 日本文化のポイントをなす用語ごとに、コンパクトにまとめられた書籍。著者の本はどれもみな、そんな作りである。2004年8月初版。

 

 

【日本人は、富はなくとも美しい生活文化を生んだ】
 文化は富の凝縮によってつくられるものという定説はありますが、決して富だけで文化が生まれるわけではありません。富はなくとも美しい生活文化をつくりあげることは可能だと信じたいものです。(p.13)
 日本の文化は、おカネに誘導されて出来あがったものではない。普通の人々が持つ美意識によって出来あがったものである。
   《参照》   『日本の個性』 八木秀次 (育鵬社) 《前編》
             【職人たちの美意識】
   《参照》   『美的のルール』 加藤ゑみ子 DISCOVER
             【日本人の美意識】

 

 

【もののあはれ(寛容さのなかにある悲しみ)】
 「もののあはれ」は、平安文学にみる和の美意識、審美感覚です。それを生み出し、つくり上げた貴族の生活感そのものです。 ・・・(中略)・・・ 本居宣長(1730~1801)によって、哲学的な「和」の観念のひとつとして定義づけられました。
「もの」というのは、対象とする自然、事物など客観的なものであり、「あはれ」は感情や心、または心の動き、つまり主観的なものです。この客観的なものと主観的なものを一致させることによって生まれる調和のある情趣の世界、それが「もののあはれ」です。(p.39)
 “客観的なものと主観的なものを一致させる”とは、唯物論と唯心論の融合ではなく、唯心論的な世界を生きることといえるだろう。
   《参照》   『金美齢と素敵な男たち』 金美齢 (WAC) 《後編》
             【唯心論:日本人の美質の一つ】
 物に心を移入したり、物の心を察したりするのは、想像力と直感力に優れていることでもあります。
 自分自身の判断で自分自身から発するのではなく、自然や環境を寛容に受け止めること、その変化に順応することで生じる寛容さのなかにある悲しみ、甘いメランコリー、それが「もののあはれ」です。(p.39)
 だから、「もののあはれ」は仏教の用語である「無常観」によく馴染む。
   《参照》   『「脱亜超欧」へ向けて』  呉善花  (三交社)
             【もののあわれ】

 

 

【平面性】
 西欧が石の文化であるのに対して、「和」の文化は紙の文化です。紙は平面であり、その平面的思考によって物も空間もつくりあげてきました。
 着物は布を平面のまま縫製します。 ・・・(中略)・・・ 一巻(一反)の布で、どの人のサイズにも合わせて縫うため、切り捨てる無駄がありません。合理的な発想です。
 演劇の舞台も平面的です。 ・・・(中略)・・・ 和の能楽の舞台の背景は、いつも変わらず、松が描かれたひのきの鏡板一枚です。(p.55)
 日本人は、二次元のもの(平面)の連続によって構成されるものを、立体とも空間とも感じることができるのです。(p.78)
 日本人の平面の捉え方は、実は“日本人に特有な繊細な霊性に依拠している“と言えるだろう。
 「髪」は一次元で、「紙」は二次元。ここまでの次元で「神」を十分に見出せる。理屈的には、「神」は無限次元(=ゼロ次元)なのだろうから、一、二、三と次元が増える段階は遠ざかるようなものとも言える。
   《参照》   『2013:人類が神を見る日』 半田広宣 (徳間書店) 《中編》
             【3次元空間認識の陥穽】

 

 

【平面文化が生んだ漫画(クール・ジャパン)】
 アニメーションや漫画を世界の多くの人々におもしろいもの、楽しいものとして知らしめたのは、日本人が平面の達人だからです。(p.55)
 この記述を読んで、「あ、そっか」などと思ってしまった。
 現代のマンガは彩色が施されているから立体感を感じることが多いけれど、彩色のない漫画であっても、遠近法など駆使せずとも、確かに立体的に上手に描かれている。

 

 

【見立て】
 自然や宇宙と融合する手立てのひとつに「見立て」があります。これも日本文化特有の美意識、造形方法、美白から生まれ、培われてきたものです。 ・・・(中略)・・・ 。
 見立てるとはなぞらえることですから、現代の日常生活においても、いろいろな場面の演出に使われているのですが、日本人にとってはあまりにも日常的なことであるので、あえて見立ての何々と意識することすらしていないのかもしれません。(p.83)
 日本庭園でも茶道でも落語でも、見立てという共通認識に至っていなかったら、たいそう退屈なものになってしまうだろう。
   《参照》   『でも、あの頃はすべてが輝いて見えた』 林雄三 (象形社)
                  【遊び場】

 

 

【器好き】
 季節感に重きを置き、青磁、白磁をはじめとして、磁器のものやガラス器、竹製品などは夏に使い、色調や肌合いの温かみのある陶器は冬に使います。磁気は冬には冷めやすいということもあり、その点、お椀などの漆器は、冷めにくく汁ものには最適といえます。
 季節での使い分けのほかに、お正月はもとより特別なときに使う器もあり、自然とその量は多くなってしまうのです。(p.109)
 台湾人が実家に来た時、食器棚を見て、「何でこんなにたくさんあるの?」と、たいそう訝しげに聞かれたことがあった。その時は「日本人は台湾人みたいに外食しないからね」と簡単に答えたものだけれど、上記の書き出しの内容を一緒に答えておかなかったから、極めて不完全な回答だったことになる。
 「台湾人みたいに外食しないし、日本には四季があるからそれに合わせてお皿を変えるんだよぉ~。でもって食べ物ごとに全部違うお皿に盛るでしょ。旅館だけじゃなくて日本の家庭はみんなそうだよぉ~」って答えるべきだった。

 

 

  加藤ゑみ子著の読書記録

     『和のルール』

     『気品のルール』

     『美的のルール』

    
<了>