華麗なるヲタ族 ~哀と自虐に満ちた独り言の日々~ -17ページ目

華麗なるヲタ族 ~哀と自虐に満ちた独り言の日々~

ヲタクで変人、社会のはみ出し者を自称する広島のアウトロー【クズノキワミオヤヂ】が戯言・寝言・妄言・世迷言・虚言・失言・暴言などをグダグダ垂れ流す独り言ブログです。

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無い。

全くない(苦笑)

楽器は神楽や祭囃しの篠笛と大正琴を遊び程度でしか出来ん…σ(^^;)





まぁ、それよか今日は写真機発明の日だったんだよな。

1839(天保10)年、フランスのルイ・マンデ・ダゲールが世界初の写真機を発明したのがこの日。

この写真機は【ダゲレオタイプ】と呼ばれ、長時間露光(10~20分くらい)させるため、写真機の前で長い間じっとしていなければならなかったそうな。

この頃はまだロールフィルムではなく、銀メッキした銅板を感光材とする【銀板式】やその少し後に普及したガラスに感光材を塗布した【ガラス乾板式】だったことからこれが割れやすく、いずれの方式も前述の露光時間の長さもあって取り扱いも煩雑で慎重にならなければならなかったのが最大の欠点でしょうね。

※ちなみに現在のロールフィルムは1880年初頭に発明され、イーストマ・コダック社が【ボックスカメラ】に使うロールフィルム(ブローニーフィルム、又は120フィルム)として本格的な販売が開始される1888(明治21)年ごろまで待たねばなりませんでした。

こうしてみると写真機が世に登場してまだ180年近く、写真フィルムに至ってはまだ130年そこらと意外と短いことが分かります。





今となってはデジカメが主流ということもあり、こういった化学薬品を使う銀塩写真は少なくなりましたが、現在でも熱心なフィルムカメラの愛好家は少なくなく、富士フイルムは現在でも写ルンですを始め、インスタントカメラのチェキなんかも精力的に販売は継続している(※ちなみに富士フイルムから新型チェキが来月あたりに出るとか出ないとか?)ことから、先行きは決して安泰とは言えないけれど今後しばらくはまだまだは生き残ることでしょう。

新製品のフィルムカメラも今となってはなかなか出なくなり、ライカやローライといった一部の高級カメラを除けば入手も難しくなりつつありますから、ファンの1人としては寂しいものです。

コンパクトタイプの簡易なカメラでもいいからまたどこかのメーカーが再生産してくれないかしら?





来週あたりから地元でもボチボチ行楽イベントが増えてきますから、久しぶりフィルムカメラ(コンパクトタイプ)を携えて出掛けたいなぁと思います。


今年もカンザキアヤメがキレイに咲きました。


以前にも書いたかもしれませんが、カンザキアヤメは普通のアヤメ(5~6月)と違って1~3月の寒い時期に咲く珍しい品種。

花弁は7~10cm、根生の葉丈(15~30cm)に比べて茎の部分が短いので花の背丈は低く、葉っぱの陰に隠れがちなため、些か恥ずかしがり屋なお花。

しかし、カンザキアヤメは普通のアヤメと違って年中葉っぱが茂る常緑性で、そのちっちゃなお花とシャイな見た目に反して寒さだけでなく暑さにも強く、日が当たって水はけが良ければ痩せた土地でも育ち、これといって注意する病原虫を持たない丈夫な植物。

花が少なくなる冬場とあっては数少ない“庭の彩り”です。

カンザキアヤメに限らず、小さくて地味であっても厳しい環境に耐えながらも逞しく咲いている花は美しいものですから、私はカンザキアヤメが好きです。

どことなくですが、そういう性質が安芸門徒(浄土真宗の信徒)が多い広島県民の我慢強さや辛さ知らずといったバイタリティ溢れるところが海外へ移民として渡った後もしっかり根を張り、中には農業や事業で一大成功を収めた者も現れた広島県出身の日系人の逞しさや気高さにも通じ、同じくハワイやブラジルに移民し、安定した生活と幸せを勝ち取った古い親戚たちの姿にも重なります。

新天地へ渡った古い親戚たちが譲ってくれた旧宅は無くなり、今は我が自宅が建っているけれど、このカンザキアヤメが今もこの旧宅のあった土地で昔と変わらず逞しく咲いている限り、故郷(ふるさと)を見失うことはありません。

私のようなドロっドロに心の汚れたオッサンが無粋にも写メを撮ろうともカンザキアヤメは何も言わず(←いや、当たり前だろw)、誰のためでもなくただ自然に任せて今日も花を咲かせ続けるのですから健気なもんです。

