キャンドル職人への道 PART.5 『猟奇的な彼女』編
無礼もののカップルを叱り飛ばした韓国人♀と自分♂は翌朝は何もなかったように
身支度をして、次の街へと向った。
次の目的地ポートマッキャリーに到着すると、いつものように格安な宿探しを開始し、
電話で問い合わせること数軒、宿も決まり、チェックインも早々に、宿のご主人に紹介された
ハイキングコースに二人して出かけた。一周するにも約5時間というかなりのハードなコース
だったけど、野生のコアラやポッサムに出くわしたりとオーストラリアの大自然の満喫したのだった。
ハイキングから戻ると、夕食の買出しに出かけたのが、そこでもう一つ彼女の恐るべきパワーを
知るきっかけとなるアイテムに出くわしてしまった。
その名も『SCRABBLE スクラブル!!!』
簡単に言うと英語の単語ゲーム。
※スクラブルで遊ぼう!! http://www.mattelscrabble.com/speedscrabble/
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碁盤の目のような台の上に、アルファベットの文字を一つずつ並べていき、交互に新しい文字を
引いていきを手持ちの単語(7つくらい?)を組み合わせて英単語にしていくというもの。これは
ボキャブラリーを増やすのに役立つし、互いに英語がネイティブランゲージでない人間同士がやる
場合には電子辞書が不可欠となる。
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このゲームを買った自分達は早速、夕食後にゲームを試してみることにした。
これが結構面白くて、何回も何十回としているうちに、ゲームを始めて4時間を経過した
午前2時。いよいよお互いに眠気が襲ってきた彼女は
『iこれがラストゲーム!!』と言いながら・・・・
自分が負けるとどうも機嫌が宜しくないらしく、
『one more もう一回』
さらに・・・・負けると
『one more もう一回』
またまた
『one more もう一回』
結局、最後の一回を終えることなく、彼女は力尽きて寝入ってしまった・・・・z z z ・・・。
しかし・・・彼女はまだ死んでいなかった。
彼女が寝入ったのと同じくして、自分も布団に入って寝入ってしまったのだが、
明け方、たぶん5時か6時。まだあたりも薄暗かったに違いない。
布団の奥・・・足元の方でジャラジャラと音がする。
何事かと思い、音がする方に目を向けると・・・
そこには恐るべき光景が・・・・
ほんの数時間前に寝たはずの彼女があぐらをかき、薄暗い中をスクラブルを一生懸命ならべている
見ていけないものを見てしまったと思い、いつものように寝た振りをしていると・・・・
悪魔のささやきが・・・
彼女は自分の身体を揺すりながら『get up!!起きろ』
そんな彼女は『まだ最後の勝負が終わっていない』と言う。
『・・・・・(ーー;)』 凄い執念だ~
無理やり起こされた自分は朝一からゲームをやらされた挙句なす術もなく完敗する。
自分の勝利にご満悦な彼女は笑顔満面で、『I am still sleepy~ まだ眠たい~』と言い残し。
ひとり寂しく、ゲームを片付ける自分を尻目に、何も無かったように二度寝をする彼女でした。
そう・・・彼女は稀に見る負けず嫌いなのです。
薄々は気が付いていたけど、ここまでとは・・・。勝つと機嫌がすこぶる良い韓国人♀さんでした。
続く。
キャンドル職人への道 PART.4 キムチパワー編
『キムチパワー!?』
2002年のワールドカップを翌年に控え、ワーホリ期間を終えようとしていた自分は
今度はお金を貯めて、オーストラリアを旅しようと思い、昼は時給AU$11(当時約66円)
の洋服屋さん、夜は日本食レストラン時給AU$8(当時約48円)で毎日働きつづけることになった。
バイトを始めて2カ月が過ぎた頃、ようやく目標額の20万が貯ったのを期に、
オーストラリア(シドニー)に渡ったのはちょうど2月のはじめで、夏の日差しが眩しい頃だった。
一般にオーストラリアとニュージーランドはよく似ていると言われているけど、実際に
オーストラリアに行ってみると、見る物全てがスケールが大きくて、NZの片田舎の小さな
観光地に1年近く住んでいた自分にとって、何一つ同じものはなく、とても新鮮だった。
特に、シドニーの街は近代的な高層ビルがある一方で、ボタニックガーデンなどの緑も豊富にあり、
街の景観のバランスがとれていて、とても落ち着ける街だった。シドニーでは昼間はボタニックガーデン
を散策して、その後は近隣にビーチに出かけのんびり1日を過ごす。こんな極楽な生活を10日間ほど
過ごしたのだが・・・
時間がたっーーーーーぷりあるにもかかわらず、無いのはお金。
今振り返れば、韓国人の同伴者との旅はまさに貧乏人のケチケチ旅行。
食事はほとんど外食することなく、自炊していたので、友人から『どこか美味しいレストランあった??』
なんて聞かれても全く答えることが出来ない。
思い出すのは昼によく食べたキャンベルのミートソースの缶詰くらい(絶品!!)
