表紙には、お嬢様講座シリーズ特別編集と書いてありますけど、叶姉妹のようなギラギラした欧米風のお嬢様ではなく、日本文化に基づいた清らかなお嬢様向けの美意識を表現している本でした。
【美しいことに対する最上級の表現】
平安時代、「清ら」 という言葉は、美しいことに対する最上級の表現でした。現代、「清ら」 といえば、すがすがしい感じを与える、濁りのないもの、清潔ということになりましょうか。 (P.23)
「清ら」が意味する二つの側面、つまり Clean と beautiful は同一である、という考えは、日本固有の文化的美意識ですね。
【形】
おそらく自然界にはないであろうと思われる形であっても、その全体のバランスや部分部分の細かな形状を見ると、そのほとんどが、地球上の自然をはじめ、宇宙、原始や分子の構造、全てが大昔から自然界に存在していたものであることに気づきます。新しい形だと思っても、自分が知らないだけで、すでに昔から自然の中にあったものなのです。 (p.31)
自然の中にはあらゆる形状が存在します。人工的と思える形状であっても、複数の波形を重ねることで作れてしまうのです。フーリエ級数という数式を用いれば、完全な矩形であっても完全な三角形であっても、どのような形状であれ、複数の波形を重ねることでできてしまうのです。波という基本形を知的に捉えれば高度な科学技術となり、感覚的に捉えれば美意識になるのです。
日本人が美しいと感じる形を数式で表すと、比較的シンプルな波形の組み合わせになり、西洋人が美しいと感じる形を数式で表すと、極端な波形の複雑な組み合わせになってしまうのです。
【日本人の美意識】
日本人の美の世界の特徴のひとつは簡素であることです。欧米人にとっての美しいものとは、豪華さであり華やかさです。貴族文化こそが美しいものの代表であり、富の集中こそが美を生むと信じられてきた伝統は未だ強く残っています。 (p.43)
「簡素」と「豪華」という対比についての私の補足は、上述の 【形】 の補足と同じです。
「清ら」と結びつく「簡素」、「富の集中」と結びつく「豪華」。豪華さに憧れている若さでは、日本人の美意識など、とうてい理解できないでしょう。
【外見と中身】
外見は中身の充実によっても、その美しさを増します。 (p.73)
これはどういうことかというと、心の様子がオーラとなって現れているということですね。どんなに美しく着飾っていても、憎しみの心を持っているような人であるなら、誰だってそれを感じ取ってしまいますから、美しいとは思えないのです。
日本人の繊細な感性は当然のごとく霊性に根ざしているのです。霊性豊かな日本文化は、豪華さの虚妄を見抜いているのです。だから、外見と中身を繋ぐのに「清らかな簡素」で十分なのです。
【美しく生きる】
美しく生きる理由は、そのほうが心地よいからです。認められるために美しく生きるのではなく、美しく生きることが自然で、健康的だから、美しく生きるだけのことです。 (p.85)
美しく生きる美の世界は、強すぎる自己主張の外にあります。 (p.99)
日本人が求める美しさは、優しさがその根源となっています。 (p.103)
自分を際立たせ主張する美しさではなく、自分にとっても他者にとっても心地よさと優しさを提供する美しさ、これこそ、日本人の美意識ですね。
日本の化粧品メーカーである資生堂の弦間さんが同じことを書いていました。
『共に輝く 21世紀と資生堂』 弦間明 求龍堂
【静かに美しく】
物静かな美しさが日本人には良く合います。 (p.113)
電車の中で、パカパカとハイヒールで大きな音を立てて歩き、そして風を巻き上げてドサッと座る女性に遭遇すると、言いたくなってしまいます。
「あなた、日本人?」
そういう人って、多分この皮肉が理解できない・・・・・。
加藤ゑみ子著の読書記録
<了>