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cb650r-eのブログ

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上海は空気が悪い。らしい。

 

ホテルの横には、上海の富裕層や外国人向けのデパート「友誼商城(ゆうぎしょうじょう)」がある。そこには夜にもかかわらず、物乞いの小さな子どもたちがたくさんいる。もちろん、ビルの影や隙間では親や元締めたちが監視している。スーツ族など、格好のターゲットである。

 

 

平賀支店長は言った。「絶対にお金は渡すなよ。渡しても、大人に巻き上げられるだけだし、一人にやるととんでもない数の物乞いが集まってきて収拾がつかなくなる。」
俺は平賀支店長の言う通りに、無視して物乞いたちを払いのけながらホテルに向かった。物乞いたちがあきらめて元の場所に戻っていくのを見ていた。

 

「ちょっと支店長ここで待っててください。」と俺は言うと。「友誼商城」の入口に走って行った。そして再び、平賀支店長の元に走って戻ってきた。
「お前、何やってたの?」
「いや、ちょうどコートのポケットにキャンディーが袋ごと入っていたので、ぜんぶ子どもたちに渡してきました。いやぁ、上海、空気が悪いって聞いていたもんで、持ってきたんですよ。」
「あぁ。」
「さすがにキャンディーは元締めも巻き上げないでしょ。」
「まあ、そうか。」と平賀支店長はつぶやいた。
 

「山本、明日は外灘(ワイタン)に連れて行ってやる。虹橋開発区は上海経済の中心地になりつつある。ただ、将来的には外灘のそばを流れる黄浦江の対岸、浦東地区が上海経済の中心になる。外灘には古き良き上海の時代が残っている。よく見ておくといい。」

 

あっという間の上海の2日間だった。食事は美味しいし、街は東京並み、いや、バブルが弾けた東京よりもはるかに活気がある。とてつもない明るい未来が待っているような活気にあふれている。

上海虹橋空港までは、謝さんの運転で、野邊副支店長が空港まで見送りに来てくれた。
「次は香港か。俺も香港支店には何回か行ったが、上海のずっと先を行っている。まさに、アジアの金融セクターだ。大阪貿易の香港支店は、上海と違って“ホンモノ”だ。行くとびっくりするぞ。しっかりその目で見ておけよ。」
「野邊さん、ありがとうございました。」

出国ゲートを通りきるまで、野邊副支店長は見送ってくれた。

 

このブログの内容はフィクションです。 実在の人物や団体などとは関係ありません。

不適切な表現は他の言葉に置き換えができず申し訳ありません。

 

 

 

 

 

 

 

 



 

 

慣らし運転完了!

 

12月26日、CB650R E-clutch納車しました。昨日までに773Km走ったので、本日オイル交換しました。

噂では聞いてましたが、結構鉄粉ギドギドな感じで、交換してよかったです。

明日からエンジン、バリバリ回しますよ!

タイヤも、1か月点検までに尖らせますよ!

 

 

取手 先輩 のコメント
26日、27日の2日間、寒空の下773Km走るなんて、お前正気か? 

納車3日目にオイル交換とは鬼畜の所業だな。

お前なんて、バナナの皮を踏んで転んでしまえ~ウピピ~。

 

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今日はいつもと違って賑やかなようだ。

 

あ、すごい。お店に日本のテレビクルーが来ていますよ!(※ ボリューム注意)

 

 

中峰副所長が中国の餃子事情について教えてくれる。「北京、天津、西安といった北の方では水餃子がポピュラーだな。焼き餃子はレストランにはまずなくて、田舎の方に行くと、前日の余った水餃子を翌日お手伝いさんたちが食べる際に焼くこともあるらしいよ。」

食事をとりながら、平賀支店長が最近の上海事情について面白おかしく教えてくれた。その後も、中峰所長や平賀支店長、そして野邊副支店長を交えて、さまざまな中国にまつわる話をしてくれた。その中で、野邊副支店長の奥様が、オフィスのある国際貿易中心ビルを建てた七洋建設の上海事務所長のご令嬢だと知った。
 

