華麗なるヲタ族 ~哀と自虐に満ちた独り言の日々~ -18ページ目

華麗なるヲタ族 ~哀と自虐に満ちた独り言の日々~

ヲタクで変人、社会のはみ出し者を自称する広島のアウトロー【クズノキワミオヤヂ】が戯言・寝言・妄言・世迷言・虚言・失言・暴言などをグダグダ垂れ流す独り言ブログです。

退屈しのぎにネットでホビー関連の記事をダラダラ眺めていたんだけど(←脱ネット依存はどうした?w)、な~んか最近のミリタリーなプラモデルは“びしょーじょ”やら“もえ~”やらのそっち系のヲタクを取り込んで売上げを伸ばそうなんていう軟弱な商売に元(?)ミリヲタの端くれの私としては「何だかなぁ」と思う今日この頃の私。

いや、前にも書きましたけど…( ̄^ ̄)

まぁ、私ゃ元々モデルガン以外の模型、接着やら塗装やらを主体とするプラモデルは苦手で、子供の頃、学生の頃に何度か挑戦したことはあるけれど、接着の段階で大体失敗し、塗装も何故か上手く行かず、全て不燃ゴミ行きにしてしまう(一度もまともに完成させた試しがない)ほど壊滅的に不器用だし、プラモデルに興味はあってもなかなか気合いをいれて挑戦という気にもなれない性格なため、あまりエラソーに口出しは出来ない。

しかし、この手の“びしょーじょ”とコラボ(?)したプラモデルを目にする度に日本という国がクールジャパン”の名の下にどんどん二次元やびしょーじょモノといったヲタクに媚びた低俗なコンテンツに毒され、いろんな意味でダメになっている気がして、プラモデルの面白さが~、売上げが~云々以前にどうなのよって私は思います。

今は何だかんだ売れているからいいかもしれないけど、二次元や萌えやらを叫ぶアニヲタの類の連中は広島県民の私と同じで熱しやすくて冷めやすい(飽きっぽい)性質だから、ブームが一過性で終わってしまうのが目に見えて明らかだし、長期的に見た場合商売としては長続きしない気がするんだよね。

そんな“にわか”を相手にした商売よりもオイラみたいにブキッチョな人間でも接着剤や塗料を使わず簡単に、そしてそれなりに見栄え良く作ることが出来るガンプラ的な戦車や艦船、飛行機といったものをもっと作って売るべきだと思います。

プラモデルをやってみたい人は何も模型雑誌の模範解答的な作例やプロモデラーのような作品(クォリティー)を目指してる・求めてるとは限らず、大半のライトなモデラー見習いは“お手軽さ”だったり、ちょっとした“暇つぶしに作る”だったりに比重を置いているから、接着剤が付いていないどころか、塗装まで自分でせにゃならんというのは現代人(特に若者)にしてみれば従来のプラモデルは非常に不親切極まりないです。

接着剤や塗料を使うのが体質的・住環境的に厳しい人だっている。

ハメパチのガンプラなんかはその点若者にも取っ付きやすく、若者の模型離れや少子化が進んでいる現代であっても、ガンプラを買い求める若者や子供は割と見かける気がします。

プラモデルが廃れた、売れないなんて嘆くメーカーはそういったニーズに対して真摯に取り組んでいないからプラモデル文化が先細りし、売れないだけであって、もっと根本的な部分で問題解決と商品開発をしないとプラモデルに未来はないと思うんですよね。

“接着剤や塗料を駆使して作ってこそ模型はなんぼ”だとか“そんな軟弱者のゆ○りは模型なんかするな!”なんてメーカーやモデラーからお叱りを受けるかもしれないけれど、私はそういう精神論的なことはどうでもいい。

私が言っているのは“モデラーが道具や技術を駆使してげーじゅつ的に作る”ことではなくブキッチョでもインスタントに簡単に作れる”こと、つまりメーカー側の“初心者に対する配慮”や、プラモデルの販売形態”のあり方についてであり、ガンプラでハメパチや色プラ、タッチゲートが出来るんだから、戦車や艦船、飛行機だってある程度はそういったガンプラ的な模型も作れないことはないはずだろって話です。

