ようやく分厚い4巻分のマハバーラト読み終わりました。結構「仏教用語」っぽく書かれていたりアルジュナがアルジュンだったり。僕が知ってる限りサンスクリットでは最後の「a」をちゃんと発音させるんだけどヒンドゥー語になると「a」の発音を省略してしまうので現代の会話では「ラーマ」が「ラーム」に、「バーラタ」が「バーラト」になるそうです。個人的には原音のサンスクリットの方が好きですがこれもその人次第でしょう。
「人は現世で生死を繰り返して何千もの父母、何百もの妻子と会い、そして別れる。無知な人間は毎回何千回もの喜びや悲しみを経験し、何百回もの恐怖に遭遇する。しかし、知恵者の心にはそのような愛別離苦、喜怒哀楽はなんの影響も与えないのだ。わたしはつねにそう叫びつづけているが、わたしの話に耳を傾けるものはいない。戒律を守れば解脱が得られ、真理が生かされ、願望も満たされる。それなのに、人はなぜか戒律を尊重しないのだ」
とヴィヤーサデーヴァが息子のシュカデーヴァに説いてます。一言で言うと現代はカリユガ、偽善と闘争の時代でマーヤー(本当でないものを本当であるように思わせてしまう力)の勢力がかなり大きいので当然です。誰も真の聖者を聖者と思わず、偽善者を救世主とあがめてしまう世の中ですから。
そういう風潮がかなりおおきい日本でマハバーラトが完訳されたのはとても稀な出来事でしょう。過去何人かチャレンジして何度も挫折させてきたマーヤーさんも少しばかりの思いやりを見せてくれたのかもしれません。ありがたいことです。
さて次は同じ訳者の「ラーマーヤン」これは「マハバーラト」の4分の1だから少しは楽かもしれないけどかなりの大きさです。そのうち文庫本にしてどこでも持ち運びできるようになったら良いなあと。
「人は現世で生死を繰り返して何千もの父母、何百もの妻子と会い、そして別れる。無知な人間は毎回何千回もの喜びや悲しみを経験し、何百回もの恐怖に遭遇する。しかし、知恵者の心にはそのような愛別離苦、喜怒哀楽はなんの影響も与えないのだ。わたしはつねにそう叫びつづけているが、わたしの話に耳を傾けるものはいない。戒律を守れば解脱が得られ、真理が生かされ、願望も満たされる。それなのに、人はなぜか戒律を尊重しないのだ」
とヴィヤーサデーヴァが息子のシュカデーヴァに説いてます。一言で言うと現代はカリユガ、偽善と闘争の時代でマーヤー(本当でないものを本当であるように思わせてしまう力)の勢力がかなり大きいので当然です。誰も真の聖者を聖者と思わず、偽善者を救世主とあがめてしまう世の中ですから。
そういう風潮がかなりおおきい日本でマハバーラトが完訳されたのはとても稀な出来事でしょう。過去何人かチャレンジして何度も挫折させてきたマーヤーさんも少しばかりの思いやりを見せてくれたのかもしれません。ありがたいことです。
さて次は同じ訳者の「ラーマーヤン」これは「マハバーラト」の4分の1だから少しは楽かもしれないけどかなりの大きさです。そのうち文庫本にしてどこでも持ち運びできるようになったら良いなあと。