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自転車に家族を殺されるということ

交通犯罪犠牲者の命が紙クズ扱いされる司法を変えていきます。フェイスブック・Twitterも発信中。
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2014年1月28日に判決が出て裁判は終わりましたが、私の交通犯罪遺族活動は続いています。

前回の続きです。

 

♧前回ブログ記事

 

 

「(加害者は)謝罪を尽くしている」
「今後も謝罪していくと誓っている」

「だから執行猶予(=何もなし)でいいよ」

 

これが私の刑事裁判の判決文の内容。

 

 

もちろん思いっきりはしょっているけど、

これを超える記載は基本的にありませんでした。

 

で・・・蓋を開けてみればご覧の通り。

 

※一応初見読者のために「ご覧」の内容

 

いま水戸家裁所長をしている彼は、

加害者謝罪拒否の事実を知ったらどう思うか。

 

もちろん返信なんか寄越すわけなどないし、

99%の確率で、何も思わないのでしょうが、

それでも確かめたいという欲望は沸いてきます。

 

なので今回の事実はお手紙を書いて、

きちんとお知らせしてあげようと思っています。

 

まず水戸家裁の本人宛に。

 

あと念の為、最高裁長官と最高裁人事局長宛にも。

 

水戸家庭裁判所内では彼がボスだから、

誰も忠告なんかしてくれる人はいないでしょうが、

最高裁(=本社?)にも伝えておけば、

「前田君、ちょっと振り返ってみたらどうだね」

と言ってくれる人がいるかもしれませんので。

 

実際に本人の手に渡るのか、

秘書的なガードに途中で破り捨てられるのか、

裁判所の書簡伝達システムはわかりませんが、

少なくともこれだけは裁判所関係者に伝えたい。

 

遺族となって加害者の裁きを待つ一人ひとりは、

決して書類上の案件の一つなんかではなく、

人生を破壊され、その再生を裁きに求める

血の通った一人ひとりの人格なのですよと。

以前書いた加害者への連絡結果の話から、

ちょっと思ったことを今回書いてみます。

 

当時の刑事裁判の裁判官はどうしているかなと。

 

加害者の噴飯物の法廷パフォーマンスをみて、

「謝罪を尽くしている」

「今後も謝罪していくと誓っている」

と安易に書いて、機械的に執行猶予を付け、

遺族の私にかけた言葉が

「黙っていてください」

の一言だけだった、あの裁判官。

 

「死んだら地獄に堕ちてくれ」

と今でも本心から思っている者の一人です。

神仏がいれば、きっとそうなるでしょう。

 

さて・・・

こういう時に便利な新日本法規WEBサイト。

詳細な経歴がすぐに出てきました。

 

1年ちょっと高松家裁所長をやっていたと思ったら、

今年正月早々に水戸家裁所長になっていました。

 

出世しているのか、左遷コースなのか、

素人の私にはよくわからない経歴です。

 

ただこのパターンはもう最高裁判事は狙えないはずで、

少なくとも一番の主流コースではないのでしょう。

 

自分の初期ブログを読み返すと、綺麗事だったり、

やたら意識高い系なことをたくさん書いていて、

今の私には気恥ずかしいこと限りなしです。

これからは等身大の本音で書いていきたいので、

率直に言えば、主流でなくてホッとしました。

 

これで最高裁判事とかだったらブチキレています。

 

50代後半にまでなってから、

1年少しで高松から水戸に引っ越しなんて大変だな。

こういうのを一般的にドサ回りっていうのかな。

家族が振り回されて大変な目にあっていればいいな。

単身赴任で孤独な生活を強いられていたらいいな。

そもそも家庭や愛と無縁な人生だったらザマァ。

 

そんな性格の悪い想像をどんどんしてしまいます。

 

裁判所サイトに就任挨拶なんかを載せていますが、

直に接した一人として言わせてもらえれば、

「お前なんかにより良い未来など語る資格はない」

と痛切に思ってしまいます。

 

 

なぜ彼のことに今回言及するのか。

 

