ぼくの秘密日記 -17ページ目

潔い言い訳

仕事で失敗した。

毎度のことながら仕事をしていて一番力が入るのは、仕事の失敗に対する言い訳を考える時である。
このように書くと、ワタシは仕事を全然していないとか、またはワタシの仕事が言い訳を考えることだとか誤解されるかもしれない。

しかし、当たり前の話だが、ワタシは失敗してからしか言い訳を考えない。
仕事が失敗してはじめて言い訳を考えるのだから、言い訳が仕事であるはずはない。
だいたい仕事さえしなければ失敗もしないので、言い訳を考える必要もないのだが、毎日言い訳を考えているところからしても、毎日仕事をしていると判断いただけるはずだ。

繰り返しになるが、失敗しなかった場合には言い訳を考えない。
潔く成功を認め、誠実に対処するだろう(経験が少ないので憶測の域をでないが)。


しかし、今回は完全に失敗だった。
そのため、潔く凛として言い訳を考えている。

今回の失敗の内容は、納品物の中身が誤っていて納品後のテストでいきなりトラブルを起こしたというものだ。

誰かがチェックをすれば中身がおかしいことにすぐ気がついたのだが、ワタシのチームは全員が「誰か」は自分ではないと信じ、それでも「誰か」がチェックしていると信じ、そして「誰か」がリーダーであるワタシだと信じたのだ。(続く)

ワタシはパンダに嫉妬したのか?

前回、パンダに翻弄される庶民を憂い、あの顔と仕草に騙されないように注意を喚起した。

しかし、注意を喚起するだけでは冴えない中年中間管理職の嫉妬だと誤解されたかもしれない。
冴えない中年中間管理職であるワタシは、その危機感を強く抱いた。


確かにワタシはパンダと比べると、可愛さでは天地の差がある。
自負できるのはトンチの差くらいだ(それも時には、クダラナイと一蹴される)。
パンダへの嫉妬を疑われるには十分な理由である。

残念ながら庶民は知能や繊細さを評価する訳ではなく、可愛らしさを賛美し、人気者として奉りあげる。
パンダがタイヤから転げ落ちると、その格好が可愛らしいと歓声をあげるのに、ワタシが人生から転げ落ちるのは、その原因が情けないと反省を促すのだ。

しかし、それも理解した上でもワタシは嫉妬していない。
負け惜しみではない。

パンダは可愛くても、所詮は獣(ケダモノ)である。
ワタシとは生物学的に異なる種族だ。

もし友人に「キミはパンダに似てるね」と言われたら、人間界では大抵の場合、からかいの対象として言われていると考えてよい。

異なる種族が、同じフィールドで戦ってどうするのか?

ワタシとパンダを比較するのはやめなさい。
ワタシが目指しているのは、ベスト オブ 中年、中年の星なのだ。

パンダに騙されるな

四川省の『臥龍中国パンダ保護研究センター』では、1万5千円で5分間、子パンダ触り放題だそうだ。
おかげで日本人観光客が殺到しているという記事を雑誌で読んだ。

なぜパンダはこれほどまでに人気があるのか。

パンダは、食肉目クマ科だ。
パンダという名前の意味は、「竹を食うもの」というネパール語らしいが、元々は肉も食う雑種でクマの仲間である。
所詮は猛獣だ。
騙されてはいけない。

その証拠に中国語では、パンダを『大熊猫』と書く。
そら見ろ、名前に"猫"を被っている。
名前で注意をうながすとは、さすが中国四千年の歴史のなせる術(わざ)だ。

しかし、お尻を振りながらノタノタ歩く仕草、タイヤで遊ぶ無邪気な姿に誰しも見事に騙されてしまう。
かく言うワタシも上野動物園にカンカン、ランランを見に行ったクチだ(歳がバレルな)。

更にあの目だ。
いや、目ではない。
目の周りの黒いタレ目のような模様が問題だ。

人間が子猫を見てかわいいと感じるのは、子猫の顔に対する目の大きさが、人間の子供のそれと同じ割合になっているからだという。
パンダの目は鋭く野生味に溢れているが、あの模様が目のサイズを錯覚させて可愛く魅せている。

まさしく希代の詐欺師だ。

しかし、訴えても勝てる気がしない。

何しろヤツは、白黒つけ難い。

成功の手始めに(その2)

就職でも同じことが言える。
誰もが羨む大企業に就職したが、競争についていけず落ちこぼれてリストラされる場合もあるし、反対に街の小さな工場に就職したら、会社が大ヒット商品を売り出して大企業に化ける可能性もある。

しかし、大企業をリストラされたとしても、日がな一日ゆっくり昼寝できると考えれば、成功かもしれない。

また工場勤務でモノを作る喜びを感じていた工員が、新発明により、出世して毎日会議と決裁をする日々になり、発明するんじゃなかったとうんざりしてしまう可能性だってある。
この場合、誰もが羨む新発明が、工員にとっては失敗になるのだ。