ブキッチョなオイラだから言えるけど、今の旧態依然の接着や塗装を初心者ユーザーに丸投げ・強いてばかりで、プラモデルがヘタクソなユーザーの声に耳を傾けない無責任で頭の古臭い模型メーカーなんて一回倒産して消えてしまえ!と恨めしく思います。

まぁ、ブキッチョな私のメーカーや模型が得意な方に対する単なる僻み妬みなんですけどね…(_ _)

気分を害されたモデラーの方には申し訳ないですが、これが私の今の模型業界に対する正直な気持ち、不平不満です。
こんな時間にかなり唐突だけど、何か話のタネになるようもんはないかのぅと思い、何とな~く文机(←ウチのじい様が小学生の時に使っていた、軽く100年越えの恐ろしく古い机…苦笑)の引き出しに仕舞っているコイツを引っ張り出してみた…。




カシオ計算機の【EX-word XD-H6500】です。

いわゆる“電子辞書”ってヤツですな。

電子辞書といえば割と最近(90年~00年代)の文明の利器だと思われている方が多いようですが、電子辞書自体は1979(昭和53)年にシャープから“IQ-3000”というポケット電訳機、つまり現在の電子辞書のハシリとなる製品を販売し、当時の価格は4万円近くと比較的高額だったことや、技術的な問題や性能の限界もあり、ほとんど普及しなかったそうで、メモリーの小型化・高性能化、製造コストが下がった90年代後半あたりから急速に普及したそうです。

ただ、今はスマホやタブレットなどのアプリで辞書が無料でダウンロード出来き、ネットで検索を掛ければ何でも調べられる時代ですし、少子化の影響で電子辞書の売上も全般的に落ちていることもあり、電子辞書なんて今時“時代遅れ”な感もあります。

とはいえ、スマホやタブレットはストレージに限りがあることから沢山の辞書を入れるのは難しいことや、学校へのスマホやタブレットの持ち込みや授業中の操作が禁止されている学校などでも電子辞書であれば使用が許可されることから、中高生や大学生を中心にまだ根強い需要があり、最近は生徒や学生向けに注力した低価格な電子辞書が増えたような気がします。





ちなみにこの手の分野では電子機器に強いカシオが電子辞書シェアの58%(ちなみにカシオの次がシャープの23.9%、次いでキヤノンが17.5%、その他が0.6%)を占めていることからも分かるように、電子辞書は典型的な寡占市場(※)。

※最近だと中国だか台湾だか忘れましたが、シャープが外国企業の傘下に入ってしまったことからこの狭き市場が今後どうなるかは私ゃ知らんですが…。

私は電子辞書に定評のあるがカシオが無難ということでコレを当時買いました。

もうかれこれ12年ほど前の電子辞書なので、画面はモノクロ液晶でバックライトの類は付いていませんし、辞書の追加や改訂には対応していませんが、収録されている辞書も国語や漢字、英語に加え、百科事典や家庭医学、ビジネスや冠婚葬祭のマナー、果ては俳句の季題など、実に70冊以上の辞書が入っていますから、機種が古いからといって特に問題はないです。

サイズもハガキほどの大きさで、厚さも9.5mmと薄いため、背広の外ポケットでも余裕で入る大きさに加え、電源は入手が容易な単四電池(2本)、連続駆動約150時間(オートパワーオフ機能付き)とまずまずバッテリーは保つため、この携帯性でこの使い勝手はグー。

電子辞書は紙媒体の辞書と違って見開きの一覧性に劣りますが、その一方で同時に複数の辞書から検索を掛け、調べたい事柄をそれぞれの辞書から挙げてくれる素早い検索性、文字を大きく拡大表示出来るという利点もあるため、私はスマホの小さな画面で辞書アプリを使うよりも依然こちらを好んで使います。

あと、タッチパネルだと押し間違いや反応しなかったりなんてことがありますが、こちらは旧来のキーボードタイプですから、操作の確実性ではボタンをポチポチが私には使いやすい。

