あと1年
今日の郵便でPomona Collegeからカレンダーが送られてきました。上が写真で下がカレンダーと言うよくある形のものです。写真はこの大学の建物のなかの飾りのデザインを今年はテーマに挙げています。このカレンダーには大学の予定があらかじめ印刷されていて、学期の初め、Finalはいつか、休みの予定、卒業式はいつかといったことが明白です。金持ち大学の学生をもつ親の余禄です。毎年、来るのですがことしは最後の年ですから、どうなのかと見てみました。
9月の授業開始は、前年にくらべて遅いようです。例年ですと、Labor Dayは休みが無く授業が平常道理おこなわれるのですが、今年の授業開始は次の日の9月の2日となっています。また開始日が遅いためか、冬休みが少し短くなって、1月の18日から2学期が始まります。そうして、卒業式は5月の17日。これでお終いです。
思えば、あっというまの3年間で、息子のこの先の人生の一部はこれからの一年で決まっていくわけで、ちょっと不安があります。大学院はどうなるか、もし大学院がダメならどうするのか。プランーBはあるのかといった疑問も私の中にあります。しかし、彼の人生ですから、私は卒業したら自立して自分で暮らしていけ、その方法はかれ次第と申し渡したいと思っています。大学院での生活のために必要な補助は資金の範囲でするが、あとは自前でやって欲しいと考えています。
この点では、息子のガールフレンドのほうが、しっかりしていて、「まず、私は就職して、2.3年経験をつんでから、大学院に行くわ。」といっています。話が具体的で、親の立場としては分かり易糸思います。
息子のほうは、一応決めた進路にもすこし逡巡があるようで「はっきりせんかい、ワリャ」と河内訛りで言ってみたい親の心境です。
9月の授業開始は、前年にくらべて遅いようです。例年ですと、Labor Dayは休みが無く授業が平常道理おこなわれるのですが、今年の授業開始は次の日の9月の2日となっています。また開始日が遅いためか、冬休みが少し短くなって、1月の18日から2学期が始まります。そうして、卒業式は5月の17日。これでお終いです。
思えば、あっというまの3年間で、息子のこの先の人生の一部はこれからの一年で決まっていくわけで、ちょっと不安があります。大学院はどうなるか、もし大学院がダメならどうするのか。プランーBはあるのかといった疑問も私の中にあります。しかし、彼の人生ですから、私は卒業したら自立して自分で暮らしていけ、その方法はかれ次第と申し渡したいと思っています。大学院での生活のために必要な補助は資金の範囲でするが、あとは自前でやって欲しいと考えています。
この点では、息子のガールフレンドのほうが、しっかりしていて、「まず、私は就職して、2.3年経験をつんでから、大学院に行くわ。」といっています。話が具体的で、親の立場としては分かり易糸思います。
息子のほうは、一応決めた進路にもすこし逡巡があるようで「はっきりせんかい、ワリャ」と河内訛りで言ってみたい親の心境です。
CCCとUC、編入後
私はCalifornia Community College(CCC)の学生がUCに編入合格したあと、彼らの競争力がどうかということに興味がありました。この課題は私の隣人の博士論文といして研究もされていて、その結果としては、大差がないということでした。
しかし、学生個人の努力の要求度という意味においては、CCCとUCでは桁違いというのは事実のようです。
先日、College Confidentilaを覗いてみたら、この掲示板にはTransferの項目のなかに、UCは特別扱いで独立した項目が設けられていました。UC Berkeley、あるいはUCLAでも編入生たちはCCCの倍以上の勉強時間が必要で、その勉強のあとでテストをうけて良くてBと言う成績だそうです。ほとんどの学生はCCCでの成績はGPAで3.8以上だったのが、UCに来てみると3.0で良しとしなければならないと言った事のようです。
CCCでは教室のなかで上位3番以内であってもUCのなかでは大教室の授業400人のなかにはいると中位くらいとなってしまい、相対評価のカーブで成績が処理されるとBはいいほうの成績だとなるようです。大学を卒業して就職する時には大学でのGPAが求められますが、この時にはCCCの成績は勘案されず、UCだけのGPAとなります。したがって、CCCでGPA 4.0でもUCでのGPAが3.2であれば、このUCの成績が評価の対象になります。
CCCとUCを4年間で卒業するとしたら、編入生にとっては、UCに編入してからの授業はGPAの点で新入からきた学生の2倍の重みがあるということになります。一つでも悪い成績をとれば、それがGPAに反映する効果は新入からきた学生の2倍だからです。
すこし、暇話をしますと、先日、UC Berkeley卒業の兄弟に会いました。30代半ばの兄は数学専攻、弟は美術専攻だったそうです。このふたり、今何をしているかわかりますか?二人で大工をしています。私の友人宅で改装工事をしていますが、これを請け負っているのが彼らです。なかなか、手際よく、しかも丁寧な仕事をするそうなので、引っ張りだこだそうです。人生というのは面白いものですね。
さて、話をもどして編入生にとって一番難しい問題というのは、新しい学生社会にどう溶け込んでいくのかという事だと言います。CCCでの仲良し、仲間からはなれてばらばらに新しい環境になれることはチャレンジだというのが編入生共通の思いのようです。
しかし、学生個人の努力の要求度という意味においては、CCCとUCでは桁違いというのは事実のようです。