歳を重ねたせいか、若い頃は食べる物以外の植物なんて大して興味がなかったけれど、人生も折り返し地点を過ぎからというもの、この歳になって「花って良いよなぁ…」な~んて思うようになった南部廣洲です。
パンダ、生で見たことある?
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こんな下らないネタに文句を垂れるためにこのネタに乗っかる(投稿する)私もどうかと思いますが、今日は東日本大震災から6年が過ぎた日。

大勢の人が住む家や故郷を失い・追われ、大切な家族や親戚、友人・知人を失った戦後最大最悪の大災害、非常に痛ましい日です。

そんな日に“パンダの日”だなんて、運営は無神経なもんですよ…。

こんな呑気なネタ記事を被災者や遺族が目にしたらどう思うか…──もうちょっとそこら辺のことを考えるべきじゃないですか、運営スタッフさん?

もし運営スタッフが当事者だったらこんなネタを仕事とはいえ投下出来ますか?

オイラだったらイヤだね、絶対( ̄^ ̄)

別に偽善者ぶるつもりはサラサラないし、当事者ではないオイラには直接関係のない話題だけれども「何だなぁ~…」と思う今日の朝です。
情けない話ですが、実は今日、リハビリの帰りに小銭を入れた財布(←貸してもらった)を無くしてしまいし、帰りの路銀がなくて隣町(廿日市市)で立ち往生しております…(_ _)

迎えに来てもらうにもひよこ(従姉)の仕事が終わるのを待たねばならず、いろいろ時間を潰しながら待っていると辺りはすっかり真っ暗。

↑今更だけど、2月に日付修正していなかったことに気付く…(←久しぶりに使う時計あるある)

タクシーはゼニが掛かるから出来れば利用は控えたいし、今月の我が家は色々物入りなもので…。

4時間も待つのはさすが辛いですなぁ…(つд`)ジゴウジトク…
近況みたいな何かのか記事。

サボりつつの通所ではあるけれど、最近、リハビリに通い始めて左腕を微かに動かせるようになりました。

まぁ、リハビリの成果(?)と通所に際して外に出て歩くようになったからなのか、杖を突いて歩くのにも歩ける距離は伸びましたよ。

特に歩ける距離が伸びたのは大きい。

片麻痺が残ってからしばらくは引きこもって体力や筋力が落ちたこともあって歩くのでも10分も歩かないうちに息が上がってしまい、我が家の墓がある墓地までの階段約80段は人の手を借りながら休み休みで時間を掛けないと登れないくらいでした(←今は1人で40段目くらいで登って一回休憩で墓参りに行けるようになった)。

なお、クルマの免許は昨年の秋冬、免許センターで片麻痺が残った後の免許更新について問い合わせ、適性検査を受けましたが、結果は一定の条件(※MT車ではなくAT車、ハンドルやアクセルの補助装置)を満たさないと不可(運転はダメ)となりました。

ただ、この時は前述の条件で運転するという宣誓の下でギリギリ更新が許可されましたが、実際は経済的な事情やクルマの運転に自信がないため、(条件を満たしていることを前提に)書類上では運転可でも免許更新後もクルマは運転していません(※そもそも条件を満たしてないのだから乗れば違反)。

顔写真付きの身分証明書の代わりが無くなってしまうのは地味に不便ですから、運転免許証はほぼ身分証明書にしかなってませんw

まぁ、現状としてはクルマが乗れない(乗りたくない)以上、最終的に頼れるのは自らの生身の足だけ。

将来的に寝たきりになる時期が速まらないよう、筋力と骨密度を“貯金”していかねば…。

生物学的、世間的にはまだまだ“働き盛り”な年齢とされる自分はこの歳で既に老後を見据えて考えねばならないというのは何とも悲しい話ですが、私はこの言葉は嫌いだけど、敢えて言うならこれも身に降りかかった不幸な“運命”としてあきらめるしかありません。

身体を動かす、畑や山に入ってゴソゴソする、トイガンやカメラをツツいて遊ぶのが好き、車中泊も旅なだけに度々楽しんでいた私としては身体の自由が利かない──これはもう不幸以外の何物でもないですが、残された足腰の機能を維持することだけを考えてこれからは生きていきます。


リハビリの帰りにフラフラと本屋やリサイクルショップと寄り道した帰りに見つけた梅の花。

寒戻りでまだ春にゃあ程遠い寒さが続いとる広島。

花が少なぁ時期じゃけえ、こうした些細なハケーンも嬉しくなる貴重な彩り。

ここいら(南部の沿岸地域)はそうでもなぁけど、県北では季節外れな雪に見舞わとる地域も少のうなぁて、同じ広島でも中国山地の地形的な要因で南北の寒暖差が激しいのが広島らしいっちゃ広島らしいですが、私は寒々とした広島は好きじゃないです。

