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cb650r-eのブログ

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半年前に、CB650R e-clutch を注文。本当です。

 

新規先開拓

 

1996年は、小川次長と徹底的に新規開拓に回った。四菱銀行の有永副部長、久保田部長代理のサポートもあり、10社ほどの新規先を開拓した。ほとんどが中小零細の輸出入案件だったが、東京支店改め、大阪貿易 国際業務部 東京分室にとっては、どれも大切なお客さんになった。

 

その中で1社だけご紹介する。元ひまわり銀行の行員さんで、実家の自動車修理工場を継いだ方で、個人でロシア向けに日本国内の4輪駆動車などの中古車オークションで落札した中古車を輸出、同じくドバイ向けに中古の国産高級車やスポーツカーの輸出を個人で始めた。四菱銀行の紹介案件であったが、四菱銀行は運転資金を融資して、輸出は初回輸出から大阪貿易を利用してくれた。数年間で急成長を遂げた。成功の鍵は、海外のガソリン事情に合わせたフューエル・インジェクションのROMの書き換えや、車体整備全般を実家の工場で安価にできた点だ。 法人化して、中古車販売チェーン店を関東で展開、国産メーカーのディーラー、外車のディーラーも展開し、ついには東証2部上場を果たした。上場を機に国産車輸出、外車輸入取引についても四菱商事に譲渡する提案をしたが、その後も大阪貿易と取引を継続いただき、最終的には東証1部に移行する際に双方円満卒業となった。

 

 

このブログの内容はフィクションです。 実在の人物や団体などとは関係ありません。

 

 

 

 

 

 

 



 

半年前に、CB650R e-clutch を注文。した。

 

エヴァンティにて祝杯!

 

EVANTIの雰囲気BGM(音量注意!)


「まずは乾杯!」と小川次長が音頭を取った。 「最初に、仕事の話をさせてもらう。手短にな。」 「佐仲課長からは、『大阪貿易に決定しました』と連絡をいただいた。ただし、今回の取引のみで、次回輸出については、初回の実績等を勘案した上で決定するとのことだ。」
北山が呼応した。「では、私からも手短に。ここだけの話にしてください。他社、他行から提示された条件は、 四菱グループ:為替優遇95銭。 元住グループ:為替優遇90銭(もし円高に振れた場合は、米ドル外貨預金を一旦作成して相場動向を注視する)。以上です。

 

なぜ、うちに決まったんだろうか、と俺は言った。
北山が答える。「 それが意外とあっさりしたもので…。 マーケティング部長の高塚部長は、外為取引に詳しいんですけど、3者の3つの取引をまとめたA4サイズの1枚の資料を見て言ったんです。『佐仲さんはどう思う?』て。すると、佐仲さんは、『「個人的には、大阪貿易の案が良いかと思います。』言って、 高塚部長も『俺も同じ意見だ。にしても、こんな条件提示、これまで一度も見たことがないなぁ。』てつぶやいたんです。」

「北山さん、それで十分。仕事の話はここまで。」と小川次長が言って、さらに続けた。 「サムちゃん、バイクはどうするつもりだい?」 「維持費も考えて、中古のGB250あたりを探してみようかと。」 「クラブマンか。いいねぇ。」 「買ったらツーリングに連れてってくださいね。小川さん。」 「もちろん!」 「ジェイクさん!ワインを一本お願いします。今日は3番目に高いやつで。」と小川次長。 「クラブマン・サンドウィッチ」「ペンネアラビアータ」「田舎風パテもお願いします。」と俺が続ける。 「カシコ、マリマシタ。」 今宵も3人で楽しく、バイク談義などで盛り上がった。 ところで、北山の言っていた隣の机の有名プロ野球選手の娘さんていったい誰のことだろう?


後日談であるが、初芝電産の初回PC輸出は思いがけない結果となった。 米国ハツシバ・エレクトロニクスからの輸出決済代金の被仕向け送金到着時の外国為替直物相場は93円まで円高が進み、結果として、1億3千万円の為替リスクヘッジに成功することとなった。大阪貿易の提案は結果として成功し、当社にとっては大きくないかもしれないがメリットを生んだ。 この結果を踏まえ、北山が液晶テレビ部門に異動になるまで、初芝電産PCの海外輸出は大阪貿易が取り扱い続けることになった。

 

 

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半年前に、CB650R e-clutch を注文したよ。俺、生きてる?

