北加発:アメリカ合州国、教育、人々、その他、なんでも -41ページ目

名前

昨年の秋からあの湖で釣りをはじめたために、あたらしい友達が沢山できています。思いつく名前をざっとあげてみても。

Al, Alvin, Bob, Bob, Carl, Dan, Dave, David, Ed、 Emillio, Fred, Fred, Geary, Henry, Hideo, James, Jim, Jiro, Joe, Joe, Mike, Nick, Paul, Rich, Richard, Roi,Sam, Sadao、Sergio, Tom, Tai, Vic, Will

といった具合ですが、これら以外の沢山の人たちとも知り合いになりました。重複している名前があるのは、別人ですが、同名の人たちです。このようなまぎらわしい場合には、日系のBobかIrishのBobかといった人種からの区別がよく会話の中ででてきます。この例をみると、やはり人種が人々の意識のなかで区別の基準としてあるのかもしれません。同じ人種の場合には姓名ーLastnemeで区別をするということが普通のようです。

こちらの名前はそのバラエティが少ないせいでしょうか、同名の人が沢山います。学校の30人のクラスでも同名の子供がいたりします。WilliamはWill、Bill, Billyとよばれたりするように、Robert-Rob
Robby,Bob,Bobbyといった変形もありDickがRichardだったりするのが分かると言うのには、すこし時間がかります。その変形した自分好みのよびかたの名前にしても、同名が複数いるというのは、どうも紛らわしいと言う感じがします。

私の息子の名前も変形するものの一つですが、4歳の時にどう呼ばれたいかときいたら、これにするということなので、その名前で以後呼ばれています。子供英語に語尾にYをつけて、Birdy(小鳥ちゃん)Doggy
(犬ちゃん)といったかわいらしさをつけると言う用法がありますが、この用法を名前につけて呼ぶと、より親近感をあらわすという表現もありますね。 XXちゃんという感じなのでしょうが、私の日本語の名前に
Yをつけて呼ばれたこともあり、これは最初の時には誰の事かと思ったことがありました。

名は体を現すとか言いますが、Little XXとよばれる人が概してプロレスにでてくるような巨人だったりするのは、こちら一流の冗談なのでしょうね。

私は横文字の名前を覚えるのに四苦八苦するほうで、初回に名乗りあって、次回まで名前を覚えていること
は80以下だと思うので、上のリストにもれている人の数を思うと、おはずかしい限りです。


UC 入学審査改善案 2012

近くのSan Jose Mercury Newsの記事からの紹介です。
2012年度からの入学者にたいしての審査について改善策が現在検討されています。教授陣による対策会議によってもたらされた改善策は、

1、地域による入学保証(ELC)の対象を現在のトップ4%からトップ9%に引き上げる、この入学保証は  9校のうちのどれかを保障すると言う事で、キャンパスの選択権はない。

2、SAT Subject Testを審査から除外する。現在このテストを要求している州立大学はUCのみ。

3.高校のJrが終了の時点でUCへの入学要件が確保できていなくても、Sr.の時点でその要件をみたすべく
  努力中であれば、志願者を審査の対象として考慮する。現在は要件を満たしていなければ、門前払い。

4.審査項目の対象のなかで、SATや成績の比重を軽減する。課外活動なども考課の対象として、より私立
  大学の審査にちかいものにする。

5、現在の成績による高卒全体の入学保証率を上位12,5%から9。7%に引き下げる。現在はGPA.3.0
  要件の15コースを履修して、SATの点数が規定数あれば、いずれかのUCに合格ができる。引き下げ
  てできた空席は成績以外のものも勘案した審査によって合格した学生に振り当てる。

この案は理事の総会にかけられなければ、方針をして確定はしませんが、興味のあるところです。UC BerkeleyとUCLA以外の審査では、成績とSAT以外のものが審査の要素とならなかった今までとくらべると
より全人的な審査に近づいてくるのは良い傾向だと私は思います。