先日、College Confidentilaを覗いてみたら、この掲示板にはTransferの項目のなかに、UCは特別扱いで独立した項目が設けられていました。UC Berkeley、あるいはUCLAでも編入生たちはCCCの倍以上の勉強時間が必要で、その勉強のあとでテストをうけて良くてBと言う成績だそうです。ほとんどの学生はCCCでの成績はGPAで3.8以上だったのが、UCに来てみると3.0で良しとしなければならないと言った事のようです。
CCCでは教室のなかで上位3番以内であってもUCのなかでは大教室の授業400人のなかにはいると中位くらいとなってしまい、相対評価のカーブで成績が処理されるとBはいいほうの成績だとなるようです。大学を卒業して就職する時には大学でのGPAが求められますが、この時にはCCCの成績は勘案されず、UCだけのGPAとなります。したがって、CCCでGPA 4.0でもUCでのGPAが3.2であれば、このUCの成績が評価の対象になります。
CCCとUCを4年間で卒業するとしたら、編入生にとっては、UCに編入してからの授業はGPAの点で新入からきた学生の2倍の重みがあるということになります。一つでも悪い成績をとれば、それがGPAに反映する効果は新入からきた学生の2倍だからです。
すこし、暇話をしますと、先日、UC Berkeley卒業の兄弟に会いました。30代半ばの兄は数学専攻、弟は美術専攻だったそうです。このふたり、今何をしているかわかりますか?二人で大工をしています。私の友人宅で改装工事をしていますが、これを請け負っているのが彼らです。なかなか、手際よく、しかも丁寧な仕事をするそうなので、引っ張りだこだそうです。人生というのは面白いものですね。
さて、話をもどして編入生にとって一番難しい問題というのは、新しい学生社会にどう溶け込んでいくのかという事だと言います。CCCでの仲良し、仲間からはなれてばらばらに新しい環境になれることはチャレンジだというのが編入生共通の思いのようです。
Berea College
ケンタッキーのアパラチア山脈の近くにあるBrea CollegeというLACがあります。この大学では授業料が無料です。そうはいってもあわてて願書を取り寄せてはいけません。150年まえに、開放された黒人奴隷とアパラチアのやまに住む貧しい白人達に大学教育を施すべく設立された大学です。この大学ではその基金$1Billionを有効に使って、この基金からのあがりと、連邦制府、そして州政府からの学生に対しての交付金をあわせ、LACではほかに類をみない学費が只の大学となっています。厳密にいえば、この授業料も全く只というわけではなく、この授業料無しと言う条件の代わりに学生は一週間に10時間ほどの労働を義務付けられています。
また、この大学の設立の趣旨にそって、お金持ちの家庭からの学生は取らないと言う方針で、入学させる学生の家庭の収入の上限も決まっています。Admission Requirementをみると、その上限は
家族 2,3人では Adjusted Gross $47,000
4人では $52,000
5人では $56,000
となっています。中産階級以下でなければ、入学は適わないことになりますね。
留学生の比率は8%、全学で1500人程度の学生ですから、学年の30名くらいが留学生となるのでしょうか?留学生のリストの中には日本からの学生もいます。
この授業料無料というのに釣られて、日本からの留学生も興味を持ってきているようです。USN%WRのデータをみて、SATの点数だけから、安い、入り易いと感じて居るかもしれません。しかし、これは木をみて森をみないと言う比喩があたるように思います。この30人に一人になるためには、やはりその個人がどのように大学に貢献できるのか、大学にとって魅力の或る留学生であるかが、より大きな合格の鍵になるように思います。
私個人の思いとしては、この大学のしている事は社会的な責任を果たすと言う意味でどの大学にも負けないものがあると感じます。階級の再生産から人々を解放すると言う面では前衛の大学といっていいと思います。
また、この大学の設立の趣旨にそって、お金持ちの家庭からの学生は取らないと言う方針で、入学させる学生の家庭の収入の上限も決まっています。Admission Requirementをみると、その上限は
家族 2,3人では Adjusted Gross $47,000
4人では $52,000
5人では $56,000
となっています。中産階級以下でなければ、入学は適わないことになりますね。
留学生の比率は8%、全学で1500人程度の学生ですから、学年の30名くらいが留学生となるのでしょうか?留学生のリストの中には日本からの学生もいます。
この授業料無料というのに釣られて、日本からの留学生も興味を持ってきているようです。USN%WRのデータをみて、SATの点数だけから、安い、入り易いと感じて居るかもしれません。しかし、これは木をみて森をみないと言う比喩があたるように思います。この30人に一人になるためには、やはりその個人がどのように大学に貢献できるのか、大学にとって魅力の或る留学生であるかが、より大きな合格の鍵になるように思います。
私個人の思いとしては、この大学のしている事は社会的な責任を果たすと言う意味でどの大学にも負けないものがあると感じます。階級の再生産から人々を解放すると言う面では前衛の大学といっていいと思います。
38%
この38%と言う数字はカリフォルニアの住民のなかでのCommunity College卒業以上が学位を持った人の比率だそうです。この率が他の国に比べてどうなのか私は知りませんが、想像するに、先進国のなかではまあまあのところではないかと思います。
