先日、ブログが大好きでちょこちょこ拝見している@sakanoueさんから
twitterでご質問をいただきました。

$キャペッズ事務局長なみちゃんのブログ


そうなんですよねぇ。
どうして、パレスチナじゃなくてスーダンなのかな、って。
自分でも、去年辺りまでずっと悩んでました。


私、大学時代はパレスチナ/イスラエルにどっぷりだったんです。
今この瞬間だって、行けるものなら行きたいと思います。
(まぁ、前科持ち?だから入国審査で7時間待たされるんですけど。)

夢は独立のその先、パレスチナの経済的自立に関わることです。
だって、私の大事な友達が、明日をも知れない生活を送っているから。
みんなの仕事をみんなと一緒に創ることなしに、私は死ねない、と思っています。


でも私が今どっぷり漬かっているのは、スーダンの障害者のための教育。
それも、ジムキョクチョーなんてえらそうな肩書きまで持っちゃって。


これには凄く、悩みました。


私、遠回りしてないかな。
自分を騙してないかな。付き合いでNGO、やってるんじゃないかしら。
それって、凄く失礼なことなんじゃないかな。
自分だけじゃなくて、周りも騙してるんじゃないかな。


私には見えない、現地の人々の姿。
私の仕事、現地に変化を創れてるんだろうか?
誰の暮らしを、どれくらい変えることができているんだろう?


そんなことを考えながら、2008年頭から事務局で働いてました。
責任ある立場でも、無給です。信念がなければ続かない。
辛くて、一度活動から離れたこともあります。会社に勤め始めた頃です。
結論をハッキリ出さないまま逃げた自分が、悔しかったのですが。



そんな私が、
「スーダンに関わるこの仕事は、”自分にとって必要”なんだ。
 ”活動にとって自分が必要”なんじゃない」
と思ったのは、2010年にスーダン・ハルツームを訪ねたときのことでした。





「CAPEDSがスーダンにやってきて、ブラインドサッカーを教えてくれたから、
 家から出なかった自分に、夢と友達ができたんだ。
 僕はいつか、ヨーロッパのチームでプレイする。」

と言う、CAPEDSの支援でできたスーダン初のブラインド・サッカーチーム
「ヌール・アルハヤート(人生の光)」のメンバー。


最新の点字資料が皆無なハルツーム大学で、まだ見ぬ後輩たちのために、
授業のノートや教科書を、手打ちで一文字一文字点字で写して
図書館に寄贈していた、大学の生徒。





そういった、一人ひとりの声や想いに触れて、
私は泣いていました。





「勉強したい」

「精一杯生きたい」

「自分の力で進みたい」



そんな一人ひとりの想いは、決して天秤にかけることはできないのに。
私はどうして、そんなことが分からなかったんだろう?
どうして、天秤にかけ続けていたんだろう?



この人達は、私達と一緒に自分たちの新しい可能性を発掘していくことを、
楽しみながら、心待ちにしている。
これは、「支援」じゃないんだ。
それぞれに違うエネルギーを持ったみんなの未来を、一緒に拓くための、
それができる社会を創るための大きな挑戦に、関わらせてもらってるんだ。



そんなことを、思いました。







私が動く理由は、現地からレポートが届く度に、増えていきます。


スラム出身の、全盲の小学生の男の子。
スーダンに1校しかない盲学校には入れず普通学校で学んでいるけれど、
誰も点字を教えてくれなくて、勉強のサポートなんて何も受けられなくて。


そんな彼が、CAPEDSの開く小さな点字教室に通って、
初めて「文字」を覚えて、自分でノートが取れるようになって。


生徒はたった6人、の点字教室の修了式には、
貧しいはずの彼の親族が揃ってバスを貸しきって、お祝いに駆け付けた。
まるで、小学校の卒業式みたい。


目の見えない彼。社会的に見れば「何もできない」彼に、
親族中が期待を寄せる。

文字が書けるようになった!
次は一体、どんな「不可能」を「可能」に変えるんだろう?
勉強ができるようになって、高等教育へ進んだら、
先生になるのかな。ジャーナリストになるのかしら。文科省の大臣になる?
自分の経験を活かして、彼は何を社会に発信するんだろう?

そして、自分の子どもに「やりたいこと」を形にできる力があるんだ、
と確信したご両親は、どれほど幸せだっただろう?




それを想像する度に、
バーの片隅で、電車の中で、家のベッドの中で、
涙ぐんでいる自分がいます。





だから、

スーダンが、パレスチナよりも、
私のことを必要としているわけではないんです。



私が、たまたまアフリカの乾いた赤茶色の大地に暮らす友人の、
未来を一緒に考えたいだけなんです。







今年も12月の18日から1月3日まで、
家族も婚約者もほったらかしにして、スーダンに戻ります。


皆に会えるのが、新しい物語を聴くのが、今から楽しみです。
こんばんは、なみきです~。
アキバの夜マックは何だかディープな世界が渦巻いているような気がします。
(電源借りて作業中)


さて、僭越ながら今週の土曜日は
イベントに登壇させていただくことになりました…!
わぁ、どういう切り口でCAPEDS紹介しようかなぁ。
今からドキドキです。


無料イベント、
かつ会場はたぶん日本初の「スタートアップベンチャーの島」(?!)なので、
面白いこと請け合いです。
登壇者も、素敵な方々ばかりです!

