できれば本に埋もれて眠りたい -9ページ目

底流に流れるもの/映画篇


映画篇

金城一紀

映画篇/金城 一紀
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中の短篇

太陽がいっぱい」は青年苦悩系で源流は「GO

愛の泉」は青春ドタバタ系で源流は「レヴォリューションNo.3


金城一紀の一つの集大成をみました。


対話篇 」から続く短篇集です。


太陽がいっぱい」は、小さなころから一緒に映画を見て育った友人との話。

二人は、民族学校に通う一人親家庭、という共通のバックボーンを背負い、映画を通じて仲がよくなっていくのですが、進学などにより次第にすれ違っていきます。


金城流、スタンド・バイ・ミー、といった感じです。


友人がだんだんとガラが悪くなっていき、でも声がうまくかけられない感じがうまくかかれています。


一番気に入ったシーンは、同窓会で、主人公が大学生、友人が取り立て屋になってから出会い、二人で映画を見に行き、それがひどい映画で、見終わった後に友人が言います。


才能ってのは力のことだよ。でもって、力を持っている人間はそれをひけらかすために使うか、誰かを救うために使うか、自分で選択できるんだ。さっきの映画を作った連中は、ひけらかすほうを選んだんだよ。たいして語りたこともねぇくせに、自分の力だけは見せつけたくて映画を作るから、結果的にせんずりこいているみたいなひとりよがりの作品ができあがるってわけさ


ああ、なるほどって、思いましたね。

世の中に才能はあるけどくだらない人間がいる理由がわかりました。


毎日が確実に楽しめる手段としての映画の効用を、今更だけどきっちり描いているところが最近の金城一紀らしいところでした。



愛の泉」は、親族一同の心の支えであるおばあちゃんが、おじいちゃんが亡くなってから元気がないので元気付けになにかしよう、ということに孫達の間でなり、じゃあ、という話。


これは「レヴォリューションNo.3」のゾンビーズののりで、肩の力を抜いて読めば誰でも笑って読めるというものです。


いつものように愛すべき個性的なキャラクターがそろっていて、すでに親族のなかでおばあちゃんについで説得力をもっているゴッドファーザー的な律子ねえちゃんとか、おばあちゃんを励ますために何がいいか考えているときに「ユンケル一年分」といってしまうアホアホパワー満載のケン坊とか、登場人物が動いているだけで楽しめます。


そのほかの短篇として「ドラゴン怒りの鉄拳」「恋のためらい/フランキーとジョニー もしくは トゥルー・ロマンス」「ペイル・ライダー」が入っています。


「俺ってこんなにセンシティブ」とか「私ってこんなにイマジネーション豊かなの」とかそんなことを書くのではなくて、他人を元気付けるために映画や本は存在しているんだ、という事が金城一紀の本流なんだなぁと思い、いまどきそんなことをきっちりやりきるのは偉い、と思いました。


SPEED 」は、イマイチでしたが、うん、やっぱり金城一紀はよく分かってらっしゃる、と再認識。


しかしまぁ、読んだ人はみんなそう思うのだろうけど、映画を観たくなりましたね。

それと少しずつ関連している短篇の中で「ひどい映画」として扱われている映画は何なんでしょうね。

これだけ非難されていると逆に気になります。


太陽がいっぱい/アラン・ドロン
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ドラゴン怒りの鉄拳 デジタル・リマスター版
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恋のためらい フランキーとジョニー
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トゥルー・ロマンス <吹替版>
¥1,554

ペイルライダー
¥1,890

愛の泉 <期間限定生産>
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答えのない問いに答える/重力ピエロ

重力ピエロ

伊坂幸太郎


重力ピエロ (新潮文庫)/伊坂 幸太郎
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伊坂流の、重い話題を扱いながらも軽く進むストーリーです。


