10月23日月曜日、中山道69次の42番目(江戸から数えて)
の宿場町の妻籠宿は中山道を伊那街道が交差する交通の要所で、江戸時代栄えたが、明治になり、鉄道が、交通の重要な地位をしめ、宿場町としての機能を失った。産業もなく、衰退し、若者がいなくなったが、昭和43年8月妻籠宿保存事業が始まり、地元住民は、昭和43年「妻籠を愛する会」を設立し「売らない・貸さない・こわさない」の信条による地元住民を中心とした保存事業であり、観光的利用であるという考えのもとに意思統一を図り、さらに妻籠の観光開発は、自然環境も含めた宿場景観あるいは藤村文学の舞台としての景観保存を推進した。
昭和51年に日本で初めて「重要伝統的建造物群保存地区」に選定され、江戸の街並みが保存されて、今では、外国の観光客が8割をしめ、街並みは賑わっている。
最初馬籠から妻籠までのハイキングを考えましたが片道9キロ3時間かかり、帰りにバスを使っても、1時間以上かかり、現地で5時間、しかも、最近の熊の出没もあり、、熊除けの鈴をぶら下げてを考えると、今回は妻籠宿の散策だけということになり、くららもつれてゆったり歩きました。朝は6℃と寒いですが、日中は20℃近くあり、とても気持ちの良い散歩ですが、聞こえてくる言葉は、日本語以上に、中国語、英語、スペイン語、エトセトラ、異国を歩いている気がします。妻籠宿本人は最後の当主、藤村の実兄である島崎広助が明治20年頃東京に出て、建物が取り壊されたのですが、平成7年に「江戸時代後期の間取りで復元されています。脇本陣奥谷は代々林氏が務めていましたが、明治10年総檜造りに建て替えられ、妻籠観光の目玉として、国の重要文化財に指定されています。次回は、馬籠を訪れたいと思っています。