高校時代に機械科の授業でポケコンを使っていましたからね。

まぁ、何だかんだでこの電子辞書がなかなか頑丈(※カシオのデジタルウォッチ“G-SHOCK”の開発で得られた耐衝撃性の技術やノウハウが応用されているらしい)なものですから、使える限り末永く使いたいものです。





デジモノも意外に長持ちすると愛着が湧いてくるから、古くても使用に問題が無ければなかなか買い換える気にはならないのが不思議なところですよね。

“古いから”“汚いから”と安易に買い換えたりせず、一つのものを長く使い続け、壊れても修理し、それが不可能になったらようやく買い換えを検討するという限りなく貧乏臭いオッサンですが、私は平均的な庶民ほどゼニは持っていない低所得者だから頻繁な買い物は出来ないし、ゼニに限らず資源は“限りある物”。

地下資源に乏しく、これらはほぼ全て外国からの輸入に依存する資源弱小国・日本に住む日本人だからこそ、生活の道具に関しては特に物品愛護、節約倹約を心掛け、常に“危機意識”は持たねば思ってます。

特に最近は世界全体が“きな臭い世の中”ですし、日本もいつそういった世界の荒波、戦に巻き込まれるかも分からないご時世ですから、こういう小さなところから気を引き締めなければ…。





話は逸れましたが、私にしては珍しく、趣味や遊びではなく割とまともな、生活の役に立つ道具の話でした。
今週の15日に宮島競艇場に行ったんだけど、この日は試合の傾向を掴むという意味で“勝負”はせず、試合の観戦のみしてきました。


余所の競艇場はどうか知りませんが、宮島競艇場では会場の入り口にコインゲートがあり、ここに入場料(100円)を入れれば試合の観戦自体は子供や未成年でも可能(※原則として保護者同伴が条件)。

野球やサッカーの入場料と比べれば安上がりな娯楽ですね。

んで、この日にはリハビリはそっちのけで昼10時頃の開門を前に朝8時からゲートに並んで入場し、夕方くらいまで1日の全試合を眺めてましたが、子供の頃(小学校中学年~高学年)に何となく父親に連れられて行った競艇場の記憶、ボートレースの迫力や熱気が思い起こされ、約35、6年振りの競艇は面白かったです。

でも、宮島競艇場に行って驚いたのは施設環境の良さ。

最後に宮島競艇場に行った日から長い年月が過ぎているので建物自体が建て変わっていて、当時の面影は残っていなかった。

子供の頃に行った時の宮島競艇場はそれこそ如何にもガラの悪いおじさんアウトローな感じの怖いお兄さんの溜まり場で、アウトローたちのギラギラピリピリした殺伐とした雰囲気が会場内を包み込み、タバコの煙がもくもくと立ち込め、タバコと酒とオッサンたちのすえた臭いが充満し、座席の周りにはハズレた舟券やタバコの吸い殻、ビールの空き缶などが散乱し、あちこちに唾や痰、ガムが吐き捨てられてという劣悪な環境で、【競艇場=陰湿で暗く不衛生、アンダーグラウンドな賭博場】イメージもあり、女子供が安易に立ち入れない場所でした。

それが今ではまるでホテルのフロントやオシャレなカフェーのように内装も落ち着いた雰囲気で、施設内の設備はもちろん、清掃や管理も行き届いており、従来の客層である中高年以上のオッサン以外にも家族連れアベック乳幼児連れのママさんたちそして何より20代くらい若い女性が多く目立ち、さながらショッピングモールに行くような感覚で気軽に安心して利用出来る清潔感のある快適な娯楽施設に生まれ変わっているのだから時代も変わったものです。

あと、昔の競艇場は賭博場という性質上、モラルの低い客も多く、頻繁に小競り合いや喧嘩で大人たちが取っ組み合いをするという混沌としたもので、暴力や恐喝、流血による警察沙汰も日常茶飯事で珍しくなかったですが、現在は遊戯客や競艇ファンの間である程度のモラルや秩序が出来上がっているためか、会場内を見渡しても場の雰囲気は至って和やかであり、ルールやマナーを守ってレースの観戦をしているという感じでした。