このように成功と失敗は、区別が困難である。
物事には多面性があり、判断する人間によって変わってくるのだ。

こう考えるとワタシの日々の失敗も、評価する軸をずらせば成功なのかもしれない。

遅刻しても、時間にしばられるような小さな存在ではないのだと理解してもらえれば救われる。
また、女心がわからないことも表現が下手で不器用なだけなのだ。

これからは失敗を恐れずに生きていこう。

女性の方々にも手始めにワタシと付き合ってみることをお勧めする。
たとえ失敗したとしても、大丈夫だ。
物事には多面性がある。

ワタシには成功かもしれない。

成功の手始めに

社内で若手に『成功とは何か、成功するための条件とは何か』を議論させた。

当然正しい答えなどないのだが、結論として『失敗を恐れないこと。失敗は成功の元だ』という発表をしたチームがあった。

なるほど間違ってはいない。
失敗ほど人が成長することはないとよく言われているが、その証拠として毎日二桁は失敗をし続けているワタシは、今も身長と体重が増え続けている。
しかし、身長はともかくとして体重が増えるのは成功かと聞かれれば、閉口していると言った方が正しい。
どちらかと言えば、失敗だ。
…失敗は閉口の元。


コ、コホンDASH!
ちょっと言ってみたくなった。
勿論、これが結論ではない。

人間は失敗することで成功するのだ。
そう考えると、この文章の結末にもまだ期待がもてる。


しかし、成功とは何か?
ワタシには成功と失敗には、明確な境目がないように思えている。

例えば東大に入り、官僚になり、誰もが羨む美人のワイフをもらい、子供にも恵まれたとしたら、周りは誰もが成功していると評価するだろう。
しかし、実はワイフはワガママな自己中心的な性格であり、子供は中学生からグレて盗んだバイクで走り出し、更に本人の夢は実は官僚ではなく、プリマドンナだったとしたら、本人にとってこの人生は失敗だ。(続く)

『バイオハザード』(2002年・米/独/英)

『バイオハザード』DVD
監督:ポール・アンダーソン
CAST:ミラ・ジョヴォヴィッチ
  :ミシェル・ロドリゲス
  :エリック・メビウス
  :ジェイムズ・ピュアフォイ
  :マーティン・クルーズ
  :コリン・サーモン
カプコンのベストセラーゲーム『バイオハザード』の映画化。
このゲームは、当初、販売に力を入れていなかったにも関わらず、口コミなどで徐々に売上げを伸ばし、結果として全世界で大ヒットしてカプコンの代表作になった。

映画のストーリーは、ゲームとは主人公もシナリオも異なっており、世界観とクリーチャーのみをベースにしたオリジナルの作品に仕上がっている。

主人公のアリス(ミラ・ジョヴォヴィッチ)は、ルイス・キャロルの幻想小説『鏡の国のアリス』から引用された。
その他にも"ハイブ"と呼ばれる地下の研究施設の入口が鏡の扉だったり、中枢コンピュータの名前が小説の中ではチェスの駒の女王である"レッド・クィーン"だったりと、小説にオマージュされた部分はかなり多い。
アリスが昏睡から目覚め、一時的な記憶喪失状態から少しずつ謎を解いていくという流れも小説のアリスと重なっている。

作品自体は、B級アクション・ホラーの域をでないが、ミラの美しい肢体とアクションを観るだけでも見応えがある。
ゾンビなどの映像はあまり目新しいものではないが、ドイツの建設中の地下鉄を使ったプラットフォームや、施設などのセットがリアル感を増している。(個人評価70点)

ワタシは死を恐れているか(その2)

貯金や年金も必要ないし、来週以降のカレンダーも不要だ。
更には定期券も無駄になるし、来週発表の宝くじも意味をなさない。
健康になる必要がないので、ダイエットも筋トレもいらなくなる。
会社に提出する今年度の目標も、欠勤届の仮病の言い訳も全て不要だ。

しかし、実際には死期を把握していないので、ワタシを含めた人間は、継続して生きる前提として様々な準備や犠牲を払っている。


死ぬことを恐れながら、死ぬことを忘れ、更にはいつ死ぬかわからないと言って無茶をする、人間とは不思議な生き物である。

年金を積み立てて30年後にくる老後を気にしつつ、大酒を呑み、タバコを吸い、脂っこいものを食べて、長期ローンを組んでその支払で悩んでいる。

更には「あなたが死んだら生きていけない」と、前提つきで生きていることをアピールする者さえいる始末だ。

もう少し崇高な気持ちで生きられないものか。

戦場で兵士が書いた遺書をみてみるがいい。
死に直面した人間は、普通は自分が助かることを考えるが、遺書だけは自分は死ぬことを前提にした上で、自分よりも他人を中心に考えて書いてあるのだ。

