「体力」



スポーツ現場やスポーツ選手からの言葉で非常によく耳にする言葉の一つですね。






体力がない。

体力をつけないと。

体力をつけるために毎日長距離走ってます。

体力をつけるためにエアロバイクに毎日乗ってます。

瞬発力を持続させるためにインターバルトレーニングしてます。


などなど。

ほとんどがこういう表現に集約されますかね。






一般的に「体力がない」と自他から認識される現象は、大きく分けて息が上がる(呼吸器系)、筋出力が低下する(筋持久力)を表していると考えられます。






細かい生理学的なことはここでは省きますが、簡単に言うと、ガソリンを使い果たしてしまっている状態と似ています。






そこで多くの人、選手本人も含めて考えることは、体力というものの「容量」を増やそうとすることです。





そのために多くの選手が、冒頭の有酸素系のトレーニングであったり、持久性瞬発力と言われるダッシュの繰り返しやインターバル系のトレーニングに着手しています。





体力をつけるための「常識」ですね。




これ自体は決して無駄ではありませんし、必要なことだと思います。






しかし、一つ忘れてはならない観点があります。

それは、「体力の省エネ」です。





要するに体力をつけて体力がたくさんあっても、無駄使いして燃費の悪い動きしてれば元も子もないってことです。






僕は体力という概念には、容量という要素と、それに加えてこの「省エネ」という観点が絶対に必要だと考えています。

(車の省エネの考え方と同じですね。)






いかに無駄な動き、無駄なエネルギーの浪費をしないか。

人間の動きでいうと、必要のない局面で必要のない箇所に力を込めていたり。





一つ例を出すと、前に走りたいのに、大腿四頭筋というブレーキ筋に緊張が入ってしまい、ブレーキ作用を起こしながら走ろうとする、これはエネルギーの無駄使いですよね。







容量を増やすだけでなく、いかに無駄を省くか。





新たに増やすのではなく、今あるものをいかに効率良く使うか。





これは日本に西洋的な身体観やトレーニング概念が入ってくる前には常識でした。

武道や武術の重要概念の一つですね。






車や環境が省エネの時代だから人間も、というまでもなく、すでに我々はそういう文化を持っていたのですから、それを使わない手はないと思います。







習得方法の詳しくはこちらから。

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JARTA

中野 崇


みなさん、このNumberのイチロー選手の記事を読みましたか?

ここにはイチロー選手のいろいろな価値観などがたくさん書かれていて、非常に素晴らしい内容です。

ここにも彼の言葉として掲載されていることにも関連するのですが、今回のテーマは「引退」です。






トレーナーとしてスポーツ選手に関わっていると、少なからず引退や戦力外などの相談を受けたり、その経験について聞くことがあります。






スポーツ選手の引退には様々な形がありますが、基本的に共通しているのは、自分に「伸びしろ」が感じられなくなった選手は年齢に関係なく引退します。

※仮に契約がとれずに引退を迫られる立場にある選手であっても、現在ではアジアに移籍するなど、選手としてまだ戦う意思さえあれば現役を継続する環境が整ってきています。





僕の担当する現役選手たちが口を揃えて言うのも、常に「もっと上手くなりたい」です。





「もう今が上限だ」なんて、絶対に誰も口にしないですし、考えたこともないんだと思います。





そして「限界だ」「これ以上上手くなれない=これからは下手になる一方だ」という風に感じ考えてしまった選手が引退するってことです。






もちろん、身体的な側面だけでなく、精神的な側面も強く影響してくるので、こうなる原因は深くは言及を避けますが、「引退という現象」はこういうもんだということだけでも知っておくと、選手心理の理解に役立つかもしれません。






ちなみに僕の場合は、引退をほのめかしている選手に対して、本音なのか、それとも𠮟咤してほしいのかを判断するために、選手に「伸びしろ」を見せています。

それで目の色が変われば、希望あり、です。

「引退」は、ただの弱音なので、思いっきり励ますこともありますし、場合によっては叱ることもあります。






「引退」に関して、これまでとは逆に、何歳になっても現役を続けられる選手に共通しているのは、間違いなく全員が「まだまだ上手くなれる」と本気で感じているということです。






イチロー選手、山本昌投手、武豊騎手、三浦カズ選手、葛西紀明選手など、選手としては高齢な方々が「まだまだこれから」、という雰囲気で競技に臨まれているのを目にします。






