2017-05-28 22:17:19

ダンスにジャンルは必要か???

テーマ:ブログ

あるダンスコンテストでジャッジをさせていいただいた時の話し。
参加していた女子高生のグループ、事前にもらった資料によるとジャンルが「HIP HOP」と書いてあったが、彼女達の踊りにはHIP HOPの要素がゼロだった。

これは自分的にはだいぶ衝撃であった。

恐らく、彼女達がやりたかったのは、いわゆる最近のR&B的なダンスで、ちょっとJAZZよりなスタイルなのではないかと思われた。
しかし、彼女達はこれを「HIP HOP」と思っていた。

コンテストが終わった後、アドバイスを求めてきた彼女たちに、自分は逆に多くの質問をする事になる。

『みなさんのジャンルはなんですか?』
「HIP HOPです。」
『どのあたりがHIP HOPなんですか?』
「ダウンするだけがHIP HOPではないと思うので・・・」
みたいな返答が返ってきた。

・・・それはその通りである。

「ダウンするだけがHIP HOP」なのであれば多くのダンスがHIP HOPから除外されてしまう。そもそも「HIP HOPのダンスという定義」が彼女たちの中には欠落しているように思えた。
彼女たちの話を総合すると、「最近の音楽で、自由な表現で踊るのがHIP HOPである」という理解のようであった。

申し訳ないが、完全に間違っている。


これは先に書いた「HIP HOPの真髄とは」というブログに大きく関係することであるので、お時間ある方はそちらを一度見ていただければと思う。



今回は「HIP HOPとは?」という事よりも、もっと大きなカテゴリーで、「ジャンルとは?」という事について書きたいと思う。



彼女達が言っていた、いわゆる「自由なダンス」は日本の定義では「コンテンポラリーダンス」である。

誤解なきよう、大きな声で言っておきたいが、
「自由な表現がダメだ」とか「HIP HOPが一番だ」とか言うつもりは全くない。
しかしこの話の裏には、
「ジャンルなんてどうでもいいじゃん。自由に踊って何が悪いの?」
という言葉がいつも見え隠れしているように思える。


ではダンスにジャンルは必要ないのか?
自分は、個人的には絶対に必要だと思う。



それは、各ジャンルによって探求する部分が全く異なるからだ。

例えば同じ食べ物であっても、「カレー」と「ラーメン」は全く違う。
それぞれに特徴があり、それぞれに良さがある。
良さは全く違うから、それを同じ視点で図ることはできない。
「美味しいカレーを作る」事と、「美味しいラーメンを作る」事は、食材から下ごしらえ、調味料から、作り方まで全く異なってくる。
当たり前である。
それぞれの料理への追及が、「おいしいラーメン」や「おいしいカレー」を作り出すわけで、「おいしいラーメン」のメソッドが「おいしいカレー」のメソッドにそのまま活かせる訳ではない事は誰でも分かるだろう。

そして、「おいしいカレー」は、カレーとして美味しさを追求したゆえに、「おいしいカレー」にたどりつけたのである。
決してラーメンと同じ味の追及をしてきた結果ではない、

これはダンスでも同じである。
一部の共通点を除いて、バレエのメソッドがそのままHIP HOPに活かせるわけではない。例えば、ジャズダンスやバレエは重心を上に持っていくことによって体の線の美しさを出し、足元が軽く動けるようにしている。
HIP HOPは完全に逆で、重心を下に持っていくことによって動きの重さを表現している。要するに、目指している最終地点が異なるので、その最終目的地への行き方(ここでは表現の仕方、体の使い方)も異なるのである。
重心の話に関して言えば、ジャズやバレエで大事な事と、HIP HOPで大事な事は相い入れない、共存不可能である。

もっと狭い視点で、たとえば「ストリートダンス」という視点で考えた場合でも、同じことが言える。ロックのメソッドがそのままブレイクに活かせる訳ではなく、ブレイクのメソッドがそのままHIP HOPに活かせるわけではない。
それぞれのジャンルではそれぞれの追求の歴史の中で、変化し進化し、そのダンス独特の特徴を持っている。
各ジャンルはお互いに影響しあってはいるが、各ダンスならではのアイデンティティというものが確立している。
この「ジャンルならではのアイデンティティ」は、協会などで定義しているわけではないので、非常にあいまいである。それがゆえによく議論になる事が多いように思う。

新しい人間はオリジナルのスタイルを古いと揶揄し、古い人間は新しスタイルを「あんなのは元の踊りとは全く違う」と批判するというような事態がまま発生する。

そして時に行きつくのは「自由なのではないか」という発想である。

あなたが、世界の誰かが、新しいスタイルを築こうと努力し、様々な試みを繰り返していくとしたら、これは素晴らしい試みである。
ジャンルを進化させようと様々な実験を試みることも同じである。
試みの結果、新しい踊り方やステップや、音とのシンクロのさせ方を発見したとしたら、それはダンスカルチャーを次のステップへの進ませる偉大な成果である。

しかし、そんな新しい試みの中でも、ジャンルは依然として存在するし、存在すべきだと自分は思う。


では、ダンスジャンルの定義とは何か?
それは、各ジャンルのダンスが持っている、他にはない特徴の事である。
それは動きであったり、ステップであったり、リズムの取り方であったりする。
そして、そのジャンルが本来持っているベースとなるアイデンティティを無くしたダンスは、そのジャンルではなく、「別のジャンル」、もしくは「フリースタイル」であると考える。

ポップのさまざまな動きを踏襲していながらも、一度もヒットを打たないのであれば、それはポップではないと思う。
ロックを進化させたと言って、一度もロックで止まらないなら、これはやはりロックではないと自分は考える。それは、ロックをベースにしたフリースタイルであり、「進化」というよりも「分化」ではないだろうか?

