B-Boy Takeo のブログ
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2018-10-01 15:21:09

ブログのお引越しのお知らせ

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情報のカテゴリーわけや整理が難しいので、ブログをお引越しいたします。

過去にアメブロに載せさせていただいた内容は当面はそのままにしておきます。

大事な記事は整理、再編して、新しいページに引き継いでいきます。

 

皆様、是非新しいブログの方へもおこしください

 

http://s-faith.com/miyatatakeo/

 

 

 


 

2018-09-23 10:48:28

2018年 全日本高等学校チームダンス選手権大会 Part.1

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ブログを更新しました

2018年 全日本高等学校チームダンス選手権大会 Part.1

http://s-faith.com/miyatatakeo/2018/09/23/hsdc-18-1/

2018-05-23 11:55:29

「怖いセンパイ」いい?悪い??

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18/5/20、UK B-BOY CHAMPIONSHIPS の東北予選を行いました。
ご参加、ご観覧、ご協力いただいた皆様、誠にありがとうございました。

さて、UK B-BOY CHAMPIONSHIPS の予選で全国を回っていると、地域ごとの特徴を感じることが多い。これは海外の大会でジャッジをしている時に感じる国の違いにも似ている。
いろんな地域の中でも特に特徴的だと毎回感じるのはこの「東北予選」である。
今回もその特徴の片鱗を多く感じた。

いくつかあげてみる

・フットワークを中心とした洗練されたスタイル
・先輩後輩の縦のつながり
・シーンのまとまり感
・人々の礼儀正しさ

などであろうか。
よく考えれば、自分が上に挙げた内容は全てお互いに連携しあってできているようにも思える。

あくまで私見であるが、とても雑な言い方をすれば、怖いセンパイが地域にいて、その先輩の元にまとまったシーンがあるという事だろうか。

怖いセンパイは昔は沢山いた(笑)
自分が高校生の時に始めた時は、まわりは悪い人ばっかりだった。
暴走族上がりとか、街のヤンキーとか、そういう人ばかりがブレイクをやっていた。国や立場、環境を超えて、HIPHOPの根底に流れるそういう匂いに同調したのがそういう人達だったんだと思う。
だから、先輩後輩のつながりというか、上下というのは結構強かったのではないかと思う。

現在はHIPHOPもブレイクもどんどん広がって、いわゆる「悪ガキ」ではない、昔では珍しかった自分みたいな「普通の人」や、子供や、シニア層まで関わっている人達がいる。
そんな中で、特定の人達がやっていた特殊なもの、グループ、上下関係がどんどん希薄になったのが今なのではないだろうか。

それはどちらにも いい点、悪い点がある。

実際先日行われたUK B-BOY の東北予選では、バトルで若手とベテランがぶつかり、若手に怒った先輩が威圧するようなシーンも見受けられた。
後輩からしたらやっぱりちょっと怖いと思う(笑)

そういう怖い地元のセンパイのダンスがイケてなかった場合、その地域のシーンは大分つらいことになってしまうと思う。
イケてない怖い先輩は自分を超えることを許さないだろうし、そういう若手の台頭を好まない。
実際地方におけるそのような例はよく目にしてきた。

しかし、自分が知る限り東北のセンパイ達はかなりイケてます!
あの独特なフットワーク、スタイル、体のフォームやディテイルへのこだわりは代々受け継がれて育ったものだと思う。
みちのくブレイカーズに始まり、エクスコラボレーション、コンクルージョンクルーと、脈々と受け継がれていると感じる。


「いやいや、俺はそういう人達に教わったことがないから関係ないよ・・・」と思っている人もいるかも知れません。しかし、これは前にも書いたことだが、シーンというのは常に影響しあって出来ているのです。
それは、沖縄に生まれた人と、青森に生まれた人の気質が違うのと同じことです。人間は、自分が意識していなくても周りの環境に多分に影響を受けて育ちます。
1人だけ独立して成り立つことなんて出来ないのです。
直接指導を受けていなくても、そういう先輩たちを見る機会が多かったり、先輩に教わった人に教わっていたり、その更に友達と一緒に踊っていたり等、人間は必ず外部からの影響をうけて生きています。
自分が気づかないうちにそういう人達から多くの影響を受けているのです。

俺はこの土地に行くたびに常にこの「東北イムズ」を感じます。
今回ジャッジを頼んだ地元の2人の態度も素晴らしく礼儀正しい。
これはこの2人の気質もあると思いますが、育ってきた環境、先輩からの影響や上下関係もあると思います。
だから、なんとなくですが、この東北のシーンはまとまっていていいなと感じるのだと思います。

先輩がコワイと超えていけないのではないだろうか?
抜きんでたことは出来ないのではないだろうか?
そういう疑問もあるかもしれないです。
それは、確かにそういう事もあると思う。
でも、現代、ここまで広がってきた世界では、そういう一極化は難しいと思う。だから若手は先輩へのリスペクトを心にもって、後はどんどん自分なりにやっていってもらったらいいと思います。

もしかしたら、先輩が理不尽な事を言ったり、したりする事もあるかもしれない。でも、それは飲み込める範囲だったらある程度飲み込んで、先輩を大事にして欲しいです(笑)。
シーンに対して愛情がある先輩、仲間に対して愛情がある先輩、後輩に対して愛情のある先輩の、ちょっとだけ困った言動は後輩も許容して付き合っていきましょう。
自分も実際そうやってきました。
先輩にはそれだけ学ぶことがあります。
ダメなところは見習わないで、自分が自分の後輩にしなければいい事です。そしてその他沢山あるセンパイのいい所を吸収して、自分なりに消化して、自分のものとしてアウトプットしてください。
これがRESPECTもBITEもあるHIPHOPの精神です。

もちろん、とんでもない理不尽を我慢することはありません。
それはきちんと対応してください。

東北のイケてる怖いセンパイ達は、これからも、きっと多くの愛情をもって後輩達を育ててくれると信じております。

若手はどんどんこういう先輩達から吸収して、そして超えていってください。

その時先輩たちはきっと背中を押してくれると思います。

センパイ達は是非愛情をもって後輩たちに接していってあげてください。

自分の直接の生徒でなくても東北の子達は皆あなた方の後輩です。

これからもよろしくお願いします。


P.S.
電車の遅延で遅れてきたチームの子達がいました。
予選バトルの順番を一番最後に回して、無事参加する事が出来たのですが、休憩時に「今日は遅れてすいませんでした」と挨拶しに来てくれました。こういう事もあまり経験のない事です。
一般的には当たり前なのかもしれないが、そういう事をちゃんとする人達がいるのも、もしかしたらこの土地の気質なのかなと思いました。
とても素晴らしい予選でした。
ありがとうございました。
 