冒頭に紹介したNumberの中でも、イチロー選手は自らを「発展途上」と表現しています。

実際の表現はもう少し歪曲的です。

個人的にはイチロー選手のそういった表現方法は思考の深さが感じられてとても好きです。






また、JARTAアドバイザーの長谷川トレーナーとの対談企画の際に出てきた話では、長谷川さんがサポートしている武豊騎手もイチロー選手同様に伸びしろを感じているそうです。

※対談企画はJARTA会員様限定の動画企画です。近日中に配信予定です。


イチロー選手と武豊騎手は親交が深く、食事の席でトレーニング談義をしたりするそうです。

そこに同席している長谷川さんが羨ましい…笑






いずれにせよ、選手が本当に自分のパフォーマンスに心から満足し、素晴らしい顔で「引退します!」と言えるようにサポートしていければと思っています。





JARTA

中野 崇


少し前になりますが、日本ラグビー協会の方とお会いし、JARTAトレーニングに関するラグビーのパフォーマンスアップにおける可能性についてお話ししてきました。






あまり知られていないかもしれませんが、日本ラグビーの世界における立場としては、すでに世界トップ10に位置しているほど高いのです。

そして2016年からはスーパーラグビーという世界屈指の大会に日本のチームが公式参戦することも決まっているのです。






それだけ最近の日本ラグビーは力をつけてきていますし、僕は今後の発展に非常に期待しています。






実は今回のラグビーW杯に向けて何人かのトップ選手を分析する機会をいただき、動きをじっくり見てきました。

しかしながら、ニュージーランドやオーストラリアを始めとする世界トップクラスの国々の動きと日本の代表クラスの選手の動きはまだ本質的な能力という視点では遠く及ばないと言えます。






当然競技ですから、「動き」以外にも勝敗を決する要因は多岐にわたり、それらの総合的な結果として試合の勝敗が決まるので、力の差が選手の「動き」だけにあるとは言えません。






ただここでは、「人間の動き」を専門とする僕の立場からは「動き」という観点で話を進めるのが妥当かと思っています。






ですので、あくまで勝敗を決する全ての要因のうち、「動き」に焦点を絞った内容となることをご了承ください。






まず、下記記事にあるように、ラグビーの日本代表は過去に日本独自の強みを手にいれるために古武術家を代表チームのトレーニング指導者として招き、古武術の動きをラグビーに活かすための取り組みを試みたことがあります。

http://number.bunshun.jp/articles/-/823074






しかしながら、それは期待されたような結果を生み出さなかったそうです。





なぜなのでしょうか。






古武術をはじめとして、合気道など武道・武術の技術体系の中には「柔能く剛を制す」など、体格や筋力でおよばない相手に対してでも相手を制するというものが多々存在します。

小柄な武道家が大柄なスポーツ選手を圧倒する場面を見たことがある方もいらっしゃると思います。






そういった場面を目の当たりにすると、当然「これは大柄な欧米系の選手に対抗するための希望となる」という発想にたどり着きます。

普段から欧米とのフィジカルの差をどう埋めるかが念頭にある方としてはごく自然な話なのです。






そして武道のエキスパートに指導を受けた。

それなのに、良い成果を得ることができず、結果として継続することは困難になっている。





なぜなのでしょうか。






以下は僕なりの一つの答えです。


それは、「武道家の先生がラグビーを理解していなかった」ということです。

指導の導入に際して、恐らく、武道的な身体の使い方や動きを理解・体感してもらうために、選手を相手にデモンストレーションを行ったと思います。







そして恐らく、ラグビー選手は太刀打ちできなかったはずです。

であればその場では誰でも「ラグビーで使える!」と思うはずです。






しかし、ここには大きな落とし穴が存在します。

何かといいますと、「そのデモンストレーションはラグビーではなく、武道・武術だから」です。






武道家、しかも達人相手に、武道・武術をやったこともない選手がそもそも太刀打ちできるはずがない、という前提を見失っているのです。






つまり、それに気づかず武道・武術のトレーニングを継続しても、残念ながら「武道・武術ができるラグビー選手」が出来上がるだけです。






なぜそうなってしまうのかというと、武道家の先生を含めて指導側が「ラグビーの運動構造を理解していなかった」のが原因です。






いくら武道・武術の概念が有効だからといって、その全てがラグビーに活かせるはずがありません。





であれば、「両者の相違点・相同点を明確に分析し、合致する部分をどうラグビーに活かすのか」「相違点をどう排除するのか」という観点が導入の大前提として必要なはずです。