先月、加害者が謝罪訪問を拒絶したことで、

判決文で書いた判断が誤りだったとなるからです。

 

長くなりそうなので、一旦分けます。

 

※なお私が憎んでいるのは刑事の裁判官だけです。

 民事の裁判官は、言葉の端々や表情などからも、

 遺族を気遣っていることがよくわかり、

 人としての心を持っている人物と感じています。

前回まで何回か、加害者へ連絡したことや、

そこから展開するENEOSのCSRを書きました。

 

今回「遺族の加害者に会うこと」について、

もう少し思うところを書きたいと思います。

 

私が14年間、加害者に連絡しなかった理由。

それは単純に加害者に興味がなかったからです。

 

今までは、加害者周辺ということにからんで、

保険会社や医師界隈を散々からかいましたが、

(医師は今も絶賛からかい中。詳細は追って)

そればかりにずっと注力していた理由は、

やはりそうすることで二次被害を抑止でき、

世のため人のためとの充足感があったためです。

 

しかし加害者をつついても何も出てこないし、

本人がどう変わろうがそのままだろうが、

社会への影響などないと感じていたため、

加害者接触は優先度低のまま来ていました。

 

実際接してみて、やはり加害者はクズでしたし、

それ自体予想通りで、何の感慨もなかったので、

エネルギーを注ぐ価値もないだけの話でした。

 

ただ私みたく冷めた遺族ばかりではありません。

 

私は元々感情の温度の低い人間ですが、

そうではない遺族ももちろんたくさんいて、

加害者にエネルギーを費やす人も多くいます。

 

命日に必ず仏前に手を合わさせる遺族。

車に乗せ、事故現場に何度も連れていく遺族。

などなどなど・・・ほかにもいろいろ。

 

いろいろなパターンはありますが、

そのすべての心情は当然だと考えますし、

そこには理由も価値もあると思っています。

 

以前・・・かなり昔のことなので、

誰が誰に対してかも憶えていない話ですが、

加害者に連絡を取り続けている話が出て、

遺族でない人が、その当の遺族に対して、

「そんなことをして子どもに恥ずかしいぞ」

などと説教をかましていたことがありました。

 

そんな非遺族の説教を耳にしての感想は、

「部外者がエラそうに・・・何様?」

というものでしかありませんでした。

 

確かに遺族でない人からみれば、

加害者にエネルギーを注ぐ遺族の行動は、

何かを前に進められるわけでもなく、

コスパの悪いものでしかないのでしょう。

 

しかしそんな目的合理性やコスパを度外視し、

遺族には遺族にしかわからない情念や、

奥底で燃え続ける叫びの声があります。

 

それを理解できず、一笑に付すような人は、

そもそも遺族には関わらないでほしいし、

そういう場にも来てほしくないと思います。

 

SNSでただ加害者の実名を連呼する遺族も、

決して共感できるものではありませんが、

同様にその人なりの行動原理は想像できます。

 

きっと報道すらされなかった加害者名を、

SNS空間にひたすら刻み続けていくことで、

加害者の可動域を少しでも制したいのかと。

そんな思いは誰にも責められないはずです。

 

遺族には遺族にしか通じない行動原理がある。

それは目的合理性やコスパとは無関係で、

それを理由に否定や嘲笑などしてはならない。

そんな経済学的視点で遺族を測るべきではない。

それを書きたくてブログにまとめてみました。

ENEOSについての前回の続きです。

 

♧前回ブログ記事URL

 

※朝日新聞2023.12.20朝刊

 

※読売新聞2023.12.20朝刊

 

前々回、加害者に連絡した話を書きましたが、

人格を見定める以外にもう一つ目的がありました。

それは気になっていたことの事実確認でした。

 

まず刑事裁判の時、審議・判決と通して、

ずっと加害者の会社の者らしき3人組がいて、

(親族でも友人でもなく、無関係な傍聴マニアでもなく、

 勉強のために傍聴に来ている法学部の学生でもなく、

 明らかに組織から命を受けて監視に来ている雰囲気でした)