また、この38%と言う率は、San Francisco State Universityにおける25歳以上の学生が全体に占める率だそうです。これが、UC では5-6%くらいですから生涯教育のなかにしめるCalifornia State University(CSU) Systemの役割は大きなものがあると思います。18、19歳で大学入学、卒業と同時に就職といった一元的な人生の設計というものが大勢をしめる日本とは教育制度の柔軟性が違うようにも思います。
とくに最近は退職者が大学の教育を受けなおす、あるいは教養科目の授業を趣味の延長として摂ると言う事が大変増えているそうです。大学によっては、その周りに退職者用の住居をつくり、彼らを含めた大学のコミュニティを造っていこうとしているところもあると言います。
Pomona Collegeでもコンサート、講演会などは周りのコミュニティにも開放されていますから、このような催し物の会場では、退職者らしい人たちを沢山見かけます。入場料はありません。
難易度の高い大学に入学しようと思っても、高校教育から時間がたってしまえば、現役の生徒と競争して合格というのもむずかしいことですが、比較的受け入れ側にゆとりのあるCSUでは、送ってきた人生とは全く関係のない、自分の知的興味にそった授業を受けることも可能です。
自分の都合だけで主張するのは少し気がひけますが、このような、学生の年齢に関係なく、その学生に授業をうける学力があるのであれば、受け入れるという制度というのはこれからも拡張して欲しいものです。
また、この38%と言う率は、San Francisco State Universityにおける25歳以上の学生が全体に占める率だそうです。これが、UC では5-6%くらいですから生涯教育のなかにしめるCalifornia State University(CSU) Systemの役割は大きなものがあると思います。18、19歳で大学入学、卒業と同時に就職といった一元的な人生の設計というものが大勢をしめる日本とは教育制度の柔軟性が違うようにも思います。
とくに最近は退職者が大学の教育を受けなおす、あるいは教養科目の授業を趣味の延長として摂ると言う事が大変増えているそうです。大学によっては、その周りに退職者用の住居をつくり、彼らを含めた大学のコミュニティを造っていこうとしているところもあると言います。
Pomona Collegeでもコンサート、講演会などは周りのコミュニティにも開放されていますから、このような催し物の会場では、退職者らしい人たちを沢山見かけます。入場料はありません。
難易度の高い大学に入学しようと思っても、高校教育から時間がたってしまえば、現役の生徒と競争して合格というのもむずかしいことですが、比較的受け入れ側にゆとりのあるCSUでは、送ってきた人生とは全く関係のない、自分の知的興味にそった授業を受けることも可能です。
自分の都合だけで主張するのは少し気がひけますが、このような、学生の年齢に関係なく、その学生に授業をうける学力があるのであれば、受け入れるという制度というのはこれからも拡張して欲しいものです。
一段落、そして鬼のいぬ間の洗濯
先週はお客が二人もいたせいで、気世話無くこのブログの更新もままなりませんでした。息子のガールフレンドがやってきて、その2日後にはカタールからの学生がメルボルンからやってきました。中国系マレーシア人の彼女はお父さんがアメリカの会社のカタール事務所につとめることになったので、マレーシアの家はたたんでカタールに実家があるという状態です。カタールでは外国人が不動産の取得ができないため、借家ずまいだそうです。
彼女は両親が中国人ではあるものの、二人の言葉がちがうため家の中では両親の共通語の英語の環境で育ったと言います。若いのに世界をまたに駆けた旅行者で、いままでにロンドン、コペンハーゲン、ロスアンジェルス、ラスベガス、北京には行ったことがあるそうです。そして、学生になってからは、メルボルンそして今回はシカゴですから、21歳にしてはたいしたものです。
一日は息子とそのガールフレンドが彼女をサンフランシスコ市内観光につれていき、定番のゴールデンブリッジ、ピア39、ギラデリスクエア、フィシャーマンズワーフ、などを案内しました。もう一日は彼女が一人でヨセミテ観光にいき、あと一日は私が3人をつれて、サンタクルーズのブロードワークという浜辺の遊園地に連れて行きました。彼女はここから1時間くらい北に住むもう一人の友達の家に、厄介になるということで金曜日の夜我が家を発ちました。この友達はやはりUni. of Melbourneへの交換留学でUC Davisから2年前にやってきた学生だったそうです。I houseの効用ですね。
さて、昨日の朝は息子のガールフレンドが帰る日で、朝の間は荷造りで一騒動、家であずかって、私が息子の引越しの時にトラックで運んであげるもの(本などの重量物)と手荷物にするものをより分けて、スーツケース二つにヨイショとおしこんで、ジッパーをひいて出来上がりでした。息子が彼女を送って空港まで行き、帰った来たのが11時少し過ぎ、ちょっと打ち上げ的な雰囲気があり、その「お祝い」といった心持で、3人で飲茶にいきました。
さて、今日の月曜日は、ワイフがシカゴに出張で、私が彼女を送って空港にいってきました。今週は息子と二人の野郎の暮らしです。私は日ごろから羽を伸ばした生活をしているので、ワイフがいない間にこれをしてやろうということもないと思ってはいますが、何かあるか探してみようかとも感じています。
今朝、たまたま通りかかったのであの湖に10分ほどよってみたら、友達の釣り人、2人に出会い来週、750LBSの鱒の放流があると聞きました。彼らも、この1ヶ月ほどは鱒釣りはあきらめていたようで、秋の到来を待ち望んでいるようです。