ビールの後は、温かい紹興酒が運ばれてきた。平賀支店長は甘い干し梅を頼み、紹興酒を注いだ湯飲みに一つ入れた。紹興酒の入った瓶には、針のように刻んだ生姜が入っている。野邊副支店長の説明によると、紹興酒を飲むとき、日本ではザラメ砂糖を入れる習慣があるが、中国にはない。というのも、紹興酒が日本に輸出され始めた当時、密閉が十分でなく、輸送事情も悪かったため、紹興酒の中身が酸化して劣化し、やや酸っぱくなることがあったという。そこで、日本人がザラメ砂糖を入れ始めた、というのが一つの説だそうだ。
 

 

歓迎会もお開きとなり、ホテルに帰ることとなった。平賀支店長が心配してホテルまで見送ってくれた。

 

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空飛ぶものは飛行機以外。四足のものは机以外。泳ぐもの潜水艦以外…。

 

国際貿易中心ビルの1階で大阪貿易上海事務所の野邊副支店長とも合流し、レストラン『竹』に向かった。歩いて10分ほどのところにその店はあった。店の外装の正面の半分ほどは、本物の竹で囲まれている。白を基調とした非常にきれいなレストランで、俺が想像していた中国のレストランとは全く違う。中に入ると、テーブルや椅子には白い布がかけられており、食器も美しく整えられていた。

仲嶺所長と平賀支店長がメニューを見ながらオーダーを決めていく。
「じゃあ、飲み物は青島(チンタオ)ビールの小瓶。食べ物は、山本が初めてだから上海らしいものを選ぶか。ピータン豆腐、小籠包、蛇の唐揚げ、これは上海料理じゃないけど、北京ダック。あと、ワタリガニの醤油漬け。まずはこんなところですかね、仲嶺さん。」
「そうですね。山本さん、何か食べたいものはないですか?」とメニューを見せてくれた。

メニューには中国語、英語、日本語の3種類の言語で書かれている。
「鳩…。鳩って、空を飛ぶ鳩ですか?」
「それ以外に何がある。」
「野鳩じゃなくて、食用の鳩だ。安心しろ、うまいぞ。」

「あの、餃子ってありますか。」
「もちろんあるけど、多分お前が思っている餃子は中国にはない。たぶん、山本が考えている餃子は『餃子の王将』の餃子だろ。中国には焼き餃子はない。」

 

平賀支店長(左)

 

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【吉報】8か月越しの吉報

 

12月26日、ホンダドリームの某店は、山本 直太郎氏(仮名;57)に、CB650R E-clutchを納車しました。 2025年以降になることが確定していましたが、納車順番の前の方が病気になられて、納車順の交代を申し出されたそうです。

 

山本氏談

予約から納車まで8か月を要し、周囲に悪態をついてしまいました。この場をお借りして関係者の方に深くお詫び申し上げます。 現場のスタッフは何も悪くない、悪いのは一部の経営層、管理者層だと改めて感じました。 会社名は近々、HNM(ホンダ、日産、三菱)みたいになるかもしれませんが、CB650R E-clutchをHONDAオリジナルの国内組立、化石燃料車として末永く、愛でていきたいと思います。後期高齢者になっても、オブジェとして家の中に飾りたいと思います。
 

自称バイク評論家の取手 豪 氏(西日本E&Iジャパン 執行役員)のコメント

本当によかったな。来年以降は電気バイクになって、HONDAブランドの化石燃料エンジンのバイクを新車で購入するチャンスはマジで少ないかもな。

おい、ところで山本よ。なんだこのバイクは、タンクの両サイドに100円ショップのイボイボシートを貼り付けて、バイクに初心者マークだと?てめー正気か。なんで、カッコ悪くするわけ?お前、馬鹿か~、ウピピー。

 

 

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上海上陸。

 

上海の街は、人が溢れかえっているし、特に自転車がすごく多い。人口は1400万人というから、東京23区の人口と同じぐらいだ。車で10分ほど走ると虹橋経済開発区の国際貿易中心ビルの玄関に車をつけてくれた。このビルの18階に大阪貿易の上海支店はある。ただし、実態は少し異なる。
18階のオフィスには、大阪市政府貿易事務所という看板が掛かっていた。その下にやや小さめのプレートがあり、大阪貿易上海事務所とかかれている。
簡単に言うと大阪市の上海事務所の一室内で机を二つ借りて活動を行っている。日本国内向けには大阪貿易上海支店と謳ってはいるが、中国国内においては営業活動を行っていない連絡事務所という位置づけだ。