ドアのとりかえ

家の中のドアはもう5年位前に偽モノ"6 Panel Door"にぜんぶかえました。これは中空のドアでかるいので、ペンキをぬって、蝶番やドアノブの細工をみな一人でやって、とりつけました。たしか一枚$40くらいで安いプロジェクトでしたね。

今回は、ガレージの横から外に出るドアが、長年の雨風の晒されたせいか、ダメージがあり、替えることにしました。上のほうに明り取りのためのガラスが入ったもので、厚さは、なかのドアとおなじ1-3/8"です。ちなみに外のドアはふつう1-3/4"の厚さがあります。ガレージのなかは外とみなされているため、ガレージから家の中にはいるドアが外用のドアで、ガレージから外の出るドアは室内用の厚さのものです。

さて、このような少し特殊なドアは一般向けのDIYの大型店のHome DepotやLowesでは在庫をもっていないので、ひいきにしている材木やでこのドアを購入しました。ここでは、いつもこのスタイルのドアを置いています。$90のドアを買ってきて、息子をたたきおこして、手伝ってもらい、まずはいま、嵌っているドアのサイズをはかり、それと同じサイズにきりそろえます。このドアはガレージの内側にむけて開きますから、外側の幅は、閉じる際に枠に当たらないように外側よりも少しだけ小さくしなければなりません。これは、カンナに角度をつけてけずって規定のサイズにします。

ドアのサイズがきまったら、ペンキぬり、これが大事です。まずは下塗りのPrimerを一回、そのうえに上塗り2回、これで、10年はペンキをぬらなくても大丈夫です。大事な事は、上、下、横といったところを
丁寧にカバーする事ですね。ここまでが昨日の作業で、今日は、蝶番のをとりつけるための、溝ほりと鍵をつけるための穴あけの作業をします。蝶番のほうは、今、嵌っているドアをお手本にするために新しいドアに重ねて、その溝の場所をナイフの刃で精確に線をつけます。その線を目安にして、溝を切っていきます。
鑿と金槌でもできますが、この作業用のジグも売っていますから、それを使えば、ルーターで一発でできます。あと、鍵のほうは、上に重ねた今までのドアの鍵穴をガイドにして新しいドアに同じ穴を開けるだけですから、単純です。このあなが出来たら、それと直角に1”の穴をあけて出来上がりです。

口でいうのは簡単ですが、ドアというのは、引き出しのように、簡単にみえても、何度も微調整が必要と言った場合が多く、この作業、2-4時間くらいのものでしょうね。そろそろ息子をたたき起こして
朝ごはんをたべてもらい、ドアの回転、移動、「ちょっとおさえて、持ち上げてそのまま」と言った苦難を
経験してもらいましょうか。

彼のGREの塾はKaplanのもので、宿題のなかなか多く、宿題はOnlineでおこない、その締切時間もあるので、あまり怠けても居られなくなったようです。

明日は、彼のガールフレンドが泊りがけで訪ねてきます。楽しみにしています。

UCL:A. UC Berkeleyはどうしてすごい大学なのか?

受験生として、あるいは受験生の親の目で大学をみていると、どの大学が受験生にとっていいものかと言う観点からの評価となり、片手落ちの見方の弊害があるように思います。社会の中の教育機関としての大学の評価はその、機能からいって、また別のもののように感じます。

以前から考えていたのですが、大衆の教育機関としての公立の学校制度、大学制度というのはその国がよって起つ礎石となる人材の養成をする機関ですから、ことはNational Securityに関ってきます。また、このためには、人種や出自がどうであれ、学校の中で頭角を現せば、高い教育の機会が在るという制度が無くてはならない要素となってきます。お金が無くても、入学条件を満たしていれば、高等教育受けることができる援助制度も必要で、これができて、はじめて個人、個人が或る階層から上昇していけるという社会的な格差是正が可能となります。