彼女は両親が中国人ではあるものの、二人の言葉がちがうため家の中では両親の共通語の英語の環境で育ったと言います。若いのに世界をまたに駆けた旅行者で、いままでにロンドン、コペンハーゲン、ロスアンジェルス、ラスベガス、北京には行ったことがあるそうです。そして、学生になってからは、メルボルンそして今回はシカゴですから、21歳にしてはたいしたものです。
一日は息子とそのガールフレンドが彼女をサンフランシスコ市内観光につれていき、定番のゴールデンブリッジ、ピア39、ギラデリスクエア、フィシャーマンズワーフ、などを案内しました。もう一日は彼女が一人でヨセミテ観光にいき、あと一日は私が3人をつれて、サンタクルーズのブロードワークという浜辺の遊園地に連れて行きました。彼女はここから1時間くらい北に住むもう一人の友達の家に、厄介になるということで金曜日の夜我が家を発ちました。この友達はやはりUni. of Melbourneへの交換留学でUC Davisから2年前にやってきた学生だったそうです。I houseの効用ですね。
さて、昨日の朝は息子のガールフレンドが帰る日で、朝の間は荷造りで一騒動、家であずかって、私が息子の引越しの時にトラックで運んであげるもの(本などの重量物)と手荷物にするものをより分けて、スーツケース二つにヨイショとおしこんで、ジッパーをひいて出来上がりでした。息子が彼女を送って空港まで行き、帰った来たのが11時少し過ぎ、ちょっと打ち上げ的な雰囲気があり、その「お祝い」といった心持で、3人で飲茶にいきました。
さて、今日の月曜日は、ワイフがシカゴに出張で、私が彼女を送って空港にいってきました。今週は息子と二人の野郎の暮らしです。私は日ごろから羽を伸ばした生活をしているので、ワイフがいない間にこれをしてやろうということもないと思ってはいますが、何かあるか探してみようかとも感じています。
今朝、たまたま通りかかったのであの湖に10分ほどよってみたら、友達の釣り人、2人に出会い来週、750LBSの鱒の放流があると聞きました。彼らも、この1ヶ月ほどは鱒釣りはあきらめていたようで、秋の到来を待ち望んでいるようです。
シャワーは浴びるか、摂るか、入るか、使うか
私は、偏狭な国粋主義的に美しい、正しい日本語という型に言語をはめるのは、その言語から元気をとってしまう行為だと思っています。言語は歴史的にも空間的にも変化するのがあたりまえですから、中国人的日本語、韓国人的日本語、オーストラリア的日本語などなど、沢山でてくればいいのだと思っています。地域的な傾斜がその言語を豊かにするということがあるし、また、用法についても時々、所によって変わっていくというのが、言語のしぶとさだと思っています。
英語でも、ガーナ的英語、オーストラリア的英語、インド的英語、フィリッピン的英語など沢山ありますが、これは、英語を豊かにしている要素さだと、私は感じています。日本的英語と言うのもあっていいし、100%お互いが理解できるものの、その使い方にちょっとだけ引っ掛かりが或るといった程度の違いというのは、聞いていても楽しいものかと思います。
したがって、日本人が英語を習得するのに、オーストラリアでもなんら齟齬はないというのが、私の考えです。日本的に正統な物は一つであとは傍流といった縦の見方しかできないというのは悲しい事です。私はホバーとで中国系の2世の人と知り合いましたが、この人の英語はまさにOssioのもので、アメリカの中国系の人のアメリカ英語をききつけている私たちには、ちょっとした驚きがありましたが面白い経験でした。
さて、皆さんはシャワーは、浴びる、入る、摂る、使うのいずれでしょうか。このなかの摂るという表現は
TAKEからきたものと思われますので、アメリカ的日本語の表現だと感じます。私はこれは、間違いではなく、これも通じると評価をしているのですが、皆さんは聞いたことがありますでしょうか?
あと、数日で、息子の友達がQaterからやってきます、彼女は中国系マレーシア人、インターを出てU of
Melbourneの学生です。インターのアメリカ英語とオッジーの英語がどう混合しているのか、ちょっと興味があるところです。息子も数ヶ月しかオーストラリアにいなかったのに、ここの英語に被れていましたから、2年間もここですごした彼女はどうなのでしょうか。私たちが彼女とメルボルンであった時には、短い間であったので、私は特に気がつかなかったでのですが、今度は長い間一緒ですから、私の理解も進む桃と思います。
息子のガールフレンドが今日の夜からやってきます。明日は二人で、二人ともに授業を取った或る教授の結婚式に呼ばれていて、Berkeleyの会場にでかけていくそうです。Pot Luckなので何か持っていくとかで
忙しそうにしています。GREの授業も来週で終りです。
英語でも、ガーナ的英語、オーストラリア的英語、インド的英語、フィリッピン的英語など沢山ありますが、これは、英語を豊かにしている要素さだと、私は感じています。日本的英語と言うのもあっていいし、100%お互いが理解できるものの、その使い方にちょっとだけ引っ掛かりが或るといった程度の違いというのは、聞いていても楽しいものかと思います。
したがって、日本人が英語を習得するのに、オーストラリアでもなんら齟齬はないというのが、私の考えです。日本的に正統な物は一つであとは傍流といった縦の見方しかできないというのは悲しい事です。私はホバーとで中国系の2世の人と知り合いましたが、この人の英語はまさにOssioのもので、アメリカの中国系の人のアメリカ英語をききつけている私たちには、ちょっとした驚きがありましたが面白い経験でした。
さて、皆さんはシャワーは、浴びる、入る、摂る、使うのいずれでしょうか。このなかの摂るという表現は
TAKEからきたものと思われますので、アメリカ的日本語の表現だと感じます。私はこれは、間違いではなく、これも通じると評価をしているのですが、皆さんは聞いたことがありますでしょうか?
