長所。
私の長所は体が柔らかいこと。
それのどこか長所だっ、ていわれてしまいそうだけど、
これって、なかなか重宝するんだぜ。
学生時代なんて、前屈をしているのか、倒れかけているのか分からんような
体の固い同級生たちからはずいぶん、羨ましがられた。
体育会系のクラブだと、必ず最初に準備運動をするけど、
そこには柔軟体操も、毎回含まれている。
で、そこで体が柔らかいと、結構注目を浴びて、
とくに新入生当時で、名前も覚えてもらえていない頃などは、
それで先輩たちに覚えてもらえて、後々まで役にたったりする。
体育会系クラブで入部部員の多いところだと、まず目立つことも重要なのだ。
試合形式の練習で一人頭数が足りないときに一年生を見渡して
「じゃ、そこの体の柔らかいの」
なんてこともある。
全員の実力がまだ完全判明しきっていな入部当初の頃だから
起こりうるサプライズ。
そういえば、中学生時代にあった学年全体の体育測定で
柔軟の項目で学年で一番の数字をだしたこともあった。
周りにあまりにすごい、すごいと言われるんで、集計をしていた担当の先生に
特別に見せてもらいにいったんだ。
おお、ホントだ。
握力や肺活量といった項目に並ぶ平均的な数字の中で、
一つだけ飛びぬけて燦然と輝く、柔軟の記録!
たかが柔軟だけど、なんていい響きだろう、「学年トップ」!
ふっふっふ。
ただ、社会人になってからは、この長所を生かすような場所もなくて、
ちょっと寂しい気もする。
たしかに、必死に努力をして得た、というものではないし
もともとも生まれついて持っていただけのものではあるんだけど、
せっかくの私の数少ない長所だからさ。
うーん、なにかに生かせる場所はないものかなあ。
角煮Ⅱ。
仲のいい者たちで集まって、食事会をしよう、という事になった。
ただし、好き勝手に、そして、できることなら安価に、騒いで楽しみたいので、
外での食事ではなく、自分たちで作って食べることにした。
とはいえ、そこはみんな、独身者の集まり。
つまり、ほとんど誰も、まともに料理経験のある者がいない。
で、私が代表して作ることになったんだけどさ・・・・・・。
今思い出しても、それはほとんど地獄だったんだよ。
まず、その日、みんなで集合する場所となった友人宅には、料理道具が一切なかった。
どうやら、その友達はその日作る料理とは、
お湯を注げばできあがる程度のものを想像していたらしい・・・・・・。
買い物袋一杯に食材を買い込んできた私は、しばし呆然。
だってさ、「包丁は?」て訊いたら、そいつ、カッターナイフ出してくるんだぜっ!
「これでもなんとかなる?」
て、一体なにを、なんとかするんだっ!
信じられんっ!
鉛筆を削るんじゃないだぜ。
私がその日買ってきた食材には、大根やニンジンもあるっていうのにさっ!
私はもう、それだけで頭がいたくなってきちゃった。
それで、私はそのあと続々と駆けつけてきたほかの仲間たちに言ってやったんだ。
こんなところでは、とても料理なんてできん!
場所を変えよう!てさ。
で、返ってきたのがこの言葉。
「なんで?ナイフでできる範囲で作っちゃえばいいじゃん。いまさらまた、
移動するのは面倒くさいし」
お、おまえら、ナイフで料理て、そんなの聞いたことあるのかっ!!
もー、知らん。
そんなにイヤなら、私はやらんから、お前たちで作れっ!
なんて言ったらさ、私の買ってきた食材には見向きもしないで、
常備してあったらしいインスタント食品を並べはじめる始末。
「やっぱり、普段から食べなれてるものが一番だな」
ああ!こいつらにまともな料理を作ってやろうなんて考えた私が馬鹿だった!
