HWD+e -6ページ目

ⅣHorsemen

この間にも、ホースメン再編のアイディアは挙がり、例えばゴールドバーグなどが伺いを立てられている。しかしベンワーの凄まじい働き振りが評価されたのか、次のメンバーも実をとって、実力先行というか、レスリングの力量しかない、実務派が選定される。

ディーン・マレンコは、あのICW狼の一員、ラリー・マレンコのサンであり、弟子。日本のUWFに殺し屋のソルコフ兄弟として現れ、AJ、NJと主に日本のJrヘヴィー路線で活躍、ECWをも通って、ベンワーと同じ経路でWCW入りしてくる。

いよいよホースメンすら、日本しか?供給場所がなくなったのかという、せんない感想を持ったのを憶えている。エディゲレロという実力者も同経路だが、こちらはホースメンにするには、少々性質が陽気過ぎの軽過ぎ。方やディーンは、哀愁のオールバック?も渋めの、千の技を持つ狙撃の無頼。おそろしい閂逆エビの使い手のシューターとして、US王座を簡単に獲得する。

$HWD+e-12

ディーンはそれなりの活躍をするのだが、ホースメン対NWOの戦い自体が終わりに近づいていた。NWOというのは、最終的にホースメンにブチのめされて終わるために設えたもの。最後はフレアーがホーガンを金網で沈めて終わらすというのは、既に93年に、フレアーとホーガンが共同執筆していたシナリオだ。

だから、ディーンだろうがマクマイケルだろうがベンワーですらだろうが、あるいはナッシュだろうが増してやウォルトマンだろうが、大事にはあまり関係はなくて、その通り関係なく、99年に入ってからのWCWは、金網でホーガンがフレアーに殴り倒される命題に向けて、突っ走り始める。

実質この12次は、98年一杯で終わり、まず99年初頭にマクマイケルがフェイドアウトする。NWOは腐臭をわざと垂れ流し始め、もう倒される以外に道はないほどゴモラ化していく。ただこの間も、ディーンもだが、やはりベンワーは、6人マッチを連日一人で戦うほどの、とてつもないファイトを見せていた。

99年3月、ホーガンは50歳のフレアーに金網で沈められて、それであのNWOは、全て終わる。ナッシュもK-Dogも関係ない、全て終わる。そしてなぜか、ホースメンも終わって行く。

WCWで全権を掌握したフレアー。チーフブッカーですらない、プレジデントだ。フレアーが権力を握ると、ホースメンはなくなる。ホースメンは戦いの象徴だから、戦う必要のない時、これは見えなくなる。

プレジデントの時代、舵取りは間違えたのか? エイジア、ロビンソン、デイヴィッド・・・。やりたい放題を重ねたつまらない権力腐敗は、少なくとも、戦いの象徴の時代を、懐かしませずにはおかなかった。

ベンワーとマレンコは、この腐臭に耐え切れず、自らアウトする。ホースメンの重要だが一要素でしかない実を切り立たせたレヴォリューション=ラディカルズは、それだけではホースメン足りえないことをスポウトするための、これもひとつのアフターアワーズ。

NWO後の時代、期待はあったのだが、なぜ見るからにお粗末な執政を敢えてやったか。いろいろな見方はあろうが、ひとつの事実として、この時、“ホースメン”の実体は、WWFに移っているということが言える。

WWE リック・フレアー・アンド・フォー・ホースメン(DVD) ◆20%OFF!

¥5,628
楽天

ⅣHORSEMEN

97年7月、ヘニングがヘルムスリーのマネージャーも早々に切り上げて、WCWに勇躍登場。フレアーはWWF時代最後にフュードをしたことも忘れ?、身内がやって来たかのごとく、当然ホースメンに入るものとして、歓待し、はしゃぐ。そう、ヘニングは、我々にとっても、最初からホースメン同然だった。

ヘニングは、ご存知ニューヨークのホースメン。フレアーがWWF王者時代に、アーンのように付き添っていた、WWFでのアーンの代わりだ。ヘニングもミネソタ出身のカニアキャンプ卒、AWAタイトルとICタイトルを制し、“ミスターパーフェクト”のキャラをコルヴェットスティングレイのようなフォルムで、颯爽と演じ上げた。彼がホースマンでなくて誰がホースマンかというような、極め付きのホースマンだった。