あと、数日で、息子の友達がQaterからやってきます、彼女は中国系マレーシア人、インターを出てU of
Melbourneの学生です。インターのアメリカ英語とオッジーの英語がどう混合しているのか、ちょっと興味があるところです。息子も数ヶ月しかオーストラリアにいなかったのに、ここの英語に被れていましたから、2年間もここですごした彼女はどうなのでしょうか。私たちが彼女とメルボルンであった時には、短い間であったので、私は特に気がつかなかったでのですが、今度は長い間一緒ですから、私の理解も進む桃と思います。
息子のガールフレンドが今日の夜からやってきます。明日は二人で、二人ともに授業を取った或る教授の結婚式に呼ばれていて、Berkeleyの会場にでかけていくそうです。Pot Luckなので何か持っていくとかで
忙しそうにしています。GREの授業も来週で終りです。
大学と大学院の学費
大学教育のための我が家の予算、10万ドルを息子に言い渡したのが、彼が高校一年生のときでした。これは、学校区のGATE の親の会合のときの講義でGATE Adviser に「この町の中でお金持ちといわれる地区の高校生でも私立に入学した場合に、親がその学費を払えずに子供がその大学への入学を断念しなければならないというケースがまま在りますから、親としては、早めに正直に家計から捻出できる大学教育費を子供に知らせてあげたほうがいいと思います。」という意見を聞いたためでした。
子供が入学に時点で、我が家には、6万ドルほどの大学教育資金があり、あとは年収のなかから1万ドル程度補えば大丈夫というのが私の心積もりでした。10万ドルあれば、すくなくても高一の時に彼が考えていた「夢の志望校」UC Berkeleyに入学しても4年間は大丈夫だと感じていました。結果としては、たまたま彼はPomonaに入学したため、この予算をこの大学のためについやすることとなりました。Pomonaから最終学年についてのFinancial Aidの通知があったというお話は前にお伝えしたとおりです。今日、半期分の7499.50ドルの小切手をきって郵送したわけですが、四年間の数字が確定してみると、結果としては、ローンを入れても、我が家にとってはPomona のほうがUC Berkeleyよりも卒業時に1万ドルくらい安くつく計算になるようです。PomonaのFinancial Aidの金額はなぜか大学の要求する経費の値上げ分よりも上昇していたので、初年度の大学への支払いが2万ドル強でしたが、4年目には1万5千ドルとなっています。この理由は全く分かりません。とくに4年目については、昨年に比べて年収も8千ドル近く増えているにもかかわらず、私の負担額がへっています。。
さてこの大学教育で浮いた、一万ドルは彼が大学院に進学のためにまわせるので、すこし楽になります。また大学院資金としては、大学教育のために私の父母が日本で息子のために積み立ててくれていた、教育基金と、岳父が息子名義で購入してくれたTreasury Noteもあるというわけで、数万ドル相当が、手付かずで、残っています。今度の大学院はGI Bill(Generous In-laws Bill)でなんとか型がつかないかと期待しているわけです。そして、この休みのうちに、大学院資金についての引導を息子の渡さなくてはいけないと思っています。只で大学院にいけるなら、この資金は彼の将来の新居購入の頭金としても使えますね。
家の買う時も、こんなに毎月支払いができるのかと思ってしまいましたが、何とかやりくりして17年で
払い終えました。大学への支払いも先がみえたと言うわけで、一段落です。次の山は大学院、隠居資金も貯めなくてはいけないので、厳しそうですが、これもなんとかなるかなあ?
子供が入学に時点で、我が家には、6万ドルほどの大学教育資金があり、あとは年収のなかから1万ドル程度補えば大丈夫というのが私の心積もりでした。10万ドルあれば、すくなくても高一の時に彼が考えていた「夢の志望校」UC Berkeleyに入学しても4年間は大丈夫だと感じていました。結果としては、たまたま彼はPomonaに入学したため、この予算をこの大学のためについやすることとなりました。Pomonaから最終学年についてのFinancial Aidの通知があったというお話は前にお伝えしたとおりです。今日、半期分の7499.50ドルの小切手をきって郵送したわけですが、四年間の数字が確定してみると、結果としては、ローンを入れても、我が家にとってはPomona のほうがUC Berkeleyよりも卒業時に1万ドルくらい安くつく計算になるようです。PomonaのFinancial Aidの金額はなぜか大学の要求する経費の値上げ分よりも上昇していたので、初年度の大学への支払いが2万ドル強でしたが、4年目には1万5千ドルとなっています。この理由は全く分かりません。とくに4年目については、昨年に比べて年収も8千ドル近く増えているにもかかわらず、私の負担額がへっています。。
さてこの大学教育で浮いた、一万ドルは彼が大学院に進学のためにまわせるので、すこし楽になります。また大学院資金としては、大学教育のために私の父母が日本で息子のために積み立ててくれていた、教育基金と、岳父が息子名義で購入してくれたTreasury Noteもあるというわけで、数万ドル相当が、手付かずで、残っています。今度の大学院はGI Bill(Generous In-laws Bill)でなんとか型がつかないかと期待しているわけです。そして、この休みのうちに、大学院資金についての引導を息子の渡さなくてはいけないと思っています。只で大学院にいけるなら、この資金は彼の将来の新居購入の頭金としても使えますね。
家の買う時も、こんなに毎月支払いができるのかと思ってしまいましたが、何とかやりくりして17年で
払い終えました。大学への支払いも先がみえたと言うわけで、一段落です。次の山は大学院、隠居資金も貯めなくてはいけないので、厳しそうですが、これもなんとかなるかなあ?
