Time flies!


30歳の時にオーストラリア・シドニーに留学してから早くも8年。


楽天にいた時、これからのビジネスには英語が必要だ!と思い、全てを捨てて留学した時からあっというまに8年も経ってしまいました。


楽天は、7月1日から社内語は英語に変わったそうで、英語が嫌いで辞めた社員も少なくなかったそうですが、私の場合は英語を勉強したいから一年間休職させてくれ!と三木谷社長に懇願したの受け入れてもらえず、会社を辞めたので全く理由が違いますけどね。


8年前の留学は私の人生の転換期。

そう、彼らに出会ってなかったら、こんなに人生観が変わらなかったかもしれません。



-beyond the coast- 【2004年、30歳でオーストラリアに留学した想い出ブログ】-8yearslater


そんなこんなで、ついに留学中に一緒に住んでいたフランス人シェアメイト、マーティンが結婚しました!


既にローマンもジェレミーもこの8年の間に結婚しているけど、一番仲良しの親友マーティンが結婚したのはホントうれしかったです!


結婚式の場所は、南仏エクス=アン=プロバンス!

画家、セザンヌが往年を過ごした場所でもあり、フランス人が住みたいところNO.1の場所です。


しかも、結婚相手のマリオンのおばあさん宅で披露宴となんとまぁゴージャスなお家。

前日に行った、マリオンの両親の家はマルセイユを見渡せる高台に地中海を見渡せるプール付きのゴージャスなお家。なんと、お金持ちなんでしょう。


今回の結婚式で、フランスは階級社会だという意味が漸くわかりました。

なかなかこんな体験出来ませんよ!改めて彼らと知り合ったことが本当にラッキーだったことがわかりました。


留学を考えている皆さん。日本人同士のシェアは絶対にやめて、他の国の人たちと異文化交流しましょうね。


この8年で、インターンをしていた彼らは立派なインターナショナルカンパニーのビジネスマンに。

僕は、会社経営者に成長しました。



2年後の10周年記念には、みんなでオーストラリアに行きたいね!

その前にフランス語ももう少し覚えないとな。


今回、親友マーティン(フランス名マルタン)の結婚の為に、式を挙げるエクス=アン=プロバンスに行ってきました。現地5日間の中、マルセイユに二日間いたので、パリとの違いについて感じたことを書きたいと思います。


■人について

空港の職員もパリでは挨拶しても無視状態の人が多い(まぁ時間にもよるけど)し、最終日に空港近くのホテルを予約して、タクシーを拾って行こうと思ったのですが、タクシーをさばくおっちゃんに、『パリ以外は行かないよ!無料バスに乗りな!』と恫喝されました。

まぁ、ヨーロッパでは


お客 < 仕事している人


なので仕方ないと言えば、仕方なしですが、唯一腹立ったのは、


もう一回聞いた時に、『もう知らない』と言って、教えてくれなかったこと。


子供かこいつは。まぁ、そんな感じでパリは冷たい印象が友達以外の人にはあります。


マルセイユは、空港でも「プリーズって日本語でなんて言うんだ?」って聞いてきたり、地下鉄乗るのを困っていると、大学生ぐらいの男の子が色々助けてくれたり、暖かい感じがしました。


ガイドブックによれば、結構犯罪率が高くて・・・みたいな事が書いてありますが、


たしかに物乞いも多いし、シャッターが閉まっている店も多いですが、一度も危ない目には会いませんでした。まぁ、二日しかいなかったのと、ほぼ友達も一緒だったのもありますがね。


■気候について


6月末時点でパリとマルセイユ、TGVで3時間のところですが、20度気温が違いました。


パリ、13度 マルセイユ、33度。


南仏は、85%が晴れた日らしいです。


私もかなり真っ黒に焼けましたw


■車について


パリでも見かける、道の横に隙間なく並んでいる縦列駐車。

マルセイユでも同じ風景を見かけます。


車種は、海近くだけあってぼろい車が多いかな。


パリでもマルセイユでもフランス人は小さな車が好きですね。


■治安について


さっきも書きましたが、マルセイユは物乞いが多く、道が狭くて壁が高いせいか

なんか圧迫された気になります。


そこに人種が色々混じるので、犯罪が多かった?のでしょうけど、今来年度の

ヨーロッパ首都市?だっけなにマルセイユが選ばれたらしいので、工事だらけです。


古い町を壊すのは賛成では無いですが、フランスは日本人から見ると汚いところだらけなので、

もっと綺麗にするのはいいことだと思いました。


ちなみにパリでは一度犯罪にあってます。

なんか、ミサンガ買わされましたw


とりいそぎ、感じたまま書いてみました。



Time flies!