もちろん、そのとき買った食材にかかった費用は、
全部その仲間たちに払わせたけどさ。
それでも、腹の虫がおさまった気が、あまりしなかったのはなぜだろう。
そのあとも、みんなが盛り上がる中、どうしても私だけ、
部屋の隅に置かれた買い物袋が目に入るたびに、
その日、一人で勝手に意気込んでいた自分を
思い出さずにはいられなくて、その輪にいまいち入りきれなかったしさぁ・・・・・・。
うっ、うっ、うっ。
昨日のつづき。
アクを延々とりつづけたら、そのあと半日以上おいて冷やす。
固まって浮いてきた油をきれいに取り除いて、
しょうゆとミリンでまた数時間コトコトと煮つづける。
完成間近。
この時点でご飯にのせて食べてもおいしいんだ。
角煮Ⅰ。
「自給自足」を、座右の銘としている私は、
普段から自分で料理をしている。
といっても、ほとんどは手間のかからない簡単なもので、
オムレツを焼いたり、目玉焼きをしたりする程度。
でも、ときどき、気が向いたときには、
普段しているよりも、ずっと手間をかけて料理をしたくなる。
理由は分からないんだけど、
なんだかすごく一人で燃えてしまって、のめり込んで、ムキになって、
トコトンやってみたくなるんだ。
もしかしたら、それは、
普段のあまりに変化のない生活をずっと続けていることに、
ふと、怖くなるから、なのかも知れない。
きっと、目に見える形で自分のしたことの結果を、確認してみたくなるんだ。
それで、最後に自分を褒めてあげたいんだろう。
「やればできるんだなぁ、お前は!」てさ。
でも、これって、ただの寂しい一人身の自己満足じゃないだろうか。
うーむ、ちょっと考えちゃうな。
で、手間をかけた料理、というのが、どういうものかというと・・・・・・。
こんな感じ。
これを、2時間以上、アクをとりながらコトコト煮ます。
つづきは明日。
シンデレラ。
本がいつも、近くにないと落ち着かない。
ほんのわずかも、何をするわけでもない時間があると、つい本を開いてしまう。
こういうのって、煙草を吸う人は煙草であったり、携帯のメールだったり、テレビだったり、
人によって、ちょっと時間あると、ついつい、すぐに始めてしまうことって、
それぞれなんだろうけど、私の場合はそれが、本だ。
それが、自分の部屋にいるときだけでなく、友達の家にいっても変わることがないので、
ときどき、気がつくと、遊びに行っておきながら、
「じゃ、帰るよ、またね」
と、玄関で別れようとして、
友達の顔をそのときになって、その日ほとんど初めて、
まともに見たことに気づいたりする。
で、さすがに友達も呆れて、
「あいつは、友達の家をお金を使わないで利用できるネットカフェかなにかと勘違いしているんだよ」
とか言いふらしたりする。
私は常にカバンの中に一冊、部屋の机の上に一冊、枕元に一冊、
と、合計三冊の本を読みたいとき、いつでも読めるようにと置いている。
で、それらを、移動するときは、カバンの本。
部屋にいるときは、机の上の本。
眠る前には枕元の本、というように読むのだ。
タイトルもジャンルもバラバラで、それをほぼ同時に読み進めているので、
ときどき枕元にある本の物語と、カバンの本の内容が一緒になってしまって、
私が読んでいた本に興味をもって、その内容を知りたがった友達に、
えらそうに解説をしてみたら、
あとになって自分で買ってみた友達が、あまりに違う内容に、
さすがに本気で講義の電話をかけてきたこともあった。
「ばかやろっー!お前の言ってた登場人物、だれも出て来ねーじゃねーかっ!」
うっ、うっ、うっ。
違うんだよぉ、私も言ったあとになって気づいたんだけど、自信満々に解説したあとだけに
言いだし辛くてさあ・・・・・・。
場合によっては、次の展開がモノすごく気になるところで
どうしても本を読むのを、中断しないといけないこともあるけれど、
カバンの本は移動のときだけ、などの制約を必ず守るようにして、
それ以外の時には、絶対にその本を持ち込まず、読まないようにしている。
あのあと、どうなるんだろう、と想像する時間も、本の楽しみ方の一つだと思うんだ。
でも、時にはどうしても気になって、その約束を破ってしまうこともあって、
そんなときの自分は、
さながら、シンデレラが12時の鐘の音を聞きながらも踊りつづけているような心境で、
今回だけ、今回だけ・・・・・・と思いながら読んでいる。
12時の鐘が鳴っても帰らないシンデレラなんて聞いたことないよっ!
