明治のサムライ
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新渡戸伝か。
説教強盗に遭ってたとは知らんかった。
★★
テレワーク
![]() | テレワーク―「未来型労働」の現実 (岩波新書 新赤版 1133) 佐藤 彰男 岩波書店 2008-05 売り上げランキング : 95498 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
テレワークとはアナログな響き。
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牛丼一杯の儲けは9円
![]() | 牛丼一杯の儲けは9円―「利益」と「仕入れ」の仁義なき経済学 (幻冬舎新書 さ 5-1) 坂口 孝則 幻冬舎 2008-01 売り上げランキング : 24505 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
そう単純なものではない。
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ホロコースト
![]() | ホロコースト―ナチスによるユダヤ人大量殺戮の全貌 (中公新書 (1943)) 芝 健介 中央公論新社 2008-04 売り上げランキング : 11572 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
日本のナチス研究の第一人者である著者のホロコースト解説。必然的にナチスの側、所謂「殺す側の論理」に焦点を置いたものなので、ユダヤ系の息のかかった悲劇話とは異なる。計画的か偶発的か、ヒトラーによる命令があったのかといった論争の動きなども紹介。このテーマはそれこそ地球人類学的学問になるのだが、その「殺される側の論理」自体は聖域化されるものの、数字や「殺す側の論理」については事実究明の動きがなおも続いているらしい。悲劇の再発を防ぐにあたって「殺される側の論理」を切実に訴えることより、「殺す側の論理」を究明することの方が有効ではないかという気もする。「アウシュビッツ」が象徴化されたことにより、「強制収容所」と「絶滅収容所」が混同されたが、実際は収容者数も死亡者数も「絶滅収容所」より「強制収容所」の方が多かったらしい。これを以ても、ホロコーストは副次的なもので、戦争の影が狂気を引き起こしたということが言えるのではなかろうか。となると、ホロコーストの原因は人種主義というよりも、戦争ということになってしまうのだが、この両者が不可分の関係であることは過去に行われた戦争における「敵に対する眼差し」を振りかえってみれば分かることである。つまるところ原因が戦争で、理由が人種主義なのであろう。
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なぜ日本人は学ばなくなったのか
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タレント教授が偉そうに。
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ドバイにはなせお金持ちが集まるのか
![]() | ドバイにはなぜお金持ちが集まるのか (青春新書INTELLIGENCE 202) 福田 一郎 青春出版社 2008-05-02 売り上げランキング : 10296 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
ドバイ本も久しぶりだが、青春新書も久しぶり。アジアどころか世界的にみてもほとんど一人勝ちの新興国はマスコミの露出も多いのだが、マトモな本な出ていないのか。この著者はドバイでコンサル屋をしている人らしいのだが、本の執筆には「ドバイ在住日本人ジャーナリスト」の協力を仰いだのだという。中東、イスラーム研究の王道からは外れるし、今までドバイを書けるタマがいなかったんだろうが、ドバイ在住ジャーナリストまで登場したとなると、これからは中国、インド同様にドバイ本が増殖していくのかもしれない。しかし、あの古の音楽評論家はさすが進取に富んでると思いきや、本家の福田一郎先生はもう亡くなっていたか。福田先生がメヌードからモーニング娘を考案したというのは知らなかった。毎日コンサートを観にいっていた時代はもう既に70に手が届こうかという頃だったのか。てなことはドバイの福田一郎とは関係ないのだが、こちらはデュッセルドルフ生まれで、ドイツ、リヒテンシュタイン、アメリカでコンサル稼業をしてきたという人。当然ながらアラブに対して思い入れがある訳ではないのだが、外国人比率が85%という国ではごく普通の市民ということ。この国には永住や帰化といったシステムは存在せず、外国人に参政権などもある訳がない。それでいて、外国人が暴動も起こさず、犯罪もほとんどなく、差別を訴えることなどもないというのは、「地上の楽園」なのだろうか。皆、出稼ぎに来ているだけという自覚があって3年ごとの在留許可では犯罪や暴動は割りに合わない。法人も3年ごとの更新制で、ドバイの人間はその名義上のスポンサーとなることにより、遊んで暮らせるという次第。外国人の人権などツマランことを訴えるのは自国で同様の問題を抱えている国の人間だということを書いているのだが、数が多いインドとか、西洋、日本といった外国人として可視できる人たちはともかく、レバノン、パレスチナ、エジプトといった「内なる外国籍アラブ」の人たちはまた違う感情がこの国の人間に対してあるのではなかろうか。そのうちバブルがはじける予感もするのだが、そのときは大きなしっぺ返しが待っている様な。