いつの間にか時は経ち、オーストラリア留学を終えてから約5年の歳月が経ってしまいました。


フランス人マーティンとは定期的に連絡取っているし、他のみんなもFacebookに登録されているメンバーは、オーストラリアであろうとフランスであろうとチリであろうとちゃんと繋がっています。


そんな中で、一通のメールが来ました。


「もし、あなたが私が思っているひとであれば、連絡を下さい」


なんて、意味深なんでしょう(笑)


いえいえ、これには続きがあり、2004年にオーストラリアで一緒のクラスにいたMASAHIRO KOBAYASHIですか?


という内容だったわけです。


そんな彼女は、なんと日本に来ると言っています。しかもインターンで。


彼女の名はジャニン。ドイツ語読みだとシャニーン。


出会ったころは、20歳前後だったから、すでに25、6のお年頃なのかな。


それはともかく、会えるまで約2か月。


英語もフルで勉強しないとねー。

最終日の夜は、マーティンとローマンと三人でフランス料理を食べに行くことにしました。


マーティンはお姉さんにマサを連れていくと約束していたのですが、

男三人で最後の夜にしようぜということになり、ブッチしていました。


SMOKEというお店は、とても暗い雰囲気に包まれ、かつゲイのボーイさんが待ち受けていました。


僕は被害にあわなかったのですが、マーティンとローマンは終始触られっぱなし。


でも、対照的に料理は安くておいしかったです。


デザートもシュークリームの中にアイスが入っていて、お皿全体がチョコレートのソースがかかっているのでチョコレートとアイスとシューの絶妙なバランスがなんとも言えません。


マーティンがフランスでなんの料理が一番よかったか?と質問してきたので、お前の彼女の料理が一番おいしかったと言い返しました。


そうそう、ローマンはロレアルパリで男性向けのスキンケアの新規開発をしているそうです。


彼女との結婚も来年六月に決まり、みんなどんどん大人になっていくなぁと思いました。

ローマンとも最後の別れを惜しみ、マーティンのスクーターに乗って帰宅。

本当にパリとフランス人が好きになった一週間の旅行でした。



-beyond the coast- 【2004年、30歳でオーストラリアに留学した想い出ブログ】-0930-1

そろそろ仕事もしないとね、


とばかりにオペラ近くにある無料でインターネットができるマックに行き、午前中は大量なメールをチェック。


その後、シャンゼリゼ通りにあるルイヴィトン本店で、彼女の誕生日プレゼント兼お土産を購入。


フランスで高級品を購入すると、観光客は申告すれば30%近い税金が戻ってくる。


まぁ、いろいろ手続きは面倒っぽいのですが、とりあえず申告書を書いてもらいました。


今夜は、オーストラリアで一緒に住んでいたみんなをマーティン宅に呼んで寿司パーティーを開くということで、ホストである僕が日本の食材を買いに行ったところ、なんと、月曜日は店が空いてない!


そうなんです。ここパリでも月曜日は休みなところが多く、日本のように正月でも空いている店なんて絶対にありえません。やっぱり日本人は働きすぎなんですよ。


豊かな心は、お金を稼いで消費することではなく、適量のお金と生活なんだということをわかるべきです。


毎年発表される豊かな国ベスト10なんて、スイスとかフランスとかほとんどヨーロッパの国ですものね。


まぁ、それはともかく日本の食材を探さないと、今夜は出前になってしまう。そんな危機感も募りつつ、手探り状態でいろいろな街を歩き回っていたところ、ジャスマンという駅のそばに日本食材店を発見!