また、このような学生をうけいれる受け皿の大学も必要です。教育権は州に属しているので、高等教育の場である大学は州立となります。この間、連邦政府が給付する学生向けの奨学金であるPell Grantの給付先のリストを見ていたら、全国の大学中でこの給付を受けている学生の比率のたかい大学のNo. 1とNo.2がこれらの大学でした。その比率は他に群を抜いて、30%代。少し古く2000のデータですが、このPell Grantの被給付学生の家庭の75%は年収が32000ドル以下だったといいますからほぼ貧困家庭です。

UCLA, UC Berkeleyを卒業すれば、優秀な学生だったと折り紙が着くわけで、彼らの持つ家庭の年収は子供が大学進学するころでは、自分の親の所得をおおきく上回るのは確実です。毎年、毎年、3000人以上の将来を変えていくこれらの大学は、社会改革の尖兵と言う意味で大変おおきな重みがあるように思います。

現在、州の財政危機のため、学生にたいする州の奨学給付金ーCal Grantの削減が知事から提言されていて
問題となっています。このGrantは、CCで年間$1500、UC,CSUではFee-授業料全額、私立では約$9000までの補助となっていますが、もしこの削減が行われれば、20000人以上の学生が影響を受けると言う事です。

息子のYouth Symphonyの仲良しのひとりがUC Berkeleyに進学しましたが、彼は一切親の援助を受けずに大学に行っています。Pell Grant, Cal Grant、Loan、Work Studyその上のバイトといったもので賄っています。今回の削減はすでに給付を受けている学生は削減の対象ではないということなので、彼は大丈夫のようです。

私が高校生のときの先生で東大卒のひとがいて、苦学生時代の話をよくしていました。みかん箱を机にして、飯にしょうゆをかけて食事をするといった様子だったようですが、今の東大生はどうなのでしょう。進学校にいける経済力のある家庭からの学生がやはり大多数なのでしょうか?階層の再生産が固定化の様相をしめしている世界のなかで、日本の教育による社会の平準化といったものも、いまは、昔の話なのでしょうか。

コンピューター ゲーム

私の息子はこれが大好きで暇があると、スクリーンにむかって遊んでいます。年をとると、このようなゲームから卒業するかと思っていたら、21歳になったいまでも大好きなようです。まあ、でも自分にとってだいじなことの順番は分かっているようなので、私もうるさくいったことはありません。

しかし、彼の高校時代を思い起こしてみると、もし、彼がゲームに費やした時間を学習の当てていたら、彼の大学選びの選択もまた違ったものに鳴っていたかも知れない、と言う印象ももっています。しかし、むかしから言われているように、タバコをやめれば、その分貯金がふえるかどうかという議論のように、ゲームがなければ、また学習とは違うところで時間をつかうということになり、結果としては同じかとも思ってしまいます。

しかし、現実には、ゲーム無しの高校生活をおくってきた男の子が大学進学のさいには、どうもゲームをしてきた生徒を凌駕するという結果が一般的のようですね。人生は選択の連続ですから、このゲームもそのひとつですね。また、この遊び方も自分対ゲームというやりかたや、インターネットをつかった、自分達と対戦相手という遊び方では大きな違いもあるように思います。集団の場合には、ゲームそのもののほかにある種の共同体的な仲間意識のたのしさと言うものがあるように思います。

私は、この面についてはまるで分からないので、息子からの受け売りですが、このような集団で遊ぶための
サーバーは個人が管理していて、会員になり会費をはらって遊ぶものもあるとか。その会員のひとりが息子で、どうもSenior Memberらしく管理人の覚えもめでたいといった様子です。UPSが昨日やってきて、大きな箱が届きました。なんと、これは新しいコンピューターで、息子の仲間のゲーマーが組み立てて送ってくれたそうです。費用は、この管理人が会費で儲かっている分から実費の半分を負担して、息子が後の半分を支払うということなのです。古いラップトップでゲームに参加していた息子を援助したいというのが、仲間たちの動機だったようです。

