先輩。
あるとき、アルバイトに行ったお店で、その初日に
そこの先輩と、睨み合いのケンカになってしまった。
これでも私は、自分では結構、人当たりのいい人間だと思っていたんだけど、
それがすべての人に通用するってわけではないみたい。
そもそもそんなことになった理由というのが、
その先輩が最初からものすごく私に対して高圧的で、
すべてにおいて頭ごなしに命令してくる人だったからなんだ。
私も最初は我慢してたんだけど、さすがに途中から耐え切れなくなっちゃった。
入ったばかりの新人に、経験ある先輩が色々と命令するのは
理解できることだし、まだ我慢もできたんだけど、
自分が犯していたミスを上司に問いただされて、
それを突然、私に押し付けようとするんだもん。
私はほとんど反射的にその場でそれを否定してしまって、
もちろん、事実はすぐに明るみとなって、その先輩は上司に叱られて平謝り。
で、去っていったあとに始まったのが、その睨み合いだったんだ。
あとで知ったんだけど、その先輩というのが、
私が来るまではではそのお店で長く一番の下っ端だったらしくて、
自分よりも下の人間がようやく来たっていうので、
きっと、嬉しかったんだろうなあ。
それで、今までのウップンを全部私で晴らそうとしたみたい。
そう考えると、きっと、その先輩も私が来るまでは、
散々、自分より上の立場の人に、あることないこと、言われてきたんだよ、きっと。
他人の失敗を押し付けられたり、イヤなし仕事を優先してやらされたり。
で、ようやく自分より下の人間が入ってきたと思ったら、
その人間はかわいげのない後輩で、
言うことは聞かないし、反抗的だし、
そのせいで上司には怒鳴られるし。
うっ、なんだか報われない話。
その原因が自分だったとはいえ、なんだか気の毒だなぁ。
結局、その場所でのアルバイトを終えるまで、その先輩との
微妙な関係は続いたままになってしまったんだけど、
出会い方が変わっていれば、
きっといい友達になれていたような気がしないでもなくて、
少し、今でも心残りな思い出なんだ。
だって、冷静に考えると、あの先輩を生み出したのは、
私がいなかった頃、一番下だったその先輩をいいように使っていた
別の先輩がいたからなわけで、それを自分のときにも再現しただけなんだ。
で、その別の先輩もきっと、一番下として入ってきたときは、
やっぱり同じような扱いを受けていたんだろうなぁ、と思うと、
うーん、結局はどこに、こういうのって問題があるんだろう。
なんだか複雑で、私が考えても仕方のないことなのかも知れないけど、
ただ、なんとなく、あのときの先輩が、あのあと、
また新しく入ってきた新人に、次こそは
優しく、頼れる先輩として接してくれていたらいいなあ、と思ってしまった。
だって、そうすれば、その新人はきっと、その先輩を見て、
いつか自分も人の上にたつ立場となったときは、それを見習うはずだ。
ああ、本当にそうだったらいいなぁ。
獲物。
小学生の頃。
自宅で飼っていた一匹のクロ猫が、
自慢げに目の前までくわえて持ってきて、そのまま置いていった。
こういうの、
もちろんすぐに私は、
その時には、
猫なりの強い意思表示なのかなあ、
あるいは、
なのかなあ、と思っていたんだけど、
どうやら、そうじゃないらしいということを
ずっと後になってから本を読んで知った。
猫が何かを捕まえてきて飼い主に差し出すのは、
自分で獲物を捕まえることもできない人間を心配しての行動らしい。
つまり、
未熟な生き物だから、代わりに捕ってきてやったぞ。
と、
ある時、
尻尾を振りながら暴れ回りはじめた。
雑種犬で、
すると、
私のその手にガブリ、と噛みついたのだった。
これも後になって知ったことだったけど、
なにかに警戒しているときや、
それから、
つまり、
警戒している犬に対して、ズカズカと近づいていった挙句、
うーむ、
ということは、
仕事中の失敗を、まるで鬼の首でも取ったかのように叱る上司。
でも、実はその裏側では涙にくれていて・・・・・・。
ぜ、絶対、こんなのありえないよ!
心情の裏側を美化しすぎるのは、それはそれで、問題があるかも知れない。
うーん、気をつけよう・・・・・・。
ゆとり。
私は自分が体験したこと、あるいは実際に見たものしか、信用しない。
だから、旅行から帰ってきた人が土産話、といって
向こうであったことを話してくれても、
羨ましいなあ、とは思うんだけど、ただ聞くだけっていうのは
やっぱり退屈だな、と思ってしまう。
それならたとえ、定番といわれている、すでに食べ飽きたようなお菓子でも、
実物が存在している分、そっちのほうがずっといい気がするんだ。
同様に、私は霊が見えるんです、なんていう人がよくいるけど、
あれも、私はまったく見えたことがないので、信じない。
そんな話はウソだ、作り話だ、というのではなく、
ただ、信じないのだ。
それはきっと、自分の目で確認できないものまで
信用していけるほど、心にゆとりがないんだと思う。
だってさ、こっちは日々生きていく中で、
目に見えているものを一つずつ認めていくだけでも必死で、
実際には、まだ、かなりの行列がその後ろに控えているような
状況なんだもん。
それでいて、目に見えないものまで信じるかどうかなんて、
とてもやってられない。
そんなことしてたら、キリがないよ。
頭から煙でそう。
ただ、信じることはなくても興味はあるので、
テレビでUFO特集、とか、心霊特集、なんてのをやっていると、
ついつい見てしまう。
それで、知識ばかり増えてしまって、
信用していないくせに、ついつい友達がそんな話をしていると、
その会話に入っていって、邪魔者扱いされる。
「UFOをまったく信じてないヤツが、偉そうに”あの映像はさぁ・・・”とか言うんじゃねーっ!」
うっ、うっ、うっ。
信じてはなくても、話すくらいはいいじゃないかぁ。
それで、やっぱり一番早いのは、否定する余地などないほどはっきりと、
自分の目でそれらを全部見ることだ、と思っているんだけど、
運がないのか、それとも邪念が多すぎるからなのか、
そういった不思議な現象には、これまで一度としてお目にかかったことがない。
ふむ。
ということは、やっぱり世間で言われている不思議なことのほとんどは、
ただの見間違いやデマなのかも知れないな。
と思うんだけど!