イケダハヤトさんはNGO/NPO×ソーシャルメディア研究の第一線の方だし、
シュアールの大木さんは手話を広めるスッゴイシステムを創ってるし、
キズキの安田さんは経歴がオモシロすぎて深いしイケメンだし(笑)、
ダイバストリートの成澤さんは話せば必ず元気になれちゃう「障害を持つ起業家」で。
トリッピースの石田さんは初顔合わせなのでドキドキ。

そ、そんな中に紛れ込んでいいのか、大丈夫なのかナミキ…!(°△°|||)



と、心配な方はぜひ観にいらっしゃってください。笑
以下詳細。

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第1回チェンジメーカーカンファレンス
~社会変革 (Social Innovation) を起こす人とは?~

facebookページはこちら


※チャンジメーカー:社会の課題を、事業により解決する人のことを言う。
社会問題を認識し、社会変革を起こすために、ベンチャー企業・NGO・NPO・団体を創造、組織化、経営するために、起業という手法を採るものを指す。

■イベント趣旨
IT系スタートアップ経営者と、社会の課題に対して直接取り組んでいる経営者との交わり・接点を増やすことにより、新たな変革を世の中に起こすため。

■場所
・Samurai Startup Island
東京都品川区東品川2-2-28-2F SamuraiStartupIsland
google mapはこちら
最寄駅:天王洲アイル

■内容
>>参加企業各社プレゼン<<

■チェンジメーカー

≫12:15~
受付開始

≫13:15~
オープニング
・トリッピース 石田言行氏
(http://trippiece.com/) 

≫13:30~(発表10分・質問10分)

・テントセン イケダハヤト氏
( http://www.ikedahayato.com/ )

≫13:50~(発表10分・質問10分)

・シュアール 大木洵人氏
(http://shur.jp/)

≫14:10~(発表10分・質問10分)

・NPO法人キズキ  安田祐輔氏
(http://kizuki-juku.com/)

≫14:30~(発表10分・質問10分)

・ダイバストリート 成澤俊輔氏
(http://diverstreet.jp/)

≫14:50~(発表10分・質問10分)

・NPO法人スーダン障害者教育支援の会 並木麻衣氏
(http://capeds.org/)

**休憩**

≫16:00~

>>パネルディスカッション<<
『~社会変革 (Social Innovation) を起こす人とは?~』
モデレーター:トリッピース 石田言行氏
パネラー:上記スピーカー
     サムライインキュベート 榊原健太郎

≫16:30~

>>懇親会<<

内容は、随時更新します!お楽しみに!

是非、お越しください!

【協力】株式会社サムライインキュベート
http://www.samurai-incubate.asia/
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現在、鋭意資料作成中。
先ずは、NGO/NPOの役割ってなんなの? というプレゼンシートから始めています。
$キャペッズ事務局長なみちゃんのブログ


こんにちは、じむきょくちょーナミキです。
「最近ブログ更新してないけど、生きてる?」と言われたので
もうちょっとマメに更新しようと思います。笑
くだらないネタが頻出したら許してください!!!orz


さて、
先日「羊一頭まるごと食べる会」でお会いしたイメケン学生くんたちが
偶然、気になっていた映画の営業さんでした。
思わずその場で前売を買っちゃいましたが、
せっかくなのでブログでもご紹介。


まずはこちらのニュースをどうぞ。

自閉症の実妹を撮り続けた映画「ちづる」
(日テレニュース24より)




「ジヘイショウ」って、どんなものなんだろう。

家族に「ショウガイシャ」がいるって、どんなものなんだろう。

障害をもった子たちは、どうやって生きていくの?




そういったことに疑問をもつのって、
決してオカシイことでも、タブーなことでも、ないと思うんです。
むしろ、障害について触れることをタブーだと思うほうが、モッタイナイ。
障害を持つ人と、持たない人の間の微妙な緊張感って、
そこに由来すると思うんです。

一方、なかなか生の体温で触れる機会を創るのがムズカシイなぁ、というのも
事実かなぁと思っていて。


そんな中、立教大学の学生さんが、
障害を持つ妹さんや、自分の家族、そして自分について
記録を続けた作品があると聞いて、
以前からとっても気になっていたのでした。




映画の公式サイトはこちら。( http://chizuru-movie.com/
みなさま、是非観に行ってみてくださいね。
私も観たら感想アップしまーす◎




※余談ですが、羊を一頭まるごと食べる上で欠かせないモンゴル相撲の餌食となり、
 イケメンくんはパンツいっちょ姿をお兄さんお姉さんたちに晒していました。
 イケメンはパンツいっちょでもイケメンだなぁと思いました。
 営業、体張ってます!笑
おはよーございます◎
朝9時半からカフェで本日二杯目のコーヒー消費中の並木です~。


さて、今週末はイベントやりますよー!