競艇というと私くらいの世代だとあまり良いイメージを持たない方も多く、多少なりとも偏見や先入観みたいものを抱きがちですが、少なくともこの宮島競艇に関しては昔のようなアウトローでブラックなイメージは全くなく、投機目的ではなくちょっとした小遣い稼ぎをするくらいに節度を持って利用する限りは決して不健全な施設ではないと感じました。

100円の入場料を払ってレースを観て楽しむ+αちょっとした小遣いの範囲内(2,000~3,000円)で遊ぶならゲーセンのメダルコーナーで暇つぶしにちょっと遊ぶのと大差ないですし、競艇は1日12Rもレースがあって舟券は最低金額が100円から買えることを考えれば下手すりゃパチスロなんかよりも安上がりに長時間遊べる気がします(※)。

パチスロをやってる友人曰く、2~3万の軍資金を携えて臨んでも勝てなかったらものの1時間もしないうちに底を尽く(長くは遊べない)と言っていた…(汗)

今回は入場料100円と競艇場内の食事処での昼飯(うどん)や缶コーヒーなどの飲食代が780円、宮島競艇場に行くための交通費840円、合計1,720円──ほぼ飲食代と交通費でしたが、今回はあくまでレースの流れや会場の雰囲気を“下見する”という意味で行きましたが、次のレースが開催される時は十分な軍資金を携えて勝負に臨み、一山当てて見せますよ!(*´ー`*)


最近、すっかりご無沙汰気味ですが、時計巡りの旅(もとい“ただの時計漁り”…苦笑)も一段落した(正確には熱が冷めた)とはいえ、必要な時に時計をする習慣自体は未だ無くなっていない南部廣洲。

出掛ける前にひよこ(従姉)や若い衆(従甥)に頼んで時刻合わせをしてもらい、時計を腕に巻いてもらうことで習慣は維持している。

リハビリ施設じゃ馴染みの職員のあんちゃんに付け外しは頼んでいるから最近はあまり不自由していません。

手間が掛からないという意味でも最近はクォーツ式が私の中で大きな割合を占めており、最近はビンテーヂなオールドクォーツ(セイコータイプⅡ)を何となく使っております。


“クォーツ式=安物”“セイコー=ロ○ックスみたいに値打ちがない”というのが時計に興味や関心がない庶民の認識ですし、ボロくてきたなむさい時計だからパクられる可能性は低いですしね(苦笑)

そんな中、最近になってOHほど大掛かりじゃないけれど、以前世話になっていた時計屋でジャンク名目で譲ってもらった時計を隣町の某地場系ショッピングモール内にあるこれまた地場のみでチェーン展開する時計ショップで電池交換して復活させたのがコレ。


今となってはアナウンサー席に座ってる元プロ野球選手(投手)の野球解説者みたいなポジションのウォルサム君です←

コレ、実は私の父親の遺品で、昔(←時期は知らん)、父親がよく出入りしていたエッチな劇場かピンクなキャバレーで懇意にしていた知り合いの女性(※愛人だったという話も)から贈り物としてもらったものだという。




んで、何故そのウォルサムが今頃時計ネタに上がったか?

幼稚で見栄っ張りな性格(苦笑)の私ならこういう時計は真っ先にネタにしそうなものですが、実を言うとこのウォルサムは私の愚弟が勝手に父親の遺品(昔の高級時計のコレクション)を持ち逃げしていた品の一つで、つい最近奪還したもの。

胸糞悪いからあんまり詳しい経緯(いきさつ)は書きたくないのだけれど、持ち逃げされて5年、返還要求に3年の月日が要しましたよ。

まぁ、正直言って、こういう親族間の相続・金銭トラブルは後味が悪いです。

そんなこともあって正直気分は最悪だけど、「(持ち逃げされて売り払われた時計含めて)全部は取り返してやれんかったけど、アンタの無念はわしが晴らしてやったで」と、ようやく仏前で手を合わせることが出来ました。

