あわせて一本/チルドレン
チルドレン
伊坂幸太郎
- チルドレン (講談社文庫 (い111-1))/伊坂 幸太郎
- ¥620
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ゆるくつながる短篇集です。
全短篇に「日常の謎」ともいうような、ゆるめの謎解きがあります。
「バンク」は、銀行強盗に出くわしてしまう話。
「砂漠 」の西島のような、省みない暴論でまかせをいいながら、なぜか他人の役にたってしまう陣内という人物が読んでいて楽しい作品です。
「チルドレン」は、家裁調査官の話。万引きで呼び出した親子の様子が少し変で・・・。
人情モノにならないところがいいですね。前出の陣内が家裁調査官になっています。適任です。よくこんな仕事を見つけました。
「レトリーバー」
これは、その陣内の失恋話から始まる謎解きです。
「失恋した俺のために、今、この場所の時間は止まっている」という陣内。
はたして本当に時間はとまっているのでしょうか。
「チルドレンⅡ」
離婚調停の話なのになぜか陣内のやっているパンクバンドに行くことになります。
「バンク」でもでてきましたが、陣内のパンクはじつはいいらしいです。
「イン」
デパートの屋上になぜか陣内がバイトをしているというので、盲目の永瀬とその恋人の優子と盲導犬ベスが行くという話。ラストはなんだかスッとしました。
「砂漠 」「終末のフール 」を読んだ後のなので「小品」という感じがしましたが、それはそれで味わいがある作品でした。しかし私の感じる味わいは、登場人物のほのかな人の良さがいいな、と思っているのですが、それだけではさすがに人気作家となるほどではないと思います。
とすると、やっぱり謎解きがいいんですかね。
恩田陸「黒と茶の幻想 」のでも思いましたが、謎解き、人気があるんだな(もちろんそれだけではないですが)と再認識しました。
敗戦のトラウマととジーコのシンプルな偉大さ/神の苦悩-ジーコといた15年-
神の苦悩
鈴木國弘
- 神の苦悩-ジーコといた15年/鈴木 國弘
- ¥1,575
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ジーコ の通訳をずっとやっていた鈴木さんの 日本代表時代のジーコ監督について語ったもの。
鈴木さん、高校生のときにサッカーボールと下着だけもってブラジルに密航しようとするぐらいブラジル好きのひとなので、書いてあることもなんだかラテン系。感情バッチリ入っていますが、でもその分普通のルポにならなく面白い作品でした。
第一章はいきなり、W杯ドイツ大会での日本対ブラジル戦直後のあまりのブラジルの強さにショックを受けたところから。
実は選手もスタッフもブラジルとそれなりにやれると思っていたところをチンチンにやられて結構ショックだったそうです。
鈴木さんはあまりにショックでその夜はたいして眠れず翌朝、食事をとるためスタッフが集まると、もうジーコはショックから回復していたそうです。
それで鈴木さんはおもわず、何で負けたか、なんであんな負け方をしてしまったかをジーコに尋ねると
「それは、ブラジルみたいなチームはああいう状況での試合運びはうまいので絶対にリードされてはいけないんだ・・・」
と色々な分析を話し出し、それを聞きながら、こういう切り替えの早さもジーコのすごさなんだなぁ、と実感したそうです。
その他、鹿島に入ったときからのエピソードなど、色々書いてあるのですが、あぁジーコって、ホント日本のことを考えてくれていたんだ、ということ。
鹿島時代は周りは2流のアマチュアばっかりだったので、それこそcm単位でポジションのことを厳しく指導していたのですが、日本代表監督としては選手のレベルも違うのでそんなポジショニングのことは細かく言わずに、できるだけ選手にまかせて、監督としてはチームを家族みたいな雰囲気にしていこうとしていたことでした。
マスコミは色々不協和音を伝えていましたが、逆にいうと不協和音以外のメロディー、レギュラー選手からはたとえば俊輔は「監督とW杯に行きたい、勝たせてあげたい」といっていることやヒデも「ジーコだから代表に入った」というコメントは、そのファミリーとしての確かさが伝わってきます。