私、実は雑誌の編集長を務めておりまして。

今年の夏に交通事故で急逝した友人・野上くんの遺志を継ぎつつ、
「世界をもっと身近にしたい」という自分の想いを織り込みながら
「国境知らずの音楽雑誌 Oar(オアー)」なるもののvol.4を
2月に発行するべく準備中です。

野上くんのブログはこちら
野上くんが亡くなった事件についてはこちら



で、雑誌の企画を進めつつも
「音楽好きの皆さんと知り合いたい! 一緒に何かやりたい!」と思い、
この度ピクニックを企画いたしました。
今週末の日曜日午後、代々木公園で音楽聞いたり持ち寄りご飯食べたり
わぁわぁ語ったり各自の活動をシェアしたりするピクニックです。



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「音楽ピクニックwith異国メシin代々木公園」
23 October · 13:00 - 18:00




音楽好き、旅好き、異国料理好き集まれー!

国境知らずの音楽雑誌『Oar』(オアー)の編集部と、代々木公園でピクニックします。
素敵な出会いが待ってるかも!?(音楽、料理、旅の話、人いろいろ!?)

【内容】
1.異国のお料理食べましょー。
⇒中東、タイ、フィリピン、チベット、などなど、世界各国のお料理用意してお待ちしてます♫
持ち寄り大歓迎!お料理など持参の方は、参加費優遇します。

2.いろんな音楽聞きましょー。
⇒ロック、ジャズ、ポップスから、世界各国の民族音楽まで、
ごちゃまぜにいろいろ楽しみましょー。
音源持ち寄りも大歓迎♫
事前にリクエストあれば、用意します。
生演奏とかも、アリ!?

3.いろんな国の人と交流!
⇒日本語ぺらぺらマニアックなマルチリンガルイタリア人、日本育ちの中華料理よりもイタリアンが得意な中国人を始め、ちょっと面白い外国籍の人たちも来ちゃうかも
世界中を飛び回った人たちも、集まる予定です。

4.旅&国際協力などなどプレゼンタイム
⇒音楽&旅&文化をテーマにしたOarにちなんで、
Oarが扱うテーマに近い活動をしている方々に、
自分たちの活動をPRしていただく場を設けました!
プレゼン希望者は、事前にご連絡くださいませ。

5.地球の迷い方~迷い編~
⇒Oar誌面上で展開される予定の新コーナー「地球の迷い方」では、世界各国についてのステレオタイプと、その真実について紹介していきます。
その企画段階として、ぜひみなさんから、「○○って国は、こういうイメージだけど、ほんとう?」という疑問/質問を、お待ちしてます♫

【日程】
10/23(日)13:00~18:00頃まで

【予定人数】
30人ぐらい、こんな人たちが集まります。
・海外に興味ある人、旅好き
・音楽好き。演奏も、聞くのも。
・料理好き。

【参加費】
1,000円(お料理食べ放題)
※料理、飲み物等持ち込みしていただいたら、500円でOK!


いろんな方のご参加お待ちしてますー
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「最近並木なにしてんの?」という方も、
「Oarの活動、知りたかったんだよね~」という方も、
「いろんなひとと知り合いになってみたい!」という方も、
どなたでも大歓迎です!


参加希望の方は、13時に代々木公園原宿口にいらっしゃるか、
(並木がお迎えにあがります)

twitterの @mainamiki にメンションをいただければ

当日でもご案内いたしますので!
facebookでメッセージをいただいても構いません。
お待ちしております♥





雨、降りませんように!!!!!!(°□°)くわっ
昨日は慶應大学の三田キャンパスに初めて侵入しました、
地味な国立大学育ちの並木ですこんにちは。
(外大は東京の片田舎にございます。あっ、多磨の方、石投げないで!!汗)


三田キャンすごかった。
「な、ななななにこの入口!」みたいな雰囲気に若干気圧されながらも、
「わ、わたし専門家ですから(キリッ)」を装って参加してきたのはコレ。


寄付市場の創出とインパクト評価の役割」


結論からいえば、

「えっ、これ最先端じゃないスか! 無料でいいんですか?!(@_@;)」

という内容でした。わぁ。(>_<)



ゲストはアメリカのヒューレット財団からいらっしゃったJacob Harold氏。
アメリカのフィランソロピー(慈善活動)が
「社会問題の解決」をもっともっと導き出せるように、
「フィランソロピーへの投資に対するインパクトを評価する」方法を
研究していらっしゃいます。


日本の20倍規模の寄付を生み出しているといわれるアメリカ。
その額、3,000億ドル。(うち個人寄付は2,200億ドル)

一方、ほとんどの人達は、団体のパフォーマンス(事業成果)より
ネームバリュー等で寄付先を選んでいる。
100人のうち96人は「パフォーマンスは重要だ」と答え、
21人は「パフォーマンス情報を読む」と答えているのに、
「意思決定のために情報を活用する」と答えたのは、たったの3人。

$キャペッズ事務局長なみちゃんのブログ
(資料。きったない殴り書きのメモ入りですみません…。)


ということは、「イイ事業」を行っている団体より、
「イイ広告」を打っている団体のほうが、寄付が集まってしまう。

広報費にお金をかけた団体が強い、これがアメリカでも現状なのだそう。
うーん、恐らく日本でもそうですよね。



じゃぁ、本当に「社会問題の解決」に寄与している団体が
多くの支援を集めることができるようになるには、どうしたらいいの?
「社会問題の解決」がスピードアップするには、どうしたらいいの?