会った事もないない「友達」が彼のために部品をかって、組み立て、発送してくれるという人と人との関係というのは、私にはない新しい人との係わり合いのあり方のように思います。画面の中で、あるいはマイクとイヤホンと通じてのヴァーチャルな世界のなかでの人間の信頼関係というのは、限りなくもろいもののように、私には思われるのですが、共通項への思いの深さによってはちがってくるのでしょうか。

さて、昨日から息子のGREの授業がはじまり、初日は模擬テストだったそうです。このスコアによって指導方針をきめていくということなのでしょう。数学はやさしいので、ほかに力を入れたいと息子はいっていました。

彼のなかでは、ガールフレンドも大事、GREも大事、ゲームも大事といろいろあるのでしょうが、何が一番大事かということを忘れないで欲しいと思っています。もちろん21歳の彼にとって一番大事なのは、ガールフレンドです。

Bait and Tackle Shop

釣り道具屋のことをなんというかというと、Fishing Supply Storeなどという言い方もありますが、平たい言い方ではタイトルのように呼ばれています。餌と釣り道具店とでもいいましょうか。私が釣りをし始めた1970年代の後半には、それぞれの町、町にこの店がありました。私が住んでいる町にも2軒ほどあり、一軒はこちらのセブンイレブンと同じサイズ、もう一つはその半分くらいの規模でした。典型的なMom & Pop Shopという奴で、家族がそろって店にでていました。その当時は、チェインのドラッグストアやスーパーの店にも釣り道具やミミズなどの基本的な餌も置いてあったりしたものです。この時代は、前にもおはなししましたが、州の釣り許可証は年間5ドルでした。また、この頃のこの州の人口は2000万人くらいだったと記憶しています。

そうですね。私が釣りを始めてから5年くらいのうちに、大型のスポーツ用品店もできて、つりのセクションも大きく取られて、Fenwick, Limiglas、Seekerなどの、その頃の通がもとめる竿などを置いていました。今をときめくG. Loomisなどが出てくる以前のお話です。Don Greenという天才的なRod Designerがいてこの時まではFenwickの仕事をしていたわけですが、この人は後に独立して、Fly の分野では名の通ったSage というBrandをたちあげました。

おそらく、土地の価格の急騰といったものが原因となるのでしょうが、餌を売っていているくらいでは、生業が立たなくなったのでしょうか、その後、小規模と中規模のTackle Shopは店じまいをしたものや、初めても定着できない店ばかりで、今では私の町には、大規模店もふくめて、専門店は皆無となってしまいました。したがって、残っている釣具販売店はSport Authority と Walmartだけです。Walmart嫌いな私は、釣り道具の買出しのために片道20マイルの運転を余儀なくさせられています。

庶民の娯楽の大立者としてあった、釣りはいまでは、人々がかかわりをもつ娯楽の選択もふえたために、相対的な凋落をしているといえるかもしれません。Fly Fishing は別物で、ゴルフと同じくイギリス貴族の遊びですから、その希望者の数は増えるばかりのようです。このあいだ、友達になったフライフィッシャーマンと話をしたら、魚を全部戻すというがちがちのスポーツ倫理というのも考え物だと言っていました。というのは、たまには彼も虹鱒を食卓に上げたい方だからだそうですが、、、、

私は、外気にふれてオテントウさんのしたの水辺、海辺で竿をふるだけで幸せなほうですから、魚はボーナスという極論をしてもいいくらいです。しかし、この娯楽を続けていくためには、以前にまして、それなりの努力も必要とされるようになってしまいました。

カリフォルニアは燃えているか?