父親が私にしてきたこと、父親の生き方は気に食わなくとも、だからといって自分の父親の尊厳、亡くなった故人を愚弄・冒涜する輩はそれ以上に許せなかった私としては一応のケリがついて今はホッとしております。





んで、時計についてですが、このウォルサム君は私が今まで手にした時計の中では一番値打ちが付きそうなお時計。

表記はないですが、ベゼル18KYG、文字盤は手間の掛かった琺瑯引き、画像では分かりにくいですが針は青焼き針(塗装ではない)、風防はサファイアガラス。

一応紳士時計ですが、ケース直径は30mmほど。

コマ調整すれば男女兼用でも大丈夫。

ちなみに時計ショップに持っていたところ、一応高級時計ということで電池交換でも“預かり”という形になり、2~3日くらいしてから連絡が来て直ぐに受け取りました。

費用は電池交換で5,400円(技術料が4,320円)ほどでした。

まぁ、ジャンク(電池切れ)の復活に掛かる費用としてはビミョーな金額ですが、一応舶来のウォルサム、ビンテーヂなクォーツですから、これくらいの金額は妥当かなぁという気がしなくもないですが…相場的にどうなんでしょうねぇ??

東京みたいな大都会は物価が高いと聞いたことがあるから、こんなものじゃ済まないのかな(よう知らんが…)。

なお、ケースやベルトは超音波洗浄(こちらは無料でサービス)でキレイにしてもらっているため、若干くすみは無くなりましたよ。

元々コマ以外は傷汚れもほとんどない良いコンディションだったので、洗浄してもらうと輝きが違いますね!(*´∀`)

あと、裏蓋や竜頭に使われるパッキンをサイズの近い汎用品の新しいパッキンに交換してもらっているため、手洗いの軽い水しぶきや小雨がちょっと掛かるくらいは平気じゃないかと思います(あくまで気休め)。

クォーツ式というだけで機械式よりも一段低く見られがちですが、日常的な使用に伴う使い勝手や時間の正確さ、維持費の安さという意味ではクォーツ式もメリットが多いですから、時計は正確で手間が掛からないものが一番と考える方には分かってもらえると思います。

でも、究極的に言えばシチズンのエコドライブ+電波式が手間要らず&基本的に竜頭で時刻修正不要ですから、いずれはこちらを手にしてみたいというのも正直なところ。

クォーツ式で最高クラスならセイコーの【グランドセイコー】も興味津々で、質感を求めるならこっちだけど、安いのでも25万の上は出ますからねぇ…(_ _)
通ってるリハビリ施設の(ノロウイルスによる集団食中毒の)立ち入り検査後、今週からようやく施設が再開したこともあり、昨日からまたリハビリに通っている南部廣洲。

まぁ、再開したのはいいんだけれども、あの食中毒で施設の食堂は無期限で閉鎖(事実上の廃止)となり、外部委託の給食サービスに切り替わったことで昼飯代が値上がりしてしまい、昼飯代は500円未満で抑え、常に食費は削ることを心掛けねばならない私として仕方がなく行きがけのコンビニでおむすびを2つ程度買い、飲み物は完全に水筒で持参(自販機の利用はしない)という形に切り換えましたよ。

彼女からは昼飯代は十分渡され「お金ことは気にせずちゃんと食べてね」と言われてはいるけれど、我が家の家計を切り盛りし、私が無愛想な態度で毒を吐いても文句一つ言わず私の世話を焼くひよこ(従姉)に頼ってる手前、私が文句を言える立場ではないですから。

しょうもない話をしました…(_ _)





まぁ、そういう話はさておき…今日の世間様はバレンタインでしたな。

私は例年通り、もれなくもらえる“幼なじみ枠”で2人から頂きました。

一つはもちろん、身内であるひよこから、もう一つは悪友で幼なじみのテルボーの姉貴になるお文さん(高級クラブのママ)から。

中学校の時から変わらずだから、もう30年以上はもらい続けてます。

すっかりオッサン、オバハン(←言えば2人から袋叩きになるw)になった私たちですが、今でもこうしてバレンタインの贈り物という習慣が続くというのはある意味で貴重なことですから、バレンタインの時期を狙った製菓メーカーの陰謀(笑)やバレンタインの意味合いはさておき、これからも楽しみにしたいところです。