と、言われそうだけど、
でもさ、「シンデレラ」の物語では、
そもそも、一緒にダンスを踊った女性が、実はただの貧乏な娘
とわかっても、
王子様は彼女を后として迎えることに代わりなかったんだから、
シンデレラがお城から慌てて抜け出す必要て、実はなかったと思うんだけどなぁ・・・・・・。
つまり、私にとっての王子様である本も、
自分の素直な欲求のままに向き合うのが一番いいんじゃないか、てことなんだけど、
そこまで考えてふと気づいたこと。
シンデレラにとっての王子様と違って、
私の場合の王子様は、全部、自分のお金で買って、手に入れてるじゃないかよぉ。
お金で手に入れたものでも、私を、幸せにしてくれるのかなぁ・・・・・・。
事故。
よく、事故に遭った人が、
衝突の瞬間、自分の周りがスローモーションになったように感じた、
という人がいるけど、あれってホントなんだよ。
私も同じ経験がしたことがあるんだ。
だから間違いない。
私の場合は深夜に近い時間に自転車に乗って走っていたときだった。
そのとき乗っていたのは、競輪選手が乗るような自転車で、
ロードバイクと呼ばれているヤツ。
プロ仕様ではないんだけど、それでも普通にちょっと頑張って漕ぐだけで、
道路上ならば簡単に40キロくらいのスピードが出る。
そのときも、それくらいは出していたかもしれない。
よく知った道だったので、きっと油断していたんだと思う。
交差点が見えてきて、私は信号を確認して、そのまま行けると判断して
一気に直進した。
でも、信号は私が思っていたより少し早く変わり始め、
停止していた車が動きはじめちゃったんだ。
あ、ダメだ、と思ったときは、もう遅かった。
こっちは加速しはじめたときだったし、交差点にすでに進入していた。
自転車とはいえ、スピードはほとんどバイクなみ、というか、それ以上。
でも、ブレーキは普通の自転車についているのと同じブレーキだから、
急には止まれないんだよぉ。
たとえるなら、これってほとんど、よく地方のニュースにみる、
トラックから逃げ出して道路を暴走する牛を、
虫とり用アミで、捕まえようとしているようなもの。
ほとんど役立たず。
発進をはじめた車がすぐ目の前に迫ってくるのを確認して、
私はブレーキをかけることを、あっさり断念。
そのときだった。
時間が水の中に潜っているときの様に、ゆっくりと感じられたんだ。
向かってきている車の運転席で、口を大きく開けるドライバーの顔がはっきりと見えた。
すぐこの後に来るだろう衝撃を予測して、私は姿勢を低くして、
自転車にしがみついた。
そして、ダメだ、もう終わりだ、全部終わりだ、と考えたのを覚えている。
実は、もっともっと、時間があった。
あった気がする。
でも、何をしていいのか、何をしたらよかったのか、考える余裕なんなかったんだ。
ただ、終わりだ、終わりだ、と考えてた。
で、衝突。
あれほど強烈にしがみついていたのに、そのとたんに、
私の体は一瞬にしてすっ飛んで、ぶつかった車のボンネットに叩きつけられた。
そのままフロントガラスに当たり、跳ね返されて、道路にドサリ。
今でも忘れられない、あのときの瞬間。
ああいうときって、ホントどうしたらいいんだろう。
地面に落ちて、ようやく止まった私の体。
だったんだけど・・・・・・。
それで、すぐに気づいてしまったんだ。
さっきまで、人や車が慌しく動いていたその交差点が、
今やまるで水をうったように、恐ろしいほどの沈黙!
うっ、ぜったい注目を浴びてる。
というのも、そのとき私の体は、どうやら奇跡的にほぼ無傷。
痛かったのは道路に落下した時の衝撃くらいで、あとはほとんど痛みもない。
でも、明らかに一身に注目を浴びているのを感じて
立ち上がりたくても、立ち上がれなかったんだよお・・・・・・。
衝突した車の運転手が、慌てて降りてきて私を立たせてくれたとき、
どうやらあの少年、無事だったらしいぞ、とわかって、
その交差点内で一斉に起きた盛大な拍手のことを、
私はこの先もゼッタイに忘れないだろう。
ああ、ホント!夜でよかったっ!
だってさ、周りが暗くなかったら、顔どころか耳まで真っ赤になっていたのが、
あの場にいた人全員に知られてたと思う。
色々な意味で、もう二度とこんなことが起きないよう、
気をつけよう、と考えさせられた出来事だった。

