朝一の飛行機で福岡へ移動しました。空港から久留米に移動。自衛隊OBや父兄を中心とした、ミニ集会への参加でした。しかし、今日の講演は上滑り気味…。自己紹介や立候補に至る過程に時間を費やし過ぎて、大切な熱伝導が中途半端に終わってしまい、後悔…。やはり毎日が勉強です。次の会場への移動時間も短かったので、握手をする時間もなく、後ろ髪引かれる思いで久留米を後にしました。
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さて、福岡市内では異例の会が催されました。有力企業グループの取締役が、わざわざ私のために鹿児島出身の社員を集めて下さり、「同じ鹿児島の宇都君を応援しよう!」と懇親会を開いてくださったのです。約30名程の同郷の皆さんがお集まりいただきました。皆さんからは「グループ全体で鹿児島県人会をやったのは初めてですよ。宇都さんのおかげで、われわれも絆を深めることができました。応援していますよ。」と有難い言葉をいただきました。

夜は遠賀地区にてミニ集会でした。自衛隊と関係の無い一般の方々が約150名も集まってくださいました。今朝の久留米のリベンジとばかりに、精神を集中させ、心からの熱伝導を行いました。驚いたのは、お集まりの方々に1割ほどリターン聴衆がいらしたことです。「先日の宗像での話に感動したので、今日は息子を連れてきました。」とか「今日は女房を連れてきたよ。」とか。そして、「今日もいい話だった!俺は心から応援するからね!」との言葉に、今朝の後悔は吹き飛びました。


<今日の活動>
(羽田空港~福岡空港~久留米)⇒ 久留米市内個人演説会 → 鹿児島県人会(有志)参加 → 遠賀地区個人演説会 ⇒(博多泊)
ベットびっしょりに濡れるほどの汗で起きました。早朝5時、体をゆっくり起こすと、「あれ?軽い!」熱を測ると35.6℃。お腹も痛くない!「祈りが通じたんだ!!爺ちゃん、婆ちゃん、ありがとう!」昨夜の体調不良が嘘のように、体中に力が漲っています。「あー腹減った」と朝飯からモリモリ食べて出発です。

3か所での自衛隊駐屯地前での街頭演説を終え、札幌大通公園に到着しました。今日の一番の目玉です。夏日のような太陽の下、一般の皆様に向かっての熱伝導!気力は体から溢れるほど充満していました。病み上がりでしたので、流石に話し終えたあとはクラッときましたが、暑い中で聞いて下さった皆さんにお礼の握手に駆け寄りました。

目の前で聞いていて下さった40代の男性。「ありがとうございました」と、顔を挙げると、黙ってウンウンとうなづく顔に伝う滴の跡が…。「えっ?涙?」汗かもしれませんでしたが、握りしめた手から伝わってきたのは、「想いは同じだ!」の熱でした。

熱い北海道を後にし、東京へ戻りました。今日は羽田近くのホテルに宿泊。明日朝一で福岡に飛びます。

<今日の活動>
(空)当別分屯基地前街頭演説(官舎遊説)⇒ (陸)丘珠駐屯地前街頭演説(官舎遊説) → (陸)札幌駐屯地前街頭演説(官舎遊説)→ 札幌大通公園にて街頭演説 → (陸)白老駐屯地前街頭演説(官舎遊説)→ (千歳空港~羽田空港) ⇒(東京泊)
朝起きてから胸がムカムカと重苦しく、吐き気がしました。ホテルを出る前にトイレに行ったら、完全に下していて、本当に水が出てくるようでした。やはり疲れが出たのでしょう。そんな中でも、健軍駐屯地前にて朝の辻立ちをしましたが、ギリギリ立つことができる状態でなんとか終えることができました。(本当、倒れるかと思ったほど、きつかったです。)

所定の熊本市街地を廻り、次の予定地である北海道へ向かうため、飛行機に乗り込み、「飛行機で寝ながら体を休めていけば大丈夫だろう」と過信していたのがさらに悪くなり、飛行機内では、乗員のいない席で横にならせていただくほど悪化しました。そんな中での北海道巡業の開始です。「そんな状態で、個人演説会などできるのか?」と周りのスタッフの皆さんの心配を余所に、「例え倒れてでも、やるっ!」と決意して決行しました。しかし、始まればいつものように、英霊の力を借りて熱伝導をしました。終わると汗だくで、、途中から記憶がありません。帰りの車では寒くて寒くて体がブルブル震え、ホテルで熱を測ったら37.8℃…。体中の関節が軋み、体が重く感じられ、気が遠くなるように眠りました…。「爺ちゃん、婆ちゃん、助けて…」