フレアーのファンが大好きなアナザー、それがホースマンであり、WWFでフレアーと組むなら、このホースマンしかいなかった。ヒーナンを加えての三人編成で、四本指こそ挙げなかったが、これもいわばホースメンである。

$HWD+e-p

この“ホースメン”は、一年以上続いたのだが、サヴァイヴァーでのアルティメット直前リーヴに伴い、ブッカーでもあったカートはその責任を取る形で、ロイズの保険金をフイにしてまで怪我を押して復帰し、アルティの代役としてフレアーに対し向かうセンセーションをもって、これを乗り切っている。これで悪後味なブレイクアップ。

以来フレアーとベビーのカートはフュードを続け、スーパーブロウル前週のロウでの、ルーザーリーヴWWFマッチまで戦う。そしてフレアーは次の週にWCWに現れる。今回はこのまま来るということらしいが、フレアーだけは昔から、自由に行き来している・・・。

カートはこの93年春以降、ルガーやマイクルスとのシリーズも一通り請け負うが、カート有利のフュード構成ではもちろんなかったし、また怪我がちでもあった。そしてヘルムスリのマネージャーに就任したという節目の矢先、WCWにジャンプしている。

マネージャーやコメンテーターよりは、もちろんその方がいいに決まっていた。サヴェージ同様、カートもWCWで生き返る。アナザーのビッグリーグの必要性は、はっきりあるのだ。

WCWでは引退したアーンに請われ、NO.2のスポットをもってホースメン入り。そしてあのウォーゲームを起こす。だから第11次のホースメンはわずか2週間。カートにはもう少し正統なホースメンキャリアを持ってしばらく活躍させたかったが、ま、これもアルティメットのせいだろう・・・。

$HWD+e-11-2

$HWD+e-11

フレアーから奪ったローブの献上式典はちょっとしたイヴェントだったが、あのローブがまた、カートには似合っていた。NWO、US王座、レッドネックスタグ王座、ラップイズクラップ・・。いずれにしても後期のWWF時代よりは、カートを再び大いに売ったと言える。ハロウィンではフレアーの挑戦を受けるUS戦を闘っているが、フレアーとカートのPPVのタイトル戦も、これが唯一ではないか。これもまた、やっておかなければならなかったことのひとつであろう。

カートはあんな悪行とともにホースメンを去っているのに、後期のWCWではアシスタントブッカーとして、同じアシスタントブッカーのアーンと、涼しい顔してコミッティ会議なぞしているところが、やはりホースメンなのだなぁと、らしさに頬が緩んだことを憶う。

第12次、最後の編成のホースメンは翌98年9月、カート事件から実に一年、この間もまた、ベンワーは、一人で大車輪で、物凄く頑張っていた。

WWE リック・フレアー・アンド・フォー・ホースメンWWE

¥3,518
楽天

4HORSEMEN

この時期、ホースメン人事は大変を極めた。ホースメン最終章、ジャレットとヘニング。くだをまき、入ってすぐに抜けていくが、両者とも当代きってのホースメンマテリアルだった。

ある日押しかけて来たホースマンが一人。紛うことなき、アポカリプスの渦中の人物となる、大物主の命。しかし既にベンワーは脂が乗りかけてきていたし、マクマイケルとも契約が残っていた。4ホースメンに5人いようと6人いようといいとは思うのだが、そうもいかない流れ上、誰かが抜けるというナンセンスを強いられる。

結果としてアンダーソンはこの時期に、引いてリタイアし、ホースメンのマネージャー格に退いている。最後はジャレットと戦い、ロープドのパッケージで敗れ、ジャレットが入れ替わるような、見習いの?メンバーとなる。これが第10次ホースメン。

$HWD+e-10

ジャレットは素晴らしかった。ホースメンにしたい候補の、まさに筆頭格だった。だからこそ彼には至極まともなホースメンとしてのメインメンバーシップと活動を、長期間保障してやりたかった。WCWとて、彼を次のフレアーにすると腹を決めていたのなら、マクマイケルを切るくらいの英断すら、あってしかるべきだったと思っている。いや、無法のNWOに対抗するためには、そも4人にこだわる必要もなかったのだ。