2018-02-04 22:58:36

50祭 ありがとうございました。

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昨日、2月3日
"50祭" の舞台


無事終えることが出来ました。
まずは、ご来場いただいた全ての皆様、
そして舞台をお手伝いいただいたスタッフの皆様、
本当にありがとうございました。
皆さんのお陰でこの記念すべき舞台を現実のものにできました。
心から感謝いたします。


さて、この舞台、自分が発起人で始めたものです。
まさか50歳まで踊っているとは、
そして踊りを仕事にしているとは自分自身思っていませんでした。
しかし、結局ここまで踊り続ける人生となりました。
50歳という大きな節目に、自分と同い年で、まだ現場で活躍しているダンサーを集めて踊ってみたいと思ったのです。
メンバーは昔から知っている人ばかりだけど、鍵谷君を除いては一緒に踊った事がない人ばかりです。
それでも、この歳まで踊り続けてきたというだけで、既に"仲間"と呼べる大きな前提がありました。

最初にホリエハルキに声をかけて(ハルキとは高校時代、原宿歩行者天国からのつき合いです)、次に鍵谷(カギ坊も高校の時からの友達)、そしてヤナギ、ヒデボウ、ユキと順番に声がけしていきました。
DJミキマサは、ユキ君が連れてきました。同い年だから、一緒にやろうよと。
これで7人が揃いました。
企画がスタートしたのは昨年の夏ぐらいです。
週1のミィーティングで、内容、場所決めなどを少しづつ進めていきました。


そして、本番が近づくにつれて約2週間は怒涛の深夜練習(笑)
この歳での深夜練は本当にきつい(笑)


ダメージが徐々に蓄積し、ハルキ隊長は腰をかなり痛めて苦しんでおりました。
そこまででないにしても、自分も含めて、多くの人が腰痛や、なんらかの不調を感じながらのリハーサル、そして本番でした。


しかし、このメンバーなかなか素晴らしい役割分担。

●HARUKI
映像編集と芝居に燃えたハルキ隊長。
多くの時間を費やして、映像編集のディレクションをしてくれました。
ロケは朝5時にメンバーを集合させる異常ぶり(笑)
でも、そうでもしないと皆揃わない。
俺だったらそんな無茶なスケジュール言い出せなかったと思う(笑)
熱い男にしかできない行動です。
また、全体的なムードメーカーとして多くの役割を担ってくれました。


●YANAGI
全体を見て、
「ダンスが少ない、もう少し入れていかないといけない」
と繰り返し提案してくれました。
ヤナギ君の提案で1週間前に追加されたパートもありました。
冷静な判断で、結果、本当にその通りであり、全体がしまった状態になったと思います。POPの全員ルーティーンの振付ももちろん彼です。


●YUKI
激しさではなく、ゆるさの中にストリートダンス本来のカッコよさを体現できる、数少ないダンサーだと思います。
一言でいうと天才でしょう。
リハーサルではユルユルなのに、本番時の爆発力は半端なく、一緒に踊っているこっちが驚くほど(笑)
お客さんを舞台に上げて楽しむコーナーはユキ君の発想で作られたコーナーでした。これも公演全体を和やかにする、素敵なコーナーだったと思います。


●KAGIYA
裏方作業のほとんどを担ってやってくれました。
フライヤーやチケットの制作から、当日のロビー受付回しまで、KAGIYA無しでは公演自体が回らなかったことでしょう。制作をしながらの本番は集中できない分きついところがありますが、鍵谷君はいつも文句ひとつ言わずに作業をしてくれます。
また、オープニングのソウルダンスは鍵谷君の振付です。


●HIDEBOH
ストリートダンサーの集まりに、一人だけいた舞台のプロがHIDEBOHでした。
芝居や全体構成を含めて、彼の意見、視点が無ければ、この舞台は、よくない意味で全く違うものになっていたと思います。
本当にありがたい存在でした。
また、ご覧になった方は大きく納得されると思いますが、この人のダンスは完璧でゴージャス。エンターテインメントとして確立された安定感と人を魅了する力に溢れていました。


●DJ MIKIMASA
この舞台で、一番普段と違う働きをしたのは、ミキマサ君だったと思います。
普段のDJ PLAY とは全く異なり、ダンサーに合わせた音出し、SE出し、おまけにダンスや芝居も少しやりと、多くの点で慣れない事に対応してきた彼です。
微妙な曲編リクエストも最後に集中し、対応が大変だたと思います。



30年以上にわたるダンス人生の間、深く交わることのなかったこの7人が、50歳になる同級生という事で一緒に1つの舞台を作れたという事は本当に意味があり素晴らしい経験でした。


"50祭"は、自分達に対するセレブレーションの舞台でした。


しかしながら、ご来場いただく全ての人達にも楽しんでもらいたいという熱い気持ちで行った舞台でもありました。


本番中の楽屋、出番を終えたメンバーは常に死にそうな状況でした。
とにかく体力がもたない(笑)
これが歳って事だな。
俺の場合は体力というよりも心肺機能がついていかない状況でした。
今の自分の状態をよく知ることが出来た機会でもありました。

また、この機会に、今まで練習してこなかった技を練習しようと心に決め、昨年の夏ぐらいから少しづつ"2000"の練習をしてきました。
残念ながら舞台で見せられるクオリティまでには全然なっていなかったんですが、この日の為に練習してきた事なので、敢えてやらせていただきました。
普段の自分だったら、この状態だったら本番ではやらなかったと思います。
結果やっぱり失敗してしまい(パワームーヴはそんなに甘くないです)なかなか不甲斐ない姿をさらす事になってしまいましたが、今回はそれも含めて今の自分という事でやらせていただきました。
技を決められなかった事は残念ですが、ブレイク人生35年、49歳にして初めて新しい技に挑戦するという事は、とてもフレッシュでいい体験でした。
そして、技を研究する事で、生徒たちにもその知識を新たにシェアする事が出来ました。

このBLOGがアップされるころ、自分はちょうど50歳になります。
マスター途中のこの技は50歳中の完成を目指して頑張りたいと思います。



"50祭"の舞台。
ここで書き足りないことは本当に沢山あります。



我々がこうやってダンスを踊り続けて来ることが出来たのは、教えていただいた先輩や、支えてきてくれた後輩や生徒さん、そして多くの理解者の方々と、何より家族のお陰だと心から感謝しております。
この記念すべき舞台を経て、次のステージへステップアップしていけるよう我々はまだまだ歩き続けます!!

これからも皆様よろしくお願いいたします。

 


 

2017-05-28 22:17:19

ダンスにジャンルは必要か???