徹底して手を抜かない方針や選手のことを考える様子、そして絶大な技術と経験の積み重ねを読んでいると、やっぱり偉大な監督で十分にそのことを理解したかったなぁということ、その監督をもってしてもベスト16に入れなかったことは思っていたよりもショックなこととしてもっと真剣に考えてもいいのかも、と思いました。
実はそのショックからまだ多くの人は立ち直ってはいないのではないかということも、改めて感じます。
ブラジルで性格も人柄もそしてサッカーの技術も含めて尊敬できる人として1位を争うようなジーコ。
もう、日本と関連もあんまりなさそうなのですが、改めてジーコの人柄も含めての功績に心打たれた内容でした。
最後に気に入ったところ、ジーコのすごさと日本人の足りない部分を抜書き。
P113-114
「後に実兄のエドゥーから聞いた話だけど、ジーコが技術的に一番すごかったのは13歳のときだったという。・・・ジダンがやるルーレットとか、ロナウジーニョのエラシコとか高難易度の技を何でもできたそうだ。エドゥーは「あいつがボールを使ってできないことは何もなかったといっていた。」
しかしジーコのすごいところは、フラメンゴ入団で、自分のサッカー観というかプレー観をすっかり変えてしまったところだ。・・・だから、ゴールを挙げることに本当に集中してしまって、不必要な曲芸のようなプレーを全部捨ててしまったという。」
- ジーコ備忘録 (FOOTBALL Nippon Books)/ジーコ
- ¥1,890
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普通の小説家への道/夢を与える
夢を与える
綿矢りさ
- 夢を与える/綿矢 りさ
- ¥1,365
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幼いときに芸能界にスカウトされた女の子が、芸能界と関係を保ちつつ順調に育っていくものの、初めて彼ができてからだんだんとバランスを壊していく、という話。
母がフランス人と結婚するためにわざと妊娠したとか、フランス人の父がずっと不倫をしていてそれが非常に年上の人だったとか、主人公の起用されたCMが、本人の成長とともにほぼ永年撮影していくというCMだったとか、要所要所に面白いところがあるのですが、ストーリーも出ている人物も想像の範囲を超えない人たちばかりで、そういう意味では何を書きたかったかよく分からなかった作品でした。
唯一、そういうものかと思ったのは、男性の性についての女性の感じ方。
思い通りにならない彼氏との間について、
「男の子の性欲は規則正しくて、尽きたと思えばまたきちんと湧いてきて、なんて安心させてくれるものなんだろう」
なるほど、うまいことをいう。
あと、相変わらずタイトルはうまいですね。
『蹴りたい背中』といい『夢を与える』といい、ちょっと違和感を与えて、読むと納得というタイトルは秀逸です。
まぁ、時間が空いたとはいえ芥川賞受賞後第一作目。
結構小さなこだわりに固執して、なんだか変な作品になることが多い受賞後第一作目、ということなのか今までの、通常の人物設定のなかであらわれるリリカルな感性(蹴りたい背中 )は影をひそめてしまったように感じました。
その路線に戻るのか、それは若さゆえということで違う路線をいくのか、ただのうまい作家になってしまうのか、これから数冊が本当の力を試されるところですね。
しかし、いまでは同時受賞の金原ひとみ にずいぶん差をあけられてしまいましたね。
ショートショートの価値/星新一
星新一
1001話をつくった人
最相葉月
- 星新一 一〇〇一話をつくった人/最相 葉月
- ¥2,415
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ショートショートの第一人者、星新一。
その伝記です。
なんだか悲しい話でした。
戦前全国展開し、お客にも経営者にも夢と希望を与えた星薬局。
そこの社長、星一の長男として「星親一」は生まれました。
規模も大きくなり、政商、と言われる規模にまで発展したところで、戦争終結、そしてカリスマ社長の死。
長男として後を継ぎますが、教育はされてはいたものの、清濁併せ呑んで業界の魑魅魍魎とやりあうには、性格もあいませんでしたし、年齢もまだまだ(20代前半)でした。