この認識はとても大事である。
「分化」させているものを「進化」と勘違いすると話はかみ合わない。

1つのダンスジャンルがそのダンスと呼ばれる所以(ゆえん)を無視してしまっては、当然そのジャンルは成立しない。ダンスからジャンルを外せば、全てが「自由なダンス」になってしまう。
そうなった場合ジャンルごとに積み上げてきた、ベースも伝統もなくなり、逆に突き詰めた結果得る事が出来る未来の「進化」も止まるのではないだろうか。

カレー粉の入っていない料理は、「カレー風」とは言えても「カレー」とは言えないし、カレーとしてのおいしさを追求しない限り、「おいしいカレー」は生まれて来ない。


自由なダンスが悪いと言っているわけでも
ジャンルの新しい分化が悪いと言っているわけでもない。


HIP HOPを例にとって考えてみよう。

90年代に流行ったニュージャックスウィングのステップの多くは、もっと前からあったソウル時代のダンスのステップを流用して独自のスタイルに作り変えている。
その後90年代後半から一般化する、いわゆるニュースクールのHIP HOPダンスステップは、このNJS時代のステップを踏襲し、やはり全く違う形に作り替えてアウトプットしている。
NJSとニュースクールHIP HOP。大きな枠で見たらこれは「ヒップヒップ」という1つのダンススタイルにカテゴライズされるが、全く違うものと思っていいぐらいにメソッドが異なる。

さらに言うなら、「クランプ」や「シェイク」とかも「HIP HOP」のカテゴリーに分類されるが、踊り方は全く異なる。
全て別のジャンルである。
近年、R&Bの曲に合わせて踊る、ジャズとHIP HOPの融合したようなダンススタイルが非常に流行している。これもHIP HOPと呼ぶ人が多いが、90年にモップトップスやミスフィッツが踊っていたようなダンススタイルとは全く異なる。
モップトップスのダンスをHIP HOPと呼ぶなら、最近のスタイルはやはり別のジャンルである。

これらを全て「HIP HOP」とう単一の名前で呼ぶから、混乱が大きくなってしまう。

これらは「進化」ではなく、「分化」である。
もしくは「別のジャンル」である。

考えてみて欲しい。
HIP HOPダンスの大元がブレイクだからと言って、今更ニュースクールのステップダンスはHIP HOPでは無いという人はいないだろう。
それは既に「違うジャンル」として進化発展しているからである。
ダンスは時代とともにどんどん分化していっている。

分化した先がどんどん進化していくという事もある。
元の幹よりも、分化した枝に沢山の緑と多くの実がなるという事も考えられる。

分化はけっして悪い事でも、非難されるべき事でもない。
ただ、元の幹とはかなり違う状態であり、ルーツが同じだからと言って同じ土俵で「いいの」「悪いの」と議論すべき状態ではないのである。
また、「分化」した先が、大元のルーツを批判するのも間違っている。自分のルーツを否定するのは自分の存在を否定しているのと同じである。



各ジャンルがそのジャンルであると言えるベースのファウンデーション、アイデンティティを保持していなければ、それはもう別のジャンルか、もしくはそのジャンルをベースにしたフリースタイルであると思う。


「ダンス」は自由であるが、「ジャンル」は自由ではない。


自分のダンスが
「分化」しているのか、
それとも「進化」しているのか、
はたまた「完全に自由なダンス」なのか、

それを踏まえて話をしていけば、無用な批判や争いは無いように思う。それぞれが、それぞれに良さがあり、意味のある行為、意味のあるダンスであると自分は思う。
必要なのは、
ファウンデーションを学び、理解する「知識」と、
自分達を「客観視」する冷静さと、
お互いをリスペクトしあう「愛」ではないだろうか。


その意味では数十年も前に、HIP HOP の5番目の要素に「KOWLEDGE(知識)」を加え
PEACE(平和)
UNITY(結束)
LOVE(愛)
& HAVING FUN(そして楽しむこと)


と謳った「Afrika Bambaataa」は本当に先見の明があったと言える。

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コメント

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3 ■Re:Re:はじめまして。

>B-Boy Takeoさん

ありがとうございますm(__)m。

2 ■Re:はじめまして。

>kikkusannさん
こんにちは。
お役に立てるようであれば是非。

1 ■はじめまして。

突然すみません。フェイスブックで拝見させて頂きましたm(__)m。
今までもや~っとしてた部分がすっきりしたと言うか…。
この記事をシェアさせて頂きたくコメント欄に書き込みさせて頂きましたm(__)m。

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