オフィスに入ると、大阪市上海事務所の所長である中峰さんが出てきた。「まいど~、儲かりまっか」と声をかけてきた。「ぼちぼちでんなぁ」と俺が答えると、「やっぱり東京の人は発音が違いますねぇ」とニッコリ笑っていた。
「お泊りはどこですねん」と中峰所長が訪ねた。平賀支店長が「隣のウエスティン大西洋ホテル」です。代わりに答えてくれた。
「ほお、大阪貿易さん、儲かってますなぁ」
「いえいえ、今回は特別のご褒美旅行ですから、本部も奮発したんでしょう」と平賀支店長。
中峰所長が言う。「平賀支店長、今日は山本さんの歓迎会をしましょうよ。ホテルにチェックインしていただいて、夕方6時二1階ロビーに集合でいかがですか。場所は、レストラン『竹』を4名で予約しておきますね。」
「いい案ですね。それで行きましょう!」と平賀支店長は答えた。

 

中峰さん(左)田宮さん(中)

 

俺は、ホテルにチェックインしようとしていた。フロントの女の子は、英語でしきりに話しかけてくるが、全く分からない。ただクレジットカードと連呼するので、四菱銀行の久保田さんに裏技で作ってもらった四菱銀行ゴールドカードを差し出した。すると、手際よくクレジットカードを機械でこすって金額の入っていない複写式伝票を作った。さらに、そこに俺にサインをしろという、とても日本ではありえないチェックイン方法だが、当時の中国の外資系ホテルでは普通のことだったと後に知った。

 

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初めての海外研修

 

今、俺は大阪伊丹空港を離陸し、日本海の上空を飛んでいる。スチュワーデスは中学生のような、ほっぺが真っ赤な女の子で、機内食を投げるように配ると、一番後ろのシートでみかんを食べながらトランプに興じている。社会主義国の中国では、サービスの概念が日本とはだいぶ違うらしい。
機内のトイレから出た俺は、満面の笑みで、視線は合わせず「仕事しろよ」と思わず言ってしまった。

上海虹橋空港は古い空港で、飛行機のタラップを降り、しばらく歩くと、建物の入り口には太いチェーンが巻かれ、南京錠がかけられている。その南京錠を、軍服姿の空港職員が鍵を開け、我々乗客を建物の中に通してくれた。無事に入国審査を終え、2階の国際線到着ロビーに着いた。

出口には、平賀支店長と端正な顔の青年が、A4の紙にマジックで「大阪貿易」と書いたものを持って待っていた。
「はじめまして。東京支…いや、東京分室の山本です。」
「人事部の上釜副部長からだいたいのことは聞いてるよ。」
「あの人のことだから、俺のこと悪く言ってたでしょう。」
「いやいや、東京で4年間一生懸命頑張ったので、たっぷり接待してくれって言ってたよ。」
「さあ、車を待たせてるから行こうや。」

虹橋空港の国際線到着は2階にある。1階に階段で降り、駐車場へ向かった。
駐車場には、中国で現地生産された黒色のアウディのセダンが止まっていた。
運転手の名前は謝(シエ)さん。生まれは俺と同じ1967年で、人民解放軍の出身とのこと。
体格は細身だが、がっちりしている。

 

 

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2月上旬のある日

 

大阪貿易上海支店の平賀支店長の机の電話が鳴った。

「ご無沙汰してます。人事部の上釜です。平賀支店長、お元気ですか。」 「あ、副部長。こちらこそご無沙汰しております。おかげさまで、元気にやっております。」 「野邉副支店長もお元気ですか?」 「えぇ。本人は3月で満期のつもりらしく、帰国の準備を始めてるみたいですが…。」

「まぁ、その線は大丈夫とは思いますが、ひとつ平賀支店長にお願いがございまして…。」 「はぁ、何でしょうか?」 「今月の下旬に入社8年目の社員を一人、研修名目でそちらにお邪魔させます。申し訳ないのですが、2日間、そちらで面倒を見ていただけないでしょうか。」 「わかりました。えーっと、私も、野邉も大丈夫だと思います。」 「すでに、お察しかと思いますが…。」 「つぎの、副支店長候補ですか。」 「はい。それが、なかなかのバカでして…。」