様様な利権が絡む中で、気が付けば多くの財産と多くの借金。それも誰のものかよく分からない状態。ある程度整理がついたところで自分は閑職に退き、しばらくすると小説を書き始めるのでした。そして「星新一」が生まれるのです。
人間くさい部分を極力排し、ぞくっとするような、皮肉めいたような、くすっとするような、奇抜な取り合わせと鮮烈なオチ。
そのショートショートは、元来の自分にも他人にも感情めいた部分に興味がもてない性格と、社長時代に味わった人間のどろどろした部分からの逃避、それが合わさった不思議に今までの日本の小説とは違う、オリジナルなものでした。
しかし、不幸はそのオリジナル、ということにあったのでしょう。
ショートショートといえば後にも先にも星新一です。
他にも数多くのショートショート作家がいれば、その分野での比較ができ、その良さが位置付けられたのでしょうが、他にいないため、「ショートショートの星新一」として読まれることしかできなかったのです。
時代は純文学全盛。
SF・ショートショートは星新一とともに成長したようなものです。
その新分野のオーソリティーを的確に評価できる人はだれもいなかったのです。
他の作家は、それなりの評価や賞を得ていくのに、自分はなにも与えられない。
初期の自分の才気のみでジャンルを切り開いていたころとは違い、何を目指しているのか分からなくなり、スランプに陥っていくのでした。
そこで自ら偉業として1001話を目指すようになるのです。
作家としては、マンネリを書いて売れればそれが最高、という感じで皮肉めいて言ってはみるものの1001話を目指した創作活動は質と量を保ち、媒体も確保しながらの困難な道でした。
そして星新一らしく、1000話ではなく1001話、それも1001話を9雑誌に同時9編を掲載し1001話越えとなるのでした。
トータルで2000万冊以上売れ、現在でも売れつづけ、翻訳も多い星新一のショートショート。
それだけで十分価値があることは自明なのですが、晩年の星新一は過去の作家として扱われ、なんだかさびしげでした。
ショートショートの作家として軽んじられた様子とそのさびしげな反応を読んでいると、やっぱり人は評価されなければ自家中毒に陥ってしまうものなのか、と思いながら、最相というノンフィクション作家から見た目が相見えただけで、誰も知らないところでそれなりに満足した作家生活だったのかも、と思ってしまいます。
いずれにせよ、そのうち星新一の再評価が行われるような予感を感じさせる作品でした。
といいつつ、私はほとんど星新一の作品を読んだことがありません。
私も純文学至上主義に侵されていることを新たに自覚した作品でした。
イタリア現代古典/タタール人の砂漠
タタール人の砂漠
ディーノ・ブッツァーティ
- タタール人の砂漠 (イタリア叢書)/ディーノ ブッツァーティ
- ¥1,631
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1940年のイタリアの作品。なのに現代サラリーマン向けの作品かと思ってしまいました。
あらすじ
主人公は、将官に任官し、最初の任地バスティアーニ砦に赴くことになりました。
まだ20代の若者であり、多くの希望を持って訪れた砦は、町から遠く離れた僻地であり、敵の訪れる気配も感じられないような場所。
到着当初から任地の変更を求め、上官に「数ヵ月後なら」ということで、砦で任務につくことに。
儀式めいた歩哨の巡回、果てしなく続く砂漠、岩山に屹立する城壁、弛緩しながらも何かを待ちわびる上官と同僚と自分。そういった日常を過ごしていくうちに、砦に魅入られ、数ヶ月が過ぎ、主人公は任地としてバスティアーニ砦にいつづけることになります。
散発的におこる事件。待ちわびる何か。そして磨耗していく時間と自分。
僻地での任務を語りながら飽きさせない小説的技法、しかも抽象度が高いため、今読んでもまったく古いという気がしません。
むしろ思い当たるところ多々、という感じで古典とはこういうものかと思いました。
途中で幻想小説と気づきましたが、とてもリアルに読めます。
薦められなければ読む本ではありませんので、興味があれば是非。