父母私弟の家族構成。美人の母はすでに亡くなり、父は癌の

検査入院中。そして弟は、母が強姦されたときにできた子供と

いう重い過去があります。


兄弟はすでに成人し働いています。

父の入院にあわせて家族が揃い、その時、仙台市内の連続

放火の奇妙な一致に弟が気づき、兄に伝えます。


兄はその謎解きをしながら、弟の奇妙な言動、弟の周りをうろ

つくストーカー(弟は美男)や、個人的に追っている人物、探偵

の黒澤の登場、そして放火魔を追うようになって、何が行われ

ているか見えてくるのです。



軽い言葉遊び(弟「春」を追うストーカー女性を「春を追うから

夏子さん」と家族で呼んだり)から、遺伝子がらみの謎解き、

弟が尊敬するガンジーの話題、弟の絵の上手さにからんだ

ピカソの話など、メインストーリー以外にも楽しみは色々仕

込まれています。



個人的な山場は、「父の価値とゴッホ」の章で、父が母から

弟の妊娠を告げられたときのエピソードです。


父が兄に弟の出生の話を初めてして、

「おまえが反対でないのなら、生もう」

と答えた、といったあとポツリと父がいいます。

「正解などないのだろうな」


そして、母からその話を聞いたときどう思ったかと問われて


「俺は咄嗟に、神様に相談したんだ」といった。「笑うだろ」

「信仰もないくせに?」軽蔑はしなかったが、以外だった。

「信仰もないくせに、だな。一瞬のことだったんだろうが、

俺は空を見上げて質問をぶつけていたんだ。どうするこ

とが正解なのか教えてくれとな。即席で、神に祈ったわ

けだ」

「節操がない」

「ないな。必死だったんだ」

「突然の質問に、返事はあったわけ?」

「あったな。声が聞こえた」

「予想外の展開だ」

「思い違いかもしれないがはっきりと聞こえたんだ。頭の

中に怒鳴り声が聞こえたんだ」

「神様が怒鳴るとはね」それは貴重な体験に思われた。

「なんと言ってきたの?」

「『自分で考えろ!』」

「は?」

「『自分で考えろ!』ってな、そういう声がしたんだ」

「それが答え?」私は吹き出した。「無責任にもほどが

あるじゃないか」

「だがな、考えてみると、これは神様の在り方としては、

なかなか正しい」

「ふうん」

「で、俺は即座に決断した。自分で考えたんだ」



父の凄さは、いったいなんなんでしょうか。

この時点で、すべての責任を負うことを決断できたこと

でしょうか。

弟を含めた4人で生活していけるという目処がつけられ

るキャパシティでしょうか。



そうしてこの本のストーリーの根幹である、強姦犯を許

すことができるのか、という大きく問題も横たわっていま

す。

この本の登場人物は、それぞれの方法で答えていくの

ですが。



伊坂幸太郎自身、この正解のない問いにストーリーで

答えています。


こんなややこしい難しい問いに、一介の売れたいだけの

小説家が答える分けがありません。


なるほど、ここでも直木賞を辞退するだけの気概があった

ことが理解できます。


職業小説家/対岸の彼女

対岸の彼女

角田光代


対岸の彼女 (文春文庫 か 32-5)/角田 光代
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あらすじは、