ジャレットはこの間に、後にホースメン入りするマレンコからUSタイトルを奪うが、しかし間もなく、ヘニングを引き入れるために抜けろと言われたりする。

ジャレットはわずか4ヶ月でホースメンを追われるが、脱退直後にはフレアーとバッシュで、USタイトル戦を闘っている。ジャレットはこの秋には、WWFに戻って行き、そして2年後にはまたWCWに帰って来るのだが、駆け足でも、是が非でもこの時期にホースメンシップとフレアー戦を経験させる必要があったことが伺える。

そう、なぜならジャレットは、こそは、極め付きのホースマンだから、ホースメンの歴史にはっきりと名を刻んでおく絶対性があり、またフレアー戦もPPVのタイトルマッチとして、残しておくことが必務だったからだ。

ジャレットはWCWの最後を任せられ、それを終わらせてしまうのだけれど、ジャレットと心中なら仕方ないというのは、WCWのファンなら誰もが納得済みのことだった。だからこそジャレットをNWOにしたり、ルッソだニューブラッドだブッカーTだと、ブレブレの政策で切迫感を希薄にしてくれたのは、興醒めでもあった。

WCWはジャレットをリーダーとした、ジャレット規模のホースメンで、小さな運営をして行く手もあった。ジャレットは後にそれを、TNAでやったわけなのだけれども・・・。

そのジャレットを追い出す必要はそもそもなくて、ヘニングを入れてマクマイケルにお役御免とすれば、これは凄いホースメンが出来上がっていたとは思う。いや、マクマイケルを出す必要もなく、6人で、いやマレンコも入れて7人で、NWOを叩きまくれば面白かったのにとは、思わずにはいられない。

なぜそれが出来なかったのか。ハルクやビショフの政治力か? いずれにせよそれを実現すべく、我々はもっと騒いでもよかったのではと、今は感じる。我々のホースメン美術は、あの時は鋭敏ではなかったように思う。

WWE リック・フレアー・アンド・フォー・ホースメン(DVD) ◆20%OFF!

¥5,628
楽天

The Four Horsemen

93年秋から95年秋まで、ホースメンは見えなくなっていた。この間にフレアーはホーガンに負けたり、シェリーを付けたり、引退したり、ヴェイダーと組んだり、イノキと闘ったり・・・。

ホースメン再結成の話も何度か立ち上がった。しかしローマのことがあり、下手な人選は二度と出来なくなっていた。伺いに情報がリークされる。曰くアーンの友人バリー・ダルソーとか、フレディファーゴの推す?テリー・テイラーとか、フレアーの旧敵スティムボートとか、ブルーブラッド・ロード・スティーヴンとか・・・。

いずれも決定打に欠ける中、ついに、アーンとの仲違いが起き、オープン間もないナイトロの目玉として、金網マッチを戦ったりする。さらにハロウィンでは、スティングと組んで、アーン&ブライアン・ピルマンと激突・・・・。

大して必要もないスティングへのスクリューを経て、ホースメン復活。アーンとのブレイクアップをファンが嫌ったことへの過剰な補修。ブライアン・ピルマンに、猪木と戦った日に見初めたベンワーを加えた。これが第八次。

ベンワーはちょっとしたヒットだった。コイツはマテリアルだぞと、赤い馬ぽいぞと、いやペールライダーだろうと、ファンも積極的に話題にした。探せばまだホースメンはいるのだなぁと。

しかしブライアンはどうだっただろうか。ハリウッドブロンズ時に、四本指を下げていた男だ。その時点で拒否反応が決定する。オースティンなどはホースメンにして行く策もリアルに考えられただけに、ダスティの先見性は大変に問題を残した。ダスティは、ローマの一件以来CBを下ろされ、以降WCWの実権を握ることはなかったのだけれども。

ブライアンは、ジュウの元NFLプレーヤー。ハートのデンでトレーニングされ、カルガリーで売り出され始めた頃、当時CBだったフレアーの目に止まり、WCW入りする。フレアーのCBとしてのヒットは、ムタとこのブライアンだけだと、長く言われてもいた。

だからブライアンは、どちらかというとフレアーのサイドにいる方だと思われていたし、いつフレアーが、ホースメン的に引き上げるかという目でも見られていた。しかし、ルーズキャノンだったのだろう、ホースメンにはためらわれていた。そこへあの事件・・・。ブライアンはすぐにホースメンどころかWCW自体も解雇される。その後はハートファンデーションで、応分の活躍はするのだが・・・。

