そこには城郭の石垣のみの国宝はない。
昨年の備中高梁城、今回の安土城の石垣遺構は国宝に匹敵するのではないか。ぜひ、石垣を含む城郭の遺構を国宝にして欲しい。
世界には石造りの遺構で有名なものがたくさんある。パルテノン、ピラミッド、万里の長城。
そして、琉球王朝の城として今帰仁城跡、座喜味城跡、勝連城跡、中城城跡、首里城跡が城郭の石垣のみ、ユネスコの世界文化遺産に登録されている。
ほんとうに首里城の石垣はすばらしい、私見ではあるが守礼門を含む城郭は復元されない方がよかったと考えている。
さて、安土城址であるが、これも想像をはるかに超えていた。
滋賀県が1989年(平成元年)から20年計画で安土城の発掘調査を行っており、南山麓から本丸へ続く大手道が埋もれた土の中から発掘された。賓客を迎えるための道とも言われ、直線で約80m、それから左右に折れ曲がり、黒金門まで続く。
これこそ奇想の城である。山城では考えられない。
本丸御殿からは西湖を望む、絶景である。



さらに、この城には天主台南西に総見寺がある。七堂伽藍を備えた寺院がある城は安土城だけである。現在でもその当時の門、三重塔が残る。驚きである。



1576年(天正4年)1月、織田信長は総普請奉行に丹羽長秀を据え安土山に築城を開始。
1579年(天正7年)5月、完成。
1582年(天正10年) 京都本能寺に信長が光秀の謀反により横死した本能寺の変、明智軍の退却後、天主とその周辺建物(主に本丸)を焼失した。





