これは武道・武術の導入だけでなく、全ての他種目競技トレーニングの導入(クロストレーニング)において、効果を得るためにはなくてはならない視点です。

それどころか、その運動構造の理解をないがしろにすると、他競技トレーニングによってパフォーマンスが低下することもあり得るのです(マイナスの学習)。






昨今、武道・武術の概念の導入やクロストレーニングの導入が多くみられますが、本当にそこで提供されるトレーニングが本来の競技の運動構造にフィットしているのか、厳重に考える必要があります。






代表合宿、国際大会、そして選手生命は本当に短いです。

その中でいかに無駄な努力をしないか、させないか。

それが我々の命題です。






日々なんとなくやってきている、常識とされるトレーニングにおいてもこの観点は非常に重要なので、ぜひ一度考えてみてください。







JARTA

中野 崇

 

 

 

 

JARTAのアドバンス3では、プレゼン能力に関する講義があります。
 

JARTAにおいてプレゼン能力とは、「選手や指導者の協力や理解を得る上で非常に重要なもの」として位置付け、特にその能力を数値化できないトレーナーという業務においてはなくてはならないものであると考えています。





 

選手や指導者の方に対してプレゼンする際には当然声を出して話すのですが、僕はその「声」についても非常に重要視しています。





 

要するに良い声出しましょう。ということなのですが、一般的な「良い声」とはまったく異なります。

それは説得力とも直結するのですが、まず声を自分の全ての結果だと位置付けます。



 

自分の全ての結果とは、なんなのか。





 

それは、「準備、覚悟、想い」です。






準備とは、選手やチームに貢献できるために、どれぐらい”継続して”努力してきたか、です。

努力の中身はそれぞれ多種多用ですので、ここでは省きます。

JARTA受講されている方でしたら、おわかりになるかと思います。





 

覚悟とは、その選手やチームに関わる上で、選手やチームのパフォーマンスに関わることに対して「肚をくくれているか」です。

死ぬ覚悟、とまでは言いませんが、貢献するために手段を選ばず尽力できるかどうか、という部分です。
 

ちなみに、自信と覚悟はまったく別物です。

僕はどれだけトップアスリートたちに関わってきても自信など一度も持てたことはありません。

毎日わからないことだらけです(^^;
選手に成長させてもらう日々を過ごせています。




 

そして想い、これは覚悟と重なる部分が多いですが、どれだけその選手やチームのパフォーマンスのことに想いを馳せられるか、です。

全ての思考の中心をそこに持ってこられるかです。






トレーナーが、「自分が結果を出す」ことに主眼が置かれている場合には、絶対に上手くいきません。

トレーナーの仕事は、選手に結果を出してもらうこと、です。



 

以上が、一般的な表現での理由です。

(他にも要素はたくさんあるのです)

僕は、その人が出す声には、こういったことが完全に反映されるものだと考えています。

それ故、「声は結果」だと思うのです。

そしてそれが選手や指導者の方々に対しても確実に伝わっていると考えています。




 

 

伝わりやすい声、お腹から出した声、などのボイストレーニング的な練習は、僕にとっては小手先のテクニックであり無意味です。

(そもそも肚をくくると結果としてお腹から声は出ます。下丹田の作用というやつですね。)

 




 

本気の選手、本気の指導者が相手であればあるほど、小手先は通用しません。

焦らず、腰を据えてしっかり鍛錬しましょう。

 

 


 

 

 

JARTA

中野 崇

 


インナーゲームに関する記述の最終回です。

 

 

 

インナーゲームの理論を用いた指導法の本質は、選手に「自ら気づかせる能力」「自己修正能力」を高めることです。

 

 

 

これは特に試合中やシーズン中には非常に重要なファクターになります。

当然、課題を持ってパフォーマンスアップに取り組む際にも重要であることは言うまでもありませんし、「選手の伸びしろを伸ばす」ことにおいても必須です。

 

 

 

 

以下が、僕が基本的に実施している問いかけのポイントです。

 

①相手の感覚を尋ねる。

例えば選手の重心位置の偏位が気になったとしたら、いきなり「もっと前」ではなく、

 