その答えの一つが、
「寄付でも市場メカニズムを成立させ、資金の流れの最適化を図る」こと。
ビジネスと同じで。



しかし、寄付市場が機能するには5つの条件があって、

1. 評価の基準が存在していること
2. レポーティングの基準が存在していること
3. 団体が情報発信を行っていること
4. 情報が実際に流通していること
5. 人々が情報に基づいて行動していること

が挙げられていました。

分かっちゃいるんだけど、どれもキビシイなぁ。
株とか商品とかなら、分析サイトや価格.comやら何やらがあるじゃないですか。
でも、やっぱりこの業界は特殊だから難しいんじゃないかなぁ……




と思って聴いていたら、

NGO/NPO業界にも「価格.com」的な評価サイトがあった。


それも、幾つもあるわけです。
数年前、私が働いていた某所で
「NGO/NPO評価をしよう」なんて企画がありながらも暗礁に乗り上げていましたが、
やっぱりあるじゃないですか。アメリカ。


そのうちの1つが「Charting Impact」。

そこでは、数値的な評価ではありませんが、
NGO/NPOに5つの質問をしています。


1. What is your organization aiming to accomplish?
(あなたの団体が達成したい目標は?)
2. What are your strategies for making this happen?
(目標を達成するための戦略は?)
3. What are your organization's capabilities for doing this?
(それを実現するための、組織的な能力はありますか?)
4. How will your organization know if you are making progress?
(どうやって進捗を評価しますか?)
5. What have and haven't you accomplished so far?
(今までに実現したこと、実現できなかったことは?)

※拙訳ですみません


ごちゃごちゃと言葉で飾り立てるのではなく、
スパッと、誠実に答えなければ意味のない質問です。
おそろしやくらのすけ、です……!
(↑ちなみにコレうちの母の口癖なんですが、何か元ネタあるんですかね)


Charting Impactには現在81団体の5回答が並んでいて、
じっくり読むことも、検索もできます。
各団体の「やってること」で寄付するのではなく、
各団体の持つ「戦略性、組織性」を比べて寄付することができる。



でも、こういったチャートが大事なのは、
何よりNGO/NPO側が得られる気づきが多いから、だと思います。




自分たちが、
集まった資源を、どう使って、どんな結果を出しているのかを
きちんと等身大で把握することは、
本当に社会問題を解決したいなら、必要不可欠なことである筈です。
(PDCAが回る。)


それに、
「イイコトしてるよ~!」で、感じて動いてくださる方々もいますが、
それぞれに「イイコト」してる団体さんはホントにホントに沢山あるのです。
その中で「この団体こそ!」と思っていただくためには、
感動に加えて、数字や成果をきちんと表現できる説得力も無視できなくて。





本当に沢山の「社会問題の解決」が必要とされている中、
すべてが定量化して評価できるわけではないので、

セミナーの中でも、

「寄付市場のインパクト評価は、
 団体のキャパシティ・ビルディングの意味で必要だ」


というコメントが出ていました。
評価は、神的なオールマイティ・ソリューションではないのですが、
これを意識することが、結果としてミッション遂行の近道であるわけです。




「感動で語る」ことも、「情報で語る」ことも忘れない、
バランスの取れた組織でありたい。


そんなわけで、昨晩から我らがCAPEDSについても、
「うーん、うーん…」と身を切る思いで
上記の質問に答える作業にかかっている並木です。


特に組織力だな~。何とかしなきゃ。^^;



※とても内容の詰まったセミナーだったので、
 とりあえず先ずはこんな切り口でまとめてみました。
 他の参加者さんのレポートも読みたいので、
 いらっしゃれば是非コメントでお知らせくださいませ^^
こんなペーペーの甘ちゃんではありますが、
2009年3月に大学を卒業した私は
9末で「大学卒業後2.5周年記念(?)」を迎えました。
ひえー。月日が経つのは早い。


で、これまでを軽く振り返っていたりしたのですが、

会社で新規事業の立ち上げに関わったり、
仕事柄NGO/NPOや各種プロジェクトの事例を多く見せていただいたり、
素敵だなぁと思う方々に弟子入りさせていただいたり、
逆に相談をいただいたり、
多方面から叱咤激励をいただいたりする中で、



2.5年経って、やっと少し実感できたのは、



「ひとは、ひとの想いやヴィジョンに投資できちゃう生きものなんだな」



ということでした。



私自身も、お金も時間もいっぱいいっぱいな筈なのに、
目をキラキラさせてプロジェクト始めた学生さんとか見ると
お金をぽーんと振り込んであげたくなっちゃったり、
お茶しばいちゃったり、するんです。笑



それは、彼が、彼女が創りたいもの、世の中に対して突きつけたいこと、
社会にあるべきだと思っているものが、
5年後、10年後に、実現しているところを
一緒に見たいと思うから。
そして、彼らも私のことを(こんなペーペーですが…)
必要だ、と言ってくれるからです。




