音盤ながし -10ページ目

ショーン・タン『ARRIVAL』『遠い町から来た話』

●ショーン・タン『ARRIVAL』
          『遠い町から来た話』


 さる高貴なお方からプレゼントされた素敵な絵本『ARRIVAL』。身近に置いて何度も読み返しています。先ず、古い皮表紙を模した装幀が良い感じ。表紙をめくると古い顔写真のような絵がずらり。いきなり60人に見つめられる感じですこし怯む。男性女性、子供から老人まで、様々な人種の顔・顔・顔。この多様な人達がこの物語を予感させるのです。


 夫と妻と幼い娘がひとりいます。夫は母と娘に見送られ、トランクひとつさげて列車に乗ります。夫は大きな客船に乗り大洋を渡ります。客船の甲板には多くの貧しい人達が乗っています。おそらく夫もそのひとり。やがて船は大きな港に到着、入国審査を受けてるもよう。20世紀初頭のニューヨークに到着したヨーロッパ移民を想わせる光景。新しい国に到着した夫、しかし言葉が通じず身振り手振り。雑多な人種のなかで生活を始める夫。出会った人達も、それぞれ貧困や迫害や戦争から逃れて、この国に渡ってきたらしい。やがて夫も仕事にありつく。月日は巡り、夫は故国の家族に手紙とお金を送る。妻と娘が夫の暮らす新しい国に到着し、新たな家族の暮らしが始まる。

 物語のあらすじはこんなです。夫を見送る妻と娘の不安げな表情、新しい国で夫に迎えられる時の妻と娘の幸せな笑顔がやはり印象に残ります。

 しかし、この物語を豊かにしているのは、ストーリーというより絵の表現力です。緻密な描写により心象が描き出されます。この絵本はマンガのコマ割りのように進行し、そしてセリフがありません。言葉がありません。絵がセピア調単色で描かれているせいか、サイレント映画を見ているようにも感じました。


 奇妙な小動物も登場します。ひとりに一匹ペットのように寄り添います。幻想的な街、そして気球のような奇妙な乗り物。奇妙なファンタジックな世界なのに、人間の営みはリアルな生活感に溢れています。

 奇妙な生き物といえば、彼等の故国をのたうつ影のように覆っていた巨大な怪物、あれは「不安」という名の怪物だったのではないかと思います。今、私達日本人も「不安」という巨大な怪物にのしかかられていますからね。

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 奇妙な世界といえば『遠い町から来た話』のほうが奇妙でしょうか。こちらは絵と文による短編集。『ARRIVAL』に感動したので、同じ作者のこれも読んでみたくなったのです。紅葉の葉っぱのような身体をした異次元からの交換留学生エリックの話。棒人間たちもキャラクターが凄い。19世紀オーストラリアの真珠産業を支えた日本人潜水夫達の悲話を元にした「壊れたおもちゃ」はシリアスな話し。まあ奇妙な話しとはいえ、あると思えば、あったかもしれない、あったらいいな、そんなお話しの数々が奇妙に楽しい。
 原題は「TALES FROM OUTER SUBURBIA」。大都市の郊外、オーストラリアでいうなら、そこは異界への入り口だったりするのかも。

 作者ショーン・タンは1974年オーストラリア生まれのイラストレーター、絵本作家。父は中国系マレーシア人で、母はアイルランド系移民の3世とあります。移民の国オーストラリアの移民の息子。かたや単一民族国家っぽい日本に住む自分。あらためて日本人の多様性のない社会に息苦しさを覚えました。
The Arrival/Shaun Tan
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ムーンライダーズ『火の玉ボーイコンサート』『Ciao!』

●ムーンライダーズ
  『火の玉ボーイ コンサート』
  『Ciao!』


 『火の玉ボーイ コンサート』は去年の5月5日、メルパルク東京ホールで行われたデビュー35周年記念ライヴの音盤で、僕も当日会場で聴いていたひとりなので、聴きながらあの時のステージの様子などが思い出された。CDとなっただけに、当日の会場よりはサウンドが整理され聴き易くなっている。実際に会場に鳴り響いた音はもっと荒ぶれたワイルドでカオスなサウンドだったと思う。情報量の多さがカオスのままサラッとポップに吐き出されるのがライダーズのロックなので、そんな彼等の特徴が良く出ているライヴでありCDだと思う。

 『火の玉ボーイ』は1976年、鈴木慶一とムーンライダース(ズではなく ス)名義でリリースされた彼等のファーストアルバムで、二十歳だった僕の愛聴盤だった思いで深いアルバムだ。十代後半から、主に英米ロックとアメリカ黒人音楽ばかり聴いていた頃、聴いた数少ない日本のバンドが彼等だったし、相性が良かったようで以来ずっとアルバムを買い続けファンであり続けることのできた、僕にとっては希有なミュージシャン集団だった。