★★
日中「アジア・トップ」への条件
![]() | 日中「アジア・トップ」への条件 謙虚になれ中国、寛容になれ日本 (朝日新書 114) 莫邦富 朝日新聞出版 2008-05-13 売り上げランキング : 51172 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
朝日の土曜版に連載していたヤツか。掲載分の半分期くらいは朝日を講読していたはずなのに、不思議と記憶に残っていたものが少ないな。「反日の季節」時分のヤツは意図的に外してきたのだろうか。莫邦富が中国で売国奴扱いされているというのも意外だが、王敏とか朱建栄といった、大物御用学者さえもそうなのだとも言うから、日本と関わる人間は中共に忠誠を尽くしたり、歴史認識で日本を断罪するということ自体に保身的な意味があるのかもしれない。その意味では莫邦富はその系譜に当たらないのだか、どっちつかずでうまく立ち回っている成功者ということが言えるのだろう。莫邦富にとって、「日本に学ぶ」ということが意味するのは、それが彼の原点であるからというより、それこそが彼の現在の生活を支えているものということであろう。中国が全ての面で日本を追い越してしまえば、今の稼業も危うくなるというものである。元下放青年たちの多くは、外国より祖国に希望があると実感するにはトシをとりすぎてしまったのかもしれない。形こそ違えど、これも日本の団塊が見た夢と同質のものかもしれない。ただ、このタイトルだけは今の中国人の若い世代と同じ夢をみているなという気がした。中国人は日本人がアジア・トップの座を中国に奪われることを恐れおののいている信じて疑わないのだが、正直、そんなことを真剣に悩んでる日本人なんているのか。果たして本当に日本人は今の中国人の様に、「世界」や「アジア」のトップなどを目指して走り続けていたのだろうか。むしろ、そんなこと考えもしなかったから、成功したのではないかとも思える。中国がアジア・トップになって日本に対するコンプレックスを解消してくれれば、反日などというものが意味をなさなくなるのかもしれない。今のところ、その様に時代が動いている風には感じるのだが、長年に渡って国民の娯楽として親しまれた「反日」も、北京五輪が最後の舞台になるのかな。
★★
愚か者、中国をゆく
![]() | 愚か者、中国をゆく (光文社新書 (350)) 星野博美 光文社 2008-05-16 売り上げランキング : 913 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
この時代の中国の雰囲気はよく出ていて、リアルタイムの世代は懐かしいものはあるのだけど、本当にただそれだけといった感も否めない。あの時代の中国を経験した者の常として、ついつい「昔は酷かった式」の話になってしまうのは覚えがある身としては反省すべきところなのだが、それも「三丁目のナントカ」風のノスタルジーみたいなものか。実際に、幾ら大宅賞作家とはいえ、文芸社辺りの旅行記と変わらないものが新書になるのは、それが既に「歴史的価値」というものを醸成しているからに外ならない。最後に変化を象徴する様な女子大生を登場させているのも、著者の意図がどこにあるかを明確にする為なのだと思うが、その分、ぼかしている部分も多い気がした。世の読者は著者とマイケルがどのような関係であるのかまず疑問に思うであろう。大宅賞の香港話でも、自分のコイバナをあえて削ったと思われる箇所があったのだが、これは今の相手に対する遠慮なのだろうか。それともそうした思い出は秘めたものにたかったのか、或いはわざと窺わせておいて、読者の想像にお任せということなのか。淡々とした日常をスケッチ風に描くのがこの人のスタイルであることは認めるのだが、どうも消化不良である。トイレの話も一体何の為に挿入したのか不可解である。しかし、今や伝説化した切符買い大会の話が新書で読めるとは思わんかった。私は当時、切符取り名人と言われた男だが、外人窓口の話が全く出てこないのは不思議。招待所に頼むとか、面子を重んじる中国人に頼むとか幾らでも方法があったのに、正直に何日も並んでいたのか。ダフ屋でも春節じゃない限り、当時は数元くらいの上乗せだったはず。あと広東語で百元は「バッマン」とは言わんだろ。とジジ臭いチェックが続きそうなので、この辺で。
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