大昔の映画に「パリは燃えているか?」というものがありましたが、ご存知でしょうか?。この1ヶ月くらいはカリフォルニアは北も南も燃えっぱなしです。山火事の数が1000以上で、まいにち景色がかすんで見えるほどの煙が一面に蔓延しています。オーストラリアのシドニーの近くで、Blue Mountainという景勝地を訪ねましたが、これは山に生えているユーカリプタスが発散する油性をふくんだ蒸気のせいとかで、青いもやがかかったように遠景が見えますが、北カリフォルニアの景色は、その青さ加減では現在負けないように思います。

カリフォルニアだけでは、消防隊の数が足りないので、近隣の州から応援の消防隊がかけつけて助けてはくれていますが、これでも足りずに州兵たちも、消火作業に参加することになったといいます。飛行機やヘリコプターを使った消火活動とともに、地上で歩兵的な消火活動をする消防士のなかには囚人の消火隊も参加しています。今回の火事に参加をしているかどうか、分かりませんがアメリカの山火事の火消しのエリートのなかには、Hot ShotとよばれるNative Americanで構成される消防降下部隊もあり、道もない山の中に彼らは飛行機から火事の現場の近くに落下傘降下をして消火活動をします。

私の友達の一人がUC Berkeleyの森林学部を卒業して、California Department of Forestryの消火隊に勤めていた事があるのですが、彼によると、山火事の消火作業のあとでは一週間くらい煤で黒くなった痰がでたといっていました。ひどい煙の中の大変な作業だそうです。これはパートの仕事で山火事のシーズン中だけの仕事でした。

実は、2週間前にPerch Fishing に行った時も釣りがおわってからフリーウエイのあがってみたら、車がすくないのでどうしたかと思ったのですが、この時はフリーウエイの近くで火事があり、通行止めになったために、その下流からはいった私には車が異常にすくないと思われたわけですね。

昨日から高温が続いていて、今週の金曜日まではサンフランシスコ湾岸の近くの我が家のあたりでも95度Fから100度Fとなるとか、天井のファンを回して涼を求めていますが、山火事に最良の気候だとか。いつになったら澄み切った青空がみえるのか、心待ちにしている昨今です。

大学難易度ランキング

思いつき的にリストを書き写してみます。元ねたはPrinceton Reviewのランキングのなかの、Toughest
To Get Intoという項目です。まあ、表面的にみて感覚的にはおおむね、そんなもんかという感じがしないでもないのですが、別な感想のあるかたは、コメントをお寄せください。

では リストを

1.Harvard College
2.Princeton University
3.MIT
4.Yale University
5.Stanford University
6.Brown University
7.Columbia University,
8.U Penn
9.Washington Univesity at St. Louis
10.Cal Tech
11.Pomona College
12.Duke University
13.Amherst College
14。Williams College
15.Dartmouth College
16.Middlebury College
17.Cooper Union For the Advancement of Science and Art
18.Georgetown University
19.Harverford College
20.Swarthmore College

Based on Princeton Review Admission Rating

数年まえに比べると、Brownの人気が上がってきていることと、Duke、Dartmouthの人気が以前に比較して相対的に落ちているように思います。

例外と言ってしまえばそれまでですが、Julliardの合格率4%はHarvard Collegeも及ばないわけですし、またHarvey Mudd Collegeは、10,5くらいにあたるのではないかなどと、空想をしてみるのですが、いかがな物でしょう。このHarvey Muddとおなじように、Cal Techの受験生も自己淘汰の結果による受験が多いためか、学力の要求度と言う点からいえば、順位が低すぎるかなあと言う感じも持ちます。が
こんな感想は重箱の隅をつつくというような話です。大事なのは、この20校は難関であることと、これらの大学の共通項としては、お金(基金)が潤沢な大学だということだと思います。

また、受験生の個人レベルの話としては、たとえば、Stanford不合格、MIT合格といった話はあまたあり、それぞれの受験生がもっている特質のため、そのままこのリストが個人の受験生にとってどの大学に合格できるかのゲージともならないという面もあります。Harvardに合格できたら、それ以下の順位の大学にすべて合格できるかという訳でもないのが、こちらの入学審査です。ただ、受験生総体の集団のなかでの、傾向の目安と思えば納得のできるものかと思います。

Pomona FA 2008-2009

そろそろ来る頃だと思っていましたファイナンシャエイドの詳細がポモナから郵送されてきました。それをみると、来年度在学生の総経費は、

授業料 : $35318
学生会費 :  $307
寮費,食費:$12220
教科書 :  $900
Personal : $1000 (身の回り品?)