映画もあるようです。
是非砂漠と砦の映像をみたいのですが、日本語字幕版はあるのでしょうか。
つかざるをえない嘘/第三の嘘
第三の嘘
アガタ・クリストフ
- 第三の嘘 (ハヤカワepi文庫)/堀 茂樹
- ¥693
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一応完結作です。
前の2冊を読んでから読まないと、分かりづらいと思います。
『ふたりの証拠 』の最後で読者に提示された問題
「結局、双子ではなかったのか。すべては空想なのか」
に答える本です。
解説まで読んでしまったから言えることですが、
「双子の生活、というものを作り出さなければ行きぬいてこれなかった現実」
ということが主題だったんですね。
本書では、前二作を補完するように物語が進みます。
国境を越えたリュカと、国に留まり母と一緒のクラウス。
そのリュカの越境後と、街に戻ってきてクラウスを探す物語。
リュカとクラウスの再会、そして書き手の物語
前2作からうっすらと遊離しながら物語が編まれる様子が、これまでの作品がどうして生まれてきたかが分かるようになります。
戦時という異常な状況から、戦後、そして「戦後は終わった」という時期を得るに連れて、日常は平静平穏を取り戻しながら、主人公はうまくなじんでいくことができません。
戦争という穴凹にあわせて育った精神の凸は万能ではなく、徐々にその特殊性から破綻していき、間接的にその穴凹の深さが痛切に感じられます。
鳩よ!1995年8月号のアゴタ・クリストフへのインタビューで、 佐藤亜紀が書いているように
「<いつかいた場所>への帰還が現実にある土地への帰還などではなく、「第三の嘘」そのままに、想像と現実の合わせ鏡でできた迷路を辿って、本当はいるとも思っていない、もう1人との似もつかない自分に会いに行く、悪魔のような経験であることも、そうした読者にはわかるに違いない」
と、その想像の迷路の理由を的確に言い表しています。
「悪童日記」は、センセーショナルで独自の理性的な内容で
「ふたりの証拠」は、その理性の崩壊
「第三の嘘」は、その迷路全体の構造解析
という構成です。こんな構成になっている作品なんて他に知りません。
3冊読んで、薄い批評めいた感想だけで終わらずよかったですが、食べたことのない外国料理を口に突っ込まれたような困惑が残りました。
理性的でいることの代償/二人の証拠
二人の証拠
アゴタ・クリストフ
- ふたりの証拠 (ハヤカワepi文庫)/アゴタ クリストフ
- ¥693
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1作目の『悪童日記 』では、理性的に冷酷にならざるをえなかった双子の戦時の日常でしたが、今度はその双子が、はなればなれになった後の戦後の話です。
あらすじは、
戦時という状況にあわせて生き抜いてこられた主人公が、一人になったとたん、朦朧とした生活を送るようになってしまいます。
いくら理性が優れているとはいえ、別離の苦しみに、今までどおりに日常生活を送ることができなくなってしまったのです。
そして自分の子を殺そうと悩んでいる若い母と偶然出会い、一緒に暮らすようになります。
父の子を産んだ女と障害の子との生活。
支えなければいけないものを手にして、主人公の生活はハリを取り戻します。
占領下のややこしい時期にかかわらず、ややこしい状況で生き抜こうとし、さらに主人公に恋のようなものが訪れます。相手は未亡人の図書館司書。
相変わらず心理描写は書かれないものの、自ら重ねる深刻な状況が、その心情を代弁しているようにも思えます。
そして衝撃の最後。
総論としては、結局人は理性的であることのみでは生きられない、ということでしょうか。
『悪童日記 』ではあれだけみごとに戦時中における理性的な生き方をしながら、それは本人に罪はないもののやっぱり異常な生き方だった、ということなのでしょうか。
そういう意味では『悪童日記 』よりも衝撃的なラストでした。
牝とか牡とか/コンビニ・ララバイ
コンビニ・ララバイ
池永陽
- コンビニ・ララバイ (集英社文庫)/池永 陽
- ¥630
