所  謂、  東  京  散  歩。 -4ページ目

所  謂、  東  京  散  歩。



世 間 に 遍 く 知 れ 渡 っ た 名 所 や、

少 し 胡 散 臭 い 好 事 家 向 き の 数 多 の 珍 ス ポ ッ ト。

倦 む こ と の な い 東 京 散 歩 の 備 忘 録 で す。

tenmei

 
 
住宅にとって“暮らしやすさ”は
 一番大切な条件だと普通は考えますが、
 そんな常識に対するアンチテーゼとして造られたのが
 この「死なないための住宅:三鷹天命反転住宅」。
 ※メディアにもよく取り上げられる有名な建物!(^ε^)♪
 
 ニューヨークを拠点にする美術家・建築家の「荒川修作」と
 パートナーである「マドリン・ギンズ」による作品。
 単純なカタチを複雑に組み合わせたユニーク外観は
 14色のカラフルな色で細かく塗り分けられています。

 そして奇抜なのは外観だけではなく、
 凸凹だったり傾いていたりする“バリアフリー無視”の床や、
 ドアのないシャワーやトイレ、
 球体型の部屋など
 不思議でカラフルな空間は内側にも広がっているようです。

 ※2005年に分譲住宅として完成。総戸数9戸、2LDKと3LDKの2タイプ。現在は賃貸(家賃170,000円~)やショートステイの受付もしています(°∀°)b    
 
 この建物の気になるテーマ「死なないための住宅」には、
 非現実的なこの住居空間で無限な身体の可能性を体感し
 今まで眠らせてきた能力や感覚を
その刺激によって目覚めさせ、
 “
不可能を可能に” = “天命反転”  = “死なない”という
 理論的根拠(?)があるみたい。
 面白そうで興味はあるけど実際に住むことを考えたら
 建物に自分が負けそうで・・・。
 “バリアフリー無視”の物件だけに“敷居”が高いかナ~。
 


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kan

 
 8/20のブログ「夕立の後」の追記です。→●
 
 コレが『妙夢』の地下に置かれている
 同じく安田 侃(Kan Yasuda)さんの作品『意心帰』。
 白く大きな大理石の滑らかな固まりには
 絶妙な大きさの洞穴がありました。
 
 その肌触りが魅力的なのか、
 分厚い石に囲まれた空間に特別の静かさがあるのか・・・?
 靴を脱いで入り込んだ子供たちは
 中が気に入ったらしく、
 なかなか出てきません。

 もしかしたらコレが
 この彫刻を味わう最適で最高の鑑賞方法?
 でも大人がやったら通報されそうで・・・。

 ※「渋谷」にはこんな“注意書き”のある安田氏の作品もありましたが→●(^o^;)
  

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tiji

 
「上野」駅の【公園口】を出てすぐ、
東京文化会館」玄関脇に置かれている「安井誠一郎先生」の胸像。
 “芸術の森”の入口にあって、
 3倍以上は確実にある“でかい顔”と
 なぜか欠けている“左肩”が前から気になっていた彫刻です。

 碑文によると彼は「オリンピック」の東京招致に
 戦後いち早く名乗りを上げた“初代東京都知事”だとか。
 
目指した『第17回オリンピック』は“ローマ”に決まり招致は失敗しますが、
 次期都知事「東龍太郎」の時代に「第18回オリンピック」の東京開催が決定しています

 ※今回の「石原都知事が名乗りを上げ猪瀬都知事で決定!」に、なにやら似ていますネ~(^_^)v
 戦争で焼け野原となった首都東京を見事に復興させた功績を考えたら、
 どんなに“でかい顔”をされても文句は言えません。

 しかし「2020東京オリンピック開催決定」から
 今回の「都知事選」に至る残念な展開には、
 彼も“肩”を落としてガッカリしているでしょうネ~。
 


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rakugaki

  
 それはまるで“
ヒッチコック”の白黒映画「サイコ」。

 モノクロの大きな目が窓一杯にはめ込まれた
 不思議でちょっと恐い『キラー通り』にあった建物です。
 
 ※【青山通り】と交わる【外苑西通り】の交差点を中心とした前後約1kmが通称『キラー通り』。その名を広めたのはデザイナー「コシノジュンコ」さんだとか(^_^)v
   
 映画の中で殺人鬼の恐怖を強く印象づけた
 ヒロインの大きく見開かれた目のアップ。  
 
 
そういえばまわりの壁に描かれた
「キース・ヘリング」の落書き(本人の直筆:1983年の作品)も、
 ドラマでよく見る殺人現場の死体の場所を示した
 線のようにも見えたりして・・・。
【キラー(殺し屋)】のイメージに合わせた建物?
   

