
ひさしぶりに大原美術館へ
本館の惨状に目も当てられない状態だった。
あのピカソ、マチス、エルグレコ、ゴーギャンなどの最高傑作と呼べるように作品が、本館からバラックのような本館増築部の新たなスペースに移動していた。
涙が出る。
全然絵画に対する愛情が感じられない。
最高の絵画には最高のスペースが必要だ。
決して金をかけろとは言っていない。倉敷紡績の創業者である大原孫三郎と児島寅次郎が心血をそそいで作った、東洋一の西洋絵画のコレクションと呼ばれた美術館が死んでしまった。
2代目大原惣一郎については分館と東洋館、工芸館をつくった。これもすばらしいもので、分館の日本洋画のコレクション、工芸館には民芸の陶芸のすばらしいコレクションがある。
3代目の記載は大原美術館のホームページには無い。
1970年代、私の何回も通った学生時代の大原美術館はすばらしかった。



大原美術館の資料によれば、1991年本館増築となっているので、私が前回入館したのは、その後1回だったはずである。
このときは、本館のスペースはそのままで、本館の壁面の上部に新しいコレクションの絵画と本館増築部に現代美術の作品が展示されており本館は基本的には昔のままだったように記憶している。
あまりにひどい新しいコレクションにびっくりしたことを覚えている。
それが今回ひどいことになっている。本館から移され本館増築部でひどい状態になっている。
だれかいつ現在のような展示形式になったのか教えて下さい。
ほんとうに大原美術館を殺したのは誰なのか。
元に戻す運動をされているグループはないのか、誰か教えて下さい。
なんとかしなければ、そういう思いに駆られています。