だから私も、1年後、3年後、5年後の「当たり前」を
目を輝かせて語れるよう、
ヴィジョンをシャープに持っていたい。
こんな素敵な社会を一緒に見に行きましょう、
私がお連れします、あなたと一緒に見たいんです、と、真剣な目で伝えたい。




本屋さんには「人を説得する」ノウハウ本がいーーーーーっぱい並んでいて、
セミナーも沢山あって、情報は海のように広がっていて。




それでも一番大切なのは、

何を未来の社会で「当たり前」にしたいのか、
そのために今、何に熱意を投じているのか、
どうして相手が一緒じゃないといけないのか、

それを、誠実に伝えることなんじゃないかな、





と思った、秋の夜長でありました。




そうやって、誰かが誰かの心を動かして、
社会は変わっていくのでしょうね。


私もめいっぱい企もう。
とても身近なひとの、大事な話をしようと思います。
多くのひとに知ってもらえればいい、と思います。
とても些細で、ありふれていて、でもこの世に二つとないお話です。



* * *


とある、カップルがいました。
日本で育った中国国籍の男の子と、
日本で育ったけれど半分中東人みたいな女の子のカップルです。


二人が知り合ったのは、3年ほど前のことでした。
職場が同じで、たまに顔を合わせる程度の仲。
3ヶ月後に男の子の方は会社を去り、女の子は、そのままそこへ就職しました。

二人が再会したのは、2010年の冬。
忘年会でお酒を飲んだり、集団スケートしたり、イベントで会ったりしているうちに、
女の子のほうは彼のことを、「あ、こいつ案外いいやつじゃん」と思うようになりました。
ちなみに彼女が3年前、一緒に働いていた一歳年下の彼のことを
「なんだか頼りないけど、雰囲気だけは突っ張ったヒヨコだなぁ」
と思っていたことは内緒です。

そうやって月日が流れる中、大事件が起こります。
彼女が尊敬していた大事な友人が、不条理な事故で他界。
考え方や生き方、ひとへの視線、何もかも全てを揺さぶられるような事件に直面し、
「私、やりたいことを実現するまでパートナーなんか持たない!」
と自由に、半ば突っ張って生きていたはずの彼女は、
自分の弱さにも向き合うことになります。

どうして、あのひとが死ななきゃいけなかったんだろう?
この世界にいなくちゃいけないひとだったのに、どうして連れていかれてしまったの?

底なし沼に沈んでいくような日々を送り始めた彼女を引き上げたのは、
あの、ヒヨコの彼でした。
一緒に悲しんでくれて、納得のいくまで話を聞いてくれて、
そして今までの経験や言葉のリズム、温度が似ている彼は、
いつしか彼女にとって、頼りないヒヨコから、大事な相談相手に、
そして月日を重ねるうちに、「パートナー」に昇格していました。
よかったね。


そしてさらに、大事件が起こります。


彼女のほうが体調を崩し、なかなか治らないのです。
もしや、まさか、と思って、彼女は検査を受けに行きます。
彼のほうも心配して、一緒についていきました。
産婦人科まで。


結果は、陽性で、妊娠3、4週目といったところでした。




* * *


いのちに向き合ったとき、
二人には「産まない」という選択肢は、ありませんでした。


確かに、彼らはまだ、付き合って2ヶ月程度でしたし、結婚もしていませんでした。


でも、と、彼女は思うのです。



「世界では、いろんなことが起こってる。
いきなり『あなた結婚するのよ』と親に言われて、
一週間後には会ったことないようなオッサンと子作りに励まなきゃいけない女の子。
映画「亀も空を飛ぶ」みたいに、敵兵にレイプされて身ごもる10代の女の子。
父親の分からない子どもを抱えた女性。



そんな中、例え世間的には早かったとしても、
好きなひとの子どもがお腹の中にいるなんて、
こんなに恵まれた幸せなことって、他にないよ。



それに、私がいた中東では、
親が決めた相手といきなり結婚させられる子も中にはいるんだから、
2ヶ月なんてむしろ長くね?笑」




それに、子どものことがわかった瞬間、頭を抱えるより何より先に
「僕、パパになるんだね…!」と泣いていた彼を見て、
彼女は
「こいつだったら、いいかな?」と思ったそうです。笑





* * *



そんなわけで、彼らは結婚することにしました。
ドキドキしながらお互いの両親にも報告しましたが、
双方とも、驚きながらも喜んで、応援してくれました。

彼女の両親が結婚と出産を許した日の夜、
色々な思いが頭の中を駆け巡って、
彼は1時間しか寝られなかったそうです。笑
彼女のほうも、幸せな気持ちで床につきました。


が、



次の日の朝、彼女の容態が一変します。
出血が多量で、止まらないのです。ずっと。
お腹に角張った石を抱えているような痛みに耐えながら、
彼女は病院へ行きました。半ば、覚悟を決めて。



結果は、流産でした。
赤ちゃんの種は、順調には育っていなかったのです。
赤ちゃんを育てる子宮の内膜がどんどん薄くなっていき、
血液と一緒に、赤ちゃんの種も、出て行ってしまいました。