そうした動きがあったか知りたかったのが一つめ。

 

もう一つは、民事裁判の時、私の弁護士から、

「相手弁護士は被告の会社の顧問弁護士のようです」

と聞かされていたので、本当にそうだったのか、

どういう経緯で会社顧問弁護士が付いたのか、

確認したいと思っていたのが二つめでした。

 

突然の電話で、警戒する余地がなかったのか、

加害者はあっさり簡単に口を割りました。

 

刑事裁判当時は加害者本人も知らず、

あとから聞いて知った話だったそうですが、

やはり会社の人間(おそらく人事部)が

傍聴に来ていたので間違いありませんでした。

 

さらに弁護士を選んだ経緯も聞いたのですが、

加害者はまず会社に相談し、

顧問弁護士を紹介してもらったとの話でした。

 

となると、ENEOSもたまたま従業員の中に、

人の命を奪った交通犯罪加害者がいて、

身体検査をスルーして登用されたわけでなく、

すべて知った上で、関与・支援まで行い、

登用していたことが明らかになったわけです。

 

となれば、交通犯罪被害者遺族の一人として、

そんな企業のCSRを問うことは責務となります。

 

「さすがトップから性犯罪者を続出させた企業だ」

という一企業の腐った風土の問題かもしれません。

しかしENEOSから再度交通犯罪加害者が出た場合、

きっと同じ対応を繰り返すので看過はできません。

 

なお余談かもしれませんが、

加害者連絡前に私はENEOSに連絡していました。

 

既にこの件では過去にも連絡はしているし、

その前に事件当初に知った自宅番号にかけたら、

「この番号は現在使われておりません」

になっていたので、

どうせ携帯は着信拒否されているだろうと思い、

(加害者に着拒された遺族の話はよく聞きます)

まずENEOSに加害者折り返しを要請していました。

 

そして2週間折り返しがないままだったので、

ダメ元で携帯にかけてみたら、ずっとコール音で、

少なくとも着信拒否はされていないらしいので、

かけ続けたら2日目のロングコール3ターン目で、

思わず加害者が出て「どなた?」となった次第です。

(私も思わず「うわ、出た」と言ってしまいました)

 

なので、まず自分の名前を告げた後、まず最初に、

「なんで折り返してこなかったの?」

「会社からは何も聞いていないの?」

と聞きましたが、「聞いていない」とのことで、

これについては本当に何も聞いていない様子でした。

 

なのでその後、再度ENEOSに連絡し、

誰が情報を止めたのか確認したところ、

人事部であると回答があったので、

「どういう判断で本人に伝えなかったか聞きたい」

と折り返しを希望しましたが、

人事部からは連絡のないまま今に至っています。

 

なぜ人事部は加害者にそこまで気遣いするのか。

性犯罪の会長社長より明らかに手厚い忖度ぶりです。

 

そんな謎も追及していきたいと思っています。

 

以上がENEOSをめぐる今までの私の動きとなります。

 

「人よりも環境よりも、犯罪にやさしいENEOS」

 

あいの会には、交通安全や命の尊さに共感してくれ、

講演依頼や寄付をしていただく企業が多くあります。

ENEOSはそれの対極にいる企業と言えるでしょう。

 

そんな戦慄すべき事実が明らかになったのが今。

今ここからスタートを切って、

ENEOSのCSRを正す作業を進めたいと思います。

 

現時点では、監督官庁の経済産業省への指導要請、

応援なんかしたくないので不本意ですが株を買って、

(ENEOS株は「寝たきり銘柄」らしく安価なので)

株主総会でCSRを問いただすですとか、

専用SNSアカウントを作って粘り強く拡散するとか、

そのくらいしか思いつきませんが、

今回の単発記事で終わらせずに継続していきます。

 

この記事も多くの方に拡散いただけると嬉しいです。

前回、加害者に14年ぶりに連絡したところ、

変わらずクズで安心したという話を書きました。

 

♧前回ブログ記事URL

 