合い間
Trout Fishing と Perch Fishing との二本立ての釣りだけをしているため、今は端境期で、この辺りではどちらもオフシーズンです。この州の背骨のようなSierra へ行けば鱒釣りは夏でも楽しめるので、今年は一度くらい行きたいものだと思っています。来シーズンの虹鱒釣りがあの湖ではじまるのが、9月末から10月ですから2ヶ月ほどは「暇」になるわけです。以前は家族でLake TahoeにCondoをもっていたので、良くたずねたものでしたが、今はそれも売り払ったので、少し足が遠のいています。この近くには、私が気に入った湖があり、舗装されていない、そろばん道路を40分くらい走っていくと山の頂上には8月でも雪渓があるというところです。
ほとんど、樹木のはえる高度の上限にちかいところで、空気清涼、自然氾濫と言った環境のこの湖では、時々熊も駆け回っています。魚は小さいのですが、元気で釣り人を楽しませてくれます。このような山の中の湖では、道路もなく、車が入っていけないところも多いので、そのような処では、虹鱒の放流は飛行機ばら撒いて行います。Fingerlingとよばれる稚魚ですが、Back Packerが山奥の湖で夕食のために釣りをして釣れる魚は、この稚魚が生魚になった結果の場合が多いと思います。
私はこの湖が大好きで、息子が高校に入学するまでは、毎年2.3度は通ったものでした。宗教とは疎遠の私ですが、この湖に立つと「神々しい」と言う言葉が浮かびます。命の洗濯という言葉がありますが、自然には、動物である人間を和ませ、英気を養う力があると感じるのが私だけではないように思います。
息子をPomonaに送ったあと、またEmpty Nestとなったら、二人でLake Tahoeに行ければと、期待をしています。この近くには Cabela'sの店もできたので、ここを訪ねるのも楽しみです。
さて、あと一週間すると、息子がUniversity of Melbourneで友達になった学生がQutarから訪ねてきます。うちには10日ほど泊まる予定です。Engineering 専攻の彼女は交換留学でUniversity of Chicagoに今学期滞在します。ワイフがQuatarからのお客というのは珍しいのか、ここに連れて行こう、あそこに行こうとかいって、すこし興奮しています。時を同じくして、息子のガールフレンドもUC Berkeley での夏期講習が終わるので、家に滞在することになっています。彼女も一週間ほど我が家にいるので、我が家ではかつてなかった「姦しい」状況もあるかと思っています。
ほとんど、樹木のはえる高度の上限にちかいところで、空気清涼、自然氾濫と言った環境のこの湖では、時々熊も駆け回っています。魚は小さいのですが、元気で釣り人を楽しませてくれます。このような山の中の湖では、道路もなく、車が入っていけないところも多いので、そのような処では、虹鱒の放流は飛行機ばら撒いて行います。Fingerlingとよばれる稚魚ですが、Back Packerが山奥の湖で夕食のために釣りをして釣れる魚は、この稚魚が生魚になった結果の場合が多いと思います。
私はこの湖が大好きで、息子が高校に入学するまでは、毎年2.3度は通ったものでした。宗教とは疎遠の私ですが、この湖に立つと「神々しい」と言う言葉が浮かびます。命の洗濯という言葉がありますが、自然には、動物である人間を和ませ、英気を養う力があると感じるのが私だけではないように思います。
息子をPomonaに送ったあと、またEmpty Nestとなったら、二人でLake Tahoeに行ければと、期待をしています。この近くには Cabela'sの店もできたので、ここを訪ねるのも楽しみです。
さて、あと一週間すると、息子がUniversity of Melbourneで友達になった学生がQutarから訪ねてきます。うちには10日ほど泊まる予定です。Engineering 専攻の彼女は交換留学でUniversity of Chicagoに今学期滞在します。ワイフがQuatarからのお客というのは珍しいのか、ここに連れて行こう、あそこに行こうとかいって、すこし興奮しています。時を同じくして、息子のガールフレンドもUC Berkeley での夏期講習が終わるので、家に滞在することになっています。彼女も一週間ほど我が家にいるので、我が家ではかつてなかった「姦しい」状況もあるかと思っています。
音楽を聴くこと
釣りのことが趣味の話題の大多数なので、この人は釣りバカだけの人だとお思いのかたもいらっしゃるかもしれません。実はいままで内緒にしていましたが、音楽を聴くことも私の趣味のひとつです。その対象はクラッシックとジャズですが、この音を聞くべく我が家には6台のアンプ/レシーバーと8セットのスピーカーがあります。部屋数が6つなのになぜ8セットのスピーカーがあるかというと、一つはガレージにもう一つはリビングルームに映画用のものと音楽用のものを別にあつらえてあるからです。
この音を聞くというのも、上を見ればきりがないといった道楽ですが、我が家のものはいたって廉価のものばかりです。ebayから購入した70年代のパイオニアのレシーバーなどもありますが、これも300ドルていども、中級のものです。Boseのスピーカーセットが3セットあり、これが「張り込んだ投資」と言える程度です。アンプなどは友達から古いものを分けてもらったりしたものや、Circuit Cityあたりで購入したものばかりです。
息子の部屋にはアンプはありませんが、スピーカーがあり向えの部屋から操作するので、よく日曜日などはそのアンプからモーツワルトなどをかけてたたき起こしたものでした。ちょうど宇宙飛行士がシャトルのなかで、ロックの音楽でめざめるといった趣で、たたき起こすほうは結構面白い思いをしたものです。息子は閉口していましたが。私はよくガレージで作業をしますから、そのときも音楽をかけたり、ラジオを聴いたりの「ながら作業」ですね。
私は作曲家のなかでは、ハイドンが好きです。池波正太郎につながる職人的な芸術家、二人ともに多作の作家でしたが傑作、平均作があっても駄作がないというのは偉大なことのように、私には思われます。