病院の先生は言います。



「こういうのは、運命的なものなんです。
 10人に1人は、こういう結果を迎えるものなんです。
 少し休んだら、またきっと迎えられますよ」




* * *





妊娠に気づく前に、風邪薬を飲んだのがいけなかったのかな。
この前、水タバコを吸ったのがよくなかったのかな。お酒も飲んだし。
毎日重いもの持ち歩いて、無茶して仕事してたのが悪かったかな。


痛む体を抱えて街中を歩いても、
ベビーカーを押して歩くお母さんたちや、遊びまわる子ども達が
羨ましくてなりませんでした。

いいなぁ。子どももお母さんも無事だなんて、いいなぁ。




それから、命が育つことの「奇跡」を、思いました。



ひと一人が育つのって、ほんとうに、ほんとうに恵まれた偶然の産物だなぁ、って。

今回の「10%の流産」を切り抜けたあとも、お母さんは本当に大変で、
血が出たり痛みに耐えたりしながら、必死で赤ちゃんを守っていくんだ。
私が体験した痛みなんて、その何分の一でしかない。
産む時は、いったいどれくらい痛いんだろう?

生を受けたほうは、
「こんな命、いらない」「どうして生きているのか分からない」って思うことも
あるんだと思う。自分も、そう思ったことがある。

それって、なんて勿体無くて、哀しいことなんだろう。




ねぇ、育ててあげられなくて、ごめんね。

みんなで待ってるから、また今度、降りてきてね。




* * *



痛みで気を失うように自宅のベッドに倒れた彼女が目を覚ますと、
仕事を終えた彼が、傍に佇んでいました。


「だめだったぁ。出てっちゃった。」


と彼女が言うと、彼は号泣して、
「守ってあげられなくて、ごめん」と言いました。


彼があまりに泣くので、彼女は笑って言いました。


「今回のことは、『おまえら結婚しちゃえよ』って、アッラーのサインだったんだよ。笑
 こんなことがなかったら、まだ結婚なんて考えなかったでしょ?
 『これから本番を降ろすから、準備しとけよ』ってことだと思うんだよねぇ。

 それに、君とのことも、いのちのことも、沢山考えたよ。
 これからの生き方、働き方のことも。
 そういうことのために、わざわざ来てくれたんだよ」





* * *




彼女はまだ出血が止まらず、自宅療養中ですが、
もう数日したら、元気に活動を再開するんだと思います。
彼のほうは、今日も頑張って仕事をしているはずです。


彼らが落ち着いたら、然るべき人達に、結婚の報告が行われるものと思います。
それから、沢山のひとにお祝いしてもらうための
クレイジーな結婚式が企画されるものと思います。




楽しみ。笑




$キャペッズ事務局長なみちゃんのブログ
こんにちは、三日坊主予備軍並木です。
「前回の記事を読んで思わずニヤニヤしました」という感想を
数多くいただいております。
600人を超える皆さまに読まれてしまっているようで、
恥ずかしいというか開き直りです。笑
えぇ、ツンデレですとも。



---

さっき仕事をしながら自宅の庭を見ていたら、
紋黄蝶(あの黄色い小さいチョウ)が二羽、ひらひら飛んでいました。


「あ、久しぶりに見たな」


と思いました。
子どもの頃は、あんなに毎日のように見かけて、
そっと捕まえたり、追いかけたりしていたのになぁ。


で、「最近チョウを見かけなくなった理由」を
ぼんやり思案していたのですが、


理由その壱:
「宅地開発が進み、チョウが住める環境が減ったから」



…うーん、もっともらしい。
なんかすごく立派なことを主張している気がする。



でも多分、こっちじゃないかと思った。


理由その弐:
「私が、チョウのいる場所と子どもの目線に居ないから」




我が家は目の前が深い林なので、
昆虫とお友達になるのはワケないのですが、


私のお友達はカナブンと蛾と、◯キブリが主です。
彼らは夜の街灯に集まってきます。
要は、私はチョウが飛ぶ昼間に、家に居ないのでありました。


昼間に外を歩くときも、私の目線は目的地まっしぐらです。
周りを見渡す時間なんて、一息つくタイミングにしかない。



だから、確かに我が家の周りは宅地開発が進んで
チョウが減っているかもしれないけれど、

いくらチョウが増えたとしても、
私の意識と行動が変わらなければ、
チョウは私にとって「いない」んだろうなぁ。



そんなことをぼんやり思う、金曜の午前。


---


もう一つ、
浪人生時代に解かされた(ような気がする)、
東大の問題を思い出しました。




2つのグラフが並んでいて、

片方は地球の大気中の二酸化炭素の量(濃度?)。
もう片方は、地球の大気の温度。

ともに右肩上がりで、

問題は確か、「この2つのグラフから分かることを述べよ」
だったと思います。




「二酸化炭素が増えると、地球温暖化が進む」



予備校の先生が教えてくれた答えは、確か、



「大気中の二酸化炭素量と、地球の大気の温度は、
何らかの関わりがある可能性がある




でした。なるほどね。


一見理由は明らかであるように見えて、
それを「明らかな理由」に「仕立て上げている」のは、
私達自身の意識なのでしょう。

本当は、それが理由であることを証明するには、
たくさんの、本当にたくさんの証拠が要る。
グラフ2本程度で分かってたまるか、ということです。




本当に問題を解決したいと思ったら、はじめは、
巷で当然とされている既存の答えを前提にしては、いけない。
会社で、先輩の仕事がカンペキだと思いこんだら、ミスを招くのと同じ。