特に私が住んどる沿岸部周辺の広島市はエネルギッシュで活力のある、暑苦しいくらいに明るくて陽気な、お日様燦々な空気が似合ってるから、今の時期の広島は広島であって広島の本来の顔じゃないから、早く春になってほしいものです。

水の都我が広島市、そしてご近所さんの廿日市市は桜や緑が生い茂る時期こそ魅力が増大し、国内外の観光客が押し寄せて一番輝く時期ですから、その日まで今はひたすら辛抱。
 

▼私を構成する成分は・・・



\あなたはなにでできている!?/
成分チェッカーで分析する

うん…うん……何か珍しくドンピシャで当たってるね(苦笑)

腹黒さ(と毒吐き)は自他共に認める部分だから、自分のそういうアクの強い、ダークでアウトローな部分を大事(?)にしていきますよw

悪役(ヒール)は嫌われて・憎まれてナンボ。

そもそも人は生まれた時から、理性ではどうにもならない本能に従って生きる(殺生をする)ことが定められた時から人は既に業や罪を背負っているし、煩悩具足の凡夫たる衆生の我々は生まれながらの悪人(※安芸門徒的な意味)として自力ではどうにもならないのが宿命(さだめ)。

自分が悪人であることを認めずに独り善がりな考え(エゴ)で良い子ぶって生きる浅ましい善人として生きるよりも、自分がどうしようもなく欲まみれな感情で生きる悪人(生きる上での業や罪を背負っているん)だと自覚して生きることこそが愚かで至らない生き物である我々人間のせめてもの“良心”だったり“救い”だったりすると私ゃ思います。

何を言いたいかと言うと、人は生まれた時から全て“悪人”という存在であり、自分の往生(保身)のために善行を積む善人は“悪である悪人”であり、自分の行いを振り返り、直視し、悔い改めようとする悪人は“善である悪人”であり、後者こそ人間のあるべき姿、人生の歩むべき道、つまり“道理”というヤツだということです。

浄土真宗を開いた親鸞上人も述べられた「もし道理に箇(よ)らば、これ真宗なり」という言葉(※)が正にそれ。

※ちなみに私はこの真宗という単語を“浄土真宗”という意味ではなく人が生きるための真実の教え”という意味で解釈してます

まぁ、神仏のクソの役にも立たない存在なんて全く以て信じていない、無宗教の私が言うのもなんですが、“悪人正機”や“本願ぼこり”とかじゃないけれど、それだったら一度きりの人生、多少の“はみ出し者な生き方”をしたってええじゃないか、人間なんじゃけえ!( ̄^ ̄)y-~~~
うん、タイトルがブっチクソ長い…( ̄^ ̄)

まぁ、深い意味は無いようで有るような、そんな薄っぺらなタイトルです(苦笑)

我が家に来て半月以上が過ぎたソニーのICF-EX5(ラヂオ)の話。


前の記事でも書いたけど、このICF-EX5はかれこれ30年以上前に発売された古いラジオで、四捨五入でアラフィフの私が中学生の頃から販売されていた昭和なラヂオ君。

↑今の若人には馴染みがないだろうけど、NSB(現・日経ラジオ社)の表示がどことなく懐かしさを感じる。ちなみに“NSB”とは“Nihon Short-Wave Broadcasting”の略で、訳すと【日本短波放送】という意味。昔は“ラジオたんぱ”という愛称で知られました。

驚くことにこのラヂオ、現在もマイナーチェンジ版の【ICF-EX5MK2】として未だ現行品で販売されているある意味“ラヂオ界の生きた化石”みたいな製品で、機能や性能は発売当時と大きく変わらないとか?

ええいっ!マイナーチェンジのくせに!

私は盛大に老けたけど、今でも下界の大きな家電量販店でこのICF-EX5を見かけると昔の旧友に再会したような懐かしい気分と共に、昔と全く変わらない姿におどりゃ昔とちっとも顔が変わらんでホンマ老けとらんのう…」と軽く嫉妬してしまいます…σ(^^;)

確かに昭和臭い顔(デザイン)ということもあって、元々老け顔(古めかしい佇まない)ではありましたが、現行品として生き残っている今となっては歳(発売年)の割に今も若々しく、しかしながら最古参のラヂオらしい“渋さ”や“貫禄”も醸し出しているように見えてくるから不思議。