ただ加害者がどんな軽蔑すべき人格でも、

その個人情報や所属に言及することは、

品のないふるまいで、好ましくないと考えます。

(たまにXでひたすら加害者名を連呼する遺族をみます。

 それしかできない悔しさや心情は理解できますが、

 無力感しか伝わらず、共感できるものではありません)

 

ただ私の加害者の場合、やや特殊な事情があり、

どうしてもその勤務先に言及しておくべきだし、

それが正義となる状況があるので今回触れます。

 

加害者の勤務先は石油会社のENEOSです。

 

昨年一昨年と会長と社長が相次いで性犯罪を犯し、

辞めたことで世間を賑わせているあの企業です。

 

その詳細はメディアの報道に譲ります。

 

※朝日新聞2023.12.20朝刊

 

※読売新聞2023.12.20朝刊

 

なぜここでENEOSを問題視するかというと、

私の刑事裁判で、以下の事実があるからです。

 

・会社が加害者に弁護士を紹介していた

・刑事裁判で人事部が傍聴チェックしていた

・立件や有罪判決の際も退職勧告はなかった

 

順を追って書いていきます。

まず話を2年前にさかのぼらせます。

 

私のSNSの読者の(と思われる)方から、

「加害者がENEOSで役員人事に載っていますよ」

という情報提供がありました。

 

そこで加害者名とENEOSでググってみたところ、

下記リンクを見つけ、みると確かにその通りで、

経理のグループマネージャーになっていました。

 

役員等の人事異動について

https://www.eneos.co.jp/newsrelease/20210226_03_1080071.pdf

 

てっきり当時勤務先は辞めて転職しているか、

子会社孫会社で不遇をかこっていると思ったら、

本社の中枢にいたことにビックリでした。

 

遺族として見聞きする加害者は大抵クズですが、

大方のパターンはやはり勤務先を解雇されたり、

最終的にいられなくなって仕事を失っています。

私も交通犯罪で人の命を奪うことになったら、

ほぼ間違いなく諭旨退職を迫られるでしょう。

大抵の企業の就業規則は、公序良俗に反したり、

社会的信用を損ねる行いが従業員にあれば、

そんな人物に居場所はない旨を明記しています。

 

しかしENEOSは違っていたようです。

 

情報共有を受けて、しばらく経ってから、

たまたま東京法務局に寄る用事があったので、

そのついでにENEOSの登記簿謄本も取得して、

会長と社長の自宅宛にお手紙を書きました。

 

「人の命を奪った者の役員待遇はOKなのか」

「そんな貴社のCSRについてお聞きしたい」

 

そうした内容のお手紙です。

 

細かい経緯は長くなるので省きますが、

例の性犯罪会長の秘書のA氏から電話があり、

「刑期を終えて出所した者が役員になるのは問題ない」

「これは会長の見解」

という話を伝えられました。

 

「刑期を終えて出所」なんて話してくる時点で、

私の事件をきちんと把握していない証拠ですし、

情報を上げた担当(人事部?)がいい加減なのか、

性犯罪会長がいい加減なのか、その両方なのか、

(おそらく「その両方」が正解でしょうが)

とにかくまともに事実認識する以前の有様でした。

 

それからしばらくしてその件の会長が

ホステスの服を脱がせて怪我をさせる犯行に及び、

(「銀座では普通だ。こんなの」と放言したとも。

 また性犯罪報道の常で実態はもっと凄惨だと想像)

ENEOSは事件をこっそり隠そうとしたけれども、

結局週刊新潮にすっぱ抜かれて渋々認めた経緯は、

当時のメディアをあたってもらえればと思います。

 

その後、再度A氏と話す機会があって問うと、

「もうアレはうちとは関係ないですから」

という話をされました。

(元側近にアレ呼ばわりされる会長も哀れですが)

 

その後、昨年末に今度は社長が酒席で性犯罪に及び、

同席のコンプラ担当副社長も見て見ぬふりという惨事。

上に画像を貼った新聞記事の通りですが、

そんな企業風土が明るみになった経緯がありました。

 

