社員とお客のみんなを幸せにするマネジメントのコツ -158ページ目

視線を上げて、背筋を伸ばして、まっすぐ進もう。

いつのころからか、忘れましたが、僕は、歩き方を気をつけるようにしています。


背筋を伸ばして、歩くように。


視線を上げて、歩くように。


身振り・手振りには、自信を持った感じが出るように。



やはり、チャンスはどこにあるのかわからないもの。



古い言葉を使えば、「男子、ひとたび家を出れば、7人の敵がいる」のように、隙を見せていては、チャンスどころか、ピンチを招いてしまいます。



そんな戒めをこめて、外を歩くときには、自分の立ち居振る舞いに、非常に気をつけます。




こんな気持ちを持っていると、逆に、自分に対するアファメーションにもなります。


自分の立ち居振る舞いに負けないようにすれば、自分自身のステータス(地位や名誉じゃないですw)が上がるように、気持ちを改めることができます。



表面だけの励ましには、意味がない。

僕は、あまり人には「がんばれ!」


とは、言いません。


ましてや、


「きっと、うまくいくよ。」


なんて、口が避けても言いません。




というか、言えません。



特に、みんながそんなことを言っているとき、なおさら言えなくなってしまいます。



「よくやっているよ。がんばれよ! きっとうまくいくよ。」なんていう励ましの言葉を周りから受けている場面を目にしますが、僕はなぜか、無責任な感じがしてしまいます。


同時に、みんなが同じことを言っているときに、自分が同じことを言っても、自分の気持ちは伝わらないなと感じてしまいます。





もちろん、心の底から、がんばってほしいと思って、そういっている方もいます。

自分も、心の底から、「がんばれ!」というときもあります。



でも、どちらかというと、「がんばれ!」としか、言うことが思いつかないから、そういっていることが多いように感じます。



「きっと、うまくいくよ。」なんて言っても、気休めにしかならない気がしてしまいます。





そんな、薄っぺらい励ましの言葉であれば、僕は、言わないほうが良いと思ってしまいます。




自分以外の人にがんばれといわれても、がんばる・がんばらないは、結局は、自分次第。



単純に「がんばれ!」というよりも、僕は、


「あなたの○○は、非常にすばらしい」とか、「あなたには○○の才能がある」といってあげるほうが、よっぽど、相手のためになると思います。



でも、この考え方。。

結構、損する役回りです。。



気持ちが入っているがゆえに、軽はずみな言動が出来ない。結果、周りの人が応援しているときに、自分だけ取り残されることがあります。



こんなことを考えているんだよ、という機会があればいいんですけどね。^^;



not only concretly but also abstractly

主観も、客観も、どちらも、なくてはならないもの。



not only concletly but also abstractly.



どちらかに、一方的に偏ってしまうのは、問題や軋轢ができてしまいますが、どんなに洗練された方にも、必ず主観と客観があります。



僕が思うに、機械ですら、主観と客観があります。

理由を簡単に言うと、機械を作ったのは、主観と客観が混在する、人間だから。



機械ですら、主観と客観があるのに、なぜ、人間は主観と客観があってはいけないのか。。?



そんなことはないですね。




主観も大事。


そして、客観も大事。


主観と客観のどちらも認めなければいけません。

逆に言えば、主観と客観があること認めなければ、それこそ、正しい判断などできるわけがありません。




誰かの意見を聞くとき、否定するの簡単ですが、まずは、意見の背景を考えようとする姿勢が大事です。



その人の意見は、客観的な意見なのか、主観的な意見なのか。


そして、自分の判断の仕方は、客観的なのか、主観的なのか。