ワタシもワタシの遺書の文面を考えた。

アレ?
…ワタシには残す遺産も残るワイフもなかった。

嗚呼あせるワタシはまだ、死ぬには早い。

ワタシは死を恐れているか

昨晩、お通夜に行った。
亡くなられた方は享年64歳という若さだった。

厳粛な雰囲気の中、しゅくしゅくと式は進み、ワタシはその間『死』について考えていた。

人間に産まれた以上、いつかは死ぬ。
しかし、普段人間は、死を全く意識せずに生活している。
いや、意識していない訳ではなく、会話の節々に死という単語は使われるが、現実として自分に振りかかるものだとは認識していない。

ワタシの知人は「ブラッド・ピットに会えたら、もう死んでもいい」といい、何度もブラッド・ピットの映画を観て、来日の折りには喜々として空港まで迎えに行くが、死ぬどころか益々意気盛んで、後200年は生きそうな勢いがある。

かくいうワタシも「もうダメだ、お腹いっぱいで死にそうだ」といいながら、好きな餃子ならば皿にあるだけ食べるし、その餃子の最後のひとつに手をだした友人に「死んでも恨んでやる」といいながら、5分後には恨んだことなど忘れている。

では、人間が死を間近にしたらどうするだろうか。

ワタシは医者に「後一週間の命です」と言われたら、まずラジオ体操と禁酒を止めるだろう。更には早寝早起きも止めるはずだ(既にこのような事態に備えて、社会人になる前から全て止めている)。
その他にも止めることはたくさんある。(続く)

『グラディエーター』(2000年・米)

『グラディエーター』DVD
監督:リドリー・スコット
CAST:ラッセル・クロウ
  :ホアキン・フェニックス
  :コニー・ニールセン
  :オリバー・リード
  :リチャード・ハリス
  :ジャイモン・ハンスゥ
音楽:ハンス・ジマー
  :リサ・ジェラード
第73回アカデミー賞作品賞、主演男優賞(ラッセル・クロウ)、衣装デザイン賞、音響賞、視覚効果賞の五部門を受賞。
リドリー・スコット監督が、史劇を大スペクタクルとしてよみがえらせ、この映画以降、しばらくハリウッドで歴史大作がブームになった。

西暦180年の古代ローマ。
数々の戦功と人望を持ち、希代の英雄として皇帝から次期皇帝の座を約束されたマキシマス将軍(ラッセル・クロウ)。
だが、そのことを妬んだ皇帝の息子コモドゥスは、皇帝とマキシマスとその家族を手にかけて、新皇帝の座につく。
辛くも生き延びたマキシマスは、剣闘士(グラディエーター)として復讐の機会を狙う。

圧倒的なコロッセオの威容と、大観衆の迫力には目を見張る。
長編(155min)だが、勢いがあり、骨太の映画で実に面白い。

剣闘はかなり激しいアクションだが、そのために主役のラッセル・クロウの鎧は、他の出演者の半分の重さしかなかったそうだ。
その鎧に描かれたマキシマスの愛馬、アルジェントとスカルトはラテン語で銀と引き金を意味している。

初期の草稿では、主役の名前はマキシマスではなく、ナルキッソス(ギリシャ神話。ナルシシズムの語源)だった。(個人評価81点)

憧れのうぐいす嬢

選挙戦が繰り広げられている。

ワタシの住んでいる町でも選挙カーが連日、候補者の名前を連呼している。
うぐいす嬢というだけあって、その声は野を越え、山を越え、風呂場やトイレのドアまで抜けてくる。

元々、うぐいすのような綺麗な声をだすお嬢様という意味らしいが、トイレの中まで候補者の名前を連呼されては堪らない。
ワタシは、用を足しているのだ。
排泄物、簡単に言えばウ●コがワタシのお尻からちょっと顔をだすたびに「xxでございます。よろしくお願いします」とやられては、落ち着かないことこの上ない。
用を足し終わっても、流すのが申し訳なくなる。

しかし、うぐいす嬢は見ているかのようにワタシを後押しした。
「おはようございます。行ってらっしゃいませ」

下水に行ってらっしゃいませ。
ジャバーン波

…失礼。

だいたいせっかく綺麗な声なのだから、候補者の名前を連呼するくらいなら、耳元でワタシの名前をささやいてくれる方がありがたい。
彼女に直ぐにも投票するだろう。
ワタシの一票も、軽いものだ。

出勤途中、すれ違った選挙カーで助手席の年配の女性と目があってしまった。
「サラリーマンの方々、おはようございます」
…うぐいす嬢だ。
かなり威圧感がある。

お嬢様というより女王様のような風格だった。