とはいえ、さすが基本性能やスペック自体は昔のままということで、このICF-EX5もMK2も電源を入れた時の“ブツンっ!”というポップ音は相変わらずで、ソニー側の回答ではこれは不良品ではなく“仕様”と言い張っていたり(※耳障りなだけで機能上は全く問題ない)、アンテナ端子がプラグではなくネジ留め式(←被膜を剥いたリード線に直接繋いでネジ留めする)や、使用するACアダプタが大きくてかさばり、プラグの+と-の極性がソニーの汎用タイプのACアダプタとは逆で、(今となっては事実上)ICF-EX5の専用ACアダプターしか使えないなど、新旧共に設計の古さは否めず、最新のソニーのラヂオに慣れ親しんだ方には些か不満な点もチラホラ目立ちます。

↑スピーカー径10cm(出力1.3w)と余裕のある音だけど、電源ONにする度に盛大にポンポン鳴る屁コキ虫(苦笑)
↑右のネジがアンテナ端子。左のネジがアース端子。

↑プラグの+-の極性が一般的なプラグと逆。ソニーの汎用タイプのACアダプタが使えない。

MK2は、所詮はMK2だというのか。

とはいえ、良くも悪くも昔とほぼ変わらないその姿や特徴はあの時代をこのラヂオと共に過ごし、深夜番組に耳を傾けていたかつてのラヂオ好きな青少年たちの中に色々な思い出として印象強く残っていますし、それらを思い出させてくれるラヂオが今もこうしてしぶとく生き残り、今もどこかでこのICF-EX5がかつて青少年だったオッサン達の手元で今も活躍しているかもしれないと思うと、胸が熱くなります。

最近のラヂオや高級オーディオなんかと比べると音質が悪いという評価がなされてますが、それでもラジオアプリを入れたスマホの小さなスピーカーで聴くよりは断然聴き取りやすく、長時間聴いても聴き疲れしませんし、私はこのICF-EX5のスピーカーから流れる音声を聞き慣れているので、音質が悪い(※)と思ったことは一度もありません。

※そもそも音質の良し悪しを論じられるほどの“耳利き”を持ち合わせてはいないし、その違いもよく分からない馬鹿(うましか)な耳なので…(苦笑)

受信状況が良ければ決して聴き取り辛い音質ではありませんから、下手なシナチョンの激安ラヂオを買うくらいなら断然こちらがオススメです。

やっぱりラヂオはスピーカーのサイズや出力に余裕があるホームラヂオが日常的な聴取には最適です。

世界一優れたソニーのラヂオ、純国産、メイド・イン・ジェペェ~ンに万々歳\(^o^)/

シナチョンのワケ分からんパクりブランドなんて目じゃないぜぇ~?

ワイルドだろぉ~?←

まぁ、何はともあれ、これから先もソニーには末永くこのラヂオは作り続けて欲しいものです。
雛人形、飾った?
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我が家は男系家族ということもあり、ひな人形を飾る習慣が全くなく(※逆に我が家は旧士族の家系で立派な飾太刀や鯉のぼりは積極的に飾る・掲げる習慣があった)、そもそも祝うべき未婚の若い娘がいない(苦笑)

幕末~明治初期ごろのひな人形(ひいひいばあ様の嫁入り道具)はあるにはありますが、ものが古過ぎて傷みも酷く、度重なる土砂災害や台風で家が被災して雨風に晒されてしまったりでカビも生えてしまっているため、とても飾れる物じゃないです…。

ジジババやむさ苦しい男ばかりの世帯(じい様、私、従甥2人)だからひな祭りは縁遠い行事です…σ(^^;)
事後報告だけれども、2週間ほど前に新しくラヂオを迎えた。


SONYの【ICF-EX5】という据え置き型のホームラヂオです。

ただ…“新しく”とは言うものの、実際は中古で買ったんだけどな…σ(^^;)

“広島の秋葉原”と呼ばれる家電量販店やパソコンショップ、アニメ・ゲーム・ホビーといったサブカル系の店が軒を連ねる大手町(おおてまち)界隈の某リサイクルチェーン店“B”で確かジャンク扱いで5,000円くらいだった。

不要となった月刊Gunの古いバックナンバー(今回は昭和54~58年の5年分60冊。1冊当たり80~90円)を出張買い取りで売り払って少しだけ小金が出来たので、前から目を付けていたガラス張りのショーケースの中に鎮座していたコイツを買った。


なお、買い物のために下界(都会)への交通費が760円、帰りに自販機で130円のカフェオレを買い求めたから、売り払ったゼニは50円も残らなかった(苦笑)





まぁ、そんな話はさておき、このICF-EX5を手にするのはこれが初めてではなく、今回“も”買い換えによる入手。

初めてこの機種と出会ったのはかれこれ30年以上前。

私が厨房の頃、町の小さな電器店で新製品として発売されたばかりのコイツに半ば一目惚れした形で出会いました。

ちなみに当時の価格は1.5~1.6万くらいだったかな?

