サバしゃぶの誘惑
会議が終わるやいなや、大杉主任が待ってましたとばかりに天野次長の隣へすり寄ってきた。
「サバしゃぶ〜♬ サバしゃぶ〜♬」
「……気持ちは分かるけど、スケジュール的にタイトかもしれないから、約束はできないわよ」
「え〜、伊達木社長との約束、忘れたんですか? “次に来たらサバしゃぶ食べさせてあげる”って!」
「伊達木社長も、そうそう暇じゃないし、いつも長崎にいらっしゃるとは限らないのよ。それより、大杉さん。佐賀県内で新幹線の影響を受けていそうな町を、二、三カ所ピックアップしてくれる?」
「了解ですっ!」
――と返事を残して、大杉はデスクへ。
その横で、天野次長は迷いなくスマートフォンを手に取り、連絡先リストから「伊達木社長」の名前をタップした。
呼び出し音が続く間、自然と背筋が伸びる。
「……はい、伊達木です」
「伊達木社長、ご無沙汰しております。大阪OBCの天野です」
「あら、めずらしい。天野さんが自分から電話かけてくるなんて、台風でも来るんじゃない?」
「あはは。実は10月中旬に、佐賀と長崎に出張がありまして。大杉と私の二人で行くんですけども、もし長崎にいらっしゃれば、お目にかかれないかと思いまして」
「10月中旬ねぇ……あー……ダメだわ、ごめんなさい。その時期、上海。浦東のフォレスト・タワーでイベント出席が入ってるの」
「……残念ですねぇ。こちらは、長崎と佐賀、それぞれ一泊ずつする予定です」
「それなら、長崎はインディゴを押さえてあげる。でも、シーズンだから空いてるかな~。佐賀はうちの系列がないから……あ、そうだ! 私のプライベートの定宿を紹介してあげるわ」
「ええ、ぜひ」
「“富久千代”っていう宿。銘酒“鍋島”で有名な酒蔵の奥様がやってるの。小さいけど、日本酒に合う料理が絶品よ」
「それは楽しみです。ありがとうございます」
「それじゃ、予約できるか、できないか確認してまた連絡するわ。……あ、大杉ちゃんにもよろしくね〜」
「はい。伝えておきます」
通話が切れると同時に、天野次長は「やっぱり、緊張するわっ。ホント」と呟いて、ひとつ深く息をついた。
「……さて、調査ルートを組むか」天野次長はまた、ひとり呟いた。
独りごちたその声は、どこか嬉しそうだった。
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