中野「重心位置はどこにあると思いますか?」
 

選手「このへんです」
 

中野「では重心位置を意識しながら、一番動きやすい重心位置を探してみて。」
 

しばらくやらせてみて、再び、
 

選手「重心位置はどうですか?」
 

という感じです。



 

うまくいけば、その場で選手が「ここです」「ここにすると動きやすいです」となります。

※選手が全然うまく見つけられない場合は、ヒントとして「前にいってみたらどんな感じになる?」とすることも必要です。





 

単に外から重心位置を前に移動する指示を出して移動した場合と、自ら発見(認識)して重心コントロールによる動きの変化を実感できた場合を比べると、その場の結果は同じかもしれませんが、選手の中に残るもの(教育効果、認識効果)は大きく変わります。





 

②こちら側がポイントと考えている部位の感覚はどうなっているか。

ここが指導側としての手腕を問われるところです。

いくら問いかけが肝腎だからといって、なんでもかんでも選手に尋ねればよいというものではありません。
 

パフォーマンスアップに関係のないところに関する質問をしても選手にとっては無意味です。

数学の授業中に、生徒に「この英語の問題わかる?」と聞いているようなものです。

 

つまり、パフォーマンスアップのためには、指導側が「この選手はどこをどうすれば上手く動けるはずだ」というものが見えている必要があります。
 

問いかけは、あくまでそれが指導側に見えていて初めて最も効率よく作用します。





 

③何も質問しない、問いかけない。

選手に対して何も語りかけずに自分の運動を認識させて修正していく方法です。

これが一番シンプルで取り組みやすいかもしれません。

例えば、スクワット動作をしている選手が、右側へ頭部の動揺を起こしているとします。
 

一般的には、「頭が右に傾いているから、真ん中で保て」ですよね。

この場合でしたら、一つのやり方としては、棒状のもの(ボールペンなど)を選手の頭部の位置あたりの高さでセンターに合わせて立てて提示します。
 

ただ、それだけです。
 

腰がぶれているなら、腰あたりに提示します。

それ以上なにも言わないのです。

そうすると、選手は勝手に、自分がぶれていることに気づいて修正し出します。

(環境サモナーというものです。)


良い動きになってきたら、当然、「それだ」と伝えてあげます。



 

他にもたくさん方法論はありますので、興味のある方は僕が講師をする講習会で尋ねてみてください。





 

何れにせよ、選手の運動という現象を「良い方向に」変化させるためには、目の前の選手の動きを見極められる観察眼と、「その競技のハイパフォーマンスとはどういう構成要素があるのか」ぐらいは、選手のパフォーマンスに関わる立場としては責任として知っておく必要があると思います。

 



JARTA
中野 崇

 

 

 

 

 

前回からの続きです。

これまでの記事は下記、お読みでない方は読んでみてください。
「インナーゲームとは」
「セルフ1、セルフ2とは」

 




 

前回は、指導によるセルフ1の活性化が起こり、それに起因してパフォーマンスダウンが起こるという例をお話ししました。

 




 

今回はそれを受けて我々トレーナーや指導の立場にある者が選手に対して具体的にどのように接することができれば上記のような状態に陥ることを防ぐことができるのかについてお話ししていきたいと思います。




 

 

まず最初に、指導の立場にある方に向けてなのですが、これから書いていく内容は、決してみなさんのこれまでのやり方を否定するものではありません。

指導者の方々の苦労や努力や悩みが本当に大変なものであることは推して知るべしですし、それはきっと選手にもどこかでは伝わっているはずだと思います。





 

今回、僕がお伝えしたいのは、もっともっと選手の可能性を引き出せるかもしれない、そのヒントとして見ていただければ幸いです。

 





 

まず第一の心がけとして、選手に「こう動かせ」「こう打て」などという動きを言語化した表現による指導は控えます。

僕の場合、主に使うのは「質問、問いかけ」です。

※「このトレーニングはこういう足の位置でやるんだよ」などの設定についての説明は必要なので、それは普段通りやってください。





 

ここでの問題は「動作を言語化して」伝えようとすることです。

指導の際は、言語化のところに問題が発生します。

※初心者が対象の場合は少し異なりますので、ここでは省き、次回に。



 

例えば、「やまをイメージせよ」と言われた際、どんな「やま」を思い浮かべますか?
 

富士山?(季節は?山梨側?静岡側?天候は?)

アルプス?

ヒマラヤ?

近所にある山?

登ったことある山?

漢字の「山」?

