戒厳令下チリ潜入記
チリはアジェンデ政府まではひかえめな国であっただけでなく、保守的なブルジョアジーですら民族の徳として簡素さを誇っていたような国である。軍事評議会は自分たちこそチリをすぐにでも繁栄させることが出来るのだということを示そうとして、アジェンデが国有化したものをすべて民間に返還に、国を民間資本や多国籍企業に売り渡した。その結果は何であったかと言えば、目のくらむような、だが、必要のないぜいたく品と、ブームの幻想をふりまいただけのお飾りの公共事業の爆発に他ならなかった。(79)
私たちはチリ国内をあちらこちら歩き回ったが、その間、かれの足跡を見出されないところはどこにもなかった。握手をしたことがある人、子供の名付け親になってもらった人、庭の葉を煎じて悪質な咳を治してもらった人、かれのおかげで職につけた人、あるいはかれとチェスの試合をして勝ったと言う人など必ずいた。かれが手を触れた物は、すべて形見として保存されていた。ここはそんなでもあるまいと思ったところでも、他の椅子よりも手入れが行き届いている椅子を指して「そこに一度座ったんですよ」と言われたりした。(109)
「この国の未来を入れて写真を撮って下さいね」
私はびっくりした。ジターヌの空箱にメモしておいたことと同じことを言っている。箱にはこう書いてあった。「チリでは、未来について考えていない人を探すのはほとんど不可能だと言えよう」と。しかも、これは今とは別の社会を知らない世代の子供たちだ。それなのにもう、自国の未来について確信をもっている。(176)
【通勤用にGOOD】 1986年
戒厳令下チリ潜入記―ある映画監督の冒険 (岩波新書 黄版 359) G.ガルシア・マルケス
私たちはチリ国内をあちらこちら歩き回ったが、その間、かれの足跡を見出されないところはどこにもなかった。握手をしたことがある人、子供の名付け親になってもらった人、庭の葉を煎じて悪質な咳を治してもらった人、かれのおかげで職につけた人、あるいはかれとチェスの試合をして勝ったと言う人など必ずいた。かれが手を触れた物は、すべて形見として保存されていた。ここはそんなでもあるまいと思ったところでも、他の椅子よりも手入れが行き届いている椅子を指して「そこに一度座ったんですよ」と言われたりした。(109)
「この国の未来を入れて写真を撮って下さいね」
私はびっくりした。ジターヌの空箱にメモしておいたことと同じことを言っている。箱にはこう書いてあった。「チリでは、未来について考えていない人を探すのはほとんど不可能だと言えよう」と。しかも、これは今とは別の社会を知らない世代の子供たちだ。それなのにもう、自国の未来について確信をもっている。(176)
【通勤用にGOOD】 1986年
戒厳令下チリ潜入記―ある映画監督の冒険 (岩波新書 黄版 359) G.ガルシア・マルケス
空の戦争史
英国は「無差別爆撃は市民の士気を挫く」と考えていたが、ドイツ軍に空爆にあい、それに関して詳細な調査を行ったところ、まったく逆で、国民は結束し、戦争開始前と比較して精神病で入院する患者や自殺者が減少、アル中の患者は半減した。(151) ドイツにおいてもハンブルクで空爆五ヶ月後には以前の80%まで工業生産レベルが回復。これも市民が結束したためと思われる。(米国は抗戦意識を削ぎ、ヒトラー打倒の動きが起きることをきたいしていたが) (166)
S・オデル「最後の戦争-それは英語を話す者たちの大勝利」(1899年) 英語を母国語とする人種が劣等人種との戦争で焼夷弾を空から投下して勝利し、その結果、劣等人種たちは英語を話すことを強要され、ロシアやアジアの無知蒙昧な人間たちに「文明」もたらされる筋書き (14)
【つまみ読みにGOOD】 2008年
S・オデル「最後の戦争-それは英語を話す者たちの大勝利」(1899年) 英語を母国語とする人種が劣等人種との戦争で焼夷弾を空から投下して勝利し、その結果、劣等人種たちは英語を話すことを強要され、ロシアやアジアの無知蒙昧な人間たちに「文明」もたらされる筋書き (14)
【つまみ読みにGOOD】 2008年