 

榊原部長

 

金曜日の午後3時頃、小川次長に初芝電産の佐仲課長からの電話が回された。
ちょうど自分も四菱銀行の久保田さんと仕事の電話をしていたので、その電話口でのやり取りは聞こえなかった。

俺が電話を切ると、小川次長が後ろから俺の肩を軽く叩いた。
「うちに決まったぞ。」
「え、マジですか!」

俺はすぐさま、初芝電産の北山に電話した。
「お、サムちゃん。今日の夜、京橋に来れるか。7時に、いつものひまわり銀行のATMコーナーだ。」

小川次長のところにさらに1本の外線が入った。
「四菱銀行国際部の榊原です。小川か。今回の初芝電産の案件、完全に大阪貿易にやられたな。まぁ、お見事だ。どんなウルトラCを使ったのか聞きたいところだが、そこは紳士協定。ところで、お前、最近の東京三田会でずいぶんとロビー活動をしてるそうじゃないか。有永が俺に告げ口してるぞ。なんて、冗談だが、初芝さんの被仕向け送金の円転為替は、当行でやれよ。先輩からのお願いだ。」
「はい、お約束します。安永副部長、久保田部長代理にはこれまで大変お世話になりましたし、今後もご指導賜りたいと思います。」

 



「お~い。安永部長。大阪貿易の小川さんだが、電話変わるか?」(先方の音が漏れ聞こえてくる)
「安永副部長は両手で×を作っているので、電話切るわ、小川。」
電話はそこで切れたようだ。
7時ちょうどに、ATMコーナーに行くと。北山は既に来ていた。「北山さん。私もご一緒させていただいてよろしいかな。」と小川次長がかしこまって北山にたずねた。

 

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半年前に、CB650R e-clutch を注文したよ。俺、ウソつき?

 

ドラ麻雀

 

 

佐仲課長が静かに言った。「先物為替予約ですか、山本さん。」 「そうです。本件初回ロット輸出成功のためには、為替リスクは排除すべきと考えました。」 「だが、金利が米国>日本の環境で、確かに輸入企業は先物為替予約をバンバン使っているとは聞くが、輸出企業で先物為替予約を併用しているなんて聞いたことがない。」俺はすぐさま反論した。 「先物為替は、輸入で使うも輸出で使うも理論的にリスクは同じです。明日の直物相場なんて誰にもわかりませんよ。」 
「うむ~。ちなみに、山本さん、大阪貿易の為替スプレッド、御社の取り分はいくらですか。」 

「50銭です。」 「ほう、なかなか取りますねぇ。」 「山ちゃんは昔から『ドラ麻雀』(楽して大きく儲けるたとえ)なんだから。」と北山が言う。 「いや、50銭は、ここにいる小川次長の専決なだけですよ。」 と俺は冗談ぽく答えた。
「なるほど、よくわかりました。ただ、四菱さんと元住さんの条件を聞いてみないと何とも言えません。もちろん、大阪貿易さんの提示条件は、他言しませんのでご安心ください。今週の金曜までには、最終決定結果をご連絡できると思います。」


北山が玄関まで見送りについてきてくれた。 「すごいな、山ちゃんは。すごいのはバイクだけかと思っていたよ。結果はどうであれ、また、エバンティーで相手してくれよ。あと、マジで俺、バイク買おうか考えるわ。じゃ、また。小川さんもまた、一緒に飲みましょうね。」 「おおう、サムちゃん、またな!」
小川次長はあだ名で北山を呼んで別れた。

 

「なんか、ダメそうですね。」 「いや、佐仲課長は、裏表のない人だと思う。こちらも何も隠してはいない。望みはある。」と小川次長は言った。

 

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半年前に、CB650R e-clutch を注文したよ。俺、ボケたかな。

 

御社の条件をお聞かせください

 

 