「いいじゃないですか、副部長。中国なんて日本人の常識は全く通じない国ですよ。ここでは、優等生よりも、破天荒ぐらいの方がたくましく生きていけるかもしれませんよ。」 「では、見極めよろしくお願いします。もし、支店長が『ダメ』とご判断されれば、遠慮なくおっしゃってください。」 「わかりました。後日ご連絡します。」

 

後に聞いた話だが、上海支店にFAXされてきた俺の経歴書を見て平賀さんは思ったそうだ。

「国際業務部 東京分室 山本 直太郎」か。平成2年入社、<資格>大型自動二輪(限定解除)、<特技>バイクでの峠道走行。「おい、おい。こいつ、かなりイカれてるな。」

 

 

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半年前に、CB650R e-clutch を注文したよ。

 

初めてのスキー

 

応接室を出ると、小川次長が俺に声をかけた。 「さて、休みだが…、実は、俺からもお前に何か、ご褒美をあげなくちゃならんな。お前、ずいぶん前にエバンティで一番好きな映画を聞いた時…」

「はい、洋画は『バック・トゥ・ザ・フューチャー』、邦画は『私をスキーに連れてって』で決まりです」俺は少しふざけ気味に答えた。

 

 

「わかった、わかった。そこでだ。千葉の人工スキー場『ザウス』はどうだい?お前と俺の家族で。」

「スキーはやったことないですが、全力を尽くします。はい。」 「よし、嫁と調整する。」 小川家とはこの4年間、休日に何度も飯をごちそうになり、一緒にドライブや旅行にも連れて行ってもらった。石田ゆり子似の奥さまや、かわいい子供たちと会える機会も残りわずかだ。「住めば都だな。」俺は、東京を離れるのが少し寂しくなっていた。 ちなみに、千葉の人工スキー場『ザウス』はとんでもなく面白いアミューズメントだった。「会社帰りに手ぶらで行ける」やっぱり東京は違うなぁ。

 

 

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半年前に、CB650R e-clutch を注文したよ。

 

初めてのパスポート

 

さて、1997年の幕開けである。約束の4年間もあと3か月。月島に移ったオフィスは広くない。スタッフの削減は、男性スタッフ支店長、次長、支店長代理と女性スタッフ5人に削減する予定であったが、10人いた女性スタッフは、オフィスが京橋から月島に移転することを知ると、6人が自主退職を申し出、4人になった。やはり、市場と貿易を学ぶ場としては最適であり、本部と掛け合い若手社員を2名置くことになった。 現在のスタッフは、支店長、次長2名、支店長代理2名、若手男性3名、女性スタッフ4名の12名。4月には小川次長と俺が抜けるので、新年度は10名でのスタートになるはずだ。若手の勉強となる素材は、十分に残したつもりだ。


1月上旬のある日の午後、小川次長と俺は、松岡支店長から応接室に呼ばれた。 「東京支店いや、東京分室は、4年前とは大きく変わったな。一言で言わせてもらえば、『活気の場』になった。」 「松岡支店長のご理解があってこその改革成功でした。」と小川次長が言った。 「そこでだ、さすがに真冬には二人ともバイクには乗らんのだろうが、今月、連続休暇を取得してはどうか。独身の山本はさておき、小川次長は家族サービスをしてみてはどうか。東京も残りわずかだぞ」 「ありがとうございます。」 「あ、私、独身の山本も、お休みいただきます。」 「よし、決定だ。」
 

「もう一つ。これは、山本だけだが…、来月2月の下旬に研修がある」 「何の研修ですか?」と俺は尋ねた。 「海外研修だ。上海・香港5日間。まぁ、つまり人事部からのご褒美だ。行ってこい。」 「外国なんて行ったことないし。パスポートも持ってないですよ。」 「じゃあ、俺の方から断っておこうか?」 「いえいえ、せっかくのお誘いなので…。すぐにパスポート申請します。」 「よし、行ってしっかり学んで来い。」

 

 

 

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