この辺りではFM局が沢山あり、その中でJazzは3局、Classicは1局だけですが結構聞けますね。CDの数はたいしたことはありませんが、私が子供の頃良く聞いた、Grammophoneの復刻版のCDが懐かしく少しあります。また、Smooth Jazzとよばれる範疇のCDもすこし。日本のCDはなぜか、加藤登紀子、加山雄三と小林旭の3枚だけですね。日本に行くたびに今度こそ、思い出の唱のCDを買ってこようと思うのですが、
なかなか気に入ったものがありません。
私は地が大和男のせいか、演歌も大好きで都はるみは良いなあをおもったりするわけですが、アメリカでいうなら、Gloria Estefanがその「位置」としてこの人に近いかとなぜか思っています。このGrolia Estefanの音楽は眠気覚ましに大変いいので、夜釣りの帰りの車のなかでFull Blastで彼女の音楽をかけています。セサミストリートにもでていた彼女は息子も小さい頃からなじみがあり彼の好みでもあるようです。
私が高校を出る頃に、同級生の友達が真空管のアンプを作ってくれたことがあります。私が受験で上京したときに、買い物リストをわたされ、秋葉原に行って、これらの部品をかってこいといわれ「買出し」をしました。その部品をつかって私が入学のために出発する期日にあわせて、造ってくれました。なかなか良い音だったです。彼は、一浪してある国立大学の工学部に進学しました。最近、別の友達ですが35年来の仲良しの家をたずねたら、この彼も高校時代にもどって、真空管のアンプを組み立てたので、作品をみて、聞いてみました。なかなかよかったです。彼には、家に一つあまっているスピーカーがあるので進呈する約束をしています。彼によると、真空管をいうのはまだ手に入るそうで、その主な供給元は旧ソビエトの軍隊だそうです。
私には、音楽のない生活をいうのは考えられないですね。
この音を聞くというのも、上を見ればきりがないといった道楽ですが、我が家のものはいたって廉価のものばかりです。ebayから購入した70年代のパイオニアのレシーバーなどもありますが、これも300ドルていども、中級のものです。Boseのスピーカーセットが3セットあり、これが「張り込んだ投資」と言える程度です。アンプなどは友達から古いものを分けてもらったりしたものや、Circuit Cityあたりで購入したものばかりです。
息子の部屋にはアンプはありませんが、スピーカーがあり向えの部屋から操作するので、よく日曜日などはそのアンプからモーツワルトなどをかけてたたき起こしたものでした。ちょうど宇宙飛行士がシャトルのなかで、ロックの音楽でめざめるといった趣で、たたき起こすほうは結構面白い思いをしたものです。息子は閉口していましたが。私はよくガレージで作業をしますから、そのときも音楽をかけたり、ラジオを聴いたりの「ながら作業」ですね。
私は作曲家のなかでは、ハイドンが好きです。池波正太郎につながる職人的な芸術家、二人ともに多作の作家でしたが傑作、平均作があっても駄作がないというのは偉大なことのように、私には思われます。
この辺りではFM局が沢山あり、その中でJazzは3局、Classicは1局だけですが結構聞けますね。CDの数はたいしたことはありませんが、私が子供の頃良く聞いた、Grammophoneの復刻版のCDが懐かしく少しあります。また、Smooth Jazzとよばれる範疇のCDもすこし。日本のCDはなぜか、加藤登紀子、加山雄三と小林旭の3枚だけですね。日本に行くたびに今度こそ、思い出の唱のCDを買ってこようと思うのですが、
なかなか気に入ったものがありません。
私は地が大和男のせいか、演歌も大好きで都はるみは良いなあをおもったりするわけですが、アメリカでいうなら、Gloria Estefanがその「位置」としてこの人に近いかとなぜか思っています。このGrolia Estefanの音楽は眠気覚ましに大変いいので、夜釣りの帰りの車のなかでFull Blastで彼女の音楽をかけています。セサミストリートにもでていた彼女は息子も小さい頃からなじみがあり彼の好みでもあるようです。
私が高校を出る頃に、同級生の友達が真空管のアンプを作ってくれたことがあります。私が受験で上京したときに、買い物リストをわたされ、秋葉原に行って、これらの部品をかってこいといわれ「買出し」をしました。その部品をつかって私が入学のために出発する期日にあわせて、造ってくれました。なかなか良い音だったです。彼は、一浪してある国立大学の工学部に進学しました。最近、別の友達ですが35年来の仲良しの家をたずねたら、この彼も高校時代にもどって、真空管のアンプを組み立てたので、作品をみて、聞いてみました。なかなかよかったです。彼には、家に一つあまっているスピーカーがあるので進呈する約束をしています。彼によると、真空管をいうのはまだ手に入るそうで、その主な供給元は旧ソビエトの軍隊だそうです。
私には、音楽のない生活をいうのは考えられないですね。
公立の学校教育
最近の新聞の記事に高校での退学率、脱落率の話がのっていました。カリフォルニア州ではこの率が25%ほどです。私のすんでいる市ではこの率が7%以下、息子が通っていた高校のばあいには5%だそうです。同じ市でも高校によってこの率は大違いです。一番少ない高校は0.9%とかいいます。
アメリカ全国の場合には高校生のDropout Rateは33%、100万人以上の生徒が高校を卒業できないと言われています。この状況はここ30年間の間に家庭の収入の格差が開くことに相まって近年ますますひどくなってきています。したがって、前にもお話しましたが、高校の評価が家の値段に直接に関っています。たとえば、私の家を上のの0.9%の高校の通学区にポンと置いただけで、その価格は15万ドルほど上がります。
こうなると、所得によって家の購入価格の上限もきまり、それによって住む地区も決まってくるために階級の再生産のサイクルはここからはじまるように思います。したがって、私はそれぞれの高校の通学区をやめて大学区制にして、サンフランシスコ市のように全市からどの高校にもいけるというシステムが社会の平準化という意味でより好ましいように思っています。このシステムでは高校同士の格差はうまれますが、能力によって高校がきまり、親の所得が或る高校の入学する事を保証するというシステムとは違ってきます。