子供を持つ主人公が、夫の無理解にもめげずに就職。

ざっくばらんな女社長と仲良くなっていきます。

その小さな会社は旅行手配がメインですが、主人公に

新規の掃除業務を任されることに。

子供と夫と義母しかいなかった世界から、どうやったら

お客さんがきてくれるかと自分でチラシ制作配布まで

するようになります。


パラレルで女社長の過去のエピソードが進行します。

中学を不登校になり、高校で引越し。新しい土地で

いじめられないように注意深く過ごしていると、そんな

こととは関係なしに、あっちのグループこっちのグルー

プと動き回る同級生と友達になります。

高校の夏休み、その友達と伊豆にリゾートバイトに

でかけ、終わっても友人が帰りたくない、といって、

横浜で連泊。最後には自殺未遂を起こします。


ある日、女社長のいいかげんさに社員が嫌気を指し

いっせいに退社。主人公に掃除をやめて旅行の方

を手伝って欲しいといいますが・・・。




女社長の高校時代の友人の設定がなかなかよくて

「いたかも」と思いながらついつい引き込まれてしま

います。また、横浜で家出中の時の言動に彼女の

暗部が垣間見え、しかもそれを詳細に書かないのが

うまいな、というところです。


しかし、ラストはどうでしょうか。なんだかしっくりこな

いのは私だけでしょうか。


「そんな選択はしない」もしくは「そんな選択に意味は

なくて、その後に意味がある」と思ってしまい、ちょっと

後味がしっくりこない感じでした。


でも、角田さん、うまいなぁ、と思いつつ、なんか分けの

分からないものが出てくるような感じがないのが残念。


品質は誰もが認める、ユニクロ小説、といっては、言い

すぎですかね(ちなみに個人的にはユニクロファンです)。


ま、きっと内容を読みきれていないのでしょう、残念です。


とにかく、この本で直木賞の受賞されているので、ずー

と気になっていたのですが、これで心置きなく角田さん

の本を気にする必要がなくなりました。



軽く軽く/クワイエットルームにようこそ

クワイエットルームにようこそ

松尾スズキ


クワイエットルームにようこそ/松尾 スズキ
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1996年に公開されたヘロインにまつわる青春映画「トレイン・スポッティング 」という映画について、ある俳優が「あんなもの麻薬について何も語っていない」というようなことを言っていてました。

結構この映画を気に入っていた私は「いや、この映画に麻薬について語る気はないと思う。良さはべつのところにあるよ」と思っていました。


でも「クワイエットルームにようこそ」を読んで、その俳優の気持ちがわかりました。

この本じゃ、精神病について何も伝わらないよ、といいたくなってしまうのです。


内容的には、若手女性ライターが薬の飲みすぎで精神病院に入院して精神病患者に接して退院する、という話。


吐瀉物でうがいする様子や、鯉の尻尾で顔をはたかれるシーンなど、部分部分はきわめて印象的にかかれていますが、なんだか盛り上げる素材としか精神病を扱っていないように思えて、その奇妙さを捉えていかに面白おかしくするか、というところに力点をおき、精神病についての記述が中途半端のように思えました。


これを読むなら絲山秋子の「逃亡くそたわけ 」か中島らもの「今夜、すべてのバーで 」のほうがより真摯で、かつストーリーにも深みがあったように思います。


精神病の人ってちょっと変だよね、って内容で今更どうする、という感じです。

それともそのぐらいに扱ってもいいぐらいポピュラーな話になったのでしょうか。

精神病についてはヘロインよりも寛大になれない自分を感じています。

ま、感じ方楽しみ方は人それぞれ。

直木賞の候補になっているのですから、これはこれでいいと思う人もいるのもしょうがないです。

私がトレインスポッティングを好きだったように。



なんだその〆、って感じですね。すいません。


トレインスポッティング 特別編/ユアン・マクレガー
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逃亡くそたわけ (講談社文庫)/絲山 秋子
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逃亡くそたわけ/絲山秋子
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今夜、すべてのバーで (講談社文庫)/中島 らも
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なんだその時代、の面白さ/村田エフェンディ滞土録

村田エフェンディ滞土録

梨木香歩


村田エフェンディ滞土録 (角川文庫 な 48-1)/梨木 香歩
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村田エフェンディ滞土録/梨木 香歩
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時代は文明開化の頃のある日本人の考古学者のトルコ滞在記。


中国やインドのように列強国からの経済的略奪が進むトルコ。

トルコでは、無事大政奉還を成し遂げた日本への憧れがある。

トルコ政府のそのことへの期待も感じながら、博物館に通う主人公の考古学者、村田。


同じ下宿には、


 列強の理論の中にいながら、考古学への思いを寄せるドイツ人、オットー。

 こちらも考古学の研究者でありながら、哲学者的要素も滲み出すギリシャ人、ディミィトリス。

 大英帝国の栄華によくしていた頃作られた下宿の主人、英国人のディクソン夫人。

 トルコ人でイスラム教徒、下宿のした働きでいながら対等にクチをきくムハマンド。

 そして、ムハマンドが拾ってきた鸚鵡。


これら住人がいがみ合うことなく、日々のことや遺跡のことについて緩やかに話しながら日々、ちょっとした事件がおきていき、最後に知り合ったトルコ人の女性からお願い事をされるのです。