$HWD+e-08

あの事件に関しては、いろいろ言えることもあるのだと思うのだけれども、今はやめておく。

9次は96年6月、4人目に、スティーヴ・マクマイケルが加わる。ここまで半年以上も、ベンワーは大車輪でとてつもなく頑張っている。

$HWD+e-09

マクマイケルに関して、そのマテリアルを四の五のいうのは野暮というもの。スーパーボウルウィナーとしてのネームヴァリューと、フットボウラーとしては珍しく、気の利いたギミックを持っていた。サングラスとかポニーとかの自然な気取りの、セレブ特別枠。最後はいつの間にかいなくなっていたが。

マクマイケルから一月、ここでNWOが出現。フレアーの怨敵ホーガンが、いよいよ本性をむき出し?にする。当然ホースメンもこれに関わり巻き込まれながら、混沌と佳境とそして、最終戦線へと突き進んで行く。

WWE リック・フレアー・アンド・フォー・ホースメン(DVD) ◆20%OFF!

¥5,628
楽天

THE FOUR HORSEMEN

プリティ・ポール・ローマは、ケン・シャムロックに似た、イタリア系のプリティボーイ。中西部のインディーで活躍をしたかしないかという実績も大して聞かぬまま、ヤングスタリオンズとしていきなりメジャーに現れた印象。

相棒のジム・パワーズは、ディンゴの前にディンゴ的な雰囲気で、ダラスで売り出されつつあったボディビルダー。この23歳くらいのルッキングッドな二人が、ルージョズのようなトラディショナルなショートジャケットを着て、天下のビッグリーグに現れる。当時AWAやMSWAでのチャンプの実績が在るものばかりのWWFで、聞いたこともないのはこの二人ぐらいのものだった。

なんということもない、若手の前座。これからどうブレイクして行くかも見えない、可も無く不可も無い全くの若者。ルーキーとしての役割をさわやかにこなす日々。優秀なプレリミナリ。しかし次へ進む段階は訪れる。

パワーズは聞かなくなっていったが、ローマはなんとかサヴァイヴする。パワー&グローリー、マイティ・ハーキュリーズ、スーパープレックスとダイヴィングプレスの二重奏。ありとあらゆることをやって、現状を勢一杯ヴァイタルしたが、変なサングラスとクリップドのスゥェットは、ホースマンになる者の通るキャリアではなかった。

$HWD+e-t2

ダスティ(!)がなぜ選んだか? サングラスを掛けさせて遠目に見ればターリーと見紛う、サイズと割とプリティなルックによるものだけだったのか? ハーキュリーズのパートナーしか務めたことのない男が、急にアーン・アンダーソンのパートナーを任せられて、何のタイトルも持ったことのない男が、いきなり世界タグのベルトまで持たされて、本当に溺れているようにあっぷあっぷしていて、ずっと針の筵にさらされている心地だっただろう。

何でお前がターリーの代わりになるンだョと。お前誰だよ、と。ズビスコの方がマシだろと。アーンと組んで世界タグ戦を戦っている始終、背中にそんな声なき声を感じていただろうローマは、とても気の毒だった。ダスティの罪は重いと思う。

$HWD+e-1

このローマのホースメンは、半年もなかったと思う。アーンとのフュードらしきものもあることはあったが、それすらも盛り上がらなかった。

ローマはその後、ご存知プリティワンダフルでブレイクする。これはスタリオンよりもグローリーよりもホースメンよりも、ローマを生かしたいい策だった。これはWWFでもできなかったほどローマを売り、WCWとダスティの力を見せたと思う。この時は誰も、ローマをタグチャンプに荷が重いとは言わなかった。

ローマは、タグチャンプを務められるタレントではあった。しかしホースメンマテリアルだとは、認められなかった。このローマ拒否事件を機にしたのかは判らないが、ダスティはこれを境にCB職を解かれ、シニアコンサルタントという名誉職?に退いている。新ブッカーは、フレアー。これを画してのローマ入閣とファン否定のコンビネーションだったかどうかは知らないが、あの時の我々のホースメン美術は、研ぎ澄まされていたなぁとは、少なくとも思う。

ローマの後、ホースメンはしばらく途絶える。フレアーがチーフブッカーの時代、ホースメンは消えがちになる。とはいえアーンはいつも横にいたわけなのだが。

【DVD】WWE リック・フレアー・アンド・ホースメン/WWE [TDV-17262] ダブリ...

¥7,035
楽天