<今日の活動>
(陸)健軍駐屯地前街頭演説(官舎遊説)⇒ (陸)高遊原駐屯地前街頭演説 →(熊本空港~羽田空港~千歳空港)→ 千歳市内ポスフール前街頭演説 → (空)千歳基地前街頭演説 → 市内文化センター個人演説会 ⇒(当別泊)
早朝の芦屋基地前での辻立ちを終え、街宣車で最後の任地だった思いで深き春日官舎に向かいました。何人かの奥様方が官舎のベランダから手を振って下さり、温かさに胸が一杯になりました。その後、南下し北熊本駐屯地前にて街頭演説です。私の国に賭ける想いを力いっぱい訴えかけましたが、表情も変えずに期待していく多くの隊員さんに、「やはり現役の皆さんは大手を振って応援することができないから、仕方ない」と思いつつも、「ちゃんと伝わってるのかな…」と不安になりました。

しかし、その夜のことです。1900からの官舎遊説で一時間丸々、街宣車をゆっくりと動かしながら、自らマイクを持って静かな口調で絞り出すように「熱伝導」を行ったのです。初めは反応がなかったのですが、中盤に差し掛かった時、ベランダから「頑張れよ~」のかけ声、あるいは窓の中から手を振る奥さんの姿。そして半ズボン姿で下まで降りてきて、「昼間はそっけなくしたけど、心から応援しているから」とガッチリ握手をして下さった隊員の方がいました。驚きと共に、思わず涙が…。

そうですよね、みんな国のために戦っている仲間ですもんね!私自身が現職の皆さんを信じずにどうしますか!とても嬉しかったと同時に、自分の気持ちに少しでも疑う気持ちがあったことに反省しました。国民を愛することができなければ、政治をする資格がありません。そして、愛するとは信じきるということです。
松下政経塾・塾是「真に国家と国民を愛し、新しい人間観に基づく政治経営の理念を確立し、人類の繁栄幸福と世界の平和に貢献しよう。」

<今日の活動>
(空)芦屋基地前街頭演説(官舎遊説)⇒ 春日市周辺官舎遊説 ⇒ 北熊本市内街宣 → (陸)北熊本駐屯地前街頭演説(官舎遊説) → (熊本市内泊)

私の自衛隊勤務のスタート地点である三沢基地での朝の辻立ち。懐かしい顔がチラホラといて、車の中から笑顔で手を振り返してくれました。ご声援いただいた皆さんのためにも、うとたかし頑張ります!4年半も過ごした三沢市、どの景色にも思い出が詰まっていて、本当に故郷に帰ってきた様な気持でした。しかし、感傷に浸っている時間は許されません!辻立ちを終えると空港に車を飛ばし、羽田空港経由で福岡空港に到着しました。空港から飯塚駐屯地へ急行し街頭演説を行った後、宗像市内での個人演説会でした。宗像には自衛隊はありません。よって、お越し下さった皆様は90%一般の方々です。本当にお越しくださった皆様ありがとうございました。よく「自衛隊関係者ではない人たちに防衛の話をするのは難しいでしょう」と聞かれるのですが、そんなことはありません。解りやすい言葉で訴えれば、国を愛する想い、子どもたちの未来を護ろうという想いは皆一緒であるということを実感いたします。

それにしても、300人も集まってくださったのには、本当に驚きました!宇都隆史後援会宗像支部の皆様本当にお疲れさまでした。今日も決死の熱伝導は確実に伝わったと思います。講演会後の握手では、右手の掌が痺れるほど皆さんガッチリと握りしめ、中には眼にうっすらと涙を浮かべて「日本を頼むぞ!」と言葉を託してくださる方もいらっしゃいました。日本のために未来のために、命を賭けて戦います!
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<今日の活動>
(空)三沢基地前街頭演説(官舎遊説)⇒ (三沢空港~羽田空港~福岡空港)→ (陸)飯塚駐屯地前街頭演説(官舎遊説) → 宗像市内遊説 → 宗像市内個人演説会 ⇒ (宗像市内泊)

航空自衛隊松島基地、北門前での朝立ちからスタートしました。通勤する隊員さん達に「おはようございます!うとたかしを宜しくお願い致します!」と支援のお願いをするのですが、多くの隊員さん達に知らんぷりをされ、ちょっとしょげそうになりました。「同じ航空自衛官じゃんか~」と叫びたくなりましたが、きっと無視しているわけではないはず?「シャイなだけ、恥ずかしいだけ、本当は胸の中では手を振っているんだよね…」そう自分に言い聞かせながら、笑顔で立ち続けました。