そんな企業が人の命を奪った交通犯罪加害者を守り、

裁判支援を行い、そのまま何事もなく登用を続けた。

 

もしかしてこの件が炎上したら、ENEOSは、

「従業員の勤務外での行為には関与しない」

という言い訳を今度は始めるかもしれません。

しかし事実を知った上で、支援し、傍聴監査しており、

企業として関与した事実は言い逃れできません。

 

そもそも、それでは酒席で性犯罪を犯すことは、

ENEOSの業務の一環なのかと問う話になります。

酒席でご乱行に及んだトップはあっさり切り捨て、

人の命を奪った一従業員を必死で守るENEOS。

 

とても不思議なので追及することにしました。

 

そもそも執行猶予という実質ゼロの形式刑でも、

私の事件の加害者は有罪判決を言い渡されています。

「刑期を終えて出所した者が役員になるのは問題ない」

がENEOSのポリシーなら性犯罪を犯した会長も社長も、

起訴どころか送検すらされていないわけで、

お辞めいただく道理は全くないことにもなります。

(さらに言えば会長も社長も人の命は奪っていません)

 

長くなってしまったので、一旦分けて続編に続きます。

 

続編は↓から

 

交通犯罪被害者遺族の中には、

「加害者とどう接していくべきかわからない」

と悩む方が少なくないように感じます。

 

そんな遺族の方の参考になるかもと思い、

「こんな例もあるよ」

というサンプルを今回提供したいと思います。

 

タイトルの通り、先週加害者に接触しました。

 

母の命日(1月15日)のあった先週の話です。

事件から実に14年ぶりです。

 

別に躊躇していたわけではありません。

メインディッシュは後の楽しみにしようと思い、

それ以外の前菜ばかり食い散らかしているうち、

気がつけば14年経ってしまっただけの話です。

 

※「前菜」というのは、相手の弁護士や保険会社、

 お金でデタラメ意見書を書いた医師、

 そんな医師の存在を容認する学会や医師会、

 保険会社と医師をつなぐ業者などなどです。

 彼らへのからかいばかり楽しんでしまいました。

 

ただ命日の区切りで、さすがにいい加減、

今年は連絡してみようと思っていました。

 

夜、コール音が切れるまで延々鳴らし続け、

その3回目で出て「どなた?」という反応。

私の番号も登録していなかったようです。

 

「東だけど」

「俺が誰だかわかっているよね?」

 

と言うと「・・・」と完全沈黙。

 

「電話した用件はシンプル」

「なんで14年間謝罪に来ないまま過ごしたの?」

 

と聞くと、「えっと・・・・」とまた沈黙。

 

「黙っていたらわからないでしょ?」

「なんで14年間謝罪に来なかったの?」

と計10回くらい繰り返しましたが、

やはり「えっと・・・・」だけであとは沈黙。

 

子どもじゃないんだから・・・

今年57歳になるいい年のオッサンでしょう・・・

 

「君もエネオスのグループマネージャーなんか

 やってる位だから人並みの会話はできるでしょ」

「慶應志木高でも学年代表だしボスだったんでしょ」

「君も子どもじゃなくてもう50代後半でしょ」

「なんで何も言葉が出てこないの?」

 

と若干詰めてみましたが、

やはり「えっと・・・・」以外出てこない有様。

 

これ以上はつついても何も出てこないと判断。

次に用意していた確認事項に移ってみました。

 

「じゃあ今からでも謝罪に来る?」

「・・・」

「君が謝罪に来る人間かどうか知りたいだけだから」

「・・・」

「どうなの?」

「・・・来たいです」

「そう。じゃあ明日の今くらいの時間はどう?」

「明日はちょっと・・・」

「都合が悪いの?」

「・・・はい」

「ふーん。俺に謝罪するより重要な用事があるんだぁ」

「・・・」

「どうするの?明日は謝罪より重要な用事があるんだよね」

「・・・すいません。明日はちょっと・・・」

「じゃあ強制はできないし明日はいいよ。来週はどう?」

「・・・はい」

 