あれにはかなりはまった・・・・。
勿論、宿泊施設はパックパッカーという簡易宿泊施設かYHA。これは二段ベットが各部屋に
4つぐらい置いてあり、そこに見ず知らずの人間が寝るというもの。だから、どんな人間がルーム
メートになるかは全然わからない。男女別もあれば、男女一緒もある。
そんなバックパッカーで、まさにキムチパワーを見せ付けられる出来事があった。
ある場所(ニューキャンベルという場所)で泊まった時、ルームメートは自分達を含めて6人くらいだった
思う。そこへ夜中3時近くに酔っ払ったヨーロッパ人が帰ってくると、なんとそのカップルが※※※を始めたのだった。始めは何かの間違いではないか?なんて思っていたけど、薄目を開けて見てみると
確かにモゾモゾと動いているし、卑猥な声が・・・。きっと、他のルームメートも気が付いているだろうけど、誰も注意する気配がない。小心者の自分と言えば、うるさくて寝れやしないし・・・ドキドキするし、ただただ寝たいる振りをしていると。
二段ベットの下で寝ていた韓国人の子がふとんから飛び起きて・・・
部屋の電気を付けて一言・・・
韓女『shut up!! and go out !! 黙れ、出て行け』
強いな・・・・・・・・・かっこいいな・・・・・・・・(^^;)
いやいやこの子には逆らえないよな~、いや逆らったら殺されると内心思いつつも・・・。
寂しそうにタオル一枚を巻いて出て行く、大きな白人男性と女性をニラ目付けている韓国人♀。
彼らが部屋を出ると、韓国人の子はこちらに振り返り、笑顔で『Good night !!』 と一言というと、
何もなかったように彼女は眠りについたのでした。
背丈は150cmほどの彼女のどこにそのパワーがあるのだろうか?まさにキムチパワーか?
そんな彼女には気が強いのともう一つずば抜けている特徴があるのです・・・。
続く。
週刊新潮による実名報道
『木曽川リンチ殺人事件の加害者、実名報道を考える』
1994年にわずか11日間のに4人の若者の命が壮絶なリンチの末、奪われた木曽川事件。
今月14日、事件の主犯格の3人に対し、名古屋高裁は『全員に死刑判決』を下ったのは記憶に新しい。
その判決を受け、20日発売の週刊新潮は容疑者の3人(当時19歳)の実名を記載した記事を掲載した
のだ。そこで、投げかけられているのは『史上最も凶悪』とも言えるこの犯罪者たちの素顔がなぜ今も匿名化され、報道されないのか(新潮の記事を引用)。という問いである。
あれほど凶悪な犯罪者をなぜ保護する必要があるのか。加害者の人権とは何なのか。一方で、志半ばで殺された被害者の人権はどうなのかを考えさせられる記事だった。
まず結論から言うと、個人的には新潮の記事に全く同感であり、彼らを匿名にする必要があるか甚だ疑問である。ただ当時少年だったというだけの理由で、ここまで彼らを保護する必要があるのだろうかと思うのである。
そう思う理由は犯行の残虐性である。
記事の中では4人を次々と殺害していく残忍な犯行が明らかになっている。
『拳やビンで殴打・・・、頭部の傷口にフォークで突き刺し、シンナーや醤油をたらして反応を見る』
『アルミ製鉄パイプでメッタ打ちし、命乞いされても構わず殴り続け、逃げられないように足の大腿部を折って被害者を逃げられないようにする・・・』同様に残忍な手口で4人を次々と殺したというもの。
そして、驚くのが殺害動機。ただ被害者と目があったから・・殺した。
胆略的で、自己中心的というほか言い様がない。
正直、これが人間のすることだろうか。そして、この人間を生かしておく必要があるのだろうか。
当時の被害者の精神的、肉体的苦痛は筆舌し難いのは言うまでもなく、残された親族のことを考えるとなんとも言えない気持ちになる。
これだけ残忍な手口であり、なおかつ高裁で死刑判決が出ているのにもかかわらず、当時少年で
あっただけの理由で、匿名扱いにし、事件の詳細が報道されることはない。確かに、精神的に未熟な少年へ反省の機会を与え、更生の道を開くという意味で『少年法』というものが存在することは理解できるけれど、それはあくまで窃盗や万引きでの話。記事にあるように、そもそも殺人と万引きを同列に扱うこと自体が間違っている。
少年法について、憲法学者の小室直樹さんが著書の中で、『人権とはすべての人間に同等に与えられて権利であり、一定の個人や集団に与えられたものは特権という』と述べている。つまりは特定の人に与えられた特権と万人に与えられるべき人権とは区別せよということである。
そこで、今回のような少年による凶悪犯罪が起きた時に、度々議論される『少年法の改正』について。
『少年の人権を守りましょう!!』、『犯罪を犯しても彼らには更生の道が与えられるべきた』と言って少年の人権を守るべきだと言っている政治家やテレビのコメンテーター。彼らが訴えているは正確には『少年の人権』を守ろうと言っているのではなく、『少年の特権』を守ろうと言っているに過ぎない。
今回の事件のように加害者の人権が匿名で守られる中で、被害者は肉体的、精神的苦痛の中で、命を奪われた上、実名でしかも写真入りで報道されることを考えると、日本には本当の意味での人権が存在するのかと思ってしまう。『少年法』についても、まずは更生の道を考える前に、罪を公にさらして、それを償うのが先ではないだろうか。
そういった意味でも今回の3人に対する『死刑判決』と週刊新潮による実名報道は個人的には極めて妥当だと言える。