歴史の激動期にいることでだけで湧き上がってくるような未来への期待を背景に物語はなぜか静かに動いていきます。


現代小説の「今を何とかしなければ未来はない」という切迫感がなく、時代に身を任せていけば未来は開かれるという底流に流れる空気が最大の魅力です。


歴史小説でもないのに、こんな小説初めて読みました。


ラストのしっかりしていて、「この作者は何を考えてこの作品を書いたのだろう」と思いながらも、その違和感の余韻を楽しみました。


直木賞辞退の理由/魔王

魔王

魔王/伊坂 幸太郎
 
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伊坂幸太郎のゴールデンスランバーが直木賞候補に上がりましたが、「執筆に集中したいため」という理由で選考対象から辞退したそうです。


ちょっと、違和感を感じながら「魔王」を読んでいたら、うーんなるほどそういうことか、と思ってしまいました。


魔王」のあらすじは、一定の条件下で腹話術のように他人に自分の思っていることをしゃべらすことができることに気づいた主人公。

舞台はほぼ今の日本。カリスマのある政治家が台頭しようとし、それに主人公はファシズムを予感します。

「考えろ考えろマクガイバー」が口癖の主人公。

考えて考えて、自分を取り巻く社会のカリスマ政治家に引きずられるような付和雷同な不穏な動きを感じ、主人公は行動を起こしますが・・・。


本の発行は2005年で、物語の中には小泉潤一郎のような首相もでてきます。

まさに小泉首相在任期間中に発行されており、そのころの社会情勢にファシズム的な要素を感じ小説にしたのであろうことは想像に難くありません。


そして主人公の若いときからの口癖は

「でたらめでもいいから、自分の考えを信じて、対決していけば、世界が変わる」


つまり自分で選択することの重要性を説いたのだと思うのですが、エンターテイメント小説の話題としてはタブーに近い政治(ファシズムや憲法は、バックボーンとして様様な思想があり、軽く扱いづらい)の話を題材に使うなど、伊坂幸太郎もそれ相当の意気込みで書いた本とメッセージではないかと思われます。


そして賞というものを考えたときに、選考騒ぎその他が嫌になり、自分でしっかりと「受賞しない」を選択したのでしょうね。前回の「砂漠 」で取れなかったので、もういいや、という部分もあったのではないでしょうか。


これだけの人気作家で、こういった社会批判的な小説をしっかりと書き、しかもその「自分で考えて選択する」を実行して直木賞選考辞退という行動も示すのは、本当にえらいなぁ、と思います。

また、惚れ直しました。


ま、肝心のゴールデンスランバーやその他の作品を読んでないので断言はできませんが、個人的には伊坂幸太郎の芯を見た気がしました。


ゴールデンスランバー/伊坂 幸太郎
 
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伊坂幸太郎

しゃべっていることだけでは分からない/星へ落ちる

星へ落ちる

金原ひとみ


星へ落ちる/金原 ひとみ
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私と元彼と今彼の彼の3人の視点で描かれた古典的?恋愛私小説。