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事故で子供と妻を亡くした夫が経営するコンビニについてのお話。
生きる気力を失っている経営者の優しくも押し付けがましくないことに惹かれるのか、ヤクザの見習が店員に恋したり、年増のホステスができの悪い男と暮らしていて夜逃げするのに商品をパクったことを気に病んだり、万引き少女を気にかけたり、離婚した女が店長に恋をしていたり、ま、色々何かが起きて去っていきます。
ありがちな人情・泣けるお話の一歩手前ぐらいでやめているのがうまいところなのでしょうか。
うーんこういう本を読んで「何がいいたかったの」というのは、感動の腑分けみたいな、ジョークに説明を求めるような、間違いなんでしょうね。ふつうにジンときた、ということでいいのでしょう。
読んでいて気になったのが「赤い目だった。牝を追いつめる獣の目だった。」などという表記。
市井の人はそんにな牝だの牡だのみんな思っているのでしょうか。
表紙が単行本と文庫で違うのですね。
どっちも悪くないですが、似たような表紙、変える必要があるんでしょうか。
- コンビニ・ララバイ/池永 陽
- ¥1,680
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戦中女学校ミステリ/倒立する塔の殺人
倒立する塔の殺人
皆川博子
- 倒立する塔の殺人 (ミステリーYA!)/皆川 博子
- ¥1,365
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戦中
女学校
ミッションスクール
鏡
絵画
本
クラシック
お姉さま
妹
殺人
ミステリ
と様様な要素をちりばめながらかかれたもの。
特殊な欲求のために書かれた本なのかなぁ、と思っていたのですが意外に細かい数字もでていたので(米価が配給と闇米では二千倍以上違う)、感心しました。
あらすじは、ざっとこんな感じ。
青果物屋の娘の通う女学校は、上流階級の子女が多く、その娘はなにかギャップを感じてしまいます。
そんな上流階級の友人の1人と偶然仲良くなり、その友人から1冊の本を手渡されます。
それが「倒立する塔の殺人」という手書きの本。
それは、その友人が慕っていた先輩少女がまわし書きしていた小説のようなものでした。
しかしその先輩少女は戦中に不可解な死に方をしていました。
友人は娘にその謎を解いて欲しかったのです。
その本にかかれているのは、奇妙な外人講師の話、戦時中の少女の話、そしてその友人の話、です。
現実とその本を行き来しながら、人の情念の深さが覗き、その謎が解かれていきます。
ミステリにも少女趣味にも興味がないのであまり読み込めませんでしたが(だったら読むな、という話です、はい)、少女達が世界を憂うとき、本で言えばアンリの「地獄 」や「カラマゾフ兄弟」、絵でいえば「エゴン・シーレ」あたりが出てくることはわかりますが、一番疎い音楽では「ポロネーズ第四番」などが出てきますが、この辺はまったく分かりませんでした。
なんだか十代のことを思い出してしまいましたね。
- カラマーゾフの兄弟1 (光文社古典新訳文庫)/ドストエフスキー
- ¥760
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- カラマーゾフの兄弟2 (光文社古典新訳文庫)/ドストエフスキー
- ¥820
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- カラマーゾフの兄弟3 (光文社古典新訳文庫)/ドストエフスキー
- ¥880
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- カラマーゾフの兄弟 4 (光文社古典新訳文庫)/亀山 郁夫
- ¥1,080
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- カラマーゾフの兄弟 5 エピローグ別巻 (5) (光文社古典新訳文庫)/ドストエフスキー
- ¥660
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- エーゴン・シーレ 日記と手紙
- ¥2,730
