萩原朔太郎「帰郷」、
この詩は詩集『氷島』1934年刊に
収録されています。
「昭和4年、妻と離縁し二児を抱えて故郷に帰る」
この前書きが書かれたように、
朔太郎のじつに寂寥、
そして暗澹とした
心情があますところなく表現されています。
帰郷
昭和四年の冬、妻と離別して二児を抱えて故郷に帰る
わが故郷に帰れる日
汽車は烈風の中を突き行けり。
ひとり車窓に目醒むれば
汽笛は闇に吠え叫び
火焔(ほのほ)は平野を明るくせり。
まだ上州の山は見えずや。
夜汽車の仄暗き車燈の影に
母なき子供等は眠り泣き
ひそかに皆わが憂愁を探(さぐ)れるなり。
嗚呼また都を逃れ来て
何所(いづこ)の家郷に行かぬとするぞ。
過去は寂寥の谷に連なり
未来は絶望の岸に向えり。
砂礫(されき)のごとき人生かな!
われ既に勇気おとろへ
暗澹として長(とこし)なへに生きるに倦みたり。
いかんぞ故郷に独り帰り
さびしくまた利根川の岸に立たんや。
汽車は曠野を走り行き
自然の荒寥たる意志の彼岸に
人の憤怒(いきどほり)を烈しくせり。