綿矢りさの「夢を与える」を 読んだ後、金原ひとみを読んでみたくなり、読んでみました。

決定的な違いはその逼迫感。


たとえていえば、夢をかなえるの終わりから金原ひとみは始まる感じです。


私は彼がいなければ、彼の彼を嫉妬して仕事もなにも手につかない状態。


彼の彼はうまく同棲を始めたものの、彼に女ができて嫉妬に狂いそうで、自殺を始終ほのめかす。


私の元彼は、工場での勤めは続けているものの同棲していた頃のことが忘れられずに、毎日携帯に電話とメール。でもまったく相手にしてもらえず。



そして全員親子兄弟友人先輩後輩関係なしに、恋人がすべて。

それ以外のほとんど登場人物なし。

恋人がいなくなった世界など想像ができない人たちばかり。

次の展開が読めず、視点も変わっていくので退屈せずに、それなりに楽しく読めます。



ただ個人的にはこんな恋愛感の人もいるんだなぁ、と。

私の場面で嫉妬で眠れずろくに食べず仕事も手につかない状態で恋人が帰ってくると

「お帰り早かったね」

「何の仕事」

「手伝えることがあれば、手伝うよ」

といたって普通の言葉が出てくるのが、少し怖かったです。



この本だけ読んでいるとちょっとしんどいかもしれませんが、「夢を与える」読んだせいで、いい対比になってそれなりに楽しく読めました。

見えない熱源/凍

沢木耕太郎


凍/沢木 耕太郎
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登山家で有名な山野井 夫妻のギャチュン・カン 北壁の遭難前後のノンフィクション。


以前TVで「奥多摩で質素に暮らして登山にすべてをかける夫婦」として紹介されたときに、その情熱がまったくTVの方を向いていないことが伝わってきて、気になっていた人でした。


どういうことかというと、TVカメラにまったく興味がないようすが伝わってくるんですね。

普通はTVを意識してなんらかのおもねりのようなものが伝わってくるんですが、それがない。

きっと他者の目線を必要としない人たちなんだな、と思いました。


そしてしばらくして沢木耕太郎のエッセイを読んでいると「もう、伝記のようなノンフィクションを書くつもりはなかったが、その夫妻の話を聞いて興味を持った」というようなことが書いてあり、気になったので読んでみました。



自己顕示欲からでもなく、サイズの合った服を着るように山に登る山野井は、次第に自分にあったアルパイン・クライミング で世界中の山を登りつづけて名をはせていきます。


妻の妙子も登山を第一に考える女性で、その土台があり、かつお互いに惹かれあうものがあり、結婚。

さらに登山が続きます。


何度か続く失敗。ピークハンターではない山野井にとって失敗は決定的な敗北ではないにしても、自分の目指しているものがぼけてくるような日々が続きます。


そんな中でのギャチュン・カンへの挑戦。

高度7000mぐらいから1000m以上も続く垂直に近い壁。

山の難度。天候。体調。すべてがよくない方に転び、山頂まではいけたものの、下山が難航します。


雪崩。予定外のビバーク。そして妙子の転落。なんとか助かるものの、まだまだ難度の高い壁の途中。さらに視力の低下。装備の消耗。そして体力の減退。

しかしその絶望的な状況からも、手探りで下山を開始し、命の果てるような力の限りを尽くし、下山するのでした。



下山での限界状態では、死とは必然として訪れるものではなく、あきらめたときに訪れようとしていました。

そんな紙一重向こう側に死がある状況で、人は本当に最後まで死にたくないと思うのでしょうか。

何を持って生きたいと思うのでしょうか。



読んでいてその離世感が沢木耕太郎によく似ていて、そこに沢木は惹かれたんだろうな、と思いました。

俗事についての興味が希薄で、あまり生にも執着がない。

それでいて、自分の道を熱源をしっかりと捉えているような様子。


でも私はそこから先に踏み込んで、その熱源がいったいなんなのかを知りたかったのですが、そこまでは届きませんでした。うーん、沢木さんらしいといえばそうなのですが・・・。



山野井泰史の造詣は面白いもののもっと踏み込んでほしかったのですが、妙子のキャラクターはなかなかユニークで面白いものでした。

社交的ではないのに気がよく付き、周りに人が集まってくる。

家庭的ではないものの家事が得意で布団まで作ってしまう。

体が頑強でパニックになることがない。

7000m以上では高山病で食事ができないが、数日その状態で過ごせる。

手と足の指が18本凍傷でなくなっているが、登山は止めないし、なくなってもなお世界的な登山家の1人。


うーんなるほど、こういう夫婦もありなんだなぁ、しみじみ思いました。


熱いような乾いているような、空気の乾いたところにでて、ちょっと気温が分からないような感じ、そんな二人を描いた本でした。読んでよかったです。

一般人以上小説家未満/やどかりとペットボトル

やどかりとペットボトル

池上永一


やどかりとペットボトル/池上 永一
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第一作目が日本ファンタジーノベル大賞受賞作の「バガージマヌパナス 」、二作目が直木賞候補だった「風車祭 」、最近はSFの力作「レキオス 」「僕のキャノン」「シャングリ・ラ」などで有名な池上永一 のたぶん初のエッセイ集。