すし酢とか醤油とか購入することができました。


夕方、元コナミの同期で、現在はパリでがんばって働いているマキコと待ち合わせし、食材を買うのを手伝ってもらいました。それにしてもこちらもマグロは売ってません。やっぱり生魚はサーモンしかないのです。

それと、きゅうり。英語名キューカンバーは、ズッキーニよりもでかい。まぁ、味はそんな感じなのですが。


そんな感じで食材を購入し、早速マーティン宅に帰宅。



しばらくしてから気づいたのですが、マーティン宅のコンロはオール電化。

やっぱりこっちでも流行っていたんですねーって感心している場合ではない。


なぜなら、IHを使ったことがある人ならわかると思いますが、


IHは、IH専用のお鍋やフライパンを使わないと熱が伝わらないのです!!


ご飯は鍋で炊く自信はあったのですが、IH用の鍋なのかということを全く予想せずに

米を買ってきてしまったのです。


まぁ、失敗してもしょうがないしー、と腹をくくっていざ米とぎ。


30分ほど水につけた後、電気力を最大限にしてみたら、なんなく沸騰。


しかも、意外と火力が強い。ほっと一安心。


しばらくすると、マーティンが帰ってきて何か手伝うことはあるか?と尋ねてきたので、


「全く無い」


とだけ答えたら、毎年誕生日に送っていたジャパニーズグッズを持ち出して、

日本調のテーブルに仕上げていました。



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ちゃんと大切にとっておいてくれるんだなぁと感傷に浸りつつ、準備を進めると、

オーストラリア時代の懐かしい面々が彼女を連れてやってきました。


マックス、ローマン、ミル、ティボ。


マックスは若い大学生の彼女。ローマンは、来年六月に結婚するベベちゃん。ミルは髭のインテリ彼氏を連れて、

しかもこの彼氏から、二階建てバスのインビテーションをもらいました。家族がこの観光会社を経営しているそうです。


遅れて、ティボ、彼はオーストラリアで二回ぐらいしかあったことなかったのですが、インパクトの非常に強い奴だったので、覚えていました。


4年前に出会った昔懐かし仲間たち。


そんな彼らに再会できたいい、パーティーでした。



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二泊三日の旅も終り、マーティン宅へ帰宅。


帰宅後、マーティンと一緒にIKEYAで買ったクローゼットを二人で組み立てる。


IKEYA、半端なく良くないぞ!組み立てててびっくりしたわぃ。


ま、そんなこんなでようやく組立終わると、


「マサ、夜のパリを案内してやる」


と言ってマーティンのスクーターの後ろに乗って、夜のパリを観光案内してもらいました。


ローマの休日ならぬ『パリの休日』


きっと、女性だったらマーティンにメロメロになってしまうんでしょうねぇ。


パリはそんな素敵な街でした。


帰ってきてからは、二人で仲良く即席ヌードル。


CSIを見ながら、ずるずる食べて夜は更けていきました。


本当に充実した、マーティンとの二人だけの週末でした。


マーティンとの週末旅行も今日で最終日。


朝は、早起きして朝焼けの湖の写真を撮りに、家の周りを散歩。


こんなところで、毎日フライフィッシングができたら、どれだけ最高なのだろうと思いましたが

現実問題、日本ではちょっと無理がありそうです。


朝食は、コーヒーだけで軽く済ませて、世界遺産のシャンボール城へ出発。


ここからは約50分で着くとのことなのですが、シャンボール城はヨーロッパ最大の森林公園に指定されており、

入口から城までが長いこと、長いこと。


しばらくすると、とてつもなく大きなお城が顔をのぞかせました。



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マーティンは、一番最初に親にこのお城に連れてこられた時、ディズニーランドでいうエレクトリカルパレードみたいなのをやっていて、非常に記憶に残っているそうです。


「ちょっとコーヒーを飲もう」


と言って、コーヒーを飲みに、店の中へ。


こちらのコーヒーは全てエスプレッソ。


そうなんです、コーヒー=エスプレッソなんですねー。知りませんでした。


日本だと、コーヒーってもっとでかいよと話すと、


「イタリアだともっと小さくてストロングなんだぜ」


と言ってました。


そんなマーティンは、コーヒーに砂糖を入れないと飲めない、おこちゃまタイプ。


「マサ、この砂糖ちょうだい」って言って、人の砂糖まで取っていきます。


コーヒーを飲んで、すっきりするとシャンボールの入場券を買いに、チケット売り場へ。


「昨日は、マサが払ったから今日は俺が払う」


と、貸し借りしない主義を貫きます。


あの、レオナルドダヴィンチが設計したといわれる城に入ると、マーティンは


「俺の家へ、ようこそ」


的な会話をつづけます。その辺はビデオに収録しておいたので、後ほどお見せできるかもしれません。



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巨大な城の目玉は、真中にある二重らせん構造の階段です。


僕は正面から、マーティンは反対側から登ってみると、二人ともちゃんと二階に着きます。


当時は、こんな構造もすごい発明だったのでしょうね!