 

などなど、ほとんどイメージが他者同士で完全に一致することはないのです。





 

つまり指導者が「この動き』としてイメージしているものと、選手が「動きを言語として伝えらえれて自らイメージしているもの」はほぼ別物です。




 

これまでと同じくバッティングフォームで話を進めますが、バッティングにおける指導の本質は、形(フォーム)をつくるものではないはずです。





では本質は何なのか。





 

そもそも、バッティング能力とは。
 

①ボールとのタイミングを合わせる能力(変化に対応する能力)
 

②バットを介してボールに最も効率よく力を伝える能力
 

③ボールの芯をバットの芯に当てる確率を最大化する能力
 

これらの向上がバッティング能力向上の本質のはずです。






フォームはそれを実現するための「手段」であり、「結果」のはずなのです。






 

なのに、形(フォーム)だけを先に作りにいくから、選手は統合化できなくなって、「試合では使えない(打てない)綺麗なフォーム」が出来上がるわけです。

素振りは綺麗なのに、試合で打てないってやつです。

 

 


 

打てないにせよ、綺麗なフォームを完成させるためには選手は相当努力を強いられたはずです。




 

でも、打てない。




 

これではあまりに選手が気の毒です。





 

バッティングの指導とは、上記①~③の向上を選手に実現させてやるためのサポートだと考えています。



 

みなさんの指導はそこに直結しているでしょうか?

①~③を実現するために必要な要素をまず考え、その中で不足しているものを選手に補完しましょう。





 

話が本筋からずれましたので、戻します。

動きを言語化した指導に対して、インナーゲームでは「質問、問いかけ」を中心にすべきであると説かれています。

僕も普段からそうするようにしています。
ですので、トレーニングの時の肘の角度はこうだよ、などという表現は一切しません。
※ただし講習会で指導者(トレーナー)に対して指標を伝えるために表現することはあります。





どういうことなのか。

例えば、わかりやすいように少しやってみましょう。





今イスなどに座ってるお尻の感覚はどんな感じですか?
坐骨(お尻の骨)の感覚は?左右同じですか?




 

と聞かれたらどうですか?




 

お尻の感覚に意識をフォーカスしますよね?




 

これがお尻の認識力が高まる状態です。

つまり、人はこのような形で質問されると、意識を向けて認識を高めることができるのです。






 

その上で例えばそれを改善していくとすれば、導入は下記のような感じです。
左の坐骨の感覚が鈍い状態を想定した場合。
(骨盤が傾いてうまく左に荷重できていない※あくまで一例です)





 

先ほどの問いかけで左右の坐骨の違いを認識させてから、今度は「では左右が同じ感覚になるようにしてみてください」とやります。




 

対して、「あなたは骨盤が右に傾いているから、骨盤を左に傾けてみましょう」と言う表現。





それぞれ、言われた側の「身体への認識」が大きく異なるのがわかりますか?





 

前者は、荷重感覚(内的)。
後者は骨盤の傾き具合(外見)。





 

この二つはどちらも同じ状態、すなわち左右の坐骨の荷重均等化を目指した指導ですが、指導言語によって相手に引き起こす結果は大きく異なるという一例です。




 

言うまでもなく、スポーツの際には外見(フォーム)を気にして動く暇などありません。






 

さあ上記の二つの指導表現ではどちらが選手の試合での活躍に役立つでしょうか?
どちらがセルフ2を高めるでしょうか?




 

そして質問や問いかけは、何でもいいわけではありません。
選手のセルフ2を高めるためには、どのような質問をしてゆけばよいのでしょうか。






次回は、インナーゲーム4「何を質問するか」です。






JARTA
中野 崇

 


女子サッカーINAC神戸のGK、海堀選手が200試合出場の節目を迎えることができました。



リーグ史上31人目だそうです。



出会った3年前から腰痛に悩み苦しんでいた姿を見てきただけに、その後大きい怪我もせずに出場し続けてこれたこと、僕としても本当に感慨深いですし、海堀選手の行住坐臥とも言える陰ながらの努力に敬意を表します。






海堀選手、おめでとう!
これからも活躍楽しみにしてます(^^)





JARTA
中野 崇



 

 

 

前回からの続きです。

まだお読みでない方はご参照下さい。

「インナーゲームとは」





 

今回はスポーツトレーナーやコーチなど、指導の立場としてインナーゲームの観点がどのように選手のパフォーマンスアップに関係してくるのかを考えていきたいと思います。





 