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あるダンスコンテストでジャッジをさせていいただいた時の話し。
参加していた女子高生のグループ、事前にもらった資料によるとジャンルが「HIP HOP」と書いてあったが、彼女達の踊りにはHIP HOPの要素がゼロだった。

これは自分的にはだいぶ衝撃であった。

恐らく、彼女達がやりたかったのは、いわゆる最近のR&B的なダンスで、ちょっとJAZZよりなスタイルなのではないかと思われた。
しかし、彼女達はこれを「HIP HOP」と思っていた。

コンテストが終わった後、アドバイスを求めてきた彼女たちに、自分は逆に多くの質問をする事になる。

『みなさんのジャンルはなんですか?』
「HIP HOPです。」
『どのあたりがHIP HOPなんですか?』
「ダウンするだけがHIP HOPではないと思うので・・・」
みたいな返答が返ってきた。

・・・それはその通りである。

「ダウンするだけがHIP HOP」なのであれば多くのダンスがHIP HOPから除外されてしまう。そもそも「HIP HOPのダンスという定義」が彼女たちの中には欠落しているように思えた。
彼女たちの話を総合すると、「最近の音楽で、自由な表現で踊るのがHIP HOPである」という理解のようであった。

申し訳ないが、完全に間違っている。


これは先に書いた「HIP HOPの真髄とは」というブログに大きく関係することであるので、お時間ある方はそちらを一度見ていただければと思う。



今回は「HIP HOPとは?」という事よりも、もっと大きなカテゴリーで、「ジャンルとは?」という事について書きたいと思う。



彼女達が言っていた、いわゆる「自由なダンス」は日本の定義では「コンテンポラリーダンス」である。

誤解なきよう、大きな声で言っておきたいが、
「自由な表現がダメだ」とか「HIP HOPが一番だ」とか言うつもりは全くない。
しかしこの話の裏には、
「ジャンルなんてどうでもいいじゃん。自由に踊って何が悪いの?」
という言葉がいつも見え隠れしているように思える。


ではダンスにジャンルは必要ないのか?
自分は、個人的には絶対に必要だと思う。



それは、各ジャンルによって探求する部分が全く異なるからだ。

例えば同じ食べ物であっても、「カレー」と「ラーメン」は全く違う。
それぞれに特徴があり、それぞれに良さがある。
良さは全く違うから、それを同じ視点で図ることはできない。
「美味しいカレーを作る」事と、「美味しいラーメンを作る」事は、食材から下ごしらえ、調味料から、作り方まで全く異なってくる。
当たり前である。
それぞれの料理への追及が、「おいしいラーメン」や「おいしいカレー」を作り出すわけで、「おいしいラーメン」のメソッドが「おいしいカレー」のメソッドにそのまま活かせる訳ではない事は誰でも分かるだろう。

そして、「おいしいカレー」は、カレーとして美味しさを追求したゆえに、「おいしいカレー」にたどりつけたのである。
決してラーメンと同じ味の追及をしてきた結果ではない、

これはダンスでも同じである。
一部の共通点を除いて、バレエのメソッドがそのままHIP HOPに活かせるわけではない。例えば、ジャズダンスやバレエは重心を上に持っていくことによって体の線の美しさを出し、足元が軽く動けるようにしている。
HIP HOPは完全に逆で、重心を下に持っていくことによって動きの重さを表現している。要するに、目指している最終地点が異なるので、その最終目的地への行き方(ここでは表現の仕方、体の使い方)も異なるのである。
重心の話に関して言えば、ジャズやバレエで大事な事と、HIP HOPで大事な事は相い入れない、共存不可能である。

もっと狭い視点で、たとえば「ストリートダンス」という視点で考えた場合でも、同じことが言える。ロックのメソッドがそのままブレイクに活かせる訳ではなく、ブレイクのメソッドがそのままHIP HOPに活かせるわけではない。
それぞれのジャンルではそれぞれの追求の歴史の中で、変化し進化し、そのダンス独特の特徴を持っている。
各ジャンルはお互いに影響しあってはいるが、各ダンスならではのアイデンティティというものが確立している。
この「ジャンルならではのアイデンティティ」は、協会などで定義しているわけではないので、非常にあいまいである。それがゆえによく議論になる事が多いように思う。

新しい人間はオリジナルのスタイルを古いと揶揄し、古い人間は新しスタイルを「あんなのは元の踊りとは全く違う」と批判するというような事態がまま発生する。

そして時に行きつくのは「自由なのではないか」という発想である。

あなたが、世界の誰かが、新しいスタイルを築こうと努力し、様々な試みを繰り返していくとしたら、これは素晴らしい試みである。
ジャンルを進化させようと様々な実験を試みることも同じである。
試みの結果、新しい踊り方やステップや、音とのシンクロのさせ方を発見したとしたら、それはダンスカルチャーを次のステップへの進ませる偉大な成果である。

しかし、そんな新しい試みの中でも、ジャンルは依然として存在するし、存在すべきだと自分は思う。


では、ダンスジャンルの定義とは何か?
それは、各ジャンルのダンスが持っている、他にはない特徴の事である。
それは動きであったり、ステップであったり、リズムの取り方であったりする。
そして、そのジャンルが本来持っているベースとなるアイデンティティを無くしたダンスは、そのジャンルではなく、「別のジャンル」、もしくは「フリースタイル」であると考える。

ポップのさまざまな動きを踏襲していながらも、一度もヒットを打たないのであれば、それはポップではないと思う。
ロックを進化させたと言って、一度もロックで止まらないなら、これはやはりロックではないと自分は考える。それは、ロックをベースにしたフリースタイルであり、「進化」というよりも「分化」ではないだろうか?

この認識はとても大事である。
「分化」させているものを「進化」と勘違いすると話はかみ合わない。

1つのダンスジャンルがそのダンスと呼ばれる所以(ゆえん)を無視してしまっては、当然そのジャンルは成立しない。ダンスからジャンルを外せば、全てが「自由なダンス」になってしまう。
そうなった場合ジャンルごとに積み上げてきた、ベースも伝統もなくなり、逆に突き詰めた結果得る事が出来る未来の「進化」も止まるのではないだろうか。

カレー粉の入っていない料理は、「カレー風」とは言えても「カレー」とは言えないし、カレーとしてのおいしさを追求しない限り、「おいしいカレー」は生まれて来ない。


自由なダンスが悪いと言っているわけでも
ジャンルの新しい分化が悪いと言っているわけでもない。


HIP HOPを例にとって考えてみよう。

90年代に流行ったニュージャックスウィングのステップの多くは、もっと前からあったソウル時代のダンスのステップを流用して独自のスタイルに作り変えている。
その後90年代後半から一般化する、いわゆるニュースクールのHIP HOPダンスステップは、このNJS時代のステップを踏襲し、やはり全く違う形に作り替えてアウトプットしている。
NJSとニュースクールHIP HOP。大きな枠で見たらこれは「ヒップヒップ」という1つのダンススタイルにカテゴライズされるが、全く違うものと思っていいぐらいにメソッドが異なる。