私ゃ甘い物は大好物だし、もらえるものは何でも遠慮なく図々しくもらうタチなのでwww

こちらもしょうもない話でした…(_ _)





あー…そうそう……明日(15日)から18日(土)までの4日間に宮島競艇場で【第7回中国醸造杯】のレースが開催されるみたいだから、早速明日はリハビリをサボって一発勝負してきます←

あれから軍資金の調達に奔走したものの十分ではないけれど、子供の頃に父親が競艇場でよく言っていた“舟券を買う時のコツ”や“出走表から読み取れる情報からの判断の仕方”などの記憶を辿りながらとりあえず少ない投資&当てやすい賭式で始めてみようと思います。

父親が賭け事で一番な事は「当てた日はそれ以上賭けない(=欲を出さない)」「負けた時は潔く身を退く(=ムキにならない)」「この2つの心得を徹底出来るように常日頃から自制心を養い、過度な射幸心に煽られないこと」とよく言っていた掟(?)を頭に入れて……。
今年の広島は例年に比べて寒いとは言われるものの、ぼちぼち春に向けての作付けをせにゃということで、旧自宅の脇にある小さな畑で今日は野良の仕事をしてましたよ。


今年も例年通りキタアカリを埋ける。

私は鍬を握れないので、従甥二人に「(イモを埋けるのを)少し手伝いんちゃいや」と声を掛け、私は作業する二人の傍らに立って指図・監督(←あとはナイフ片手に種芋を切って切り口に灰をまぶして消毒・並べていくという感じで役割分担)。

従甥たちには小さい頃から野菜の種や苗を植えさせたり、収穫の手伝いをたまにさせていましたが、二人も中高生になり、今は同居していることもあり、そろそろ本格的に土いじりを教えていこうと思いましたので。

もちろん、二人が“嫌だ”“したくない”と言えば絶対に作業はさせない。

理由は後で書きますが、百姓というのは決してラクな仕事ではない。

百姓の大変さや苦労は私はよく知っているし、この手の仕事に自ら進んで就いてくれとも言わないし、望みもしない。

今の時代、百姓でメシを食うていくのは物凄く大変ですから。

でも、家庭菜園と言えどもこれも立派な“生活防衛”の手段の一つと位置づけていることから決して生半可な遊びではないし、やる気もなくなぁなぁに土いじりをされるのは私は我慢なりません。

素人だろうが本職だろうが食べ物を作る者(生産者)にはそれ相応の責任というものがあります。

それが果たせないなら鍬を握る資格はないです。

そこのところも含めてしっかり従甥にも土いじりを教えていかなければなりません(※実際に従甥たちが将来的に百姓になる・ならない、土いじりをする・しないに関係なく)。

就農でもしない限り、進学や就職、出世なんかには全く役に立たない知識や技術ですが、私は従甥たちに最終学歴の高さや高い教養以上に男としての生き抜く力、“生存力”を身に付けてほしい。

“実生活的な逞しさ”“内面的な強さ”というんでしょうか?

土いじりはそういうのを自然と学び、養われる気がします。

仕事が無くてもとりあえず土地と鍬(道具)と種(資材)があれば何とか食い繋げる可能性(生存率)が少しでも上がるなら土いじりを教えることも決して無意味や無駄ではないと思っています。

※土いじりとは関係ないけど、この前、質屋という名前や商売そのものを知らない従甥たちを連れて質屋に行き、私が実際に質屋を利用して質屋の仕組みや利用の仕方を社会勉強だと思って教えてやりました。