城内を見学した後、城の周りを散歩。


「いつも週末はパーティーとかで、お昼ぐらいまで寝てるから、今週は健康的でいいな」


なんて言いながら歩いていると、


「耳を澄ましてみろ」


と言い出したので、すましてみると野太い動物の鳴き声が聞こえました。


「オスの鹿だよ、今発情期なんだ」


と、まるで狩人のようなことを言いました。


マーティンの名字である de Laubadè は、元々貴族の名前らしい。


本人は違うと言っていたけど、いろいろ聞いてみると、今回泊まった家もそうなのですが、おじいちゃんも猟師だったりと貴族の流れをくんでいるっぽい。

まぁ、今はあまり関係ない話なんだろうけど。


その国に行けば、土地の人にいろんなことを教えてもらえて、今まで知らなかった知識が身に付く。


悪い知識もいっぱい覚えたけどね。



※※※午後※※※



昼食を食べに、再び叔父さん宅へ。



広い庭で、湖を見ながらののどかなランチです。

ランチもウサギと牛肉のパテをパンにつけて食べるという、これまた日本ではあまりお目にかかれない食べ物です。

以前、一度だけ代官山のレストランでウサギを食べたことがありましたが、

ウサギのパテは最高でした!


牛肉は、頭の部分をミンチにしているらしく、ちょっとダークな味でした。


そんなこんなで、とうとうこの一家ともお別れの時。


暖かいおばさまに別れのキスをして、いざパリへ出発です。


途中、渋滞があり、レンタカーを返却しなくちゃいけない時間に近づいてきました。


マーティンは、こんな時でも活躍します。


「フランス流のショートカットだ」


と言いながら、渋滞を避け、普段はヤンキーでもやらないズルをしてました。


まぁ、でもそんな彼のおかげで、返却出来たのは営業時間終了の5分前。



長くなったので、その続きは次に・・・


海から照らされた朝の日の光が、とても心地よい小さな漁村、コンカル。



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二日目の朝は、写真を撮りに30分ほど散歩してみました。マーティンは、未だ膝のリハビリをしているらしくランニングへ。


港にある望遠鏡にお金を入れると、対岸には太陽の真下にモンサンミッシェルが幻想的に見えるではないですか!



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まるで、実写版ドラクエ。


この感動は、現地に行かないと伝わらないんだろうな。


8:00にホテルでブレックファーストのコーヒーを飲み、コンカル名産?のオイスター(牡蠣)を本日泊めてもらう叔父さんへのプレゼント用に購入。クーラーバッグとか、鮮度とか全然気にしていないところがマーティンぽいなと。


その後、再度モンサンミッシェル制覇へ。すでに二度目なので、余裕綽々です!


初日は途中までしか行かなかったのですが、お金を払うと修道院(要するにモンサンミッシェルの上部)の内部まで見ることができます。マーティンも何度かモンサンミッシェルは来たことがあるらしいのですが、中に入ったことがなかったそうで、かなり感激していました。


モンサンミッシェルという世界遺産は、TBSのTHE世界遺産でもかなり取り上げていて、日本人にも有名なために日本人観光客もちらほら。お土産やさんも日本語があったりします。


モンサンミッシェルの上から、景色を見ると昨日は海水が流れ込んでいた建物周辺の水が引いていたので、二人で裸足になって、一周周ってきました。



そこは、パックに使うような泥なので非常に足に優しく、いいマッサージに。


その後、買っておいた水で足の泥を落として、出発。



そのあとは、マーティンの叔父さんの家に向かい、カーレースで有名なルマン方面へ


途中、昼飯を食べに知らない街に行ったのですが、14時を過ぎていたためどこの店も空いておらず、結局マックへ(ちなみにフランス人はマクドと言います)

こちらでしか食べれないバーガーがあったので、良しとしましょう。


パルプフィクションの映画の中で、ビッグマックを「ルビッグマック」と言っているシーンがあるのですが、あれは本当なのか聞いたところ、本当だと言ってました。


さらに走ること2時間。

マーティンは、いつも叔父さんの家に行く時に迷うらしい、たしかに森しかないような場所と横に数本走る小道しか見当たりません。


しばらく、するとそこは、本当に森の中にあり、おとぎ話で見たようなおうちが出てきました!