     
「キラー通り」のネーミングの由来には諸説あるようですが
 別に極悪なマイナスイメージにしたかったわけではなくて、
「キラーパス」や「おやじキラー」のような
 “魅了”や“悩殺”のニュアンスでつけられたのが真実かと・・・。
 ※通りが「殺人的な渋滞」だったとか、『青山墓地』の近くの通りだからという説も・・・(^_^;)
   
 因みにこの建物の所有者は
 向かいにある『ワタリウム美術館』。
  
 

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GOLD

 
『世界遺産』に指定された“日光”に比べ、
 ボロくて地味なイメージだったため
 そんなに注目していなかった“上野”の【東照宮】。

 しかし5年間もの大改修工事を終え、
 
それは豪華絢爛な“新品同様”の姿に生まれ変わっていました。

 写真は西陽に照らされた「金色堂」とも呼ばれる社殿。
【黄金の島・ジパング】の建物のごとく
 
まばゆいばかりの金色に光り輝いていました。
 仕上げには11cm角の金沢産の“金箔”が
 約10万枚も使われたのだとか。
  
 その影響か以前は200円だった「拝観料」が
 今回の公開では急騰して500円に。
 でも“見る価値”は確実に
 それ以上アップしていると思います。
 


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inu

  
 さすがに絶対的な象徴である【C11型蒸気機関車】ほどは目立ちませんが、
 新橋駅西口の「SL広場」で堂々と胸を張り
 立っているのがこの『乙女と盲導犬の像』。

 “盲導犬”の普及活動の一環として昭和44年に立てられたこの像。 
 モチーフとなった初期の“盲導犬”は、
 現在主流の「レトリバー系」ではなく「シェパード」だったようです。
 ※国内で育てられた盲導犬第1号の“チャンピイ”もシェパードでしたU^ェ^U
 
 
警察犬のイメージが強く強面のこの犬種を
 少しでも優しく見せるためなのか、
 像の「シェパード」は口を開け
 正面から見ると少し笑っているような表情。
 任務遂行中の緊張感はありませんが、
「自分のスペックを持ってすれば、誘導など楽勝~!」
 だと言わんばかりの自信あふれる顔にも見えました。

 

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KIDATI

 
「巣鴨」は【とげぬき地蔵尊】で有名ですが、
 山手線でおよそ反対側の「大崎」では
 トゲが生えてくる??

 
 床のプレートによると
 タイトルは【GROVE 木立】。
 でも小鳥のさえずりが聞こえるような
 爽やかなイメージとは程遠い、
 擬音を付けるなら“グサッ”がピッタリな
【大崎ゲートシティ】のモニュメントです。
 
 もしかしたら
【ゲート】を逆から読んで・・・が、
 ここに置かれた本当の理由!?
 


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entaigo

 
 “松任谷”になる前の「ユーミン(荒井由美)」が1976年に
「中央フリーウェイ♪ 調布基地を追~い越し~」と歌った「調布飛行場」。
 でもその2年前(1974年)には既に米軍からの返還が終了し、
「基地」ではなかったようですが・・・。
 
「調布飛行場」には戦時中、
 東京への空襲を食い止める最後の基地として
 多くの戦闘機が配備されていたそうです。
 その歴史を“戦争の遺跡”として
 今に伝えるの
がこの「掩体壕(えんたいごう)」。 
 飛行場の北側に隣接する「武蔵野の森公園」に保存されていて、

 手前に写るブロンズ模型(一部断面)からも分かるように
 戦闘機(飛燕:ひえん)を爆撃から守る
コンクリート製の専用
防空壕です。
 
※ここには60基ほど有ったそうですが、現存するのは4基だけ(^_^)v 

 ふさがれた正面には
実物大の「飛燕」が
 “だまし絵”のように描かれていました。
※退色して見にくいですが・・・(;^_^A 
 いっそ実物大の戦闘機の模型を中に置いた方が
 もっと臨場感が出て分かり安いかと思いましたが、
 地震での倒壊を防ぐため内部には
 発泡スチロールが充填されてしまっているようで・・・。
 ま~展示をするならオフェンスの「戦闘機」より
 ディフェンスの
「掩体壕」のほうが“平和なイメージ”で、
 なにかとよろしいのでしょうね~。
 


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3saro

 
 二股にキレイに分かれた道の正面
 鎮座するお地蔵様の小さなお堂。
 “角地”のように見えますが後にも道があるので、
 そこは取り残された“三角地”。
 
 お地蔵様が造られたのは江戸時代末期だそうですが、
 事情があって昭和の初めに他の場所へお地蔵様が移されていた時
 子供が疫病にかかり村に不幸が続いたのだとか。
 そこで村人はこの場所にお堂を建てお地蔵様を戻し、
 “徳によってこの地が明るく住み良い町になるように”の願いを込め
「徳明地蔵尊」と命名したそうです。
 
 そんな“曰く付き”ではいくら邪魔でも移動できないのかな~!?
 でも変形の交差点に置かれた“ロータリー”のようなこの存在が、
 意外と交通事故の防止に貢献しているのかもしれません。
 


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AMI

 
 イタズラしたのは明らかにこの子じゃなくて
 どこかの心ない不届き者なのですが、
 結果的に気の毒にも檻に入れられ
 囚われの身になってしまった「備前焼」の狛犬です。 
 
 でもイタズラした張本人にも既に、
「もうしないから許して~~」というくらいの
 バチが当たっているのかも知れませんが・・・!?
  
 
「北品川」にあるここ『品川神社』は
 古くは「源頼朝」が祀り、
「徳川家康」が関ヶ原への出陣前に戦勝祈願をし、
 今では“東京十社”の一つに数えられる由緒ある神社。
 この狛犬も造られてから180年以上が経っているそうで、
 色々あったであろうその時の長さを考えれば、
 “陶器”でここまで原形をとどめているのは
 奇跡的な事なのかも知れません。
 
※檻に入れられたのは、近頃みたいです・・・(T▽T;) 
    


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