ボンクラ高校卒でまともなサラリーマン経験もなく、社会経験も大したことないこんなクズキワオヤヂの私が若者に教えてやれることなんて高が知れています。

大人としても、人間としても、決して褒められた生き方もしていないし、叩けばいくらでもホコリ(過去の悪行)が出る、本当に汚なむさい人生を歩んできたからこそ、自分みたいなダメ人間街道に足を突っ込まないよう、自分が持つ数少ない取り柄(←大袈裟)、家庭菜園を活かしてせめて“生き残る術”をこれからも教えていきますよ。

物心付いた時には既に父親がいなかった従甥たちに“父親の後ろ姿”を背中で伝えるなんてことは未婚で父親経験のないオイラには出来ないし、そういうガラでもないけれど、社会のルールや規範を教える“男の年長者”としての役割を果たせる人間は家庭内だとオイラしかいませんから。

我が家には人生経験豊富なじい様(従甥たちにとっては“ひいじぃ”)も健在ではあるけど、従甥たちとは世代が違い過ぎてじい様の考え方や人生観が現代に即していない部分(※)もあるから、あまりアテにはなりませんからね。

※もちろん、長老の知恵と経験を借りる”“人生の先輩の生き様を示す手本”という点では今を生きる若者に対してヒントになることもあるから一概に全てが全てダメだとは思いせんが…。
建国記念日の意味、知ってる?
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意味を知ってるも何も、文字通りの意味(模範解答→日本の国家として存在意義や日本が世界に果たす役割などについて国民で広く考える日)だよな?

まぁ、我々のような庶民はその日その日の生活で手一杯なわけだし、厳密な建国の年代や日付がどうたらなんてどーでもいいことだけし、特に建国記念がどうとかで興味や関心を持つ人なんまずいないでしょうね←

政治屋でもないタダのパンピーがああだこうだと政治掛かったことを鼻息荒くして大真面目に語るとか、正直ダサいしカッコ悪い…( ̄^ ̄)
昨日(9日)、競艇で一勝負するために軍資金を集めようと一六に草を持ち込んだんだけど、ちょ~っと資金的に厳しい…(_ _)

転売目的で集めていた中国や台湾の記念切手(未使用)を5セットほど持ち寄ったんだけど、予想(希望)額に届かなかった…( ̄^ ̄)

買取ならもうちょっと色は付けられると店主に言われるも、足元を見られていることもあり、今回は草を入れるのは止めました。

十分な資金が確保出来ないままゼニを借りて勝負に行っても勝算が低くくなるだけなので、ここは冷静に……。

というのも、勝負事とは闘志や度胸(カッコ良く言えば“熱いハート”、有り体もなく言えば“リスクを恐れないこと”)も大事ですが、それ以上に勝負とは感情的にではなく常に理性的に捉えて冷静に見極める目、そして勝負に入る前に十分な準備をすること(用意周到さ)が特に重要で、賭け事も同様に運や神頼みといったそういった不確かなものに当てずっぽうに頼るものじゃないと私は考えています。

人間の世界で起きることは人智の範囲内で起きるもの、予想出来るものだから、どんなものに必ず対策法や攻略法があるものです。

しかし、武器(必勝法)はあっても実弾(ゼニ)がなければ大きく勝負に出られないため、十分な実弾を持って臨むのが望ましい。

だから、今度は別の一六に草を持って行きます。

納得の希望額が提示されるまで。

“臆病”と呼ばれようとも勝負とは常に臆病が臆病になるくらい慎重に慎重を重ねて戦略を練って臨むことが一番損をしない(リスクを下げる)近道ですからね。
“貧乏暇なし”なんていう言葉がありますが、私は貧乏(無職で粗大ゴミなクズノキワミオヤヂw)だけど暇してるよ←

いやね、通所していたリハビリ施設(病院と併設した小規模施設)がノロの集団感染(※最終的に20人くらい発症したらしい)で保健所の立ち入り検査、業務停止命令的(?)なヤツで施設が閉まってるもんだから今週はリハビリ行ってないんですよ。

もぉ~~~なんです…σ(^^;)

てなわけで、今日も特に何もせず大半寝て過ごしましたよ。

貧乏暇ありだけど、同時にクズキワオヤヂ銭なしだから暇潰しに何かしようにも先立つものもありませんので…( ̄^ ̄)

いい加減“一六銀行”に入れる“草”も無くって厳しいですから、何か手を打たねば…なんて策は考えるけど、何も思い浮かばなん←

そういや、私の亡き父親もゼニが無い時こそよく馬や舟に賭けていたけど、何かジンクス的な何かがあって賭けとったんかなぁ??

