冬になるとおなじみのおおいぬ座のα星、シリウス。最も明るい恒星であり、距離は6光年足らず。白い色で輝き、質量は太陽の約二倍。二重星でもあり、既に一生を終えた地球サイズの「白色矮星」一個を伴っている。 古代メソポタミアBC7000年前の粘土板文書、古代エジプトのヒエログリフには「明るく輝く赤い星」で、かつ双子星である、と記述され、兵士の徴兵検査に使用されていたという。 なぜ、赤くなっていたか?赤色巨星になっていたのか? 現在の理論では赤色巨星化してから最低でもシリウスの伴星クラスなら100万年は持つはずであり、現在でも赤い筈だという。 ならば、なぜ? シナリオとして考えられるのは、現在光輝いているシリウスの水素ガスをもぎ取り、それを白色矮星側で一時的に「核融合反応」水素+水素=重水素反応、またはヘリウム生成反応を起こすという、暴走型核融合反応が起きていた可能性が高い。 たった、6光年先でこのような事象が進展して、最悪、超新星爆発に至らなかったのは不幸中の幸いである。というのは、カシオペア座に実際同じ経緯をたどって超新星爆発をおこしたのが「ケプラーの超新星残骸」なのである。 この危険性はこいぬ座α星プロキオン(8光年)にもいえ、そのほかの近傍の大質量星「アンタレス、アルデバラン、ミラ」にもいえる。
いつの間にかジャンク・フードで済ませてる奴も多いよナあ?
かといって日本産の農産物は放射能汚染が恐くてアカン。
現在、中国ではインフレーションと労働運動、民主化運動、民族分離運動が激しく、天災も含めて末期的状態じゃ。
もし、中国政府が自ら元を上げて来たら?
相対的にドル安、円安、ユーロ安になる。
つまり、食料品を輸入に頼る日本は一瞬にして飢餓列島に陥る。
どインフレが襲い、円は紙屑。
産業は海外移転しているから良いからいいものの、残された者達は??
地についた職業、手についた能力を持つものだけが生き残る。
後は拷問奴隷制社会に奉仕せい!!!!
中国では、過去には飢饉や孝行、薬用、戦争、儀礼などでカニバリズムが行われたとされ、文献にも記されています。古くは『韓非子』に「紂為肉圃、設炮烙、登糟丘、臨酒池、翼侯炙(あぶり肉)、鬼侯臘(干し肉)、梅伯醢(塩漬け肉)」という記述が見られます。この「醢(かい)」なる言葉は塩漬け全般を指す語でもあり、獣肉の料理を指すこともあれば、見せしめのために塩で防腐した遺体を指すこともあり、必ずしも人肉食を指しませんが、当時の秦国の囚人達を料理に供した、という説が濃厚です。
黄文雄は食人の記録から、中国人は「人食い人種」であり、「食人文化は、中国四千年の歴史を貫く伝統」であるとし、また、孔子が人肉好きだったとしています。なぜなら子が親のためにその身を供することは「考」の道にしたがうものであり、よしとされたためです。
子路が衛国の大夫である孔悝の荘園の行政官になっていたころ、衛国に父子の王位争いが起こった。子路はこのお家騒動にまきこまれて、殺された。子路の屍は細かく切りきざまれ、無惨にも《醢》にされた。それは使者によって孔子の食卓にまで届けられてきたのだ。 以来、孔子は大好物の《醢》を食べるのをやめたそうだ。 これは『礼記』、『東周列国志』、『荘子』にも記されている。
なお『礼記』『荘子』の内容は以下の通りである。
檀弓上:孔子哭子路於中庭。有人吊者,而夫子拜之。既哭,進使者而問故。使者曰:“醢之矣。”遂命覆醢。[16]
子以甘辭說子路而使從之,使子路去其危冠,解其長劍,而受教於子,天下皆曰‘孔丘能止暴禁非’。其卒之也,子路欲殺衛君而事不成,身菹於衛東門之上,是子教之不至也。
いずれも、子路が「醢」「菹」(いずれも漬け物の意味で、肉の塩漬けを指す)にされたという記述があり、『礼記』では最後に家にあった「醢」を捨てさせたとある。「醢」は「人間を塩漬けにする刑罰」という意味も持つが、孔子の家にあった「醢」は「塩漬けの肉」を指し、これが何の肉から作られたかについて説明されていない。『東周列国志』には、衛国の使者が「夫子を敬慕して、大胆に珍味を捧げます」と人肉を食べさせようとする記述[18]があるが、これは明末に馮夢竜が著した歴史小説であり、史実ではありません。
この他、『孔子家語』にも同じ逸話があります。
子路與子羔仕於衞。衞有蒯聵之難。孔子在魯聞之、曰、柴也其來。由也死矣。既而衛使至。曰、子路死焉。夫子哭之於中庭。有人弔者、而夫子拜之。已哭。進使者而問故。使者曰、醢之矣。遂令左右皆覆醢。曰、吾何忍食此。[20]
明治書院版『孔子家語』の訳者宇野精一は「衛の人が子路の遺体を塩漬けにしたのは、単に刑罰として行ったのではなく、おそらくその肉を食ったのだろう。それは勇者の肉を食うことに意味があったのだと考えられる」と推測しています。