その後しばらく場所や時間の細かいやり取りがあり、

翌々日までに加害者から折り返すことになりました。

 

他もいくつか枝葉のやり取りがあったのですが、

加害者は私が遺族活動をしていることや、

あいの会を立ち上げたことは何も知りませんでした。

 

そして翌日、加害者から折り返しがあり、

こんなやり取りになりました。

 

「あのー・・・すいません。謝罪には行けません」

「そうなの?理由は何?」

「昨日からずっと動悸がひどくて・・・」

「動悸がひどくて何?」

「14年経ってもやはり動悸がひどくて・・・」

「動悸と謝罪しないが全然結びつかないんだけど」

「動機がひどいので謝罪には行きません」

 

最後は断定口調になっていました。

 

たぶん動悸がどうというのは嘘だと思いますが、

仮に事実だとしても加害者が自分の体調を優先し、

遺族の元に謝罪に来ることを拒んだ時点で、

連絡の目的は達成したのでクローズとしました。

 

私の連絡の目的は加害者の人格を見極めること。

謝罪をしてほしいがためではありませんでした。

 

実はひそかに怯えていました。

深々と頭を下げられ、涙まで流されて、

本心から謝罪の言葉を言われたらどうしようと。

 

そうなったらきっと、今後ずっと加害者に対し、

複雑な思いを抱えていくだろうと思っていました。

 

しかし加害者は私の期待を裏切らなかった。

 

悪役は悪役のままのほうが気持ちがよい。

思いっきり叩き潰しても罪悪感を感じずにすむ。

 

加害者の謝罪拒否という態度に接して、

とても爽快な気分になったことを告白します。

 

加害者が変わらずクズのままで安心した!

クズがずっとクズのままでいてくれてホッとした。

 

これが偽らざる私の本心です。

 

そういう人格であることが明確になった以上、

もう私は加害者には用はありませんし、

今後私から加害者に連絡することはありません。

 

交通犯罪加害者のほとんどは心からの謝罪はない。

執行猶予によって、大半の加害者は罪を忘れる。

私の場合もそんな事例を上塗る結果となりました。

 

ただこれ以上の長文もあれなので別に書きますが、

ヒアリングで看過できない事実も判明しました。

 

続編ではありませんが、次回書きます。

日本はいまだに米国の属国に過ぎないのかな、

と思わせられる記事が今月飛び込んできました。

 

★CNNの記事

 

★NHKの記事

 

交通犯罪で2名の命を奪った米海軍将校の加害者は、

一旦実刑判決を受けて刑務所に収監されるも、

妻の政治運動で、米国から日本に圧力がかかり、

米国帰国後に晴れて自由の身になったというお話。

 

 

よく日本の法体系は、日本国憲法のさらに上位に、

日米地位協定が存在すると言われるけれども、

ここまで露骨だとやはり属国との感は拭えません。

 

なんでも噂ではカマラ・ハリス米国副大統領が、

岸田総理へ非公式に圧力をかけていたそうで・・・

 

 

就任演説の素晴らしさがウソのようですが、

ハリス氏はいま米国では超絶人気がないそうです。

「リッジ・アルコニス!あなたを誇りに思います」

そんな遺族無視の発言を、こんな下卑た笑顔でする。

「こんな人物だったのか」と不人気も納得です。

今ではトランプ氏が再び大統領になりそうですが、

トランプ氏には今のまま突っ走ってもらい、

米国を徹底的に壊してしまえと思ってしまいます。

 

いま米国議員連は、

「日本は一家に謝罪する義務がある」

と日本政府に謝罪を求めているそうで、

「同じ罪に問われても95%は執行猶予を認められ、

 服役を免れている(だから収監は誤りだ)」

ことをその理由にあげているそうです。

 

思考停止で執行猶予を当たり前につけてきた結果、

日本の司法が米国にバカにされることになった。

 

そんな風にも言えると思います。

 

