とても身近なひとの、大事な話をしようと思います。
多くのひとに知ってもらえればいい、と思います。
とても些細で、ありふれていて、でもこの世に二つとないお話です。



* * *


とある、カップルがいました。
日本で育った中国国籍の男の子と、
日本で育ったけれど半分中東人みたいな女の子のカップルです。


二人が知り合ったのは、3年ほど前のことでした。
職場が同じで、たまに顔を合わせる程度の仲。
3ヶ月後に男の子の方は会社を去り、女の子は、そのままそこへ就職しました。

二人が再会したのは、2010年の冬。
忘年会でお酒を飲んだり、集団スケートしたり、イベントで会ったりしているうちに、
女の子のほうは彼のことを、「あ、こいつ案外いいやつじゃん」と思うようになりました。
ちなみに彼女が3年前、一緒に働いていた一歳年下の彼のことを
「なんだか頼りないけど、雰囲気だけは突っ張ったヒヨコだなぁ」
と思っていたことは内緒です。

そうやって月日が流れる中、大事件が起こります。
彼女が尊敬していた大事な友人が、不条理な事故で他界。
考え方や生き方、ひとへの視線、何もかも全てを揺さぶられるような事件に直面し、
「私、やりたいことを実現するまでパートナーなんか持たない!」
と自由に、半ば突っ張って生きていたはずの彼女は、
自分の弱さにも向き合うことになります。

どうして、あのひとが死ななきゃいけなかったんだろう?
この世界にいなくちゃいけないひとだったのに、どうして連れていかれてしまったの?

底なし沼に沈んでいくような日々を送り始めた彼女を引き上げたのは、
あの、ヒヨコの彼でした。
一緒に悲しんでくれて、納得のいくまで話を聞いてくれて、
そして今までの経験や言葉のリズム、温度が似ている彼は、
いつしか彼女にとって、頼りないヒヨコから、大事な相談相手に、
そして月日を重ねるうちに、「パートナー」に昇格していました。
よかったね。


そしてさらに、大事件が起こります。


彼女のほうが体調を崩し、なかなか治らないのです。
もしや、まさか、と思って、彼女は検査を受けに行きます。
彼のほうも心配して、一緒についていきました。
産婦人科まで。


結果は、陽性で、妊娠3、4週目といったところでした。




* * *


いのちに向き合ったとき、
二人には「産まない」という選択肢は、ありませんでした。


確かに、彼らはまだ、付き合って2ヶ月程度でしたし、結婚もしていませんでした。


でも、と、彼女は思うのです。



「世界では、いろんなことが起こってる。
いきなり『あなた結婚するのよ』と親に言われて、
一週間後には会ったことないようなオッサンと子作りに励まなきゃいけない女の子。
映画「亀も空を飛ぶ」みたいに、敵兵にレイプされて身ごもる10代の女の子。
父親の分からない子どもを抱えた女性。



そんな中、例え世間的には早かったとしても、
好きなひとの子どもがお腹の中にいるなんて、
こんなに恵まれた幸せなことって、他にないよ。



それに、私がいた中東では、
親が決めた相手といきなり結婚させられる子も中にはいるんだから、
2ヶ月なんてむしろ長くね?笑」




それに、子どものことがわかった瞬間、頭を抱えるより何より先に
「僕、パパになるんだね…!」と泣いていた彼を見て、
彼女は
「こいつだったら、いいかな?」と思ったそうです。笑





* * *



そんなわけで、彼らは結婚することにしました。
ドキドキしながらお互いの両親にも報告しましたが、
双方とも、驚きながらも喜んで、応援してくれました。

彼女の両親が結婚と出産を許した日の夜、
色々な思いが頭の中を駆け巡って、
彼は1時間しか寝られなかったそうです。笑
彼女のほうも、幸せな気持ちで床につきました。


が、



次の日の朝、彼女の容態が一変します。
出血が多量で、止まらないのです。ずっと。
お腹に角張った石を抱えているような痛みに耐えながら、
彼女は病院へ行きました。半ば、覚悟を決めて。



結果は、流産でした。
赤ちゃんの種は、順調には育っていなかったのです。
赤ちゃんを育てる子宮の内膜がどんどん薄くなっていき、
血液と一緒に、赤ちゃんの種も、出て行ってしまいました。



病院の先生は言います。



「こういうのは、運命的なものなんです。
 10人に1人は、こういう結果を迎えるものなんです。
 少し休んだら、またきっと迎えられますよ」




* * *





妊娠に気づく前に、風邪薬を飲んだのがいけなかったのかな。
この前、水タバコを吸ったのがよくなかったのかな。お酒も飲んだし。
毎日重いもの持ち歩いて、無茶して仕事してたのが悪かったかな。


痛む体を抱えて街中を歩いても、
ベビーカーを押して歩くお母さんたちや、遊びまわる子ども達が
羨ましくてなりませんでした。

いいなぁ。子どももお母さんも無事だなんて、いいなぁ。




それから、命が育つことの「奇跡」を、思いました。



ひと一人が育つのって、ほんとうに、ほんとうに恵まれた偶然の産物だなぁ、って。

今回の「10%の流産」を切り抜けたあとも、お母さんは本当に大変で、
血が出たり痛みに耐えたりしながら、必死で赤ちゃんを守っていくんだ。
私が体験した痛みなんて、その何分の一でしかない。
産む時は、いったいどれくらい痛いんだろう?

生を受けたほうは、
「こんな命、いらない」「どうして生きているのか分からない」って思うことも
あるんだと思う。自分も、そう思ったことがある。

それって、なんて勿体無くて、哀しいことなんだろう。




ねぇ、育ててあげられなくて、ごめんね。

みんなで待ってるから、また今度、降りてきてね。




* * *



痛みで気を失うように自宅のベッドに倒れた彼女が目を覚ますと、
仕事を終えた彼が、傍に佇んでいました。


「だめだったぁ。出てっちゃった。」


と彼女が言うと、彼は号泣して、
「守ってあげられなくて、ごめん」と言いました。


彼があまりに泣くので、彼女は笑って言いました。


「今回のことは、『おまえら結婚しちゃえよ』って、アッラーのサインだったんだよ。笑
 こんなことがなかったら、まだ結婚なんて考えなかったでしょ?
 『これから本番を降ろすから、準備しとけよ』ってことだと思うんだよねぇ。

 それに、君とのことも、いのちのことも、沢山考えたよ。
 これからの生き方、働き方のことも。
 そういうことのために、わざわざ来てくれたんだよ」





* * *




彼女はまだ出血が止まらず、自宅療養中ですが、
もう数日したら、元気に活動を再開するんだと思います。
彼のほうは、今日も頑張って仕事をしているはずです。


彼らが落ち着いたら、然るべき人達に、結婚の報告が行われるものと思います。
それから、沢山のひとにお祝いしてもらうための
クレイジーな結婚式が企画されるものと思います。




楽しみ。笑




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