しかし、当時はモデルガンやゲーセン通いにお熱で他の趣味や遊興費、それとヤニ代(←不良の嗜みw)の捻出で余裕がなかったし、厨房の小遣いと新聞配達のバイトだけでは足りなかったこともあり、この時は買えず(※)。

※ラヂオも基本的に“贅沢品扱い”で10%くらいの物品税(←今の若い子は“物品税”とか知らんかw)が掛かっていたから、ラヂオが“個人で一台”が当たり前になりつつあったラヂオもまだこの頃ですら厨房にとってはまだまだ高価な家電製品だった気がします。

のちに私が高校生に上がる頃に3つ上の親戚の兄者が海保の学校へ入学が決まり、大きなラヂオは持っていけない(←【持ち込み不可】とかではなく、私物の置けるスペース的な問題で置き場所がない)&新しくワールドバンド仕様のコンパクトなラヂオを買い増したことからICF-EX5は不要となり、気前のいい兄者がお下がりでくれたのが初のICF-EX5となりました。


それからずっと据え置き型のホームラヂオは代々このICF-EX5を買い増し・買い換えを繰り返してきました。

私の場合は昔と変わらず作り続けられている製品で且つ気に入って使っている製品は機能向上が図られた新型や目新しい新製品の存在の有無に関わらず特に不便・不満がなければ同じ物を買い換えながら使い続ける(所有する)傾向があり、かつて嗜んでいたトイガン、今は亡きハドソン産業の【十四年式拳銃】のモデルガンは記憶にある限り新品“だけで”3~4回くらいは買い換えみたいな感じで一つの物に凝ってしまうんですね(苦笑)

このICF-EX5なんかも過去に2回、今回を含めれば3回目の買い換え、コイツは4代目となります。

といっても、ICF-EX5を新品で買ったのは後にも先にも高卒で社会人になってある程度ゼニに余裕が出来た頃の1回だけで、初代は親戚の兄者のお下がり(昭和60年製)、二代目は前述の社会人になってしばらくして買い増しで買った新品(平成2年製)、三代目は質流れ品(←入手時期は平成14年頃。シリアルナンバーから推測するには平成9~10年の間あたりの個体)、そしてこの四代目はリサイクルショップで手に入れましたので、ほぼセコハンばっかり(苦笑)

お下がりは積極的にもらって再利用する、程度の良いリサイクル品を安く手に入れて大事に使う──と言えば聞こえはいいですが、現実は経済的な理由が9割9分9厘の“妥協”諦めの結果……。

万年金欠病のビンボーなオッサンなオイラはラヂオに限らず、自分の持ち物に関してはどうしてもリサイクル品や訳あり品、展示処分品で済まさせざるを得ません…(_ _)シンピンニハエンガナイ…

幸いなことにこの個体はシリアルナンバーから推測される製造時期の古そうな感じとは裏腹にあまり使われなかったのかなかなかコンディションも良く、店頭では短波放送が調子が悪い」と表示されていたものの、自宅で短波を付けてみると普通に問題なく聴取出来ました(※)。

※おそらく買い取った店でチューニングした場所や時間帯でたまたま受信環境が悪かったor短波ラヂオの仕組みや性質について店員の知識不足により“ジャンク扱い”になっただけかもしれません。

もっとも、私は株も競馬もしないし、元々短波を聴く習慣もないため別に短波放送の部分が壊れてても気にしない&問題なかったし、向こうの勘違いや知識不足が理由で安かったから私としてはラッキーでした。







購入してからというもの、暇を見つけては朝昼晩と様々な時間で聴取していますが、少なくとも私の住む土地・自宅では昼間の屋内でも地元のFM・AMラヂオ局は1局を除いてよく入感するため、ラヂオ聴取の環境としては恵まれています。





中古とはいえ、学生の頃から慣れ親しんだラヂオをこうしてまた買い換えという形で迎え、コンディションの良さにも満足していることから、スマホのラヂオアプリのみでは何かと不満だった使い勝手や聴取方法もこれで一応改善となりました。

新しくラヂオを買い換えるまで実に長かったわい…( ̄^ ̄)

↑クズキワオヤヂの南部廣洲(※顔出しNGの私に代わって初代バルタン星人が出演)とRADIO(ラヂオ)の深い夜なシーン。