『史記』にも、飢饉や戦争により食料がなくなると、自分の子を食うに忍びなく、他人の子供と交換したのち絞め殺して食べたという記述が残っています。三国時代にも人肉食が見られ、三国志 (歴史書)14巻『魏書 程郭董劉蔣劉傳』の程昱伝に引用された『世語』(『魏晋世語』)逸文に「世語曰 初 太祖乏食 昱略其本縣 供三日糧 頗雜以人脯 由是失朝望 故位不至公」と、略奪した糧食に人肉が含まれていたために程昱が出世を逃したという記述がみられます。これらの記述は、当時人肉食がタブー視されていたことも示している(『演義』については後述)。
しかし唐代以降は人肉食へのハードルが下がったという議論があり、例として引かれるのは『資治通鑑』の人肉の市場価格が二十年で数十分の一に暴落した記録である。 また自らの肉を病気の夫などに食べさせることが美談として称賛され、元代の『事林廣記』には、その行いに政府が絹や羊や田を与えて報いたという記述さえあります。
明の時代の李時珍による『本草綱目』人部には、人肉をはじめ人間由来の漢方薬が記されています。特に宮廷を中心として、女人の血から作った薬(仙丹)が強壮剤としてもてはやされました。不妊で悩む世宗の代には、宮女に投薬してまで出血を強要したため、多くが衰弱死しました。 民間では、同時代の『南村輟耕録』に、戦場での人肉食の実例と調理法が多岐に渡って紹介されています。この食事方式を採用した隊では戦果が食事に直結するため、大いに士気が高揚したといいます。
清の時代にも依然として人肉食が残りました。宮廷でもしばしば人肉食が行われ、高官が赤ん坊の肉を好んで調理させた逸話が伝わりました。著名人では、西太后が病の東太后の歓心を買うため肘肉を羹に供したという(左の肘に包帯を巻いた上での自己申告であり、真偽は不明。 また、古来より凌遅刑(千刀万剐)という全身を切り刻む処刑方法が存在しましたが、刑場近辺で死刑囚の肉片が食用ないし薬用に供されていた記録があり、廃止された1905年には北京で撮影が行われています。なお著名人が同処刑後に食された事例では、明朝の劉瑾・袁崇煥のものが挙げられます。ただし劉は酷吏、袁は名将であり、食の意図は異なるものと思われます。
小説にも人肉食に関する記述は多い。中国四大奇書のひとつである『西遊記』には妖仙ばかりか猪八戒も人肉を食らおうとする記述があり、『水滸伝』に至っては全編にわたって山賊(百八星含む)による人肉食が描かれ、『三国志演義』には「劉備が曹操に追われてある家に匿われた時に、その家の主人が劉備に献上する食料がなく妻を殺害し、その妻の肉を劉備に献上しそれに感動した劉備はその後その家の主人を高官にした。」との記述があり、吉川英治も自訳の該当箇所で中国の食人文化について触れていまする。ただし、こういった小説(いずれも宋代以降)の記述を人肉食の証左とできるかは疑問が残ります。
近代では、文化大革命時にも粛清という名目で人肉食が広西等で白昼堂々と行われていたという報告があります。
なお現在の中国では食人はタブーとされており、違法です。堕胎された胎児などを食べる文化が現存するとの指摘もありますが、トリック写真やパフォーマンスの一部だと判明した事例も多く、香港やマカオでもしばしば食人事件が噂され、盛んに作品に翻案されました。香港映画『八仙飯店之人肉饅頭』はその一例です。(実際の八仙飯店殺人事件では、被害者十名の胴体が発見できなかったに留まり、人肉食は立証されていない)。 また2008年には香港でもこの映画を思わせる事件が発生しました。少女を殺害し、遺体を切り刻み肉と内臓をミンチ機で細切りにしトイレに破棄し、手足の骨は肉屋の店頭に並べたというものでしたが、このような猟奇的事件は現代日本でもありふれた感があるのは皮肉でしょう。
日本
日本においても、飢饉の際には、えた、非人、被差別部落民、漁労の民が犠牲になり、密かに市場に出回り、食料として供されました。
未来
現在日本においては農産物の価格が倍に値上がり中で、なおかつ穀物メジャーシンジケート経由の小麦などが値上がりを続けてます。この上、さらに中国のインフレーションが爆発すれば元の切り上げ、$安円安にならざるを得ず、食料を輸入に頼る日本はたちまち破滅するでしょう。
皆さんはどう切り抜けますか?
太平洋戦争末期1944年10月、フィリピンレイテ湾上陸作戦「しょう一号作戦」時に、アメリカ空母エンタープライズ所属機が肉薄して撮影した日本海軍空母「瑞鳳」の有名な、悲惨な姿。
既に500kg爆弾を2発、後部甲板に食らって黒い猛炎を吐きながら、それでも戦闘速力30ノットで盆踊り中である。
搭載していた護衛戦闘機の零式艦上戦闘機も度重なるアメリカ軍機の前にバタバタ落とされ、空母の防御性の脆弱
性をもろに出している。
...