そんな時、昔の戦友(共に訓練をしたという意味です)が、「おはよ~。ボルケン、本当に応援してるからね。頑張って!」と昔のTACネームで激励してくれました。本当に嬉しかったです。松島基地前での演説を終えた後、官舎地区を回り、街宣車は次なる街宣地「岩手」へ向かいました。岩手と言えば、私も好きな宮沢賢治の故郷です。「雨にも負けず、風にも負けず…」と街頭演説のフレーズに使おうと思っていたのですが、今日の岩手は日差しがジリジリするほどの青空、気温は31℃。(選挙戦始まって、まだ一度も雨に降られていません。)街宣車から手を振っていると、左手だけコンガリと日に焼けてしまいました。

岩手の駐屯地や官舎地区を凱旋した後、さらに北上して、青森県八戸へ。「やませ」の影響で気温はぐっと下がり21℃でした。ご当地有名人の「美人過ぎる市議」には会えませんでしたが、地元の支援者の方々が、オレンジのジャンバーに身を包み沢山集まってくださっていました。本当にありがとうございます。陸上自衛隊八戸駐屯地と海上自衛隊八戸基地の正門前にて、それぞれ支援依頼をお願いしました。八戸の活動を終えて、夜2000前には三沢市内へ。私の自衛隊生活はここから始まりました。明日は三沢基地前にて朝立ちします。知り合いがたくさん残っていると嬉しいな…手を振ってもらえると…そんな淡い期待を胸に、就寝準備に入ります。
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<今日の活動>
(空)松島基地前街頭演説(官舎遊説)⇒ (陸)岩手駐屯地前街頭演説(官舎遊説) ⇒ 八戸市内遊説 → 八戸駐屯地前街頭演説 → (海)八戸基地前街頭演説(官舎遊説) → 三沢市内街宣 ⇒(三沢市内泊)
早朝から福島駐屯地前での辻立ちからスタートしました。佐藤正久議員も朝からご一緒していただきました。素朴な風土がそうさせるのか、隊員の皆さんに朝の挨拶をしていても、都会のような冷淡さを感じず、殆んどの方に配布物を受け取っていただけました。

福島駐屯地と言えば、日米共同訓練での真っ当な訓示内容にも関わらず、事実上の更迭を余儀なくされた中澤1等陸佐が指揮を執っていた、第四十四普通科連隊の所在する駐屯地です。演説をしながら、その無念を思うと涙がにじんできました。
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午後は宮城県仙台市へ移動です。現地で待っていて下さったのは、全国武の会のメンバーでもある、阿部元市議会議長、金野市議らです。多賀城駐屯地を中心として、官舎周辺やOBが住んでいる住宅街を中心に街宣活動を行いました。住宅地では事前に時間と場所を示してあったようで、15人ほど(多い所は30人を超えていました)の住民の方が沿道に出て、演説を聞いていただきました。街宣車に対して手を振ってくださる方の数やポスターの数も多く、限定された地域ですが「うとたかし」の浸透を感じました。20時までの街宣活動の終了後、松島へ移動。明日は松島での活動です。
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<今日の活動>
(陸)福島駐屯地前街頭演説(官舎)→ 佐藤正久議員実家前遊説 → 福島市内街宣 ⇒ 仙台市内街宣 → 高崎官舎遊説 → 市内住宅街街宣 → (陸)多賀城駐屯地前街頭演説 → 市内住宅街街宣 → 高崎官舎遊説 ⇒ (松島泊)
国分を早朝に出発し、海上自衛隊のある鹿屋へと向かいました。天候が心配だったのですが、鹿屋に近づくにつれ、だんだんと雲が溶けて行き、着いた頃には快晴でした。(ついてるなぁ~)
道すがら、「うとたかし」のポスターがいたるところに張り出してあります。雨の中、OB支援者が一枚一枚張っていただいたと思うと、有難さで涙が滲みそうになりました。
 鹿屋における街宣活動は、休日ということもあり、あまり人通りのない中での街頭演説でしたが、街宣車を走らせている時には、時折手を振ってくれる方がいて嬉しくなりました。
さて、鹿屋における街宣活動を終えると、垂水からフェリーに乗って、鹿児島市内へ戻りました。
(ひさびさのフェリー、蒼空の下で海風が気持ち良かったです。もちろん、みんなで名物うどんも食べました。)
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鹿児島市内では、「薩摩の群像」という銅像前にて、街頭演説を行わせていただきました。
かつての日本の夜明けの時代に、イギリスへ海外留学に行った、若き薩摩人の魂を感じながら、熱を帯びた街宣活動になりました。
夕方まで鹿児島市内での活動を行い空港へ。明日のために、今晩中に移動しなければなりません。明日は佐藤正久議員の故郷、「福島県」です!
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<今日の活動>
(海)鹿屋基地前街頭演説(官舎遊説) → 鹿屋市内街宣 →(フェリー移動)→ 天文館大通り遊説 → 市役所にて期日前投票 → 県父兄会会合挨拶 → 日経新聞社取材受け → 鹿児島中央駅前街頭演説 → 原良タイヨー前街頭演説 → 中央駅前自民党県連街宣に便乗 → (鹿児島空港~羽田空港~福島泊)
朝一の新幹線で、鹿児島中央駅に到着しました。土砂降りの雨を心配していたのですが、駅を出るとパラパラくらいの小雨模様。「これならいけるかな?」と街宣活動の開始です。駅前にて街頭演説を行った後、一番街商店街、天文館へと移動して、道行く方々にご支援を依頼して回りました。雨の中、10人位の支援者が集まっていただき、一緒に歩いていただきました。本当にありがとうございます。
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 昼からは、薩摩川内に移動し自衛隊駐屯地及び駅前での街頭演説、そしてまた国分へ移動し、国分の町中を夜の20時ぎりぎりまで、駆け巡りました。車から手を振っていると、多くの方から「うと~頑張れ~」とお声をかけていただけることに、少し驚きながら、「やっぱぃ、カゴンマが一番やらいね」と嬉しくなってしまいました。