さらに言うなら、「クランプ」や「シェイク」とかも「HIP HOP」のカテゴリーに分類されるが、踊り方は全く異なる。
全て別のジャンルである。
近年、R&Bの曲に合わせて踊る、ジャズとHIP HOPの融合したようなダンススタイルが非常に流行している。これもHIP HOPと呼ぶ人が多いが、90年にモップトップスやミスフィッツが踊っていたようなダンススタイルとは全く異なる。
モップトップスのダンスをHIP HOPと呼ぶなら、最近のスタイルはやはり別のジャンルである。

これらを全て「HIP HOP」とう単一の名前で呼ぶから、混乱が大きくなってしまう。

これらは「進化」ではなく、「分化」である。
もしくは「別のジャンル」である。

考えてみて欲しい。
HIP HOPダンスの大元がブレイクだからと言って、今更ニュースクールのステップダンスはHIP HOPでは無いという人はいないだろう。
それは既に「違うジャンル」として進化発展しているからである。
ダンスは時代とともにどんどん分化していっている。

分化した先がどんどん進化していくという事もある。
元の幹よりも、分化した枝に沢山の緑と多くの実がなるという事も考えられる。

分化はけっして悪い事でも、非難されるべき事でもない。
ただ、元の幹とはかなり違う状態であり、ルーツが同じだからと言って同じ土俵で「いいの」「悪いの」と議論すべき状態ではないのである。
また、「分化」した先が、大元のルーツを批判するのも間違っている。自分のルーツを否定するのは自分の存在を否定しているのと同じである。



各ジャンルがそのジャンルであると言えるベースのファウンデーション、アイデンティティを保持していなければ、それはもう別のジャンルか、もしくはそのジャンルをベースにしたフリースタイルであると思う。


「ダンス」は自由であるが、「ジャンル」は自由ではない。


自分のダンスが
「分化」しているのか、
それとも「進化」しているのか、
はたまた「完全に自由なダンス」なのか、

それを踏まえて話をしていけば、無用な批判や争いは無いように思う。それぞれが、それぞれに良さがあり、意味のある行為、意味のあるダンスであると自分は思う。
必要なのは、
ファウンデーションを学び、理解する「知識」と、
自分達を「客観視」する冷静さと、
お互いをリスペクトしあう「愛」ではないだろうか。


その意味では数十年も前に、HIP HOP の5番目の要素に「KOWLEDGE(知識)」を加え
PEACE(平和)
UNITY(結束)
LOVE(愛)
& HAVING FUN(そして楽しむこと)


と謳った「Afrika Bambaataa」は本当に先見の明があったと言える。

2016-11-30 21:15:59

ダンスサークルよりもダンススタジオで学びませんか??

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ダンスを始めてみたいなと思った時、
ダンスをお子さんに習わせたいと思った時、
皆さんはどうしますか?

 

 

近所にあるダンスのサークルに行って習おうとか、
同じ学校の友達が言っているダンスのサークルに行ってみようとか、
そのような選択をされる方非常に多いとおもいます。

 

そんな風にお考えの方、ダンスサークルではなく、出来ればダンススタジオにいらっしゃいませんか?

 

そのように申し上げる理由はいろいろあります。
ダンススタジオならどこでも同じだという訳ではありません。
逆に、サークルが全部だめだという訳でもないと思います。
ですが、我々スタジオフェイスは、少なくともフェイスクオリティで皆さんにダンスの素晴らしさをお伝えすることが出来ると自負しております。

 

では、ダンスサークルではダンスの素晴らしさは習えないんでしょうか?

これは正直申し上げて、教えている人に依存するので何とも言えません。
もちろん、きちんと伝えられる人も中にいるかと思います。
しかし、自分の経験からいうと、ダンススタジオの先生も含めて、恐らく日本ではきちんと分かっている人は全体の2-3割ぐらいではないでしょうか?


それではダンスの楽しさって何でしょうか?
一番大切な、理解すべきダンスの楽しさは何でしょうか?


ダンスサークルでは、(多くのダンススタジオでも)人前で発表する機会を一番大切にし、このような考えてやっているところが多いです。


・踊りがそろっている
・笑顔で踊っている
・動きが大きくて派手である
・気合が入っている
・衣装がカワイイ/もしくはカッコいい
・友達と一緒に踊っていて楽しい


なるほど、どれも意味のある要素ではありますが、ストリートダンスとして考えたときにどれも必須な要素ではなく、一番大切な事ではないと思います。


では、一番大切な事は何なのか??


ズバリ
それは音楽と自分の踊りが一体化する事です。

自分があたかも音楽の一部として存在する事です。
音楽と一体化した時の高揚感は、経験した人にしかわかりません。
そして、この一体感を覚えた人は、これが一生の宝になります。


落ち込んでる時は音楽と一体化する事で心が癒されます。
楽しい時は、音楽と一体化する事で、幸福感が増幅します!


ダンスとは、音楽と一体化するために神様が人間に与えてくれた最高のツールなのです。
そして、その秘密の(笑)手法を伝授するのが、我々ダンスインストラクターの一番の務めなのではないかと思います。


その大事なことを理解しないで、
一番大切な、
皆が幸せになれる秘密を伝える事をしないで、

踊りが揃っているとか揃っていないとか
笑顔で踊っているとかいないとか
気合が入っているとかいないとか
新しいスタイルだとか、古いスタイルだとか・・・


そういう事ばかり言っている指導者がなんと多い事か。


ストリートダンスで考えると、音楽とシンクロするのに一番大切なのが基本のリズム感です。
しかしながら残念なことに、このストリートダンス(ブラックミュージック)に特有な、"うねる"ような音の取り方を分かっていない先生が非常に多いです。
結果リズムは切れてしまい、音楽とのシンクロは出来ません。
リズムに合っているのと、ブラックミュージックのリズム感とはまた違う観点です。

 

ブラックミュージックのリズム感が分からない
→ 音楽と一体化できない
→ 真の意味で音楽には乗れない
→ 音楽と一体化した時の高揚感が得られない

とうい結果になります。

 

そして残念なことに、分かっていない先生は分かる努力をしないので、ずっと分からないままの事が多いです。

 

