シンデレラ。
本がいつも、近くにないと落ち着かない。
ほんのわずかも、何をするわけでもない時間があると、つい本を開いてしまう。
こういうのって、煙草を吸う人は煙草であったり、携帯のメールだったり、テレビだったり、
人によって、ちょっと時間あると、ついつい、すぐに始めてしまうことって、
それぞれなんだろうけど、私の場合はそれが、本だ。
それが、自分の部屋にいるときだけでなく、友達の家にいっても変わることがないので、
ときどき、気がつくと、遊びに行っておきながら、
「じゃ、帰るよ、またね」
と、玄関で別れようとして、
友達の顔をそのときになって、その日ほとんど初めて、
まともに見たことに気づいたりする。
で、さすがに友達も呆れて、
「あいつは、友達の家をお金を使わないで利用できるネットカフェかなにかと勘違いしているんだよ」
とか言いふらしたりする。
私は常にカバンの中に一冊、部屋の机の上に一冊、枕元に一冊、
と、合計三冊の本を読みたいとき、いつでも読めるようにと置いている。
で、それらを、移動するときは、カバンの本。
部屋にいるときは、机の上の本。
眠る前には枕元の本、というように読むのだ。
タイトルもジャンルもバラバラで、それをほぼ同時に読み進めているので、
ときどき枕元にある本の物語と、カバンの本の内容が一緒になってしまって、
私が読んでいた本に興味をもって、その内容を知りたがった友達に、
えらそうに解説をしてみたら、
あとになって自分で買ってみた友達が、あまりに違う内容に、
さすがに本気で講義の電話をかけてきたこともあった。
「ばかやろっー!お前の言ってた登場人物、だれも出て来ねーじゃねーかっ!」
うっ、うっ、うっ。
違うんだよぉ、私も言ったあとになって気づいたんだけど、自信満々に解説したあとだけに
言いだし辛くてさあ・・・・・・。
場合によっては、次の展開がモノすごく気になるところで
どうしても本を読むのを、中断しないといけないこともあるけれど、
カバンの本は移動のときだけ、などの制約を必ず守るようにして、
それ以外の時には、絶対にその本を持ち込まず、読まないようにしている。
あのあと、どうなるんだろう、と想像する時間も、本の楽しみ方の一つだと思うんだ。
でも、時にはどうしても気になって、その約束を破ってしまうこともあって、
そんなときの自分は、
さながら、シンデレラが12時の鐘の音を聞きながらも踊りつづけているような心境で、
今回だけ、今回だけ・・・・・・と思いながら読んでいる。
12時の鐘が鳴っても帰らないシンデレラなんて聞いたことないよっ!
と、言われそうだけど、
でもさ、「シンデレラ」の物語では、
そもそも、一緒にダンスを踊った女性が、実はただの貧乏な娘
とわかっても、
王子様は彼女を后として迎えることに代わりなかったんだから、
シンデレラがお城から慌てて抜け出す必要て、実はなかったと思うんだけどなぁ・・・・・・。
つまり、私にとっての王子様である本も、
自分の素直な欲求のままに向き合うのが一番いいんじゃないか、てことなんだけど、
そこまで考えてふと気づいたこと。
シンデレラにとっての王子様と違って、
私の場合の王子様は、全部、自分のお金で買って、手に入れてるじゃないかよぉ。
お金で手に入れたものでも、私を、幸せにしてくれるのかなぁ・・・・・・。