ある技術を習得する場面、例えば野球のバッティングを題材として考えてみます。




 

まず、ほとんどのトレーニングや競技動作を教えるとき、一般的にはトレーナーやコーチは動作を細かく分析して説明し、選手にいったん頭で理解させてから実行させています。

 

 


 

バッティングで言えば、「打ち方」の指導から入るというのがほとんどだということです。

前回でも例示したように、「上から叩きつけるように」「脇を締める」「左の壁(右打者)」「上体を突っ込まない」などなど、”教え込まれ”ます。

 

 

 

 

 

こういった方法論は、この場面では大きな間違いを犯してしまう可能性があります。(あくまで可能性。選手の認識能力次第です。)






まず典型的なのは、選手の動きの欠点をコーチやトレーナーが指摘し、矯正するときです。




 




 

 

 

僕自身も経験がありますが、一球打つごとにコーチやトレーナーから「ここがダメだ、もっとこうしろ」などと指摘・指示され続けると、どんどん動きはぎこちなくなり、本来自分が持っていた力すら発揮できないような状況になったりします。

ひどいときは元通りにすら戻れなくなったりします。

 

 

 

 

 

このとき選手の中では、セルフ1(自分の内部にあるコーチの代役)が活性化され、セルフ2(内的認識力など)が抑制されています。



 

そうなると今度はスポーツの動作中にも関わらず、自分は「腕をこう動かそう」「こうしなければならない」など小手先の運動につながり、結果として全身が連動しつつしなやかで力強いハイパフォーマンスは実現できない状態になります。

(”セルフ1が活性化する状態=選手の意識の中に動きが言語化されすぎている状態”とも言えます。)




 

 

 

これはいわゆる指導によるパフォーマンス”ダウン”です。

(そしてそもそもスポーツをすることの楽しさが全く感じられなくなる。この辺は本題でないのでまたいずれ)





 

これはトレーニングを指導する立場にある我々スポーツトレーナーにもそのまま当てはまります。





 

我々指導の立場としては、どうすればよいのでしょうか。





 

つづく。






JARTA
中野 崇

 

 

 

 

 

 

インナーゲームってご存知でしょうか?

 

これはW.ティモシー ガルウェイというテニスのコーチが提唱した、スポーツのパフォーマンスアップに関する概念のひとつです。





 

インナーゲームは以前テニスをはじめ、各スポーツやコーチング界では流行したのでご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、ご存知ない方のため彼の書籍を参考にしながら少しご紹介します。





 

インナーゲーム(inner game)とは、勝負において、競技者の外側の世界で実際に行われるアウターゲーム(outer game)に対して、競技者の心中で行われるもうひとつの勝負のことです。

1974年、ガルウェイの著書"The Inner Game of Tennis" で発表されました。





 

彼はスポーツにおいては、ゲームの相手との勝負の他に自分の心の中でも勝負が存在していると考えました。




 

選手は試合中に常に自分に指示・反省しており、つまり例えば野球の打者であれば、「ボールから目を話すな」「脇を締めろ」「左の壁を意識しろ」「上から叩きつけろ」「低いライナーを打て」「上体を突っ込むな」「力むな」などです。




 

このように、多くの選手は自分に対して常に指示し、反省を促す存在をガルウェイは「セルフ1」と名付けました。




 

セルフ1の発する指示や反省をよく考えると、ほとんどが日常的にコーチが選手に発している内容と同じで、セルフ1は別の言い方をすると選手が自らの内側に作り出したコーチの代役と言えます。

とても顕在意識的な部分ですね。




 

セルフ1は、常にセルフ2の上位に立ち、支配して評価しようとしているとされ、セルフ1の発言はかなりの部分が恐れや自己不信から出ているとされています。





 

それに対してセルフ2は、セルフ1から指示を受けたり批判をされる側とされ、ガルウェイはセルフ1と明確に区別しています。無意識的あるいは潜在的な身体能力をすべて含んでおり、実際の運動機能を司っているとされています。




 

何も考えなくても自動的に身体が反応してくれるような状態です。




 

「ゾーン」「フロー」といったハイパフォーマンスを発揮できる状態は、セルフ1が抑制されセルフ2が活性化している状態と言われています。




 

試合で大活躍した際のインタビューなどで、「無心でした」「覚えていません」などの表現をよく耳にしますが、これがそれらに当たります。



 