ああっ、でも、やっぱり友達の楽しそうな会話に入りたいんだよーっ!
と、思う私は、ただの欲張りで、ゆとりがないだけなんだろうか。
うーむ・・・・・・。
睡眠。
もうずっと、自分にとっての最も快適な眠むるときの
ポーズを探しているのだけど、
これが今になってもゼンッゼン決まらなくて困っている。
いつも、さあ寝るぞ、というときになって、
ベッドの上でこの形じゃない、この形じゃ心地よくない、とゴロゴロと転がりながら理想的な眠るときの姿勢を探すのだけど、
結局見つけられないまま、気づいたら眠ってしまっているんだ。
で、ときには色々と試しているうちに
ヘンなポーズになってしまっていることもあって、
起きたときには首の筋を痛めていたり、体を変な方向にひねっていたりする。
このままじゃダメだ、と思うんだけど
でも、どうしても、いいアイディアが生まれないんだ。
で、今も、ずっと眠る前にゴロゴロ、ゴロゴロとして
気づいたら眠っている、の繰り返し。
ぐっ、ホントにそろそろ、なんとかしないと!
こういうのは、一人で悩んでいるからいけないのかも知れない。
他人がどうしているか聞いて参考にするのが一番かも知れないぞ。
それで、
ねぇ、みんなはいつも眠るときって、どうしてる?
ぜひ、参考にしたいんで、教えてもらえないかなぁ。
と、てっとり早く一緒に仕事をする同僚に聞いて回ったんだけど・・・・・・。
その日から、なんとなく恐ろしいものでも見るような目で私の顔をみて、
少し避けられているように感じるのは、
気のせいだろうか。
うーむ・・・・・・。
裸のおじさん。
毎朝、結構早い時間に起きて仕事に向かう私は、
いつも決まった時間、決まった道をジョギングしているおじさんとすれ違う。
まあ、最近は健康法として、早朝にウォーキングしている人を見ることが
本当に多くなったので、それ自体は珍しくないんだけど、
私が驚いたのは、そのおじさん、すれ違うときはなぜか
いつも上半身がハダカなんだ。
うーん、でも、これも、乾布摩擦の健康法なんてものがあるもんなぁ。
ほら、ハダカでタオルをこすってするやつ。
逆に風邪をひいたりしなくなって、体が強くなる、て聞いたことが
あるような気がする。
それで、このおじさんの場合もそういった健康法の一つなのかなぁ、
と思っていたらさ。
なんと、そのおじさん、夏が終わって、秋が過ぎて、冬になっても、
そのハダカのジョギングを続けてたんだぜ。
げっ・・・・・・。
だってさ、私の住んでいる所て、夏は30度を越えるほどの真夏日を記録したりするけれど、
冬は氷点下、雪もすごくて、ほぼ、豪雪地帯といってもいい。
それで、ハダカていうのは・・・・・・。
ここまでくると、健康法というよりは、ほとんど罰ゲームだよなあ。
朝から雪が降っている日なんかは、すでに頭に雪が積もってるんだぜ。
寒さからなのか、それとも走っている暑さからなのか、全身は真っ赤だし、
よく見ないと、まるで街中にあるポストが走り出したのかと思うくらい。
そこだけファンタジー映画みたい。
ただ、そのおじさん自身はいつも血色のいい顔をしていて、
走り方も軽快そのもの、表情はいつも怖いくらいに笑顔だ。
うーん、やっぱり健康にいいのかなぁ。
やった人だけが分かるすごい効果が、実はあるのかも。
これは、自分の両親にも勧めてみようかな・・・・・・なんて、思っていたら!
実は、最近、そのおじさん、見かけなくなっちゃったんだ・・・・・・。
夏だろうと冬だろうと、雪が降ろうと雨が降ろうと、
驚いたのは、あるときなんて雨が途中からみぞれに変わって降りだしたこともあったけど、
それでも上半身ハダカで走り続けている姿を見ていただけに、
やっぱり、無理がたたったんじゃないのかなぁ。
とりあえず、親に推薦するのはおじさんが元気にまた走っている姿を
見られるようになってからにしようと思うんだけど、
問題は、これまでずっと毎朝見てきた姿だっただけに、
いざ会えなくなってみると、なんだかそれからの朝が寂しく感じられること。
ああ、またお互い、お互い朝早くから大変ですね、という
してやったりな顔でうなずきあってすれ違える日が来たらいいんだけど。
うーん、どうかなぁ・・・・・・。