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「月球儀」&「芭蕉座」  俳句を書くメゾソプラノ山本 掌のブログ

第四句集『月球儀』
「月球儀」俳句を支柱とした山本 掌の個人誌。

「芭蕉座」は芭蕉「おくのほそ道」を舞台作品とする
うた・語り・作曲・ピアノのユニット。
    



俳句を金子兜太に師事。「海程」同人・現代俳句協会会員。

 

 

 

 

 

 

 

 

萩原朔太郎を朗読します♪

 『月に吠える』序(抜粋)

 地面の底の病気の顔  詩集『月に吠える』

 竹              〃

 ばくてりやの世界     〃

 卵               〃

 帰郷            『氷島』



今日です♪

午後2時から、無料コンサートですので、

お気軽におでかけください。

高崎演奏家協会のメンバーによるコンサートです。



 11月29日(金) 14:00開演

 高崎シティギャラリー コアホール

 入場無料 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

萩原朔太郎「帰郷」、

この詩は詩集『氷島』1934年刊に

収録されています。

「昭和4年、妻と離縁し二児を抱えて故郷に帰る」

この前書きが書かれたように、

朔太郎のじつに寂寥、

 

そして暗澹とした

心情があますところなく表現されています。



   帰郷

     昭和四年の冬、妻と離別して二児を抱えて故郷に帰る


わが故郷に帰れる日

汽車は烈風の中を突き行けり。

ひとり車窓に目醒むれば

汽笛は闇に吠え叫び

火焔(ほのほ)は平野を明るくせり。

まだ上州の山は見えずや。

夜汽車の仄暗き車燈の影に

母なき子供等は眠り泣き

ひそかに皆わが憂愁を探(さぐ)れるなり。

嗚呼また都を逃れ来て

何所(いづこ)の家郷に行かぬとするぞ。

過去は寂寥の谷に連なり

未来は絶望の岸に向えり。

砂礫(されき)のごとき人生かな!

われ既に勇気おとろへ

暗澹として長(とこし)なへに生きるに倦みたり。

いかんぞ故郷に独り帰り

さびしくまた利根川の岸に立たんや。

汽車は曠野を走り行き

自然の荒寥たる意志の彼岸に

人の憤怒(いきどほり)を烈しくせり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ばくてりやの世界」「卵」を朗読いたします。

11月29日(金) 14時開演

高崎シティギャラリー コアホール


萩原朔太郎『月に吠える』より


    ばくてりやの世界

ばくてりやの足、

ばくてりやの口、

ばくてりやの耳、

ばくてりやの鼻、


ばくてりやがおよいでゐる


あるものは人物の胎内に、

あるものは貝るゐの内臓に、

あるものは玉葱の球心に、

あるものは風景の中心に。


ばくてりやがおよいでゐる。


ばくてりやの手は左右十文字に生え、

手のつまさきが根のようにわかれ、

そこからするどい爪が生え、

毛細血管の類はべたいちめんにひろがっている。


ばくてりやがおよいでゐる。


ばくてりやが生活するところには、

病人の皮膚をすかすやうに、

べにいろの光線がうすくさしこんで、

その部分だけほんのりとしてみえ、

じつに、じつに、かなしみたえがたく見える。


ばくてりやがおよいでゐる。



   卵

いと高き梢にありて、

ちいさなる卵ら光り、

あふげは小鳥の巣は光り、

いまはや罪びとの祈るときなる。

 

 

 

 

    

     萩原朔太郎『月に吠える』 扉 画:田中恭吉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<萩原朔太郎を朗読する>