 ライダーズほど一筋縄ではいかないロック・バンドは無い。メンバー全員が曲を作り歌うしプロデュースも出来る。それぞれが抜群のポップ・センスを持ち、それでいてアヴァンギャルドも隠さない。カントリー・ロックからプログレッシヴ・ロックをシームレスに行き交い、チャンキーで無国籍風なサウンドも彼等の十八番だった。メンバーそれぞれがスタジオなどセッション・ワークをこなし、プレイヤーとしての力量も高度な所に来てあっさりと「音楽にはテクニックよりセンスが大事だ!」とばかり、パンク・テクノを内包したニューウェイヴへと舵を切ってみせる。


 僕のライダーズ初ライブが'80年芝郵便貯金ホール(現メルパルク東京)で、まさにニューウェイヴ期ライダーズ。『モダン・ミュージック』リリース後のライブということでテクノ・ニューウェイヴを押し出したライブだった。メンバー全員が映画『スターウォーズ』の帝国軍兵士のようなマスクを被って演奏していたのが印象に残っている。その後もライダーズのライブには何度か足を運んだが、しだいにチケットが取りづらくなり、ライダーズ・マニアが急増しだしたことが秘かに誇らしかったりした。


 『火の玉ボーイ コンサート』には、彼等の盟友とも呼ぶべき、あがた森魚、矢野顕子、徳武弘文などゲストも賑やかで、特に南佳孝が「風にさらわれて」を聴かせてくれたことに感激。徳武と高田漣のソロが飛び出す「髭と口紅(ルージュ)とバルコニー」には、よしよしと自分に頷きながら(笑)感無量な心境だった。髭とルージュ・・は僕が20代の頃に結成していたバンド、サンセットレビューのクロージングテーマとしていつも演奏していた曲なんだよね。


 そんなムーンライダーズの5月5日火の玉ボーイコンサートを楽しんだ去年の11月、彼等は無期限活動休止を発表。そのラスト・アルバムとして届けられたのが『Ciao!』だった。2011年12月、ムーンライダーズ・ラストワルツ。


 『Ciao!』は素晴らしいアルバムだ。鈴木慶一、かしぶち哲郎、武川雅寛、岡田徹、鈴木博文、白井良明のメンバー全員が横一線に其処にいる。誰もが歌い、曲を作り、演奏する。横一線でありながらもの凄く分厚いのがライダーズの凄味だ。おそろしく懐が深いバンドなのだ。楽曲に、サウンドに、常に探求心と遊び心を持ち続けた6人の個性豊かな男達が、安易に群れて連むことなく運営したバンドだった。ファンは、何をし出すか判らないから目が離せないバンドとしてライダーズを愛した。僕はそうだ。ムーンライダーズとの35年間は実り多くじつに楽しかった。


 ありがとう!ムーンライダーズ。いつでも復活していいからね。

moonriders LIVE at MIELPARQUE TOKYO HALL 2011.0.../ムーンライダーズ
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Ciao!/ムーンライダーズ
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『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』

●『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』
  デイヴィッド・ミーアマン・スコット+ブライアン・ハリガン著

 売れてるんですねこの本。新聞の「売れている本」ランキング、東京の書店で3位でしたよ。まあどう考えても、買った人の大多数はデッドのファンであるはずもなく、名前すら知らなかった人達だと思いますが。やはりビジネスの実用書として買われていると思われ、、、。


 グレイトフル・デッドは日本でも、オールド・ロック・ファンには良く知られた存在です。'60年代、サンフランシスコ、ヘイト・アシュベリー、ヒッピー、フラワーチルドレン、ラブ&ピース、そんなムーブメントの象徴だったロック・バンドがグレイトフル・デッドだと、そう説明されることの多いバンドです。回りくどい言い方になったのは、僕は彼等の熱心なファンではないからなんですが。


 僕の古くからのロック友達の中でも、デッドが大好きって人にはお目にかかりません。誰しも嫌いではない、嫌いになる要素が無い代わりに、強烈に引きつけられることもない、それが僕達のロック・サークルでのデッド感です。'70年代からずっと、何度もトライしたけど、僕にはデッドに惚れ込むことができなかった歴史があり(笑)、それだからこの怪物デッドの正体が知りたくて、本も読んだりして色々と考えた事もありました。

 思うに、デッドはライブ・バンドであるから、そのライブに接したことのない人には良さが判りづらいということ。そのライブも、僕達が知っているロック・コンサートとはかなり違っていること。ツアーでは、物品販売や食事やドラッグを売る人達(取り巻き)が帯同し、またツアーについて回るファンも多いということ。などなど。なんかひとつのムラが形成されていて、ムラの外にいては判りづらいということだと思っています。ムラと言ってもドデカイんですけどね。

 僕がデッドについて鮮明に覚えているのは、まだ'70年代の初めに巨大なPAシステムによる超クリアなサウンドによるライブを行っていると、写真入りで報じられたローリーングストーン誌(?)のグラビア記事のことです。あのスピーカー群にはびっくりしました。それとテープ・シェアのことも、当時からロック・ファンにはよく知られた話しでした。つまり、デッドはライブを自由に録音させていて、そのテープをファン同士が交換しあってるという話しね。へぇ~凄いね、って話しにはなるんだけど、いかんせんそんなデッドのライブに行ったことがないんだから、やはりムラの外の人間として、デッドやデッドヘッズを眺めていただけなんだよね。

