公立の学校教育 | 北加発:アメリカ合州国、教育、人々、その他、なんでも

公立の学校教育

最近の新聞の記事に高校での退学率、脱落率の話がのっていました。カリフォルニア州ではこの率が25%ほどです。私のすんでいる市ではこの率が7%以下、息子が通っていた高校のばあいには5%だそうです。同じ市でも高校によってこの率は大違いです。一番少ない高校は0.9%とかいいます。

アメリカ全国の場合には高校生のDropout Rateは33%、100万人以上の生徒が高校を卒業できないと言われています。この状況はここ30年間の間に家庭の収入の格差が開くことに相まって近年ますますひどくなってきています。したがって、前にもお話しましたが、高校の評価が家の値段に直接に関っています。たとえば、私の家を上のの0.9%の高校の通学区にポンと置いただけで、その価格は15万ドルほど上がります。

こうなると、所得によって家の購入価格の上限もきまり、それによって住む地区も決まってくるために階級の再生産のサイクルはここからはじまるように思います。したがって、私はそれぞれの高校の通学区をやめて大学区制にして、サンフランシスコ市のように全市からどの高校にもいけるというシステムが社会の平準化という意味でより好ましいように思っています。このシステムでは高校同士の格差はうまれますが、能力によって高校がきまり、親の所得が或る高校の入学する事を保証するというシステムとは違ってきます。

この教育の問題は、未来の社会を背負っていく人材をそだてる社会保障に密着した課題です。したがって
私には、軍事よりも重大な課題のように思えます。しかし、毎日、コツコツとした作業の集積である教育は
派手さがないために、政治の舞台に上る事が少ないように感じます。100万人以上の脱落者が居る社会の未来というのは、あまり明るいものではないように思います。そして、それを貧富の差や家庭の環境といった言葉で「だから、この社会問題がかたづくまで無理」と言った議論はもう聞き飽きたとも感じます。

この問題について、評価の高いな先生たちの意見をきいてみると、問題の解決策は簡単だといいます。それは、熱意をもった、能力の高い先生を教育の現場に送り込むことだといいます。貧富の差、家庭の環境を変えることは出来ないけれども、それでも教室の空間の中では生徒を教育して、その成果を挙げる事は可能だと彼らは断言します。このためには、先生たちの待遇の大幅な改善、業績考課による報酬の決定といった
いわばプロとしての待遇は当たり前のことですね。

私は以前から、先生たちの給与は低すぎるとおもっていますし、税金を上げることによって彼らの生活の改善のできるのであれば、そうすれば良いとかんじていました。自分の教えている学校のある市では、自分の給料で家を買う事ができないというのはやはり、問題があるように私は感じます。

注目に値する学校として、Kipp SchoolというCharter Schoolがあります。これは民間の運営になる公立の高校です。運営費は税金で賄われますが、その主体は学校区とは独立した法人です。このKippは
Teach Americaという大卒者が都市部の問題の多い学校で2年間教えるというプログラムの出身者が作った学校で、都市部のそれまでは省みられなかった地域に学校をつくり、めざましい成果をあげています。
このTeach Americaは、名門大学を主としてリクルートした学生を短期の訓練を経て学校に送り込み、いままで、ないがしろにされていた、生徒の教育を若いエネルギーでおこなうというもので、Pomonaからも毎年このプログラムへの参加者が多数いるようです。

Kippが局地的ではあるけれども、いままで想像もできなかった成果を挙げていると言う事から、公立の学校の先生たちも今までに見なかった光を感じているようです。

数字だけみれば、絶望的な状況のなかにも、このような小さくても新しい活動がんばって存在することを思うと、希望は在るともいえます。