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雪を降らすのは誰か/砂漠
砂漠
伊坂幸太郎
- 砂漠/伊坂 幸太郎
- ¥1,600
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早速2冊目の伊坂幸太郎「砂漠」
面白かったです。
クールな理知的な北村
騒がしくコミュニケーション能力が高い鳥井
物静かで超能力が使える南
無愛想で美人な東堂
そして、熱くて融通が利かずやっかいな正義感がある西嶋
この5人が仙台の大学で繰り広げる典型的な青春物です。
主人公は北村ですが一人称ですが、キーは、西嶋の人物造詣です。
最初のクラスコンパで、突然西嶋がマイクを持って会場に入り言います。
「ちょっと、何をしんとしているのですか? だいたいね、世界のあちこちで戦争が起きているっていうのにね、俺達は何をやっているんですか。平和の話をしているんですよ、俺は。呆れててどうするんですか」
「その気になればね、砂漠に雪を降らすことだって、余裕でできるんですよ」
「俺がいいたいのはね、どうして、あの雀荘のオヤジたちは、俺の仕送りをあんなに必死になってうばっていったかってことなんですよ。平和をね、平和を作っている俺の金を。平和を願ったピンフをね、満貫、ハネ満でやっつけて、何が嬉しいんだってことですよ」
正論を吐きながら、でもその正論にたいするまっとうな意見を恐れない支離滅裂な西嶋を中心に、なぜか西嶋に惹かれた4人の4年間が描かれています。
それぞれしっかりと人物が書かれていて、それだけで十分面白いのですが、改めて伊坂幸太郎の魅力を実感したのは、バカらしい話をバカらしい話と理解した上でユーモアとして書いていることです。
「北村を誘いに来たんだよ」
「何に誘いに」
「中国語と確率の勉強」
「麻雀?」僕が言うと鳥井が指を鳴らした。「よく分かったな」
「昨日、西嶋にも同じ誘われ方をした」
よくあるばかげた話ですが、最後に「昨日、西嶋にも同じ誘われ方をした」と重ね、「中国語と確率」のギャグが前提になっているあたり、通俗一歩前で通俗な自分を笑っているようで、好みです。
何事にもさめきっている僕の大学生活が、もしかすると彼らによって、劇的なものになるかも知れない。そんな予感とも期待ともつかない気配を、その時僕は感じていた。
なんてことは、まるでない。
などと、くさくなる前に「なんてことは、まるでない」と布石を打つあたりも、同じですね。
それとやっぱり人を見る目でしょうか。
西嶋みたいな、かかわると厄介な人間の魅力に気づいて、愛してしまう人たちで物語を作ってしまうのは、その温かさを感じてしまいます。
この目線と自分を笑うユーモアがあれば、SFだろうが青春ものだろうがミステリだろうがなんだっていいです。
これからが楽しみすぎて、ちょっともったいないので、しばらく間をおこうかと思います。
何なら期待を裏切ってイマイチなほうがなぜか安心、というわけの分からない気持ちです。
ちなみに表紙は結構スキですね。
へんにおしゃれなものより「馬鹿で無謀な若者」感がでていて悪くありません(評判は悪いようですが)。
これを書いた清伊吹さん、って誰なのか、どなたか知っています?
あんまり変な名前でちょっと調べても分からないので、作家本人なのか疑ってしまいます。
しかしどうでもいいですがこれを読んで村上春樹のノルウェイの森を思い出しました。
主人公と寮で同じ部屋にいた「突撃隊」のことです。
なんだか「突撃隊」と西嶋はよく似たひとだなぁ(愛すべきところがありながら社会に適応しづらい人)、と思いながらその扱いがずいぶん違うなぁ、と。
こういう比較はよくないのかもしれませんが、村上春樹はずいぶんと人が悪いなと。
ま、そういうのも含めより正直ベースに近い人物像も村上春樹の魅力なんですがね。
- ノルウェイの森 上 (講談社文庫)/村上 春樹
- ¥540
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- ノルウェイの森 下 (講談社文庫)/村上 春樹
- ¥540
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