《中編》 より
 

 

【「母音系アナログの日本語」と「子音系デジタルの英語」】
黒川 : 母音は声帯振動だけで出す自然音と言いましたが、これは脳の中で皮質を超える長い軸索を刺激するという論文があります。つまり母音主体の言葉を聞くと、親密感や情を感じるのはそこから来るわけです。もっとも、これは何も日本人だけの特性ではありません。ユーロッパ系の言語でも、音節の最後に母音のつくイタリア語やスペイン語などは、人間性というか、温かみや情を感じる言語です。
 それで、先ほど言いましたように、子音は、息を擦ったり破裂させたりして出す音で、非常に機械音に近い。これらは短い軸索、つまりデジタル回路を刺激します、そのため、子音主体の言語系でしゃべると、どうしてもデジタル回路が強く働いて、合理的になっていく傾向があるのです。(p.174)
 日本人であっても、英語を使えば平気で喧嘩できてしまうのは、それぞれの言葉の語感が持つ特性故のことである。韓国人が喧嘩っ早いのもハングルが持つ語感特性故のことである。
古森 : 子音が強いのは英語だけですか?
黒川 : 英語よりも、ドイツ語のほうが強く働きます。基本的に、世界の経済主要国の言葉はすべて子音主体の言語なのです。意外なようですが、よく似て聞こえるお隣りの韓国語も子音語の仲間ですね。(p.175)
 東アジア通貨危機以前の韓国は、西側陣営としてアメリカの仲介的強制もあって日本企業との関連が深く必然的に経営環境も日本のそれに似ていたはずである。しかし通貨危機以降、IMFに管理されてアメリカ的経営に切り替わってから、韓国経済は元気になっている。子音系言語による経営の発想が共通点となって、水を得た魚のように韓国を元気にしているのだろう。
 大前研一さんに代表される米国企業のマッキンゼー的デジタル発想が、日本よりも欧米や韓国・台湾をはじめとする東アジアのほぼ全域で違和感なく受け入れられ多大な実績を残しているのも、子音系言語の国々だからと言えるはずである。
   《参照》   『外資系コンサルタントの真実』 北村慶 (東洋経済新報社) 《前編》
                 【マッキンゼー】

 コンサルティング業界には秘守義務があり、出版されるビジネス書には成功例ばかりが取り上げられているから、実際のパフォーマンスは不明であるけれど、日本国内では、外資系コンサルティング企業による失敗例は非常に多いのが事実である。
 日系コンサルティング企業の雄は船井総研なのだろうけれど、デジタル的左脳に偏することなく、日本人の特性をきちんと捉えた手法を用いているのは、船井総研経営者の著作のいずれか(『退散せよ! 似非コンサルタント』など) を読んでみれば良く分かることである。

 

 

【日本語と脳】
 脳の働きを見てみると、日本語とポリネシア語族以外は母音を右脳で聞きます。私たち日本人とポリネシア語族の人だけは母音を左脳で聞くのです。左脳で聞くということは、母音にきちんと言葉としての情感を汲み取る構造があるということを意味します。それに比べて、子音主体でしゃべっている人にとっては、母音は単なる音響にしか聞こえません。「あ」 という音の意味や、「う」 という音の意味を脳が取らないからです。(p.176)
 母音が整合的に組み込まれている日本語と、母音の意味を左脳が理解するという日本人の脳の特性は、相補的な関係にある。これが中心となって、日本人の情的、内向的、質的、あいまい(反対は、意志的、外交的、量的、合理的)といった特性が生じている。
 情を忘れないという意味では素晴らしい感性なのですけれども、合理的になりきれないという弱点を私たち日本人は負っています。(p.185)
 長所と短所は裏表の事象だから仕方がないことであるけれど、その特性を知っておくことは重要である。
   《参照》   日本文化講座⑩ 【 日本語の特性 】 <前編>
            ■ 日本語と日本人の脳の特異性 ■

 

 

【文系・理系という区分】
 文系、理系という区別は、脳の偏りの種類にすぎないのです。
 本当に素晴らしい科学者はロマンティストだし、小説も書くし、バイオリンも弾く。本当に素晴らしい小説家は、数学や物理にも造詣が深かったりするじゃないですか。頭のいい人は、ちゃんとクロスしていると思いますよ。(p.195)
 文系・理系と言う区分枠を意識している人は、自発的にその区分枠に嵌ってしまう。脳全体を活性化させ自在に生きようとすれば、文系・理系という区分枠は消えるのである。
 秀でた人に共通するのは “思い込み” という固定観念(枠)が希薄であることなのだから、彼らを文系・理系という区分枠のいずれかに分類しようとするのは間違ったことなのである。ところが、今日の学者というのは、特定の分野だけでことたりている。だから、日本人と日本の素晴らしさが埋もれたままになっているのだけれど、それに気づいている人々は多くない。

 

 

【境界線(枠)を取り去る】
 著者の黒川さんは、言葉の感性の正体を発見して、それを数値化して発表したら感性工学会や人工知能学会で絶賛された。しかし、黒川さんの発見は、2400年も前にソクラテスが言っていたことだという。
 「なぜ、この理論は2400年もの間眠っていたのだろう?」と考えたら、欧米でも言語学と物理学の間には歴然とした壁があって、言語学者はこの壁を超えることができないし、物理学者は決して言葉の研究などしようとは考えないということが分かったのです。
 ・・・(中略)・・・ 理系、文系などいうまやかしの壁にとらわれることなく、そこにある境界線を取り去るというのも、新たな地平を見ることができる一つの有力な方法だと思いますね。(p.199)
 まったく、まったく。
 学問の分野が細分化されてしまったことの元はといえば、ソクラテスの弟子であるプラトンやアリストテレスが分別智(二項対立)の領域に足を踏み入れてしまったことにあるのだろう。
   《参照》   『読書術』  加藤周一 (岩波書店)
             【西洋思想の柱】

 分別智の申し子である合理的な思考は左脳が得意とするところ。直観的な把握を得意とするのは右脳というか、正確には脳全体なのだろうけれど、脳全体を励起し機能させることが最も得意なのは日本語を使っている 「日本人の脳」 なのである。だから、日本人である著者の様な方によって初めて、言葉の感性の数値化がなされたのであろう。
 デジタル技術が進化して、左脳仕様の時代に進むかに見える現在、日本人がそれに合わせようとすれば、生きて行くのがしんどくなるだけだし、日本人の長所は活きなくなる。
 かといって、左脳領域を拒否することはできない。著者が言葉の感性を数値化したように、日本人が、日本人の特性を維持しながら左脳を使いこなすことは不可能ではないはずである。脳全体を励起するためには左脳も役割を担わなければならないのである。
 全人類の最終目的は、バランスがとれた脳全体の活性化である。

 

 

  黒川伊保子・著の読書記録

     『しあわせ脳 練習帳』

     『感じることば』

     『「無邪気な脳」で仕事をする』

 

<了>