 ある街頭演説でのことです。煙草を吸いながら道路の向こうでずっと聞いていてくれた、40代前半くらいの男性。演説が終わって駆け寄っていくと、「本当に良いことを言ってくれた。子供達のためにやってくれね。オレは絶対にあんたに入れるから。『うと』って書けば良かたっどが?」と言っていただけました。
想いは必ず伝わります。言葉ではなく、心からの熱伝導が、良い結果を導いたことを実感した瞬間でした。
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明日も鹿児島、気張ります!チェスト行け!


<今日の活動>
鹿児島中央駅前街頭演説 → 西駅一番街にて遊説 → 天文館にて遊説 → (陸)川内駐屯地前街頭演説(官舎遊説)→ 川内駅前街頭演説 → (陸)国分駐屯地前街頭演説(官舎遊説) → 国分市内を街宣 → (国分市内泊)
 昨日一つ学んだことがあります。それは、話をしている時の表情です。昨夜、スタッフが撮影してくれた街頭演説している映像を見ました。正直ショックでした~。確かにイケメンではないけれど、もう少し表情にメリハリがあっても良さそうなものを…特に目が…ない…。そこで、本日の街頭からは、しっかりと目をカッと見開いて行うようにしました。(でも、やっぱり、目がないかなぁ…)

 さて、本日は計4か所の自衛隊基地とその周辺にて、街頭演説をやりました。どこに行っても、計画通りに地元の支援者(OB)の皆様が集まってくださっていて、本当に感謝してもしきれません。

 本日最後に訪れたのは、岐阜県の航空自衛隊岐阜基地でした。正門前にて仕事帰りの隊員さんら一人一人に「お疲れさまでした。うとたかしを宜しくお願い致します。」とご挨拶していきました。恥ずかしそうに会釈だけされる方、敬礼を返してくれる方、軽く手を振ってくれる方、そして駆け寄ってきて「頑張ってください」とエールをくれる方と、色々な対応はありながら、殆んどの皆様に「うとたかしは俺達の仲間だ」と受け入れていただけていることを肌で感じ、涙が出るほど嬉しいでした。
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その後、近くの官舎で街頭演説をしていると、子ども達が集まってきて、「本物のうとたかしだ!」などという子も…「あったこともないはずなのに…」と心で笑いながら、でも家庭の中で話題に出ているのかな?と想像し微笑ましく思いました。未来を創る子どもらの笑顔。今の私にとっては、何よりも嬉しい栄養補給です。「この子達の未来を護るために、命をかけよう!」そう心に誓い岐阜を後にしました。
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<今日の活動>
(空)浜松基地正門前街頭演説 → (陸)守山駐屯地前街頭演説(西山官舎・小幡官舎にて遊説)→ (空)小牧基地前街頭演説(北官舎遊説)→ (空)岐阜基地前街頭演説(官舎地区遊説)⇒ (福岡県博多泊)