つか、ああいうギャンブルって一山当てたら時は結構大きいよね。

父親の情けない背中を見て「ギャンブル(と女遊び)はしない」と決めていたけど、社会勉強(?)だと思ってここいらで一発だけ勝負したろうかなんて最近は思ってます。

社会通念上、あまり好ましいとは言えないけれど、法律に乗っ取った公営ギャンブルは別に犯罪じゃないんだし。

ひよこ(従姉)や若い衆(従甥)ら家族には苦労や迷惑は掛けとる(←一応自覚はある)し、ギャンブルの道義的な問題はこの際言ってられないので、一発当てて何か美味いもん(回らない寿司)でも食わせてやりたい。

てか、急にギャンブルに興味を持ったのも単純に気分転換新しい刺激が欲しいだけなのかもしれないけどね…オイラの場合は…(汗)

まぁ、とりあえず、子供の頃に父親によく連れてってもらった競艇で最初は少ない金額から始めてみようかなぁと思いますよ…σ(^^;)

明日、草になりそうなものを持ち寄って一六に行くから、集められる範囲でゼニを集めて軍資金にしよう。
まぁ~たこんな時間にチラ裏(独り言?)…σ(^^;)

いやね、経済的に余裕がないということで中華あたりが作る安物のラヂオをホムセンで買ってずっと使っているんだけど、最近AMの調子が悪いんですよ。

かといってFM補完放送で聴こうにも今のラヂオはワゴンセールで投げ売りされていた型式の古いヤツ(地デジ放送が終わる少し前の平成23年製5月製)だったから、FM補完には対応してないため、使いにくいったらありゃせん。

小学生の時に買ってもらったラヂオの代替として買ったけど、やっぱり安物はダメですね。

中学の時に親戚の兄者がお下がりでくれたラヂオは捨てずにとってあるけど、こちらも経年劣化でスゥイッチの接触が悪い&スピーカーがヤバいこともあり、日常的に使うには厳しい。

スマホに入れた【radiko】や【らじるらじる】のラヂオアプリで今はやり過ごしてるけど、バッテリーの減りがハンパないんだなぁ…σ(^^;)

家電量販店に足を運んでラヂオを探しているけど、最近はラヂオ自体をあまり置いてないようで、そもそも国産メーカーが作るラヂオのラインナップも少なく、選択肢が限られるため、日常的なラヂオ聴取者として非常に厳しい環境です…(汗)

店員に聞いても今の若人のほとんどはインターネットラジオで聴くんだってよ。

私が小学生くらいの時(40年近く前)に流行った“BCLラヂオ”みたいに本格的な長距離受信に特化したラヂオ専用機というのは今時どこも作ってない・売ってないのか、これもネットの普及による時代の流れなんでしょうかね…(_ _)

夜寝る時に子守歌(笑)代わりにラヂオを付けて聴く習慣がある私としては静か過ぎる夜中はどうも落ち着かない(歳のせいか年々不眠症気味…)ので、ほどほどの金額のしっかりしたラヂオが欲しいですなぁ……(´Д`)

出来れば5k以内で収まる、シナチョン製ではなくメイド・イン・ジェペェェエエン(←郷ひ○み風)がいいな。

ちなみに一応、ネトオクは覗いてはみたけど、こういうところで中古の家電製品に手を出すのはクラカメや腕時計以上にリスクが高いから、なかなか手が伸びません。

リサイクルショップもラヂカセは見かけるけど、ラヂオ単体というのはほぼ見ないから、直に手にとって中古ラヂオを選ぶというのも難しい現状。

まいったのう~…(;´Д`)=3