 間違いかも知れないけど、フジロックの持つ雰囲気がソレなのかなと思ったり。あのライブを取り巻く開放的な雰囲気は僕も好きなので、つまりデッドのライブっていつもフジロックみたいな雰囲気なんじゃないかと。マリファナとかはないけどね。でもドラッグ・カルチャーとデッド及びデッドヘッズが結びついているとしたら、なおのこと、ドラッグをやらない人にはデッドの魅力が判らないと言えるかもしれないね。

 そこで僕なりの結論なんだけど、グレイトフル・デッドは音楽というより運動体なんだってこと。グレイトフル・デッドというムーブメント。

 最後に本書では、デッドの音楽そのものには言及しておりません。
ヒット曲もないのに”ビートルズよりストーンズより儲けてしまったバンドの秘密” ”それはフリーでシェアでラヴ&ピースな21世紀のビジネスモデル” といったお金儲けの本でした。
グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ/デイヴィッド・ミーアマン・スコット
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坂本慎太郎『幻とのつきあい方』

●坂本慎太郎『幻とのつきあい方』

 わりと好きだった割に2枚のCDしか持っていないゆらゆら帝国だったけど、そのゆら帝が解散して放たれた坂本慎太郎のソロ・アルバム。坂本はゆら帝の中心人物だったから、その音楽性も繋がりは感じられる。ただとても開放感がある。聴いていて気分が良くなるアルバムだ。と思うと確かにゆら帝とはすこし違うな。

 ドラム以外のギター、ベース、キーボードは彼が演奏している。もちろん歌も。ホーム・メイドなシンプルさは感じられるけど宅録臭さはない。全曲で
メロディアスに躍動するベースが爽快で、自由を謳歌する坂本慎太郎!って感じが溢れ出る。コーラスやブラス・アンサンブルも程よく配されてポップな仕上がり。ポップだけどロックで、骨のあるサウンドが最高にいかしてるよ。鮮やかに仕組まれてる。憎いなあ。
幻とのつきあい方/坂本慎太郎
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辻原 登『韃靼の馬』

 年末年始と雪かきに追われ、落ち着いて本を読むような日常じゃなかったけど、それでも細切れにでも読んでいたこの『韃靼の馬』はなかなか読み応えのある物語だった。

●辻原 登『韃靼の馬』
 

 そもそも”韃靼-だったん”好きなのかもしれない。おそらく最初に韃靼に目覚めたのは平岡正明の『韃靼人宣言』だったと思う。その後司馬遼太郎『韃靼疾風録』、平岡には『韃靼人ふうのきんたまのにぎりかた』ってのもあったな。ボロディンの「韃靼人の踊り」も好きだしなあ。

 ただし、韃靼のイメージって漠然としてるよね。ロシア読みではタタール。「タタールの軛(くびき)」って歴史の何かで覚えた気がするけど。所謂ロシアはモンゴル=タタールに長い間支配された歴史があるわけだ。中国の明の時代にはモンゴル系遊牧民の総称としての「蒙古」という呼び名を「韃靼」という呼び名に変えたとある。ともあれ、広大な北アジアの草原を馬に乗って勇猛果敢に駆け回った民族というなイメージがあるんだなあ。
 この物語に出てくる”韃靼の馬”とは天馬・汗血馬のことだ。そうそうあの『楊令伝』で楊令の愛馬乱雲がまさにその汗血馬。馬体が大きく、一日に千里を駆けるという超スーパーな馬なのだ。
 ということで読まずに死ねるか『
韃靼の馬』

 物語は十八世紀初頭の江戸幕府の時代。前半は朝鮮通信使の賑やかさ、そして朝鮮貿易を司る対馬藩の微妙な立場など興味深い話し満載で面白くためになる(すぐに忘れる知識かも、、、情けないが)。大阪の堂島米会所ではすでに先物取引が活発に行われていたり、漢字文化の先輩である朝鮮知識人使節と日本の知識人が詩文の唱和をしたり。ほほう、なるほどね、などと。


 主人公は阿比留克人。文武両道に秀でた対馬藩士で、朝鮮語を流暢に話し、対馬藩の釜山和館に駐留している。そしてその立場と才能から幕府の密命をも受けている。物語前半は朝鮮通信使の随行員として活躍し、そのために「一身二生」を生きることになる。

 そして物語り後半が韃靼の馬の登場となる。将軍吉宗に献上する天馬を求め韃靼へ旅立つのだ。もう冒険小説だよね。日本、朝鮮、モンゴルの歴史や風俗が巧に取り入れられ、スケールの大きさとエンタテイメントの楽しみを兼ね備えた冒険小説だよ。面白い!

韃靼の馬/辻原 登
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