この教育の問題は、未来の社会を背負っていく人材をそだてる社会保障に密着した課題です。したがって
私には、軍事よりも重大な課題のように思えます。しかし、毎日、コツコツとした作業の集積である教育は
派手さがないために、政治の舞台に上る事が少ないように感じます。100万人以上の脱落者が居る社会の未来というのは、あまり明るいものではないように思います。そして、それを貧富の差や家庭の環境といった言葉で「だから、この社会問題がかたづくまで無理」と言った議論はもう聞き飽きたとも感じます。
この問題について、評価の高いな先生たちの意見をきいてみると、問題の解決策は簡単だといいます。それは、熱意をもった、能力の高い先生を教育の現場に送り込むことだといいます。貧富の差、家庭の環境を変えることは出来ないけれども、それでも教室の空間の中では生徒を教育して、その成果を挙げる事は可能だと彼らは断言します。このためには、先生たちの待遇の大幅な改善、業績考課による報酬の決定といった
いわばプロとしての待遇は当たり前のことですね。
私は以前から、先生たちの給与は低すぎるとおもっていますし、税金を上げることによって彼らの生活の改善のできるのであれば、そうすれば良いとかんじていました。自分の教えている学校のある市では、自分の給料で家を買う事ができないというのはやはり、問題があるように私は感じます。
注目に値する学校として、Kipp SchoolというCharter Schoolがあります。これは民間の運営になる公立の高校です。運営費は税金で賄われますが、その主体は学校区とは独立した法人です。このKippは
Teach Americaという大卒者が都市部の問題の多い学校で2年間教えるというプログラムの出身者が作った学校で、都市部のそれまでは省みられなかった地域に学校をつくり、めざましい成果をあげています。
このTeach Americaは、名門大学を主としてリクルートした学生を短期の訓練を経て学校に送り込み、いままで、ないがしろにされていた、生徒の教育を若いエネルギーでおこなうというもので、Pomonaからも毎年このプログラムへの参加者が多数いるようです。
Kippが局地的ではあるけれども、いままで想像もできなかった成果を挙げていると言う事から、公立の学校の先生たちも今までに見なかった光を感じているようです。
数字だけみれば、絶望的な状況のなかにも、このような小さくても新しい活動がんばって存在することを思うと、希望は在るともいえます。
アメリカ全国の場合には高校生のDropout Rateは33%、100万人以上の生徒が高校を卒業できないと言われています。この状況はここ30年間の間に家庭の収入の格差が開くことに相まって近年ますますひどくなってきています。したがって、前にもお話しましたが、高校の評価が家の値段に直接に関っています。たとえば、私の家を上のの0.9%の高校の通学区にポンと置いただけで、その価格は15万ドルほど上がります。
こうなると、所得によって家の購入価格の上限もきまり、それによって住む地区も決まってくるために階級の再生産のサイクルはここからはじまるように思います。したがって、私はそれぞれの高校の通学区をやめて大学区制にして、サンフランシスコ市のように全市からどの高校にもいけるというシステムが社会の平準化という意味でより好ましいように思っています。このシステムでは高校同士の格差はうまれますが、能力によって高校がきまり、親の所得が或る高校の入学する事を保証するというシステムとは違ってきます。
この教育の問題は、未来の社会を背負っていく人材をそだてる社会保障に密着した課題です。したがって
私には、軍事よりも重大な課題のように思えます。しかし、毎日、コツコツとした作業の集積である教育は
派手さがないために、政治の舞台に上る事が少ないように感じます。100万人以上の脱落者が居る社会の未来というのは、あまり明るいものではないように思います。そして、それを貧富の差や家庭の環境といった言葉で「だから、この社会問題がかたづくまで無理」と言った議論はもう聞き飽きたとも感じます。
この問題について、評価の高いな先生たちの意見をきいてみると、問題の解決策は簡単だといいます。それは、熱意をもった、能力の高い先生を教育の現場に送り込むことだといいます。貧富の差、家庭の環境を変えることは出来ないけれども、それでも教室の空間の中では生徒を教育して、その成果を挙げる事は可能だと彼らは断言します。このためには、先生たちの待遇の大幅な改善、業績考課による報酬の決定といった
いわばプロとしての待遇は当たり前のことですね。
私は以前から、先生たちの給与は低すぎるとおもっていますし、税金を上げることによって彼らの生活の改善のできるのであれば、そうすれば良いとかんじていました。自分の教えている学校のある市では、自分の給料で家を買う事ができないというのはやはり、問題があるように私は感じます。
注目に値する学校として、Kipp SchoolというCharter Schoolがあります。これは民間の運営になる公立の高校です。運営費は税金で賄われますが、その主体は学校区とは独立した法人です。このKippは
Teach Americaという大卒者が都市部の問題の多い学校で2年間教えるというプログラムの出身者が作った学校で、都市部のそれまでは省みられなかった地域に学校をつくり、めざましい成果をあげています。
このTeach Americaは、名門大学を主としてリクルートした学生を短期の訓練を経て学校に送り込み、いままで、ないがしろにされていた、生徒の教育を若いエネルギーでおこなうというもので、Pomonaからも毎年このプログラムへの参加者が多数いるようです。
Kippが局地的ではあるけれども、いままで想像もできなかった成果を挙げていると言う事から、公立の学校の先生たちも今までに見なかった光を感じているようです。
数字だけみれば、絶望的な状況のなかにも、このような小さくても新しい活動がんばって存在することを思うと、希望は在るともいえます。