文体も内容もごった煮のようなエッセイですが、これは色々な雑誌からから採ってきたからでしょう。

共同通信配信の「月世界」もなんの雑誌だかよく分かりませんが、面白かったのは「保育専科」

自らの幼稚園体験がかかれているのですが、例の底が抜けかかっているような想像力はすでにこの頃から溢れ出していたのですね。


普段から友人と遊ぶより、あふれ出る自分の想像力を源にする物語に身を任せているのが好きな(隅でボーと空想を楽しんでいる)池上少年は、たとえば一風変わった母のかわりに、家にあったマネキンを母として看病をしたり、幼稚園で友人達との共同作業として絵を書いていると、かわいいお姫様から物語が始まりあっという間に嫌われ者の性悪で天然痘に侵された魔女になったりと、暴走する想像力をコントロールできない様子がわかります。


そんな幼少期の話を読んでいると、あの、キャラが自在に動いていく小説の元はココかと感心してしまいました。

しかし、どう考えても小説家にならざるをえない想像力は、もし作家でなかったら、どうなっていたんでしょうか。


今度新作「テンペスト 」もでるようです。


うーん。

池上永一。

また読んでみたくなります。

しかし、なにがやどかりでなにがペットボトルかは分かりませんでした。

異色短篇集って、いいものが少ない/フィッシュストーリー

フィッシュストーリー

伊坂幸太郎


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なんかおかしいなぁ、と思いながら読んで、最後に巻末の短篇の初出を見て納得。

本自体は2007年1月30日に出ているのですが、それぞれ


 ・動物園のエンジン   「小説新潮」2001年3月号

 ・サクリファイス    「別冊 東北学 Vol.8」2004年8月刊

 ・フィッシュストーリー「小説新潮」2005年10月号

 ・ポテチ         書き下ろし


とかなりのばらばらで、編集者によっては「異色短篇集」とでも帯つけそうな内容でした。



一番変わっているのは「サクリファイス

東北の奇習を書いているのですが、伊坂流の大ボラを前提に物語の飛躍を楽しむ、という部分が逆に奇習の信憑性を無くす方にはたらいて、大ボラとして楽しみにくくしています。まぁ、東北の方が読んだら「すげぇありそう」と思うのでしたら、また違う話ですが。

愛すべき人もあまり出てこないので、ちょっとイマイチな作品でした。



「フィッシュストーリー」は、「僕の孤独が魚だとしたら」というフレーズが連環していく短篇。

その原意「ほら話」にあるように、伊坂幸太郎らしい物語の飛躍がなかなか楽しいです。

表現、というものがめぐりめぐって何かの役に立つ、という伊坂幸太郎自身の小説家の矜持を書いたものかな、と思いました。



動物園のエンジン」はそのフレーズ命、という感じの作品です。

「動物園全体にエンジンがかかった感じになるんだよ。空気が震えて。嬉しそうで」

と説明される「動物園のエンジン」と言われる人の奇行の謎を解く短篇。

うーん。アイディア一発と技術でかいてしまうような話で、小説誌なんかによくありそうな話。



ポテチ」は書下ろしらしく、アイディアの変わりに魅力的な人物が何人か登場します。

盗みに入ってもマンガばっかり読んでいる泥棒。

先輩泥棒を「親方」「専務」などとよぶ後輩泥棒。

妙な縁で知り合った泥棒の恋人は、初対面で泥棒の母と飲みにいってしまう(泥棒抜きで)。

そして頼りになるけど人間味の薄い、サクリフェイスにも登場する、先輩泥棒の先輩。

変わった職・変わったキャラ・変わった出会いが醸し出す、奇妙に優しい空間が、実に伊坂幸太郎らしいさk品でした。



この作品だけ読んでいたら伊坂幸太郎の実力は分かりませんでした。