海外からもバカにされ続ける司法を続けるのか。

それとも過去の誤りを見つめ直し前に進むのか。

 

日本の司法関係者(特に裁判官)には、

あらためて考えてほしい動きだと思いました。

前回、自分の親をよく書かなかったことで、

一部の方は不快に思うかもしれないので、

具体的なことを少し補足したいと思います。

 

こうした文章を出す意図を最初に書くと、

遺族活動、あるいは遺族としての発信は、

決して品行方正な孝行者の特等席ではなく、

おかしいと感じたら誰でも「おかしい!」と

声を上げていいんだよと伝えたいためです。

 

私の生まれ育った家は明るくてあたたかくて、

両親は優しくて・・・には程遠い環境でした。

 

端的に言えば、実家は暴力の支配する環境でした。

 

父には、何が理由かもわからないことで頻繁に

失禁するまで頭部を殴打されることが日常茶飯事。

 

母はそれを見ても、止めるでもなく傍観。

 

今だったら私は児童相談所に保護され、

父親は逮捕されていることが確実なレベルでした。

 

また暴力ではないですが、見栄を気にする両親で、

私をたまたま公文に通わせ始めたらいつの間にか

クラスで成績が一番になったことで舞い上がり、

(反復復習→アウトプットに適性があっただけ)

そこから四谷大塚、SAPIX(の前身)とハシゴし、

中学受験をした(させられた)のですがその過程、

「4当5落と言うから、5時間以上は寝るな」

「修学旅行や運動会なんか行ったら受からない」

などと言われ他の犠牲を強いるような家庭でした。

 

 

※結局、私は第一志望の学校に入りましたが、

 どこの中学高校だったかは人生の成否や幸福とは

 ほとんど関係ないと今ではわかっているし、

 何より私立に行くと地元との縁が断絶されるので、

 やはり同じ経験はさせたくない思いが強くて、

 私自身、娘の中学受験はまったく考えていません。

(中学受験は否定しませんし『二月の勝者』も好きです)

 

※修学旅行は行きましたが、運動会はさぼりました。

 その直後、同級生からはつらく当たられましたが、

 いま振り返れば「そりゃそうだよね」という話で、

 同級生の取った態度は正しかったと思います。

 思い出が一つ欠落しているのも地味に寂しいです。

 

他もいろいろありますが、大人になって、

そうした親や家庭の欠点は冷静にわかって、

特に結婚後は適度な距離を取っていました。

 

しかしそんな私が親を奪われた遺族になった。

 

見方によっては、皮肉な話ではありますが、

当時はやはりとてもとてもショックだったし、

加害者や命を軽んじる裁判官への怒りは物凄く、

そこから今に至っているという事実があります。

 

いかにも孝行者みたいな話にしたがる人がいて、
それに時折うんざりする経験をしてきていて、

そんな綺麗な仮面をかぶるつもりもないので、

ここで「実はこうでした」を書いてみました。

 

私がここで書きたかったことは、

「うちの両親はひどかった」

ということなんかではなく、

「誰でも交通犯罪の軽さに憤る権利がある」

ということでした。

 

いま私は娘が交通犯罪に遭うことに怯えています。

 

ある日突然、娘が交通犯罪で命を奪われ、

顔も原型をとどめないほどグチャグチャにされ、

加害者には当たり前のように執行猶予がついて、

晴れて笑顔で日常生活を続けることができる。

 

そんな世界は絶対に受け入れるつもりはない。

 

それが遺族活動のすみっこにつながっていたり、

こうして文章を書き続けている私の動機です。

1月15日は母の命日でした。

 

今年は月曜の平日でしたが、時間を工面し、

(その点は今の職場は恵まれていると思う)

午前中に墓参りに行ってきました。

 

私は親を殺された遺族という立場になります。

それで遺族団体を立ち上げましたとか、

ずっと遺族活動をしていますとか言うと、

「亡くされた親御様を慕っている孝行者」

というレッテルをよく貼られがちです。

 

・・・、が、本当は全然違います。

正直に言えば、私はそんな者ではありません。

 