「もしかして、ここか?」


と聞くと、


「ここだ」


とマーティンは自慢げに言ってきました。

まさに気分はハリーポッターかロードオブザリングのようです。 こんな家が本当にあるんですね。


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目の前には大きな池があり、鳥たちもたくさんいました。

なかなか、日本人でこんな体験ができる人いないんじゃないかな?

おばあさんと、マーティンのお母さんの兄弟(叔父さん)とその奥様の三人がこの素敵なおうちに暮らしています。


マーティンの叔父さんんは、マーティンと同じく背が高く、58歳の割には元気で陽気でお酒が大好きでした。

奥様もかっこよく、素敵な奥さまで、煙草をぷかぷか吸いながらいろいろと話しかけてくれました。


夜は、フランスの家庭料理でチーズを溶かし、それとハムを一緒に食べるというチーズフォンデュとはちょっとちがう変わった料理でした。

そうそう、キューブ型のチーズがスーパーで売っているじゃないですか。

あれ、よく日本で食べるのですが、それが食前に出てきたので、


「これ日本でもあるよ、俺はトマト味が好きなんだ」


って話したら、たぶんこれはフランス産のチーズだよ


ってマーティンが言ってました。


夜は、このお家のイメージに合った「ウィロー」を見ていたのですが、疲れと未だ治らないジェットラグ(時差ボケ)により就寝。


マーティンは、本当に素敵な家庭で育ったんだろうなぁって思った、週末旅行二日目でした。


パリといったら、ゲージュツの街と世界中の誰もが想像するとおり、


世界一の美術館として名高く、かつあの『ダヴィンチコード』の部隊になった


ルーヴル美術館に行ってきました!


本当は、違う日に行く予定だったのですが、午後からマーティンとモンサンミッシェルへ行くため、

午前中の予定がポッカリ空いていたので、行ったわけです。


ダヴィンチの有名な「モナリザ」なんかあるわけですが、それよりも何よりも館内の美術品のすごいこと!


通常は、みなさんお国の言語が聞けるイヤホンを貸してもらってまわるか、ツアーガイドさんに案内されてまわるため、一定のルートしか回れません。


本当に広すぎなので、たまに迷子になります。


それを駆け足気味で、片っぱしから見てきました!見るというよりも、本でいうナナメ読みみたいな感じです。


、歴史に触れられる、とてもよい機会だと思いました。


それよりも何よりも、絵画が好きな母親を一度は連れてきたくなりました。親孝行もほとんどしていないので、いつかはプレゼントしたいですねぇ。




さてさて、13:30にマーティン宅で午後休暇をとったマーティンと待ち合わせし、レンタカーまで荷物をひっぱること、約20分。


レンタカー屋さんに到着です。


そこで、3日で100ユーロという格安のプジョーのディーゼル車(ワゴンタイプ)を借りて、出発。


パリ郊外までは地図をもらったのですが、それ以外はマーティンがプリントアウトしてきた今日泊まる宿までの道のりしかありません!


しかも、どこにスピード違反のレーダーがあるのかわかるんだぜ、と自慢していましたが全く持ってよくわからない道のり図だったので、全て運転を任せ僕はIpodのトランスミッターに雑音が入らないようにする係をしていました。


一度、トイレ休憩でパーキングに止まり、再び水分補給。


やはりこちらでも売っている水はボルヴィックとかヴィッテルとかコントレックスとかフランス産。


で、現地価格かと言えばそうでもなく、むしろ高かったり。この辺がよくわからないお国事情ですね。


その後は走り続けること約2時間、計4時間ほどでモンサンミッシェルに到着!