 


 

ここまでをまとめると、セルフ1が優位に活性化されている状況では、プレーはうまくいきません。

上記のセルフ1の表現をもう一度見てみてください。
「ここをこう動かして、、」「こうしなければならない」など、顕在意識的すぎているため、当然身体はこわばり、うまく動いてくれません。






 

すなわちアウターゲーム(実際の勝負)で勝利するには、まずインナーゲームで勝利する必要があるのです。





 

 

次回はインナーゲームについて、トレーニング指導のことにも触れながら、もう少し具体的なお話をしていこうと思います。

 

 

前回からの続きです。

 

 

前回は、見ているものが全く同じ景色であっても、その人の認識によって見え方や捉え方が異なるという話でした。





 

今回はもう少し掘り下げます。

 

JARTAでは、経絡や意識、内外の認識力、重力などを選手のコンディショニングやパフォーマンスアップの対象として扱っています。

もちろん筋骨格系は当然としてです。





 

上記の要素は、基本的には「目に見えないもの」です。

一般的には目に見えないものは、科学的には対象とはしづらいとされています。




 

頭から否定される方もいらっしゃいます。





それは当然です。
そういった実体を対象とする研究モデルがスポーツ科学では一般的なのですから。





 

しかし、例えば経絡であれば、中国を発祥として非常に長い間医学として使用され続けています。

なぜなら、経絡を対象としたアプローチが一定のレベル以上の効果を、一定数以上の人々に認められてきたからです。




 

そして重要なことは、ある一定のゴッドハンドだけが扱えてきたものではなく、勉強して習得すれば扱えるようにされているということです。





 

また、意識や認識に関しては多くのアスリートはその重要性を感覚的に理解しています。

⚪︎⚪︎を意識して投げてみろ」などはスポーツ現場では日常用語ですし、選手自身も「⚪︎⚪︎を意識して投げています」「⚪︎⚪︎を意識していると上手くできます」と表現します。




 

これは選手や指導者が⚪︎⚪︎を意識することの効果」を実感しているからということは明白です。




 

つまり、意識や認識がパフォーマンスを左右する要因として対象化されているということです。





 

目に見えないものは扱えない、という観点だけでは非常にもったいないし、選手のパフォーマンスに関わるには本当に不十分だと思っています。




 

目に見える実体だけを対象としているだけでは、「選手」という前に、人間を捉えきれないのではないでしょうか。

(そもそも「メンタル」も目に見えないですしね…)





 

我々JARTAでは、意識というものを人間のパフォーマンスアップに関する要素の中で非常に重要なものとして位置付けています。

意識が身体の状態や動き、精神性に影響を与え、逆に与えられているということを前提として、人間そしてスポーツ選手を捉える上で重要視しています。

 

 




 

繰り返しますが、意識は目には見えないので、対象化することは非常に難しいものです。

しかし、体系化された中で十分に学習することで、扱うことができるようになります。

意識というものに対する認識ができるから、対象化できるようになるということです。




 

僕がこの点に関して重要視するようになったのは、決して論理的に考えてたどり着いたのがきっかけではなく、「苦しんだから」です。




 

選手の要望は多岐に渡り、そして選手が面している問題の原因は非常に多様です。

それらに整合性を持って対処するためには、実体として目に見えるものだけでは矛盾が生じたのです。




 

僕の場合は、自分の理屈にこだわっている余裕なんてなかったのです。




 

「選手に貢献するためには、手段を選ばない」




 

これは理屈でもカッコイイ決め台詞でもなく、僕にはそれしかなかったのです。

自分の理屈にこだわれる間は、まだ余裕があるんだと思います。

(自分がこだわっているのは、誰のためでしょうか。)





 

僕は選手に今以上に貢献できるのであれば、何度でも自分の理屈をぶち壊して作り直せると、はっきり言えます。





 

もちろん科学的根拠というか、自分がやっていることが数値化できれば客観性も説得力も出るでしょうし、そうしていきたいです。




 

しかし、僕は現場で選手に対峙する立場にあります。

選手には、待っている時間はありません。

明日も練習・試合があって、そこでダメならばライバルに蹴落とされるのです。

 

 


 

僕にとっての数値化とは、選手が試合で残す成績のみだと思っています。




 

 

これもまた、自分の仕事に対する僕の認識ですね。

 

 

 

 


JARTA
中野 崇