1917年刊の第一詩集『月に吠える』より

「地面の底の病気の顔」と「竹」。

詩集の巻頭に載っているのが、この詩。




   地面の底の病気の顔     

                      萩原朔太郎


地面の底に顔があらわれ、

さみしい病人の顔があらわれ。


地面の底のくらやみに、

うらうら草の茎が萌えそめ、

鼠の巣が萌えそめ、

巣にこんがらかつてゐる、

かずしれぬ髪の毛がふるえ出し、

冬至のころの、

さびしい病気の地面から、

ほそい青竹の根が生えそめ、

生えそめ、

それがじつにあはれふかくみえ、

けぶれるごとくに視え、

じつに、じつに、あわれふかげに視え。


地面の底のくらやみに、

さみしい病人の顔があらはれ。


    
    竹

ますぐなるもの地面に生え、

するどき青きもの地面に生え、

凍れる冬をつらぬきて、

そのみどり葉光る朝の空路に、

なみだたれ、

なみだをたれ、

いまはや懺悔をはれる肩の上より、

けぶれる竹の根はひろごり、

するどき青きもの地面に生え。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アルディッティ弦楽四重奏団&野平一郎(ピアノ)」

コンサートの高揚感につつまれて、

出口にむかったところ、

机が用意されアルデッティ四重奏団のメンバーと

細川俊夫、野平一郎のおふたりの作曲家も

着席されサイン会がおこなわれました!


メンバーはあの鋭利で濃密な演奏を

の直後なのですが、

とってもあたたかく気さくな雰囲気♪


Irvine Arditti(vn) アーヴィン・アルディッティ (第1ヴァイオリン)

Ashot Sarkissjan(vn) アショット・サルキシャン (第2ヴァイオリン)

Ralf Ehlers(va) ラルフ・エーラース (ヴィオラ)

Lucas Fels(vc) ルーカス・フェルス (チェロ)

 

 

 

 



細川俊夫(作曲家)

 

 

 

 



野平一郎(作曲家・ピアノ)


頂戴したサインです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高崎芸術劇場 音楽ホールへ行ってきました。

演奏はあの世界最高峰のアルディッティ弦楽四重奏団。

現代音楽がプログラムに並びます。

 

 

作曲家の高橋悠治氏が急病のため、

ピアノは野平一郎氏に。

プログラムも変更になって、

野平作品が演奏されました。



 シャリーノ Codex Purpureus II(1984)☆

 野平一郎  弦楽四重奏曲第5番(2015)

 クセナキス  Akea (1986)☆



 細川俊夫 パッサージュ(通り路) 弦楽四重奏のための(2019)
       (高崎芸術劇場共同委嘱作品・世界初演)

 リゲティ 弦楽四重奏曲第2番(1968)


実際にホールで聴くのは初めての曲ばかり。

シャリーノ、リゲティの特殊奏法、

ノイズやハーモニクス等の微弱音など

<現代音楽>でのテクニックや音響に

関心が寄せられますが、

アルディッティが奏でるのは

濃密に創りあげられた<音楽>そのもの。

どの曲をとっても、

 

集中と緊張をおのずと要求されますが、

それでありながら、

 

その昇華されてゆく感、が心地よい。


細川作品は高崎芸術劇場が委嘱し、世界初演。

この「パッサージュ」、

ひとの深奥の翳りが音になったかのよう。

アルディッティに捧げられています。


カーテンコールにアルディッティのメンバー、

野平一郎氏と細川俊夫氏が並ばれたのも、

現実とは思えないシーン。

音との一期一会に昂揚しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「第一回 上毛仏教美術展」を

前橋市立図書館で観てきました。



上毛(群馬)の寺院や個人が所蔵する仏教美術品を集めたとか。

仏像や仏画、経典など約70点を展示。

平安期から江戸時代の作品が並びます。

 

 

風外慧薫(ふうがい えくん)は初めて観ました。

闊達な筆ずかい、ぎょろりとした目、

ちょっと仙涯を思わせます。

 

 

 

 

 

 



生涯が強烈。

永禄11年(1568)安中生まれ。

相模(さがみ)成願寺住職でしたが、

曾我山中の巌窟(がんくつ)に暮らし、

遠江(とおとうみ)石岡にうつります。

承応(じょうおう)3年ごろ墓穴をほらせ、

植木のように立ったまま穴の中で、

入寂(にゅうじゃく)したとか!? 87歳。



江戸前期の画僧で、

「曹洞宗禅画の祖」と呼ばれているとか。



得意とした達磨(だるま)、

 

自画像が展示されています。


伎楽面など面白く、

「雨乞の神面」鑿あとも荒々しく、印象的。

良寛の「書」も。


11月26日まで。