一番学ぶべき幸せの秘密を学べなくして、ダンスをしていくのはあまりにももったいないです。

我々の運営する、"スタジオフェイス"では、ダンスの奥深さ、幸せになる秘密をお伝えできるように日々務めております。
ダンスを始めてみたいと思っている皆様、ダンスサークルではなく、是非、スタジオフェイスにお越しください。


ダンス馬鹿の我々が、馬鹿になるほど幸せになれるダンスの秘密をお伝えいたします。

http://www.s-faith.com/osusume/eazydance/

2016-06-05 16:24:58

「よし坊」さんフォーエバー

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先日のあまりにも急すぎる「よし坊」さんの他界で、ストリートダンス界は騒然となりました。
本当に早すぎる、そして、急すぎる出来事でした。

自分なんか、そこまで近しい間柄だとも言えず、このブログを書くかどうか迷いましたが、自分は自分なりの「よし坊」さんへの思いを書かせていただきます。
これは、自分自身の心の整理でもあります。

「よし坊」さんは、言わずと知れた「BE BOP CREW」の創始者でリーダー(現在のリーダーはSO氏になります。)「よし坊」の「坊」は、 「~ちゃん」とか「~君」とかにあたる言葉のようで、「よし坊さん」は本来おかしいのだと思いますが、とても「よし坊」とはおよびできないので、おかしくても「よし坊さん」で行かせていただきます。

日本のダンス界、よし坊さん、並びに「BE BOP CREW」に影響を受けた人たちがどれだけいる事か計り知れない。
それだけ日本のストリートダンス界においては大きな影響を与えた、「日本ストリートダンス界のドン」と言える存在の方である。

自分が高校生、大学生の頃、いつも練習していた目黒の某所では同じく、BE BOP CREW のノレン分けを受けた「TOKYO BE BOP CREW」(trfのSAMさんがリーダーでした)が練習をしていたので、本家福岡の情報は人づてにちょくちょく入って来ておりました。
しかしながら、よし坊さんなんて雲の上の存在で、ごくまれに目黒に現れた時もお話する機会もありませんでした。
GWINKOというアーティストのPVなどで、BE BOP CREW のダンスを見ては真似をするような、はるか遠くの存在でした。





時を経て、いろいろとお話をさせていただけるようになったのは、いつごろかははっきり覚えておりません。でも、恐らく、うちのチーム、SPARTANIC ROCERS の佐久間さんのつながりがあって仲良くしていただけるようになったのだと思います。
佐久間さんにも本当に感謝しております。

時々お会いしたり、イベントにお呼びしたり、テレビ番組でご一緒したり、練習が同じ場所だったり、夜中に用もないのにお電話したり(笑)、頻度はそれほどでもありませんでしたが、随分と気さくに仲良くしていただきました。

よし坊さんの思い出は沢山ありますが、そのお人柄を表すいくつかのエピソードをご紹介させていただきます。(ギリギリ公に出来そうなものだけです(笑))

個人的に心に残るエピソードで、表面的にはくだらない、たわいもない話ばかりです。
でも自分の心にはどれも深く残っているエピソードであります。
皆さんにはどうでもいい内容かもしれませんが、ご容赦ください。


●エピソード1:後輩をからかう「下ネタ」好きな、よし坊さん
とある日、よし坊さんが上京されて、セイジさん、佐久間さんとショーをするための練習をしておりました。同じ場所で、我々SPARTANICも練習をしておりました。先に練習を終えた自分が、メンバーのツヨシと帰ろうとして、出口のところでご挨拶をしました。
「お先に失礼します。」
よし坊さんはスタジオにパンツ(下着)姿で大の字に寝転んだ状態でこう言いました。

「おー、ツヨシ、お前にキ●タマの新し出し方教えちゃーけん」

この突然の絡みにツヨシがどう答えるかとみていると、奴は冷静に

「あ、大丈夫です。」と流して帰ろうとします。

そこに追いかけるように声をかけるよし坊さん
「おい、メッチャ新しい出し方やけんね~!」

追いかける声を意にも解せず、
「大丈夫です、お疲れさまでした~」と半分無視して帰るツヨシ。

「この2人似てるな」と直感的に感じた瞬間でした。

くだらないけど、自分の心に強く残っている楽しいエピソードです


●エピソード2:自分を「クソ」に例えるよし坊さん
よし坊さんはうちのチームの佐久間さんの事をいつも気にかけていらっしゃいました。
佐久間さんはよし坊さんの後輩として、沢山の思い出があるのだと思います。



「ミヤ(自分の事。宮田のミヤです。自分の周りでこの呼び方をするのは、よし坊さんだけです)、お前、佐久間は元気しとうとや?」
「あやつはほんとクソやけん。まぁ、俺がクソやけんあいつはゲリたい。最近はようやく形が出来たごたーばってん、
俺もクソやけど、このクソの匂いばいい匂いって言ってくれる人もおるとたい。」


この時、一緒に車に乗っていたSO君がすかさず突っ込んでました。

「よし坊はダンス以外はホントにクソですからね(笑)」

なんとも汚い例え話でしたが、佐久間さんへの愛情と、SO君のよし坊さんへの愛情、よし坊さんのこだわりを感じられる話しとして、自分の心に強く残っております。


●エピソード3:チキンの部位にこだわるよし坊さん
これは佐久間さんから昔し聞いたお話です。
佐久間さんから改めてお話をいただいたので、佐久間さんの言葉で載せさせていただきます。

佐久間さん談:
ヨシボーは
「黒人はブレストよりウイングが好いとうけん、俺はウイングを食べるったい」
と言いながら、カバンからタバスコ出して食べていた。
事実当時、黒人はマイタバスコをよく持ち歩いてた(笑)

俺がこのエピソードに気づいたのは、自分がニューヨークに住んでた頃にできた、黒人のダンサー友達と一緒に「ポパイズ」っていうチキン屋に行った時の事。
その黒人が「ブレスト」を頼んでたから、俺はヨシボーから聞いてた話を思い出し、
「黒人はウイングが好きなんじゃないの」って聞いたら、
「今日はお金があるからブレストを頼んだけど、いつもは黒人はお金持ってないから仕方なくウイング頼むんだよ」って言っていた。
そのくらいヨシボーはダンスだけではなく、黒人の日常的なライフスタイルから、黒人を目指してたというお話しです。
俺はその事実をヨシボーには伝えてないので、今でもヨシボーは真面目に、「黒人はウイングが好きだ」と信じて天国に行ったと思われます・・・