その答えは、私達の願望から来ているかもしれない。
物事を単純化して捉えてラクしたい、私達の怠け心から来ているかもしれない。




そんなことを、
やたら宗教や歴史が理由にされがちな中東問題や、
やたら格差是正がシステム化されがちな障害者問題や、
やたら権利やら権益やらが議論にのぼりがちな在日外国人問題に対しても
思うのでした。
こんにちは!
長らくブログをサボっておりました、なみきです。
これからマメに更新すべく、先ずは本日も小ネタ(?)を。


今朝方、へんてこりんな夢を見ました。


7月下旬から付き合っている彼氏がいるのですが、


その、1ヶ月半ほど付き合っている彼が、
私に関する記憶を丸々失くしてしまう夢でした。




彼がいきなり私のことをすっかり忘れていて、
とりあえず私はショックを受けるのですが、


「まぁ、じたばたしてもしょーがないだろー」

と思って放置しているわけです。


彼は彼で、記憶を失くした自覚はあり、
自分で書いた日記やらこれまでのメールやらを読み返して
記憶の無さに一人でひたすら慌てていて、


「本当にごめんなさい、
 僕、自分がどうしちゃったのか分からないんです……
 あんなに大事にしていた人が、誰だか分からないなんて」



とか一生懸命頭を下げてくるわけです。



私は、

「まぁ別に、また無理に付き合えとは言わないけれど、
 
 もしもう一度付き合ってみることを検討してくれるなら、
 私は得してると思うんだよね。
 だって、2回分、君と恋できるわけだから。笑」


と返し、

「お互い全然タイプじゃなかったけれど、
 案外うまくやってたよ。
 だからオススメ案件ですよ?笑」


と付け加えました。彼は笑っていました。笑





そこではたと目が覚めて、
なんだかしんみり考えてしまいました。



誰かのことを覚えている、思い出せるって、
なんて奇跡的なことなんだろう、って。




考えてみれば、私の脳はミクロで見れば電気信号のON/OFFで動いていて、
信号が絶え間なく、そして間違いなく伝わることで
私は大事なことを忘れなくて済むわけです。


でもこのON/OFFが、うまく働かなくなることだって、
十分あり得るんじゃないかと思うのです。


事故。
加齢。
有害物質の摂取。

etc, etc,


明日の私が今日と同じように動けるかどうかなんて、
誰にも分からない。




だから尚更、

「今日、今、目の前のひととモノを、精一杯大事にしよう」

と思うのです。





それからもう一つ。
実はこの夢を見る前日、諸事情により
私は初めて彼に対してイラッとする感じを覚えたのですが、
(原因はきっちり分析し、本人に冷静に伝えてあります)


夢を見た後、考えるまでもなく、不快感は霧散していました。



もし仮に彼が記憶を失くしても、
多分、私は彼にデートでも申し込んで、
もう一度新しく築き上げようと努力するだろうな、と思って。
それだけ、自分が失いたくない相手なんだなぁ、と思って。


「もし相手が自分のことをすっかり忘れたとしたら、
 もう一度、同じ関係を築きあげたいと思いますか?」



という問いを、
先日「別れようかと悩んでいて……」とため息をついていた後輩や、
ケンカの真っ最中なカップル、夫婦の皆様方に投げかけたいと思いました。






はい、そんな感じ。(照)




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追伸:

そんな相手を、今週末は実家へ連れて帰ります。
パパさん、彼をどうぞよろしく。
2011年7月24日のことは、きっと一生忘れないと思う。
アラビア語科同期の家に泊まっていた私の携帯電話に、
見覚えのある番号から電話がかかってきた。


取ってみたら、元婚約相手のジュゼッペだった。
もう数年会わないだろうと思って、そういえば登録を消していたっけ。
思わず驚いて訊いてしまった。


「ペッペなの?! わぁ、どうしたの? 元気?」


彼は消え入りそうな抑えた声で、こう言った。



「ねぇ、落ち着いて聞いて。
 編集長が、死んだかもしれないんだ」


冗談だと、笑い飛ばしたいと思った。

彼は「交通事故に遭ったらしい」と言ったけれども、
遭ったとしても、どこかの病院で今頃包帯ぐるぐるになってるんだろうと思った。


連絡が取れない、手がかりがない、という彼に代わって、
ネットでニュースをつぶさに調べた。
そうしたら、見つけてしまった。



「東京外国語大学大学院の学生、野上郁哉さん(24)が
旧甲州街道での轢き逃げで即死した」、というニュースを。





ニュースを抑えた声で読み上げたら、
電話の向こうでペッペが号泣し始めた。


私?