しばらく、お互いの会社のバブル経済崩壊下での近況などを話した後、小川次長が言った。 「単刀直入ですが、御社のパソコン輸出案件、ぜひとも我が社で取り組ませていただきたい。それも、初回ロットだけでなく、恒久的に取り組ませていただきたい。」
佐仲課長が口を開いた。「うちはこれまで、基本的には四菱商事、四菱銀行ラインだが、そちらからの横やりは大丈夫ですか?」
「四菱さんには、事前に御社にアプローチすることを伝えてあり、了解を得ています。」 「ただし、」 「ただし?」 「初芝電産さんが大阪貿易との貿易取引条件に同意いただくことが前提です。」 「なるほど、中堅商社さんに為替優遇条件では負けるはずがないとの読みですか。」 「取引条件は、3か月後の8月あたりの、ハツシバエレクトロニクス・アメリカからの米ドル建て被仕向送金でよろしいですね。」
「では、大阪貿易の取引条件を説明させていただきます。山本、頼む。」 「はい。分かりやすいよう、今日の為替相場TTB(電信売りレート)を米ドル直物相場:US$1=100円と仮定します。3か月後の御社との決済レートは…。」 俺は机の上に畳んでおいた日経新聞のマーケット欄から日米直先スプレッド3か月物を読み取り、電卓をたたいた。 「US$1=96.15円で円に換算して、お支払いします。」
佐仲課長と北山は、あっけにとられたような顔をしている。 「お~い、山ちゃーん。この時点で1億7000万円、損が出てるぞ。冗談きついぜ。」北山が言った。

 

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半年前に、CB650R e-clutch を注文したよ。した、した。

 

初芝電産本社にて

 

1995年5月8日(月)
初芝電産本社ビル。目の前に座っているのは、初芝電産 パソコン事業部 マーケティング部 北米担当課長 佐仲 義夫、同係長 北山 治。
佐仲課長は小太りでメガネをかけているが、ニューヨーク駐在の経験があるそうで、北米事情に明るい。北山も大学時代に3か月ロサンゼルスに留学するほどの英語が好きで、新入社員の時からここに配属されているそうだ。
まずは、俺が切り出す。 「ウィンドウズ95の販売は、1995年11月23日(勤労感謝の日)で、まだ先ですよね。」 北山が答える。「山本、それは日本国内版の話で、アメリカでの英語版の販売開始は、1995年8月25日だ。空輸の予定だが、スケジュール的に余裕があるわけではないよ。」 「なるほど……。」
「マーケット的にはどうなんでしょうか。」と俺は尋ねた。 「北米のマーケットチームは、年内に300万台売れると予想しています。」佐仲課長が説明。 「1000億円超えですか。」と小川次長がうなるように言った。 「もちろん、北米市場の競争は熾烈ですよ。ただ、うちのLet’s Bookには屋外使用もできる耐久性があります。日本でもおそらく年内に100万台は売れるでしょう。こちらは、NCEさんを軸とした熾烈な競争になるでしょうね。」

 

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半年前に、CB650R e-clutch を注文したよ。ほんとだ!

 

Windows95 Let’s Bookとは

 

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北山によると、初芝電産のPC「Let’s Book」は現時点で、他社製品を機能面で凌駕するモデルとのことだ。他社製品に比べて圧倒的に衝撃に強く、防水性にも優れており、工事現場などの屋外での使用を想定して作られているという。

 

 「北山、そのパソコン1台いくらするんだ?」俺は興味本位で尋ねた。 「困ったな~。絶対に、絶対にここだけの話だぞ。」そう言いながら北山はバッグから手帳を取り出し、確認しながら答えた。 「今のところFOB 4,500 USD、BARAKINAKAYAMA経由での計画です。」 「原木中山って何だ?」俺は価格ではなく、その輸出地名に驚いた。 「原木インターナショナルロジスティクスで通関して、成田からエアで出荷するんだよ。」北山が説明した。 「それって、小川次長の社宅マンションがあるところじゃないですか?」俺は小川次長に振った。 「俺も知らなかった。」と小川次長は意外そうに言った。


「北山、待ってくれ。1台4,500ドル、1ドル約100円として、何台輸出するんだ?」 「初回ロットは1万台の予定だよ。」 「1万台ということは……45億円?」 「山ちゃん、言っちゃなんだが、世界の初芝電産だよ。こんなの全然驚く金額じゃないよ。」 小川次長が真面目な顔でそう言った。
 

「北山さん、この話は、日を改めて、お酒が入っていない状態でじっくりお聞きできないだろうか。」 小川次長が真剣な様子で提案した。

 

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半年前に、CB650R e-clutch を注文したよ。たぶん。

 

Windows95 を追え!