黒人の真似してたらダンスが上手くなると思い込んでた。

***以上佐久間さんからのエピソードです****

現代の人にはもしかしたら分からないかもしれませんが、インターネットも無い我々の時代は海外の人達の情報に触れる事があまりできませんでした。そんな我々は数少ないダンサーの情報を、何から何まで真似したものです。踊り方はもちろん、歩き方や立ち振る舞い、ファッションも当然真似しておりました。そうする事で踊りの上手い彼等に少しでも近づけると思ったからです。(そんな訳はないんですが (笑))

よし坊さんは黒人の人達のカルチャーに憧れるあまり、チキンの買い方も真似していたんだと思います。そのあふれる純粋な気持ちに、密かに心を打たれた自分でした。



●エピソード4:自分に「ダンスが好きだ」と語りかけるよし坊さん。
これはまだ自分がよし坊さんとお話しするようになって、それほど時間が経っていない時の事だと記憶しております。
当時よく行っていた六本木のダイニングバーでご一緒させていただいた時の話です。
飲みながら、いろんな話をしていたかと思いますが、その話の中で、よし坊さんは僕にこう言いいました。

「ミヤ、俺は本当にダンスがすいとーったい。」

多分よし坊さんは当時42,3歳だったと思います。
この歳になって、俺みたいな10歳も下の後輩に、こんな純粋な言葉を言えるよし坊さんの素晴らしさ。この言葉を聞いた瞬間に、「よし坊さんは本当にダンスが好きなんだな」と心から感じました。

先輩達の中には、本当にダンスが好きな人達がいらっしゃいます。
セイジさんも、佐久間さんもそういう先輩だと思います。
自分もダンスが好きですが、こういう凄い先輩たちに比べれば、恥ずかしくて「ダンスが好き」とはとても言えないレベルだと思います。


●エピソード5:優しい言葉をかけてくれるよし坊さん
横浜のあるダンスイベントでご一緒した時のお話し。
踊りが終わって一緒に飲んでいると、よし坊さんはこう言いました。

「いやー、俺たち未来の分からん身やけん、今後は仕事もなくなったらダンボール生活になるかも知れんけん。ばってんそんなダンボール生活になった時に、今日お前とこうやって楽しく飲んだことを、あん時は本当楽しかったっちゃんね~ って思い出すけん。」

自分と楽しく飲んでいただいて、かけてくれるこんな優しい言葉、ずっと胸に残っております。


●当たり前だが、ダンスが素晴らしよし坊さん
そんなよし坊さん、過去の踊りの映像が沢山FBなどでアップされております。
自分の知らないビデオもあって、凄いなと思いながら見ておりますが、自分が最も好きなのは昔フジテレビ系列で放送されていたDANCE DANCE DANCE という番組のゲストショーです。




この時の BE BOP CREW、メンバーは、よし坊さん、RICKYさん、SO君、SUSUMU君、PEET君の5名。カッコ良すぎて本当にヤバかったです。
この曲で、この踊り方。当時として考えればそのフュージョン具合が全く新しく、真似できない洗練されたセンスが感じられました。
あまりのかっこよさに、大学生だった自分はそれを全部コピーして踊っていたものでした。
当時のよし坊さんは恐らく、33、4歳だったと思われます。
自分はこの当時のよし坊さんの歳をとっくに超えましたが、いまだにあの作品に勝てるものを生み出す自信はありません。
よし坊さんの存在感、センス、そしてBE BOP CREWのかっこよさを心から感じた作品であり、今もなお時々見返しております。



そんな、素敵で、愉快で、かっこよくて、センスが良くて、優しくて、メチャメチャで、エロで、ダンスが超上手くて、人望が厚くて、皆に本当に好かれている先輩、よし坊さんが急に亡くなってしまいました。
金曜日にお亡くなりになり、土曜日の昼ぐらいにその事を知って、日曜日の告別式に福岡まで駆けつけました。
突然すぎて実感が無く、その時は悲しみも湧いてきませんでした。
事実を受け入れる事が出来なかったんだと思います。

でもその後、東京に戻って、ふと気付けば、「ぼーっ」としてしまっている自分に気づきます。悲しみとは違うし、涙も出てこないけど、なにか大事なものが抜け落ちてしまったような感覚を覚えました。
言いようのない、「喪失感」でした。

自分は冒頭にも書きましたが、そこまで頻繁にお会いするような間柄ではなかったのですが、それでもずっと憧れてきた、そして沢山思い出をいただいたよし坊さんへ対する尊敬の気持ちがとても強かったんだと改めて思いました。

もっと近しい人達や、ずっと一緒にやってきた BE BOP CREW の皆さんの喪失感は自分の比ではないと思います。

かける言葉が見つかりません。

自分は、いい歳こいて、よし坊さんのような素晴らしい先輩の足元にも及びません。
今後追いつけるとも正直思っておりませんが、それでも、凡人なりに、少しでも先輩のかっこよさを引き継げるようにしていきたいと思います。

僕にとって、
多くのダンサーにとって


永遠のヒーロー「よし坊」さん


また、次にお会いした時には一緒に飲んで、バカ話聞かせてください。


沢山の思い出と、素晴らしいダンス、ありがとうございました。
2016-04-24 13:52:58

HIP-HOPの真髄とはなにか???

テーマ:ブログ
HIP-HOP は、70年代後半ぐらいにその形がニューヨークのブロンクスで形作られ、その後世界に広がっていく事になる。
彼らの遊びの一環として作られてきたものがやがて一つの文化として形作られてくる訳だ。

この文化が世界中に広まり、時代を経るにつれどんどん変化をしており、もはやHIP-HOPは最初の原型とは異なる形になりつつある。
この期に及んで、何がHIP-HOP で何がそうでないかという線引きはとても難しいし。定義は人によって異なるし、また誰かが正解を決めるものでもないような気がする。
我々、HIP-HOPに携わる者の中では、なんとなく、ぼやっとした共通理解で成り立っているのが現状である。

しかしながら、そういう中でも敢えて、
「HIP-HOP」とはこういうものであるという事を定義づけたいという思いもある。
何故なら、自分からしてあまりに「HIP-HOPでないもの」が社会に蔓延しているからである。


ダンスで言うならば、その違いはかなり明白であり、あくまで自分の中においては、簡単に1つのラインを引くことが出来る。


よくHIP-HOPのダンスについて「このダンスは自由なんじゃないですか?」という人がいる。自分の経験上、こういう発言をする人はたいていHIP-HOPについての理解が浅い。

「自由」というのは、「ある一定の範囲内での自由」を指しているのであって、なんでもありの自由ではないのである。完全に自由なダンスは、コンテンポラリーダンスである。


ロッカーズは、バレエの動きをLOCKに取り入れている。
ブガルズは、LOCKのステップをモチーフに踊りを開発している。
エリートフォースは、ロックやポップのテクニックを自分たちの踊りに取り入れている。

様々な踊りはクロスオーバーし、影響しあって新しい形を成しているわけだ。
しかしながら、自由に取り入れられたそれらの要素は各ジャンルによって咀嚼(そしゃく)され、消化されて新たにアウトプットされてきたものであり、決して持ってきたものをそのままやっている訳ではない。
要するに、そのジャンルらしさにリメイクされた後にアウトプットされているのである。


そもそも、そうでなければジャンル分け自体の意味が無くなってしまう。


ヒップホップは自由なんではないですか?
という人にとって、果たしてヒップホップの定義は何なんだろうか??