実は私、けっこうな毒親家庭に育っています。

どう客観的にひいき目に見ても、両親ともあまり

尊敬できる部分は少ない二人だったりします。

 

ただ突然、交通犯罪に巻き込まれて遺族になり、

刑事裁判やその後の流れを通じ、あまりに堂々と、

醜い不正義がまかり通っている現実世界に驚愕し、

「許せない!」という感情で動いたのは事実です。

 

交通安全を気にも留めず、悲劇を生み出しても、

適当なパフォーマンスを雑にこなしてさえおけば

ほぼ十中八九、刑務所には入らなくて済む。

そんな司法は間違っているし、変える必要がある。

その心は当時も今も全く変わりません。

 

ただ安易に孝行者のレッテルを貼られがちだったり、

そんな安っぽいストーリーにしようとする人には、

うんざりさせられてきたなと振り返って思うので、

事実は違うし、そんな安い物語化には迎合しないよ、

という意思表示はしておこうと思いました。

 

うーん・・・誤解を招きそうで不安なので、

補足して次回ももっと細かく書くかもしれません。

 

どちらにしても親は正直あまり尊敬できないけど、

毎年、命日とお盆は墓参りに行っているし、

刑事裁判で軽く扱われたことは怒り続けているし、

そんな司法を変えたい気持ちはずっと変わりません。

ハッキリ言って、交通犯罪遺族はまとまっていません。

 

団結できず、時に無意味ないがみ合いすらあります。

とても悲しいことですが事実は事実で否定できません。

それが殺人遺族と状況が大きく異なるところです。

 

これは交通犯罪のその後の展開が千差万別すぎて、

同じ遺族としてくくるには視野も課題も違いすぎ、

同じゴールを共有して伴走しづらい現実があります。

 

まともな捜査すらしてもらえず加害者不起訴で終わり、

警察が捜査を徹底するように働きかけている遺族。

 

何も説明のないまま軽い罰金刑で済まされてしまう遺族。

(数十年前の遺族の多くはこのパターンでした)

 

実刑を求めて闘っても執行猶予で終わってしまった遺族。

(※私はここに位置しています)

 

闘いきって、見事に加害者実刑を勝ち取った遺族。

 

それぞれ見ている世界、目指すゴールはバラバラです。

 

ひたすら警察を憎む遺族。

日本の司法の後進国ぶりをひたすら罵倒し続ける遺族。

加害者の実名を連呼することで自分を保っている遺族。

車のない社会を目指そうというユートピア論に走る遺族。

奪われた家族を想い、命の尊さを訴え続ける遺族。

法整備や法改正を働きかける遺族。

 

それでも最低限の共通項をお互いに見出し、

団結して働きかけるべきところに働きかければ、

少しずつ何かを変えていけると個人的には思っています。

 

例えば昨年、あいの会で、

被害者の心情等伝達制度についてブログを出しました。

 

 

 

これは刑務所に収監中の加害者に対して、

遺族が自分の心情を伝えることができ、

それへの加害者の反応を知ることもできる制度です。

(加害者の反応が「知るかよ!うるせーな!」なら、

 そのままその無反省ぶりを知ることができる)

あいの会では制度を肯定し、ただ形骸化しないよう

引き続き見守りたいと書き、私自身そう考えています。

 

しかし大半の交通遺族には、これは無縁な制度です。

 

なぜならば交通犯罪加害者の大半には執行猶予がつき、

そもそも刑務所に収監されずに済んでいるからです。

 

しかしだからと言って、

「こんなのは自分には関係ない」

と背を向けていたら、何も変えられないし、

いざ自分の関わる課題に動きがあっても、

たくさんの人の助けなんて得られないと思うのです。

 

しかし実際には自分とは無縁な改革には、

どうしても熱量は注ぎづらいのが人間というもの。

 

「小異を捨てて大同を取る」

は昔からある言葉ではあるけれども、

それが難しい交通遺族の置かれた現実に厳しさを、

時々感じてしまいます。