 

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「あれ、小川次長に小笹さんじゃないですか。どうしたんですか、こんな時間に。」
「いや、実は小笹の担当先の『ホリタトレーディング』さんから、銀座のお店でフランス料理をごちそうになったんだよ。」
「フォアグラだぜ、山ちゃん。」小笹さんが得意げに付け加える。
「あぁ、調布にある会社ですね。ひげの社長のところの。」
「そうそう。」


「さて、お隣のお連れさんはお友達か?お邪魔したら悪いかな。それとも奥のテーブル席も空いてるし、一緒に飲むか?」
「ひと通りトークで殴り合ったので、ぜひご一緒させてください。」北山が少し酔った口調で言う。

北山と小川次長、小笹さんが名刺交換をした。小川次長が名刺を見ながら言う。
「初芝電産ですか。いい会社にお勤めですね。」

俺が小川次長と小笹さんについてひと通り紹介すると、今度は北山が話し始めた。話は、彼が就職した平成3年(1991年)の春から始まり、昨年1994年の春以降の話に移った。そして、Windows 95を搭載した初芝電産の新製品「Let’s Book」について語り始めた。もちろん、Windows 95は1995年11月に国内販売が予定されているが、当時はパソコン自体が一般的ではなく、多くの人が見たことも触ったこともない時代だった。
 

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半年前に、CB650R e-clutch を注文しました。のはずです。

 

エバンティで語ろう!

 

懐かしい顔である。大学の4年間、昼間はバイクで峠を一緒に走り回り、夜は徹夜でマージャンを打った仲間である。
「話はあとだ。」そう言って俺は、隣のビル地下1階にあるバー「エバンティ」に北山を連れ込んだ。
 

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「ジェイクさん、こんばんは~。」
「イラッシャイ、マセ。」
「今日は古い友達を連れてきました。今後しばらく連れてきますので、よろしく。」
「ジェイクさん、まずはビールを2つください。」
「おい、高そうな店だな。大丈夫か?」
「そう見えるだろ? 違うんだよ。ここは酒メーカーの直営店で、まずお酒の価格がリーズナブル。軽いイタリアンなら食事もできるし、つまみも充実してる。銀座なら俺はここ一択だな。」
「そうか。じゃあ今日はお前のおごりな。社会人の先輩だし。」
「おう、いいぜ。飲もう。まずは北山の就職を祝って乾杯だ!」
「なんか調子狂うな。じゃあ乾杯!」
俺たちは乾杯した。
「さて、何から話す? どっちからだ?」俺は思わずまくしたてた。
時系列はめちゃくちゃだが、お互い入社してからのエピソードをマシンガンのごとく打ち合った。カウンター席だが、完全にテンションが周りの客を上回っているが、しょうがない。

夜9時を過ぎたころだった。見慣れた2人の男が店に入ってきた。

 


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「CB650R e-clutch」、注文したにちがいない。

 

電話の主は誰?

 

さて、話が多少前後するが、1995年4月下旬のある日、机の前の電話が鳴った。職場のお局こと平野さんが外線電話を回してくれたのだ。
「初芝電産の北山さんから、山本主任宛ての外線です」
「初芝電産の北山さん? 誰だっけ?」

受話器を取りながら応じた。
「はい、山本です」
「山本さん、お久しぶりですね」
気味の悪い低い声だった。
「はぁ、どうも」
「忘れられたら困りますね~」
「どちらの北山さんでしょうか?」
「山ちゃん、ひどいよ~。連絡くれないし~」
聞き覚えのある声だ。
「まさか、高野山経済大学の留年男の北山か?」
「そうだよーん。ひどいよ、山ちゃん。昨日、山ちゃんの実家に電話したら、大阪貿易の東京支店にいるっていうじゃないか。てっきり大阪にいると思って連絡しなかったら、まさか2年前の春から東京に異動になってたなんて。おふくろさん元気そうだったけど」

北山が続ける。
「俺な、大学で1年長く勉強してさ、バブルのおかげで平成3年春に初芝電産に入れたんだよ。今は北米向けのパソコン輸出を一手に任されてるんだ。お前、よく聞けよ、俺のデスクの隣に誰が座ってると思う? あのホームラン王のむす…」

「待て、北山! 電話じゃ無理だ。今日の夜7時、地下鉄銀座線の京橋駅、東京生命ビル1階のひまわり銀行のATMコーナーに来い! 絶対だぞ!」

 

 

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