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モンサンミッシェルという意味はサンミッシェル、つまりミッシェルという天使のモン、つまり丘ということで、ミッシェル天使の丘という意味だそうです。


夕日に照らされた巨大な教会とそれを囲むように作られた村は、本当に幻想的な世界に引き込んでくれます。


一泊目は、モンサンミッシェルから約50キロ。


ちょうど対岸にあるコンカルという小さな漁村に泊まり、そこの名物であるクレープを夕食に頂きました。


日本ではクレープというと甘いものですが、ポテトを入れたりしててそれが夕食。もちろんその後に甘いクレープも食べました。


後で、聞いた話ですが、このあたりはそば粉しか栽培できなかったため、そば粉を使ったクレープが名産になったそうです。


それと、カルバドスというリンゴからできた強ーいお酒(ブランデーのようなもの)をマーティンにすすめられ飲んでみました。


のどが焼けそうなほどの強いお酒なのですがこれとコーヒーを一緒に飲むと結構いけます。


マーティンがインターネットで予約したホテルというのが、一泊40ユーロ、二人で割ると20ユーロという激安な宿なんですが、ダブルベッドが一つしかありません。


「マサ、今晩は一緒に寝ような」


と意味深な言葉を残されたのですが、結局マーティンは床で寝るからお前はベッドを使ってくれと、寝てくれました。


マーティンはいつも優しいので、女性にもてるわけがわかります。


前日にマーティンの親友であるニコラス(通称ニコ)に、地下鉄の切符はどれがいいのか教えてもらい、マーセルサンバット駅の駅員さんにその旨を伝えて、なんとか購入することができました。


パリの地下鉄(メトロ)は、非常に便利なのですが、


とにかく 汚い。



日本では考えられないほど、落書き沢山です。



「なぜ掃除をしないんだぃ?」



と駅員さんに問いかけたくなるほどです。


こっちでも、SUICAのような非接触型のICカードもありましたが、旅人は切符です。


この切符、入れるところが書いていないため、最初かなーり戸惑いましたが、他人が通るのを横目でみてコツをつかみました。



もうひとつ、このチケットに難点がありました。



なんと、出る時にチケットを使わない、要するにチケットがなくても出れてしまうのです。


そうすると、チケットが自然とポケットにたまっていきます。


しかも、タダ乗り野郎にとっても、ありがたいわけです。



ただし、良い点もあります。



このチケットは、メトロ、バス、トラム(みなかったけど)が共通で使えるチケットなのです。


ですから、チケットを無駄にしないでバスに乗ったりメトロに乗ったりすることができるのです。


ここは、よいところでしょうね。


そんなわけで、メトロに乗ろうとすると、なーんとなんとレバーでみなさんドアを開けているではないですか。


さすーが、無駄な力をつかわない人種です。


後で知ったのですが、メトロの1号線は日本同様に全自動で開け閉めしますが、それ以外はレバーを上にガチャリ上げる方法でドアを開けます。


そんな、こんなで目的地の凱旋門そばの駅に着き、階段を上がると目の前には



あの部長島耕作も46歳にして行った、凱旋門の全貌が見えます。



結局、凱旋門は上らなかったのですが、次のエッフェル塔に登ろうと思ったら何と、長蛇の列。


あきらめて、マーティンとの待ち合わせ場所であるオペラまでメトロに乗って行きました。



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マーティンは、ヘルメットを持ち、いつもどおり



「俺はフランス人だから遅れてやってくるんだ」



と言い訳を言いながらやってきて、スクーターの後ろに乗せてもらいました。



しばらくして、日本語の看板がやけに多い通りに連れて行ってもらい、



「フレンチと和食、どっちが良い?」



と言ってきたので、昨日の夜フレンチを食べたことを思い出し、


「和食がよい」と答えました。



入った、うどん屋さんは非常に繁盛していて、最初メニューを見た時に


なぜ、うどんが一杯2000円もするんだ。


と疑問を持ったのに店員さんが可愛い日本人だったので、思わずお勧めを頼んでしまいました。

悲しい男のサガってやつでね。


しばらくして、出てきたうどんはトン汁とうどんが混ざったようなもの。



きっと、美味しくないよ、ここは日本じゃないものという悪魔のささやきも聞こえてきましたが、

意外なことに麺がシコシコ美味しかったのです!


マーティンも同じようなうどんを食べて、美味しいと言ってました。


やっぱり、パリはなんでもうまい街なのかもしれないねぇ。これから食べるものが楽しみだ!