HIP-HOP は遊びから始まり、それが当時のブロンクスの状況と相まって、闘争をモチーフとしたバトルの要素を取り入れながら発展していく。
その当時のあり方こそがHIP-HOPであると主張するのであれば現代のHIP-HOP はまるごと否定されかねない。

果たして、ブレイクビーツの生みの親と言われるクールハークがセレクトするアパッチという楽曲はHIP-HOPか?
アパッチはいわゆるラテンミュージックである。

ヒップホップのキングであるアフリカバンバータの電子的楽曲を初めて聞いたときに、「これはHIP-HOPなのか??」という疑問を持ったのを覚えている。

俺は、彼らの開発し、発展させてきたHIP-HOPというカルチャーの上に後から乗った人間であり、当然クールハークやバンバータを否定するなんてとんでもないし、そのつもりもない。
しかしながら、バンバータが提示したエレクトロファンクという新境地は、当時のHIPーHOP 界にとってどういう存在であったのか?
全く新しい提案ではなかったのだろうか?


HIP-HOP の1つの定義として、ある意味、「新しいものを取り入れて変容していくもの」という事が言えるのではないだろうか。


昔を知る人は現代のあり方について、「こんなのHIP-HOPじゃない」と言う。
新しいHIP-HOPしか知らない人たちは、昔のHIP-HOPを「こんなのHIP-HOPではない」と言う。
人間は皆自分の知っている知識の中だけでしか、基本判断が出来ない生き物である。
知らない事は否定しがちである。
実際、自分もそういうきらいはある。

だが、発祥当時にもあり、そして現代にも生きている「共通する何か」があれば、それこそがHIP-HOPの真髄ではないか。
これは、古くからかかわってきた自分や、自分たちの先輩世代には、なんとなくではあるが感じているものであるが、言葉にすることが非常に難しい。
そもそも主観的な判断基準でしかないかもしれない。そこに感じるFLAVOR(匂い)的なものの様な気がする。
HIP-HOP的な様々なものから、飾りの部分をそぎ落として、中心の部分だけを残したら、真髄にたどり着くのかもしれないが、果たしてこれは何なのか・・・


カルチャーとしてその真髄を究明するのはかなり困難ではあるが、「踊り方」「ダンス」に限定して言うならば、「音の取り方」、「リズムの取り方」に集約されることは間違いないと思う。それはこのダンスカルチャーがある程度定着して以降、変わらぬ真理として存在すると思う。
しかるに、その真理を中心に、ベースに置きながら開発された様々な新しい表現、踊り方は、やはりHIP-HOPなのではないかと思う。

真髄を知っている人は、常にその真髄にのっとった上で、新しい表現方法を模索するのであり、その意味では確かに「自由」である。

しかし、
「HIP-HOPとは自由」だ と発言する多くの人達は、この「真髄」を無視して言っている事が多い。真髄がなければただの「自由なダンス」であり、もはやHIP-HOPでもなければなんのカテゴリーにも属さない自分なりの自由なダンスになってしまう。

いかに昔のステップや踊り方を模倣していても、この真理を行っていなければこれはHIP-HOPではないと思う。そういう事例が山ほどあり、恐らくこの日本では7,8割を占めているのではないかと思われる。

真髄を理解しないで「動き」の部分だけを追っているから表面的な踊りになるし、真髄を理解しようという気持ちが無いから、いつまでたっても踊りの質は変わらない。
要するに、どれだけ一生懸命練習してもHIP-HOPにはなり得ないという事である。

簡単に言うと、ランニングマンというステップをやればHIP-HOPなのではない。
そこにHIP-HOPのフィーリング(リズムの取り方)があって初めてHIP-HOPのダンスとなる。

HIP-HOP を作り出したオリジネーター達へのBIG RESPECT は変わらずこの胸にあるが、もはやこのカルチャーは彼らだけのものではない。
80年代初頭に全世界に広まり、俺みたいな馬鹿野郎達が夢中で追いかけてきたカルチャーである。
そして、いつしか追いかけてきた自分達がクリエイトする側に回ってきている。
日本で、アジアで、中東で、ヨーロッパで、南米で、満足な練習場もないアフリカの国々で、HIP-HOPは今日も行われている。

HIP-HOPとは、そのカルチャーを受け止め、咀嚼して新たにアウトプットする全ての人間達によって引き継がれ、クリエイトされ続ける文化である。

誰かが、「これがHIP-HOPだ!」と定義して、それを教わって、その通りにやり続けるような伝統芸能ではない。


その意味では俺もHIP-HOPの一部であり、これを今読んでいるあなたもHIP-HOPの一部なのである。




I AM HIP-HOP !

U ARE HIP-HOP !


     なのである!!


だからこそ、このカルチャーに愛を持って、何がHIP-HOPかを考えながら日々オリジナリティに磨きをかけ、新たなHIP-HOPを自分達で作り、変わらないHIP-HOPの真髄を一人一人が伝えていくべきなのではないかと思う。

特に指導にあたる人間はその責任は重大であると、改めて考えていただきたい。
真髄への探求と、責任を放棄して、「自由だ、自由だ、何をやってもHIP-HOPだ」と主張する人たちは、まるで成人式で暴れる浅はかな若者のようだ。

HIP-HOP は、短い歴史の中で、闘争や混迷の時代は既には卒業し、その真髄を引き継ぎながらも新しいクリエイティヴィティに向かってひた走っているのである!!
2016-03-01 16:49:04

インターネットで失ったもの

テーマ:ブログ
ネットの普及で世界は狭くなり、情報は確実に流れ(嘘の情報も含めですが)、人々は多くのものを簡単に手に入れられるようになりました。

そして、逆に、多くの物を失ってしまったように思います。

特別だった物に対するありがたさや、探求心なども
その失ったもののうちの1つではないでしょうか。


思えば俺がダンスをはじめた83,4年当時、ダンスの情報ソースは映画のみ。
(一般家庭にはビデオはまだ普及しておりません。CDも存在しておりませんでした)
フラッシュダンスが世界的にヒットし、映画好きだった俺は、他の映画と同じ感覚で、この話題作を見に映画館に行ったわけです。