計     $49745

これに、大学までの旅費が加算

California : $100-$400

というわけで、我が家の総経費は $50145 となっています。

この金額にたいして、大学が援助するのは、奨学交付金 $32445、Work Study $2000となり
計 $34445の援助額となっています。ご存知のように、ローンがなくなったため、その分は交付金に振り代えられています。また、大学への支払額も去年より減っています。1040では、収入がすこし増えているにもかかわらず、交付金が増えているのは、大学側の計算の基礎が変わったためなのでしょうか?

さて、実際に大学に支払うのは、教科書とPersonalを除いた、$47845ですので我が家から大学にしはらうのは この金額から $32445を引いた、 $15400となります。ワイフも私もこの数字にたいしては、良かったねと一安心しています。昨日は息子に、お前は大学で勉強してるだけで、$30000以上もお金がもれえるけど、ひょっとするとこちらの方が初任給よりもいいかもというと、「そうかも」とちょっと深刻な顔でこたえていました。

$80000の教育を$15400で、またある場合には只でうけられるというのは、この国しかない現象なのかもしれませんね。

息子の帰還

考えてみれば、短い間のUniversity of Melbourneいきでした。6月にはいってから、試験期間中でしたが、早々と休みにはいったPomona Collegeの仲良しがMelbourneまで遊びに来て寮の部屋に泊まっていたそうです。彼女を案内しながら、試験勉強をしたりレポートを書いたりというラップトップなしではできない生活であったようです。彼女はPomona姉妹のひとりです。

彼はテストが終わってから、シドニーを訪ねてBack Packerとして4日ほど旅行をしてから、メルボルンにもどり、友達が計画してくれた送別会の次の日に日本に向かって発ちました。成田からSFOまでの空席がその日しか開いてなかったので、東京では2泊のみでした。でもメルボルンから到着した日には、私の友人が息子をホテルから連れ出してくれて、寿司を奢ってくれたそうです。リムジンバスのとまるホテルだったので、楽チンに2日後成田に戻りその足で帰国しました。

私たちがメルボルンを訪ねた時に、いらないものはもっていってあげるというわけで、私たちが彼の荷物の一部をすでに運んできていたせいか、トランクのスペースの問題も無かったようです。着いてすぐに彼がいうには、IHでの友達の一人が来学期、University of ChicagoにUniversity of Melbourneから留学するので、その途中に我が家に数泊するとのことでした。もう彼女はSFO経由シカゴいきの切符を手配したとかで、まあ、家は部屋も余っていますから、宿泊人については問題はありません。しかし、ちょうどこの間に息子のガールフレンドも泊りがけで遊びに来るはずだったと思い訊いてみると「大丈夫」と言う返事で
本当かと疑問ありですね。

帰ってきた次の日は、息子のガールフレンドが受講中のUC Berkeleyから訪ねてきて我が家で一緒にお昼をたべました。もう何度も会って気心が知れているせいか彼女もリラックスした様子でした。この人はかざらず、優しく、しかもシンの強いところもあり、私の好きなタイプの女性です。久しぶりだねというと、歩み寄って、Hugをしてくれるというのもいいですね。

さて、息子は時差にも負けず、帰国後2日目から以前のSummer Campのカウンセラーの仕事の訓練をうけています。今年はほかのプロジェクトもあるためサブとしてパートの仕事となりますが、戻ってきて欲しいといわれての再就職ですから、居心地はいいようです。

さて、この週末には、以前お話したNさんの高校卒業パーティに出席するつもりです。UCB,UCLA, UCSDと
合格した彼女は結局UCSDに進学することにしたそうです。独立心旺盛な彼女は家から遠いところがいいという希望もあり、専攻科目の履修についてはUCSDでも遜色はなりとの判断からこのキャンパスを選んだといいます。