私は、頭の芯が痺れるような感覚と戦ってた。


誰か、嘘だっていって。





* * *



「編集長」は、気がついたら私の友達だった。
ウルドゥー語科、年は3つ下だったけれど、
とにかくタフな男の子だった。


学生生活を目一杯生きるためのお金を、
ひたすら自分で稼ぎ出していた。


学費、生活費。バンド活動。
それから、海外取材費。雑誌の発行費。


彼は意味が分からないくらいの音楽バカで、
特にイスラーム関連や、アジアの民族音楽には本当に詳しかった。
本当に、意味が分からないくらい詳しかった。
化け物かと思うくらい。



彼が立ち上げ、ギリギリの生活の中で誇りをもって出版していた雑誌は、
これまた意味が分からないくらいコアな音楽雑誌だった。
「Oar(オール、の意)」という名前で、
「パキスタン音楽の旅」やら、「インド・ネパール音楽」やら、
「チベット音楽」やらを取り上げながら、
世界の民族音楽やロックやポップスやアングラや何やらを
とにかく書き殴っていた。

縦書き横書きもごっちゃだったけれど、とにかくぎっしりずっしりだった。
熱意と狂気が詰まったような、そして表紙のカラー写真が印象的な雑誌で。


初号には、彼の手書きウルドゥー語サイン入りCDが付いてきた。
その時は「いつか売れるかな?(笑)」って笑いあってたけど。





パキスタンに行っても、インドに行っても、地震直前の青海省へ行っても、
彼は現地の言葉を操って素顔に迫り、ひたすらCDを買い漁って、
飄々とした顔をして帰ってきた。


そんな取材費のために、バイトを幾つも掛け持ちし、
食費はとにかく削っていた。
学食に行っても、メニューは決まってパン一つで、
秋は近所のスーパーで買ったらしい焼き芋一つ(100円)で一日しのいでいた。



ペッペと一緒に三鷹で二人暮らししていた頃、
彼らが始めたバンド活動の関係で、編集長はよく我が家へ来ていた。

焼き芋しか食べてないのを知っているから、「何か食べていきなよ」と勧めても、
彼は必ず「いやいや、お腹いっぱいですから」と固辞をした。

そのくせ、強引に(料理ベタな私が)鍋やら丼ものやらを作って出すと、
鍋や皿の底を掬うように最後まで食べ切ったのは、決まって彼だった。
何を作っても「おいしいですねぇ」と言って食べた。
ついでに、あんまり面白くないギャグを連発してくれた。
いつもペッペと二人でスルーしていたけれど。




彼のブログを見ると、毎日床やら本の上やらで寝ていて、
何のために寝床があるのかわからないような暮らしをしていた。
睡眠を削った分の時間で、
ひたすら執筆をしたり、語学を磨いたり、本を読んだりしていた。
一度彼の家に遊びに行った時、そこらじゅうに積まれていた本は、
イスラームだったり哲学だったり、とにかくこちらもコアだった。
書き散らした紙には、日本語とウルドゥー語がびっしりだった。端正な文字で。




その後、私とペッペが離れることになり、
それ以来、去年11月の外語祭で偶然会って笑顔でハイタッチしてから、
編集長とはずっと会ってなかった。
ひっそりこっそり、彼らのバンド活動を遠くから見守って、
いつか成功する彼らを見たいと思っていたくらいで。





ねえ編集長、
私、君が死ぬだなんて、どうしても思えなかった。
睡眠も食事も削って、海外に身を投げ込んでも平気な顔して、
ガリガリなのにおかしなくらいタフな君が、
車にぶつかって20m撥ね飛ばされたくらいで死ぬなんて、嘘でしょ?
嘘だって言ってよ。



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彼の細い躰は、20m先の民家のブロック塀と、当時設置されていた竹垣の間に、
逆さまに突き刺さったらしい。
事故の時間は、夜中の0時40分。
病院に運ばれたときには、もう既に息を引き取っていた。


こんなにブロック壊して、空手じゃないんだから、アホか、と現場で思った。





研究者として、表現者として、とにかく将来が楽しみな逸材で。
本人が努力を惜しまない人間だったから、ひたすらに謙虚だったから、
こいつは今よりもっとアリエナイ化け物になる、と思ってた。


私は、自分が彼くらいストイックでタフになれたらといつも思っていたけれど、
彼は他の誰の追随も許さなかった。
遙か先を、ひたすらに驀進していた。人の2倍、3倍の速度で。




それが、時速80kmだか何だかを出して踏切に突っ込んできた、
ブレーキすら踏めないくせして自首もしないような
臆病者の運転する車輌のせいで、
どうしてこんなに簡単に奪われてしまうっていうの。
かみさま、そんなことが許されていいんですか。
かみさま、どうして編集長を連れていってしまったんですか。



ねぇ、どこの誰だか知らないけれど、なんてことをしてくれたの。
あなたがはねた、殺した男の子はねぇ、
まだたったの24歳だったの。
頭の中は、彼にしか描けない宇宙だったの。

彼にしか言えない、綴れない、見られないものが
この世界にはいっぱいあったのに。
彼に堀り出されるのを待っていた音楽や詩や言葉だって、
この世界にはまだまだいっぱいあったのに。



あんなに貴かった、みんなの宝物を、



どうしたらそんなに簡単に奪えるの?



あなた、人間なの? ひとの心は持ってるの?




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雑誌「Oar」編集長・東京外国語大学大学院学生 野上郁哉くんに関するつぶやき