そこでみた、あのわずか2分程度の、ストリートのダンスシーン。
ROCK STEADY CREW のメンバー達のダンス。


体中に電流が走るような衝撃。


人生で後にも先にもその衝撃感はその時しかなかったと思われます。


そんな凄い衝撃に、いてもたってもいられず始めたストリートダンスでありました。(この話はやたら長くなるからまた今度)

FLASH DANCE で初めてこのダンスを知った俺はその後、映画「WILD STYLE」の存在を知り、同じくこれをチェックしてムーヴをなんとか盗もうと努力します。

そんな映画に出ていた人達は俺にとってはスター!!!
雲の上の人というか、距離的にも、住んでいる環境的にも、人生的にも交わる事があるとはとても思えない人達でした。

先日、そんな遠い存在のうちの1人であった、MR.WIGGLES のHIP-HOPのワークショップを受けに行ってきました。


始めた当時高校生だった俺。
海外に行くなんて夢のまた夢。
そんな人達とまさか会って話したり、一応は知人としての関係になるとは想像だにできなかった。


時代が変わり、
そんな憧れの人達というか、もう俺からいったら映画スター並みの人達にじかに教わることが出来るなんて、なんて素晴らしい環境だろうと思う。

当時はもし自分でNYまで行ったら航空券だけで多分50万ぐらいはかかったな。
それにもし行ったとしても彼らと会うコネクションも無く、どこに行ったら会えるかもわからない状況だった。
今だって滞在費もいれたら20-30万ぐらいはかかるだろうし、それを向こうからやってきてくれるんだからこんなありがたい事はない。


まずはこういう機会を皆さん最大限い活かしてください。
オリジネーターや、このダンスをクリエイトしてきた人達に直接会って話を聞いたり、踊りを教わったりすることの素晴らしさ、大切さは体感しないとわかりません。
YOUTUBEを見て、分かった気になっている人は(今は結構多いですが)生で触れ合って理解する事の大切さを見失っております。


体感することが、あなたのダンス感を確実に変える事は間違えないでしょう。
イベントでもレッスンでも、その目で見る事です。
現場の雰囲気や、言葉に表せないような何とも言えないフィーリングをその目で、その手でつかみましょう!!

これは俺の人生として実証されてきている事だから間違えないです。
保障します!!


去年もあったWIGGLESのHIP-HOP CAMP でしたが、予定があって参加できなかった。
今年はうまく予定を空けられたので参加できてよかったです。




さて、キャンプの内容は、
講義、ダンス(トップロックとPOP)、グラフティの描き方などでした。
HIP-HOP発祥当時のブロンクス、NYの状況や、人々の関わり。
DISCOとHIPHOPの関係、音楽、ブレイクビーツ、それに合わせたダンスのありかた、
黒人とヒスパニックの踊り方の違、誰がこのムーヴが得意だったか、
POPやグラフティがどうやってNYに入ってきたんかなど、講義内容は非常に多岐に渡りました。
改めて知った事、初めて知ったことも沢山ありました。

知りたい事が多すぎて、質問が沢山あったけど、俺だけが質問するわけにはいかないので、ちょっと我慢してました(笑)。
それでも結果、俺ばっかり質問して、参加の皆様すいませんでした。

WIGGLESはとっても真摯に質問に答えてくれました。
特に素晴らしいと思ったのは彼の姿勢です。

・まず知らない事ははっきり知らないと答える。
 もちろん、「多分こうだったのではないかと思う。」という言葉は返してくれますが、でも実際のところはどうかわからないという真面目な答え方。

・知っている事でも専門でない事はあまり答えない
これは、その筋の第一人者に聞いてくれ。俺はその専門家ではないから、彼らが講習で得るべき収入まで俺がとってしまう事が無いようにしたい。

という返答でした。

なんと、素晴らしい回答。

もちろん知っている事は丁寧に答えてくれました。

俺も、知らない事、教わったことは、基本的に
「これは誰々から教わった」と断って教えるように心がけております。
そして、ある程度出来るようになったら、是非その上のレベルの先生に教わってほしいと勧めていきます。

文化も学問も伝承です。
誰かに教わったことを次の世代が誰かに伝えていかなければいけません。
その意味では、人に教わったことを教えるという事自体は悪い事ではないと思います。
でも、もし、その大元の人が教えてくれるなら、その人から教わるという機会はもって損はないのではないでしょうか。
しかもHIPHOPは若い文化だから、まだオリジネイターが多数生存しております。
あと数十年経ったら、他界するオリジネーター達が増えてきてしまいます。

今のうちです。

是非今のうちに、活かせるチャンスは活かして下さい。


毎回こんな素晴らしい機会を作ってくれているRSCのMASAMIさんと、俺の質問にも丁寧に答えてくれたMR.WIGGLESにあらためて感謝いたします!!

WIGGLESのHIP-HOP CMAP やダンスレッスンはまだ続きます。


【Mr Wiggles WORKSHOP TOUR 2016】
3/1 OSAKA
3/2 OSAKA
3/3 OKAYAMA
3/4 YAMAGUCHI
3/5 Kitakyushu(KOKURA) WS
3/6 HipHop Camp vol.2 Shimonoseki @BENCH MARK
3/7 MIYAZAKI
3/8 OITA
3/9 KUMAMOTO
3/10 KAGOSHIMA
3/11 Okinawa
3/13 POWER STATION vol.8 @SHIBUYA HARLEM
3/14 TOKYO Departure to SINGAPORE RF JAM
2016-02-25 17:28:48

皆様 本当に ありがとうございます!!

テーマ:ブログ
UK B-BOY CHAMPIONSHIPS WORLD FINALS へ優勝者を送り出すための渡航資金が大幅に不足しているため、今回初めてクラウドファインディングという仕組みで皆様に資金提供のお願いをさせていただきました。

この仕組みは目標金額に達しない場合はゼロになってしまい、それまで資金提供を表明してくれていた方の分もいただけないという、ALL OR NOTHING のやり方です。

残り数日を残して難航していた資金集めですが、皆様のご協力のお陰て目標金額を達成することが出来ました!!


本当にありがとうございます。


後ほど皆様一人づつにお礼のお返事もしたいと思っているんですが、取り急ぎの御礼のコメントでございます。

ファンドの仕組みは締切までまだ受け付けておりますので、もしご協力いただける方がいらっしゃいましたら引き続きよろしくお願いいたします。

https://readyfor.jp/projects/ukbboy

改めまして、皆様ありがとうございました。

皆様の支えのもとに、日本代表のダンサーたちが活躍できるようサポートしていきます。

これからもよろしくお願いいたします。

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