2011年7月24日のことは、きっと一生忘れないと思う。
アラビア語科同期の家に泊まっていた私の携帯電話に、
見覚えのある番号から電話がかかってきた。


取ってみたら、元婚約相手のジュゼッペだった。
もう数年会わないだろうと思って、そういえば登録を消していたっけ。
思わず驚いて訊いてしまった。


「ペッペなの?! わぁ、どうしたの? 元気?」


彼は消え入りそうな抑えた声で、こう言った。



「ねぇ、落ち着いて聞いて。
 編集長が、死んだかもしれないんだ」


冗談だと、笑い飛ばしたいと思った。

彼は「交通事故に遭ったらしい」と言ったけれども、
遭ったとしても、どこかの病院で今頃包帯ぐるぐるになってるんだろうと思った。


連絡が取れない、手がかりがない、という彼に代わって、
ネットでニュースをつぶさに調べた。
そうしたら、見つけてしまった。



「東京外国語大学大学院の学生、野上郁哉さん(24)が
旧甲州街道での轢き逃げで即死した」、というニュースを。





ニュースを抑えた声で読み上げたら、
電話の向こうでペッペが号泣し始めた。


私?

私は、頭の芯が痺れるような感覚と戦ってた。


誰か、嘘だっていって。





* * *



「編集長」は、気がついたら私の友達だった。
ウルドゥー語科、年は3つ下だったけれど、
とにかくタフな男の子だった。


学生生活を目一杯生きるためのお金を、
ひたすら自分で稼ぎ出していた。


学費、生活費。バンド活動。
それから、海外取材費。雑誌の発行費。


彼は意味が分からないくらいの音楽バカで、
特にイスラーム関連や、アジアの民族音楽には本当に詳しかった。
本当に、意味が分からないくらい詳しかった。
化け物かと思うくらい。



彼が立ち上げ、ギリギリの生活の中で誇りをもって出版していた雑誌は、
これまた意味が分からないくらいコアな音楽雑誌だった。
「Oar(オール、の意)」という名前で、
「パキスタン音楽の旅」やら、「インド・ネパール音楽」やら、
「チベット音楽」やらを取り上げながら、
世界の民族音楽やロックやポップスやアングラや何やらを
とにかく書き殴っていた。

縦書き横書きもごっちゃだったけれど、とにかくぎっしりずっしりだった。
熱意と狂気が詰まったような、そして表紙のカラー写真が印象的な雑誌で。


初号には、彼の手書きウルドゥー語サイン入りCDが付いてきた。
その時は「いつか売れるかな?(笑)」って笑いあってたけど。





パキスタンに行っても、インドに行っても、地震直前の青海省へ行っても、
彼は現地の言葉を操って素顔に迫り、ひたすらCDを買い漁って、
飄々とした顔をして帰ってきた。


そんな取材費のために、バイトを幾つも掛け持ちし、
食費はとにかく削っていた。
学食に行っても、メニューは決まってパン一つで、
秋は近所のスーパーで買ったらしい焼き芋一つ(100円)で一日しのいでいた。



ペッペと一緒に三鷹で二人暮らししていた頃、
彼らが始めたバンド活動の関係で、編集長はよく我が家へ来ていた。

焼き芋しか食べてないのを知っているから、「何か食べていきなよ」と勧めても、
彼は必ず「いやいや、お腹いっぱいですから」と固辞をした。

そのくせ、強引に(料理ベタな私が)鍋やら丼ものやらを作って出すと、
鍋や皿の底を掬うように最後まで食べ切ったのは、決まって彼だった。
何を作っても「おいしいですねぇ」と言って食べた。
ついでに、あんまり面白くないギャグを連発してくれた。
いつもペッペと二人でスルーしていたけれど。




彼のブログを見ると、毎日床やら本の上やらで寝ていて、
何のために寝床があるのかわからないような暮らしをしていた。
睡眠を削った分の時間で、
ひたすら執筆をしたり、語学を磨いたり、本を読んだりしていた。
一度彼の家に遊びに行った時、そこらじゅうに積まれていた本は、
イスラームだったり哲学だったり、とにかくこちらもコアだった。
書き散らした紙には、日本語とウルドゥー語がびっしりだった。端正な文字で。




その後、私とペッペが離れることになり、
それ以来、去年11月の外語祭で偶然会って笑顔でハイタッチしてから、
編集長とはずっと会ってなかった。
ひっそりこっそり、彼らのバンド活動を遠くから見守って、
いつか成功する彼らを見たいと思っていたくらいで。





ねえ編集長、
私、君が死ぬだなんて、どうしても思えなかった。
睡眠も食事も削って、海外に身を投げ込んでも平気な顔して、
ガリガリなのにおかしなくらいタフな君が、
車にぶつかって20m撥ね飛ばされたくらいで死ぬなんて、嘘でしょ?
嘘だって言ってよ。



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彼の細い躰は、20m先の民家のブロック塀と、当時設置されていた竹垣の間に、
逆さまに突き刺さったらしい。
事故の時間は、夜中の0時40分。
病院に運ばれたときには、もう既に息を引き取っていた。


こんなにブロック壊して、空手じゃないんだから、アホか、と現場で思った。





研究者として、表現者として、とにかく将来が楽しみな逸材で。
本人が努力を惜しまない人間だったから、ひたすらに謙虚だったから、
こいつは今よりもっとアリエナイ化け物になる、と思ってた。


私は、自分が彼くらいストイックでタフになれたらといつも思っていたけれど、
彼は他の誰の追随も許さなかった。
遙か先を、ひたすらに驀進していた。人の2倍、3倍の速度で。




それが、時速80kmだか何だかを出して踏切に突っ込んできた、
ブレーキすら踏めないくせして自首もしないような
臆病者の運転する車輌のせいで、
どうしてこんなに簡単に奪われてしまうっていうの。
かみさま、そんなことが許されていいんですか。
かみさま、どうして編集長を連れていってしまったんですか。



ねぇ、どこの誰だか知らないけれど、なんてことをしてくれたの。
あなたがはねた、殺した男の子はねぇ、
まだたったの24歳だったの。
頭の中は、彼にしか描けない宇宙だったの。

彼にしか言えない、綴れない、見られないものが
この世界にはいっぱいあったのに。
彼に堀り出されるのを待っていた音楽や詩や言葉だって、
この世界にはまだまだいっぱいあったのに。



あんなに貴かった、みんなの宝物を、



どうしたらそんなに簡単に奪えるの?



あなた、人間なの? ひとの心は持ってるの?




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雑誌「Oar」編集長・東京外国語大学大学院学生 野上郁哉くんに関するつぶやき