甲板の迷彩など、搭載機のための標識のラインに邪魔されて、まったく意味をなしていない。
フィリピン派遣のゼロ戦部隊約20機が初めてカミカゼ攻撃を、主に護衛空母や揚陸艦艇に行い、アメリカ軍をパニックに落とし入れた。
この瑞鳳が所属していた、小沢艦隊(空母4隻戦艦2隻主幹)は、レイテ湾からアメリカ機動部隊(ハルゼー大将)の誘い出しに成功したが、肝心の栗田中将率いる戦艦部隊(大和、武蔵、長門、榛名、金剛主幹)が、レイテ湾突入寸前にUターンしてしまい、肝心のパニック状態に陥っていた上陸輸送部隊(マッカーサー元帥指揮下)に砲撃すらせず去っていった。戦後、栗田中将はこのことに関して無言を貫き、終戦日当日、切腹し自決した。
沈んだ艦の水兵たちは艦と運命をともにするか、水面に浮かんでもアメリカ軍の捕虜となることを拒否し、みなフカの餌食となって死んでいった。
文部科学省が放射能汚染地図を公表して以来、俄然注目を浴びたのが福島、群馬、栃木、長野の汚染状況だったろう。と言うのも首都圏の水瓶である鬼怒川・利根川・荒川・多摩川水系は全て群馬と栃木に源を発する河川だからだ。いずれの河川も汚染地域のど真ん中を流れており、除染しない限り放射能汚染から逃れることは出来ない。
そこで注目されているのが尾瀬の水なのである。尾瀬ガ原を出た水は只見川と名を変え、阿賀川となり、猪苗代湖から出る川と合流し阿賀野川となり、新潟平野を横切り日本海に注ぐ、長さは信濃川の2分1に過ぎないが流域面積では同等と言う、暴れ川である。この豊かな水量に目を着けたのが他ならぬ東京電力であり、尾瀬ヶ原及び尾瀬沼周辺は東京電力の「私有地」である。今回、福島県の会津地方と河川流域は奥羽山脈によるガードを受け放射能汚染から無縁であった。東電と首都圏の方面から「尾瀬の水を寄越せ」という要求が来るだろうが、自然破壊、動植物の生態系破壊は計り知れず、到底看過出来ない。過去、尾瀬の至宝と言われたアヤメ平湿原を壊滅させたのは首都圏からの登山客であったのを忘れてはならない。なお、私は尾瀬から極力、木道を撤去し、山小屋を撤去し、入山に際しては有料であるべきであると思っている。
ローカル・バブルとも呼ばれています。
太陽系は300万年前から、局所泡にお邪魔しており、現在の太陽系の位置は、泡の中でも濃密な領域である局所恒星間雲あるいは局所けばと呼ばれる範囲にあります。局所恒星間雲は、局所泡とループ第一泡の接する位置に形成されており、局所恒星間雲のガスの密度は、1立方センチメートルあたり約0.1原子ぐらいと計算されています。
天文学者は、あらかた、局所泡は、百万年か、あるいは数十万年前に、近くの超新星が、局所星間物質のガスと塵を押しやり、熱と低密度の物質を残すことで形成したと考えています。この超新星の名残の最有力候補は、ふたご座のゲミンガ(en: Geminga)と呼ばれる中性子星です。ゲミンガは今から36万年前、太陽系の50~100光年付近で超新星爆発を起こし、おそらく何十年と太陽より昼夜関係なく輝いたと思われます。もちろん地球を守っている太陽が出している太陽風など微塵もなく吹き飛ばされたに違いありません。α線・β線・γ線などの有害放射線が容赦なく照り付け、地上は突然変異した動植物の群れに覆われたでしょう。現在ゲミンガは300後年先を猛スピードで太陽系から遠ざかりつつあります。
局所泡は、球ではなく、銀河面(en:Galactic plane)に細く見え、いくらか卵形あるいは楕円形であり、銀河面の上下に幅広く、砂時計のような形であると考えれれています。
局所泡は他のより密度の低い星間物質の泡、とりわけループ第一泡と境を接しており、ループ第一泡は、超新星とさそり=ケンタウルス・アソシエーション(en:Scorpius-Centaurus Association)の恒星風により形成されており、太陽から500光年の位置にあります。局所泡と接しているその他の泡にループ第二泡とループ第三泡があります。
重要なのはローカルバブル内は電磁気の嵐であり、なおかつ50万度kに達する高温ガスに満たされていることです。 我々の太陽系はさそりアンタレス=ケンタウロスαせ星・アソシエーションから吹き付けるガスの奔流に5000年前から突入しており、抜け出るには後5000年かかると言われています。 現在世界中で人類が居住可能な岩石型惑星系をケプラー宇宙望遠鏡が1270個ほどピックアップしていますがいずれも200光年以内であり、50万度kのガス温度、ロールバブル内部の電磁気嵐、ガスの奔流を乗り越えられない限り、地球に依存せねばならぬか、あるいはコロニーでも宇宙に建設しなければ人類の第2の故郷=セカンド・エルサレムへ到達するのは至難の業でしょう。
